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ROUND14・リング際の攻防

 ウルティメット・ラウンドを目指して、悠紀は邁進する日々を過ごす。

 土日は対戦に明け暮れ、平日は勉強を疎かにせず、バイトもこなす。

 若葉からの連絡では、3人目のチームメイトである桜田めろんも着々と練習を重ねているという。

 アイドルという職業柄、おいそれと会って近況を聞いたりは出来ないだろうが、それが心配の種にはならないくらい、めろんは強い。

 実際に対戦した日のことを思い出す。

 友人の代わりにアイドルライブに赴き、彼女のファンサービスであるゲームでの対戦会。何の因果か、それをきっかけにチームを組むことになるとは、異なるものである。

 後は、大会当日に向けて努力を怠らないないようにするだけだ。


『こんばんわ、悠紀さん』

 そんなチームメイトの片割れから連絡が来たのはその日の夜である。

 こういう場合、嫌な予感しかないのは考えすぎだろうか。電話越しの若葉の声が、いつもの陽気な感じではないのもそう感じた理由だ。

『・・・うちが、大変なことになってしまって。緊急事態です』

 そう、沈んだ声で若葉は切り出したのだった。


 駅から電車で数駅。

 悠紀は見知らぬ駅で降りる。

 昨晩、若葉から伝えられたこの場所は、若葉の家からの最寄り駅だ。

 教えられた場所は、立派なマンションだ。閑静な住宅街に建つ、首を上げなければ、全景を収めることの出来ないほど。

 そこは、エントランスホールで番号を入力しないと中に入れない、セキュリティの厳しいタイプだ。

 若葉に教えられた番号と共にインターホンを押す。すると間もなく。

『・・・悠紀さん?』

 インターホン越しから、聞いた声が聞こえる。

『少し待っててもらえますか?』

 声は穏やかなお嬢様モードに思える。それは、本来の若葉の姿ではない。そこに違和感を感じる。家なのに、自然体でいられない理由。

 エントランスのエレベーターが動きく反応を見せ、やがて。

 開いた扉から見知った顔を見つけた。

「お呼び立てして申し訳ありません」

 その、お嬢様の仮面が、この状態が異常であると悟る。

 若葉に連れられ、エレベーターに乗り込み、上へ動く感覚。

 やっぱりお嬢様なんだろうな。ビルやマンションの10階以上の階層なんて、足を踏み入れたことなんてない。

 辿り着いたフロアに足を踏み出し、廊下を若葉を先頭に歩く。廊下は、落ち着いたシックな壁が連なる。

 その中のひとつの扉の前で立ち止まり、若葉は『どうぞ』という言葉と共に扉を開け、悠紀をその奥へと誘った。


「いらっしゃい」

 悠紀を出迎えたのは、おしとやかそうな女性だった。その顔に若葉の面影を見る。

「お、お邪魔します」

 もしかするとしなくても、若葉の母親、なのだろう。

 悠紀は、未だ自分が桃原家に呼ばれた理由がわからないでいる。若葉自身は、昨日の電話から今日会う今の今まで、その表情が優れていない。

 玄関を上がり、整頓された廊下を抜けると、広いリビングに通される。

 窓から差し込む日の光が、温かなものと共に部屋の中を照らす。ガラスの応接テーブルを、ソファが囲む。

 だが、その中に置いて、威圧感を感じる何かを見る。

 ソファに、まるで岩石の如く身を沈ませ、腕を組む男性。

 その深く重い目が、侵入者である悠紀を捉えている。

 若葉が悠紀をソファの一席に促す。そこは、その男性のほぼ真正面。テーブルが縦長の幅で隔たりはあるはずなのに、その距離がゼロになるくらいの圧力。只者ではない何かを見た。

 所在なさ気に悠紀はソファの腰を落とす。

「どうぞ」

 若葉の母親らしき女性が、悠紀の前に、琥珀色の液体を注いだカップを差し出した。鼻をくすぐる、甘い紅茶の香りがする。

「母さん、こんなやつに粗茶を出す必要などない」

「お父さん」

 男性の言葉に、咎めるように女性は言う。

・・・何だ?

 悠紀とこの男性は初対面のはずだ。好かれる言われはないとはいえ、嫌われるようなことをされる覚えもない。

「君が、梅津君か?」

 男性が、深く強い言葉で尋ねる。

「は、はい」

「単刀直入に言おう」

 その強さを称えたまま、男性は言葉を続ける。

「娘とは別れて、金輪際か関わらないようにしていただきたい」


「・・・え?」

 悠紀には、聞こえた言葉の意味がわからなかった。

「聞いたぞ。若葉はあろうことかゲームセンターなぞに通い、無駄に金を浪費し、意味のないゲームにうつつを抜かしていることを。あまつさえ、大会に出るなどとほざいている」

