ROUND19・師と弟子と
雨音の持ちキャラ『フィルベル』は、身の丈ほどもある大剣を振りかざす女性キャラクターだ。
ゲームの設定上では聖王都ユグドラオンの若き姫。飛び道具、対空、突進技とスタンダードな必殺技を備える。所持しているハイブリッドアーツも優秀なものが揃い、クセもなく使いやすい。
凛々しいデュラノアとは異なり、どちらかというと可愛いタイプで、その身に似合わぬ巨剣を振り回す姿も、プレイヤーを引き付ける理由のひとつだ。
刀を構える侍と、巨剣の姫が対峙する。
『さあ!後がなくなった前回準優勝者リーダー!ここから巻き返せるか!』
司会者の煽りと共に、あれだけ騒がしかった喧騒。周囲が静かに音を失う。
悠紀にとって、最大の壁となる戦いが始まる。
フィルベルの細腕が、その重さを感じないかのように剣を振り回す。
金属質の残響が響き渡る。
執拗な中ジャンプから攻め。緩急を付けたタイミングのずらしに、悠紀はガードで凌ぐのが精一杯だ。
ファストガードを絡ませたいが、ここへ来て迫りくるプレッシャーに、悠紀に通常ガードという安易な行動を選択させてしまう。少なくとも、通常技ならばノーマルガードでも体力を減らされることはない。
ここは我慢の時。凌いで、好機を伺う。
だが。
フィルベルの動きが止まり、剣ではなく腕が伸びる。
剣で十字に切りつけるモーション。
通常投げ!
地面に倒れ伏せる朧丸。雨音の攻めは途切れない。
起き上がる朧丸を飛び越えるようにジャンプ。フィルベルの空中で振るう斬撃。
攻撃判定を相手の背後に当てることにより、通常のガード方向と逆になる現象がある。俗に言う『めくり』と呼ばれるテクニックである。
中下段の縦の揺さぶりに加え、さらに前後の揺さぶりによりガードを崩す戦法だ。
さらに恐ろしいのが、フィルベルのジャンプ強武器攻撃は、絶妙なタイミングで相手の起き上がりに重ねることで、ガードが不能になる現象を持つ。これは仕様ではなく、バグの一種ではあるが、そのタイミングも雨音は完璧に放つ。
朧丸は連続で攻撃を貰い、瞬く間に体力を点滅させる。
(くそっ・・・!)
まさにあっという間。刹那の攻め。これを回避するには、起き上がりに無敵技で返すか、ドンピシャのタイミングでインディビジュアルアクションの刹那も見切りで避けるか。だが、どちらも読まれていれば反撃が通ってしまう。
絶対の野生の勘のような鼻を持つ雨音には、それも安易な選択肢に成り下がる。
しゃがみ弱キックからの連続技で、フィルベルの蹴りが朧丸を吹き飛ばす。
今度は追わず、起き攻めを選ばない。
フィルベルは、剣を地面に突き立て、ピンク色のオーラを発現させる。
フィルベルのインディビジュアルアクション、『グローリーギフト』だ。
効果はフィルベルの性能の強化。
三段階まで重ねがけ可能。その効果は時限的だが、効果時間内であればラウンドを持ち越す。起き攻めを捨てることにはなるが、その効果はそれを余りあるお釣りが来る。
デモネードのように恒久的でなく、自分の動きを補助するものではないが、目に見えて強くなる。
1段階目は攻撃力の上昇。
2段階目でスタイリッシュモーションのパターンの解放。通常、武器攻撃から武器攻撃、キックからはキックしか繋がらない制限が解除され、4ボタン対応になる。
そして3回目。一度の攻撃のみを耐えるスーパーアーマーが付与され、スタンダードを逸脱したパワーキャラへと変貌する。
グローリーギフトを三回付けさせるのは、こちらの落ち度でしか無い。高まった攻撃力で嬲られるのだけは阻止しなければならない。後を意識した戦いで、この局面を乗り越えられるわけがない。
悠紀は改めてレバーを握り込み、意識を研ぎ澄ます。ここを越えられなきゃ、全てが終わる。
1ラウンド目は、雨音に軍配が上がった。だが2ラウンド目は一転、消極的な動きが見える。
グローリーギフトの累積を狙っているのか、こっちの動きを警戒し、攻めあぐねているのか。
グローリーギフトのモーションはやや隙がある。出始めに潰されれば、効果を享受することは出来ない。それを晒してまで装着する愚策は取らないだろう。
飛び道具である『ジャスティスブレード』を捌きつつ、様子を伺う。
悠紀も、いつでもジャンプを迎撃できるようレバーの動きで牽制しているのも、飛び込みがナリを潜めた理由だろう。
雨音はもう後がないから、攻めに転じるしか無いと思うのだが。飛び道具での牽制に終止するのは珍しい。随分と消極的な手だ。
何度目かのピンク色の刃を射出した瞬間。悠紀はそれをファストガードせず。特殊なエフェクトが発生。
相手攻撃をタイミンよく避けることによる上位版刹那の見切り!