 やはり、この男性は若葉の父親。そして、若葉がウルティメット・ラウンドを通じて、自分のしていることを見せたいと、自分の想いをぶつけようとする相手。

 若葉の表情は、沈んでいる。

「大会には出る必要はない。娘のしていることを知る必要もない。娘は来年受験を控えている。遊んでいる時間はないのだ」

 これが昨夜電話で聞いた、緊急事態。一難去って、また一難。今度は、そもそもの出場が危ぶまれる事態となっていた。

 若葉の表情が、曇ってゆく。それは、今まで若葉が打ち込んでいたものを否定するような言葉だからだ。

 恐らく、これが若葉が悠紀を呼び出し、家に連れてきた理由だろう。

 助けを求めてきた。それに、応えられるのか。いや。応えなければならない。

「・・・それは聞きました。若葉が来年受験である身であるのも。それを断ち切るように、今年の大会に懸けているのも。それに向かって努力しているのも」

 友人である亜衣との関係がこじれるのを覚悟で、それでもウルティメット・ラウンドを目指して、その思いを示したことも。

「そもそも君はなんなのだ。娘の名前を馴れ馴れしく呼び捨てて」

 若葉父の額に、見えない青筋が見えた気がした。

「若葉とは、ゲームを通じて知り合いいました」

 去年のウルティメット・ラウンドを見て、若葉が動いたこと。それにより、悠紀と若葉は出会った。

「・・・そもそも、君はそのなんたら、とか言う大会に出たのだったな」

 問いかけるように言葉を吐き、続ける。

「それは君に何をもたらした?何の意味がある?金にならないことに熱中するのを、私は理解ができん」

 ゲームは悪戯に時を消費し、金を消費し、時には悔しさを残し。

 ゲームに理解のない人間には、それに金を落とし、熱を傾けるのを、まるで意味のわからない行為に思えるのだろう。

 そんな人が大会と言われても、それがどれほど大切な意味を持つのかは、理解出来ないのだろう。

「大会に勝とうが、誰かが褒め称えてくれるか?世に名を刻めるか?」

「パパ!」

 思わず、若葉は立ち上がり、叫ぶ。それは、若葉だけでなく、全てのゲーマーに対する侮辱。大会に対する否定だ。

「若葉は黙っていなさい」

 声の音量は若葉より小さいのに、その深く押し込まれるような強さ、迫力はそれを優に上回り。威圧感に負け、若葉は言葉を押し留めた。

「娘にしてやった投資は計り知れない。私には、彼女を一人前に育てる義務がある。これ以上無駄なことで時間を浪費して欲しくはないのだ」

 それは恐らく、全ての親が思っていることなのだろう。手塩に掛けて育てた子供に、輝かしい未来への道を開かせることは、全ての親の責務なのだろう。だからこそ悠紀の親も、亜衣に様々な世話を焼いた。真っ当にしようと動いた。