凄まじい速度で朧丸の姿が掻き消え、間合いを詰める。
『暁』
めろんとの対戦会でも使った、条件付きの朧丸の高速移動技だ。
疾風のように地を滑る朧丸が、硬直中のフィルベルに肉薄する。
ここからは落ち着いて。
あの日の再現のように、朧丸の剣の乱舞が大剣を持つ少女を大きく空中まで吹き飛ばし。
対戦会とは違うのは、まだ条件を満たしていないため、即死級の連続技は狙えないという点だ。そのまま刀を振り抜き、フィルベルを地面に叩きつける。
朧丸が間断なく駆ける。このまま画面端に縛り付けたまま1ラウンドを取り返す。
だが。
悠紀の第六感が騒ぎ出す。
フィルベルの姿を1ドット先まで捉えたところで、悠紀は攻撃をすること無く、フィルベルとは反対側にレバーを倒す。
『ブレイブソードっ!』
フィルベルの凛々しい声と共に剣光が閃き、その身体ごと上空へと飛び出す。
起き攻めを切り返すために、リバーサルの無敵技を放ったのだ。
剣先は、朧丸の体力を数ドットを削るのみで、上空で大きな隙を晒すことになる。普通の対戦なら、ここは大きな反撃ポイントになる。
無敵技での反撃を読み、攻勢に転じる。それはどの格闘ゲームにも通ずる反撃の一手。
だが、
『ホーネストセイバーっ!』
空中でフィルベルは剣を構え、刹那の速度で前方、朧丸から見れば後方へと空を駆ける。
グローリーギフトの効果を一段階消費することにより、必殺技から必殺技へとキャンセルを掛けることができるフィルベルのみの特権だ。それはヒット、ガード時限定だが、連続技の発展にも利用でき、このような必殺技のフォローも可能になる、フィルベルの可能性を広げる固有システムだ。
(くそ)
もう少し攻めの判断を遅らせれば、朧丸に剣を触れさせること無く、隙を突けたかも知れない。いや、その時はそもそもリバーサルでブレイブソードを出さなかったかも知れない。
あっという間に、朧丸のアドバンテージは無くなった。
追い込まれたことなど無かったかのように、雨音は攻めを再開させる。
だが、悠紀も後が無い追い込まれた状況だからなのか、相手の動きがよく見える。果たしてそれは感覚が研ぎ澄まされたからか。
雨音を画面端から逃がしてしまうが、それを追い、一瞬の隙を縫い悠紀の攻撃がヒット。それを皮切りになんとか悠紀が一本をもぎ取る。
ここまでは、いつもの雨音との対戦でもよくあることだ。だが、このまま連戦を勝利で終えることは稀だ。
決戦の3ラウンド目。
雨音は完全に後がない状態。
悠紀は後にふたりが控えているも、それがまるで安心材料にならないのはなぜだろうか。
お互いの体力はまだ一本を割っていない。ただ、これからはいかようにでもひっくり返る。
それをお互いわかっているのだろう。足踏みの時間が続く。
張り詰める警戒を斬り裂き、間合いを泳がせ、画面内に2体のキャラクターが揺れる。
悠紀の大きな攻撃が当たり、フィルベルの体力を残り数ミリまで追い込む。だが、このまま逆に仕留めきれなかったことを悔やむ。
雨音のフィルベルが、遠間で剣を振るようになってきた。
牽制、対空を兼ねた剣撃は、ジャンプを警戒し、仮にその間を縫い飛び込んでも、対空技で斬り落とされるだろう。
こちらも牽制に放つ飛び道具も、超反応で飛び道具をぶつけられて相殺される。お互いのEXPゲージが増えるだけの時間が続く。
このまま時間を稼ぐ選択肢も有りだ。
なぜなら、フィルベルのグローリーギフトはレベル3だ。体力面でこちらが上回っていても、十分狩り取られる量だ。時間を稼いで効果を消すのもいい。
けど、ここまで消極的な雨音は珍しい。フィルベルの体力が悠紀とは違い、瀕死間際の点滅を示しているのも焦りを生む理由だろう。攻めるなら、今がチャンスかも知れない。あと一撃叩き込めば終わりだ。
フィルベルが剣を振る。
意を決し、それと同時に朧丸が飛ぶ。
この瞬間、悠紀は勝利を確信した。
なぜなら、フィルベルの振った攻撃は遠距離武器攻撃だからだ。
通常技は、発生時に必殺技コマンドを入力することによって、キャンセルが掛けられる。硬直時間を飛ばし、必殺技に繋げる現象だ。
だが、それは元々キャンセルを掛けられる通常技に限られる。キャンセルを掛けられる通常技は、ヒット、ガード、そして空振りにも関わらず掛けることができる。
だがフィルベルの放った、横に大きく薙ぐように振る剣は、キャンセルを掛けられない通常技だ。空振る隙をフォローして、対空技での迎撃も出来ない。
ピンクの剣の軌道の上を、刀を構えた侍が襲いかかる。このままジャンプ攻撃を当て、KOだ。
が。
悠紀は忘れていた。
雨音が他に類を見ない、獣のような嗅覚に優れた人物であることを。
画面が暗転する。
フィルベルのモーションは、隙だらけの剣を振る動作ではない。剣を握り、刃を上空に斬り上げるモーションへと変化する。
(バカな!)
悠紀は心の中で叫び、驚愕する。
ゲームによっては、キャンセルの掛からない通常技は超必殺技でキャンセルが掛けられるものも多々ある。俗に言う、『スーパーキャンセル』と呼ばれる現象だ。だが、ファンタジア・ヘブンにおいてそのルールはない。キャンセルは、掛けられるもののみ。
ただ。唯一の例外。
ボタン順押し系の必殺技は、そのルールを逸脱する。
必殺技コマンドは、大きく分けると2種類ある。
レバーの動き、プラスボタンという普遍的な必殺技コマンドの他に、ボタンを順に押すタイプの必殺技が存在する。それは、概念的にはキャンセルと言うよりも、強引に必殺技に繋ぐと言い換えることもできる。
そして、今フィルベルが放とうとしている技は、まさにそれだ。
体力点滅時。グローリーギフトレベル3。そして1試合で成立不成立に関わらず放てる、一発限りの必殺技。
『ギャラクシー・エクスカリバー』
この土壇場で。
悠紀のジャンプを誘って。
罠に掛かる羽虫のように。朧丸が、打ち上げるようなピンク色の剣撃に巻き込まれ。
一打、二打。
フィルベルの剣風により、侍が宙に弾かれ。
雨音は、果たしてこれを狙ってやったのか。
勇壮な咆哮と共に、剣を侍の身体に突き立てたまま、画面内で大爆発を伴い、朧丸は地面に衝撃と同時に吐き出される。
悠紀は終わりを覚悟した。
この状況でそれを選択する胆力!
正確無比なコマンド入力!
それに圧倒され、意識を取り戻すのに体感、数秒を要した。
だが、ある意味そのまま倒されていたほうが幸せだったと思う。生存時間がほんのわずか延びただけだからだ。
朧丸の体力、わずか数ドット。どんな攻撃を受けようと、終わる体力だ。
どうする。
もう、雨音の猛攻を捌き切る自信はない。
案の定、フィルベルは止めを刺そうとすでに駆け出している。
情けないが、悠紀はこの瞬間諦めていた。後のふたりに託した。そんな気持ちだった。
いや。
諦めるてたまるか。
それは、雨音にも礼を欠く行為。
どんなにカッコ悪くても、惨めでも。全力で全てを出し切る。
最後の悪あがきで、悠紀は起き上がりにコマンドを入力。
画面が暗転し、構えた朧丸が剣を放つ。
ハイブリッドアーツ『清風明月』。
流麗な動きで相手を切り刻む、刀での乱れ斬り。
残り少ないフィルベルの体力を削り落とそうという算段だ。なりふりなど構っていられない。
雨音のゲージはゼロ。ガードキャンセルの心配はない。だが、全てファストガードで捌かれて反撃で投了。そんな結末を思い描いていた。
だが。
間断なくで響き渡る、硬質の金属音。
朧丸の神速の乱撃を、フィルベルは通常ガード。閃光の乱舞が、フィルベルの体力を容赦なく削ぎ落としてゆく。
そして。
『KO』
試合はあっけなく、拍子抜けするほど簡単に終わった。
画面内では、侍が振った刀を鞘に収める勝ちポーズ。
『準決勝進出は、開花宣言!』
その司会の言葉が耳に届くまで、何を言われたのか、何が起きたのか分からなかった。悠紀の意識に、ゲーム以外の音が戻る。
雨音ほどの人間なら、清風明月を全段ファストガードするのは訳はない。
諦めた?悠紀たちに勝ちを譲った?
雨音の性格上、そんな考えは頭を掠めもしないだろう。
「やりましたよおっ!悠紀さん!」
後から、若葉が抱きつくように悠紀の背中に飛び込んできた。
「信じられない!あの窮地から!」
めろんも興奮を押さえられないみたいだ。だが、悠紀の頭は違うところにあった。
「・・・まずはおめでとう、と言っておこうか」
台の向こうから顔を覗かせたのは、健やかな表情の雨音だ。
悠紀は、これがまだ現実なのかと理解が追いつかない。
「雨音っちのコト、弱くなった、とか思わないであげて」
その後から出てきたのは沙理依、そして。
「雨音は、自分のことを後回しにしてまで、私達の練習に付き合ってくれたんだ」
玲於奈が済まなそうに言う。
そのふたりの言葉に、雨音は咎めるように眉を歪ませるが、沙理依が雨音の背後から抱きしめるようにその身を拘束させる。沙理依の手が雨音の口を塞ぎ、拘束から逃れようとするのと同時にフガフガともがいている。
「雨音っちは、初心者のあーしたちにも献身的だったし」
「そのおかげで精神も疲弊しただろうし、手のコンディションも完全とは言えなかっただろう。自分の練習もろくにできなくなった」
玲於奈は眼下で離せ、と講義している雨音の頭に手をポンと乗せ、
「それでもなお、彼女はそれを言い訳にしようともしなかった。私たちに教えている時も、雨音は楽しそうな顔を崩すことはしなかった」
「うるさいうるさい!黙れお前ら!」
地団太を踏む雨音は、まさにお菓子をねだる子供のようだ。表情は怒りに滲んでいるものの、その顔は真っ赤だ。
「雨音の気持ちも受け取って、思った言葉は飲み込んで欲しい」
沙理依の身体の中に収まったままの雨音の目が、悠紀を見る。
・・・そんなこと、思うかよ。対戦中、間違いなく雨音は悠紀を全力で叩き潰そうとしていただろうし。
「・・・最後の一手は、やけっぱちの悪手だったな」
削り殺しは、何ら禁じ手でもなんでもない。だが、人によってはチープと取られることもあるだろう。
「ただ、お前は確実に強くなった。自信を持って先に進め」
そう言って、雨音はニカっ、と子供のような笑みを浮かべたのだった。