「君のしていることも無駄だとは思うが、君は私達とは何ら無縁の人間だ。君が何をしようと勝手だ。だが、娘の人生を狂わすことだけはしないでもらいたい」

 その言葉を黙って聞いている若葉は、悔しそうに唇を噛んでいる。若葉の学校での成績は、悠紀の知ることではないが、亜衣からの評判を聞く限り、決して悪くはないのだろう。

 ゲームにのめり込み、勉強を疎かにしないように、その努力も惜しまなかったに違いない。その懸命さが、崩れかけようとしている。

「何の意味をもたらさない、何の糧にもならない。何の金も産まない、何も身に付くことはないゲームはさっさと断ち切り、未来への道の舗装を始めるべきだ」

 部屋に立ち込める、重々しい空気。

 それを割いたのは、悠紀だった。

「確かに、ゲーム、取り分け格闘ゲームは、いいことばかりじゃなりません」

 勝てば嬉しい。負ければ当然悔しい。

 負けた相手に辿り付くため、さらなる練習が必要になる。学生身分でそれを継続するには、金もいる。金は出ていくばかりだ。

 でも、その先の楽しさを知っている。

 いつか松田にも似たようなことを聞かれたっけ。それほどの、腕の怪我を押してまですることかと。

 ゲームを知らない人間に説いても理解が出来ない次元の話かもしれない。ここで、悠紀がいくら思いを説いたところで、分かってもらえることはないだろう。

 だから悠紀は、自分の素直な言葉のみを、想いを吐く。

 「格闘ゲームは誰とでも対等に、同じ土俵で戦うことのできるコミュニケーションツールだと思っています」

 性別も、体格も違う悠紀と若葉が同じルール、同じ環境で戦える。ゲーム以外でそれを可能とするのなら、選択肢は狭まるだろう。

 見知らぬ相手と、画面中のキャラを通じて競い合う。

 「それは、何かスポーツや勉強に打ち込んで、競い合うのと何ら変わりないように思えます」

 ゲームに拒否感を示す人間は、決してそうではないと言うだろう。

 悠紀は、ゲームが大事なのではない。

 ゲーム『も』大事なのだ。

「少なくとも、俺はゲームを通じて仲間、友達、家族。そして」

 傍らの若葉を見て。

「若葉に出会えた」

 若葉の潤んだ目が、悠紀を見上げる。

「それは、なんら無駄なことだとは思いません。俺の人生に組み込まれた、俺を構成する一部です」

 この世に、無駄と言われているものなど山程ある。

 その無駄なものを自分に必要か否かをいちいち取捨選択するのは面倒で。

悠紀は決して器用ではないし、与えられたもの以外の勉強だってしたくない。悠紀の腕の許容量は限られている。だから、全てを受け入れた上で、自分の好きなことをする。

 若葉の想いも、めろんの気持ちも。

「・・・若葉も、そう思っているというのか?」

 若葉の中で、ゲームという存在が、どれだけの比率を持つのかはわからない。  

 だが、自分を変えようと、父親の認識を変えたいと思うくらいに思っているのは確かで。だからこそ、あの日の海で、涙を流したのだと思う。

「せめて、次の大会。娘さんのしていることを見守ってあげることは出来ませんか」

 悠紀の言葉に、若葉父は腕を組み、思案。

「お父さん」

 若葉の母親が、諌めるように、言う。

「・・・その大会とやらは、夏休みにあるのだろう?」

 夏休みの中頃。

 ビッグスクエアを舞台とした、日本最大クラスのゲーム大会。その日まで、もう時間はない。

「ここの家からだと、早朝始発の電車に乗らなければ間に合わない」

 まあ、そうなるだろう。去年も朝も早くに電車の揺られたのを覚えているからだ。

「夏休み、朝。見知らぬ男と遠出をするのを、父親として許しておけるはずがない!」

「え?」

 思わず、若葉は間抜けな声を出す。

「お父さんね、今まで言っていたことよりも、それが心配なんだって」

 若葉母は、可笑しそうに笑いを噛み殺す。

 娘。しかも若葉はまだ中学生だ。朝早く、それもクラスメイトの兄とは言え、男とふたりで出かけることを心配していたのだ。

「勘違いするな。ゲームが下らんものだと思っているのは事実だ。どんな言葉で取り繕ろうとな」

 部屋の中を一瞬、柔らかくなりかける空気を、若葉父の言葉で引き締められる。

「もし仮に、若葉の出場が白紙になった場合、君はどうする?」

 ここで最悪の事態に陥り、若葉の大会出場が認められない未来が起きたら。

 少し前の悠紀なら、あがいていたかもしれない。けど、不思議と今は違う。

「諦めます。誰か代わりを擁立してまで出ようとは思いません。残りのチームメイトには頭を下げて謝ります」

「随分とあっさりしているな。君にとって、所詮その程度のものなのだ」

 嘲るように、若葉父は笑う。

「俺は、大会に出たいからメンバーを集めてました。けど、今は若葉とだから大会に出たいと思っています」

 確かに、最初は若葉からの打診で始まった。

 「若葉から打ち明けられました。父親が若葉の情熱を傾けているもの。ゲームの存在を認めて欲しいと」

 それが叶いそうにない今。せめて、自分の本音を含め、最後の1回こっきり。それを許してもらおうと奮闘する若葉を近くで見てきた。

 その思いにほだされた訳では無い。それで転がり込み始めたチャンスを不意にする。考えたらバカらしいだろう。

 「俺は、それを叶えてあげたい」

 それが、自分の夢と重なっただけの話だ。 

 ただ、純粋なる若葉の強さ、懸命さ。それに動かされたのだ。それが叶わないのなら、意味はない。めろんには悪いけど。

 しばらくの静寂。

 口を開いたのは、若葉父だった。

「・・・分かった」

 その場にいた全ての目が前へと集まる。

「今回限りの特例だ。勘違いするな。若葉が今後の憂いを無くし、後腐れなくゲームへの未練を断ち切り、未来へ健やかに望むためだ。それ以外の他意はない」

 表情を綻ばせたのは若葉だ。

「・・・パパ」

「ただし、定期的に私への連絡を怠らないように。少しでも滞るのなら、首根っこ捕まえてでも引きずってでも連れ帰る」

 難しい顔はそのままに、若葉父は告げた。それが、最大限の譲歩なのだろう。

 これで、若葉のウルティメット・ラウンド出場という最大の目的は達成出来そうだ。

 後は、寝坊遅刻をせずに、会場に辿り着けるかだ。エントリー出来なかったら目も当てられないぞ。

 若葉父の性格上、前乗りなんて許さなそうだし。それどころか、悠紀はボコボコにされそうだ。

 すっかりぬるくなった紅茶をいただく。冷静を装っていたが、喉がカラカラだ。

 若葉父のプレッシャー、それは画面端で最後1ドットの攻防の如く。

「新しいお茶、いかがですか?」

 若葉母に勧められ、あっという間に空になったカップに、湯気の立つ琥珀色の液体が注がれる。

「・・・よかった」

 温かいお茶が口に広がる頃。隣から若葉の深い息が聞こえた。それは、本当に心から。

「・・・これで、本当に首の皮が繋がったな」

 雨音とのチームを悠紀による勝手な解散から始まり。チームメイト集め。

 めろんを擁立し、順風満帆と思いきや、悠紀の腕の負傷。それにより、予選敗退。

 若葉は自分に対するけじめとして、友達である亜衣へ本当の自分を見せた。 

 それを乗り越え、今日。

 安堵の息を吐いても、バチは当たらないだろう。

 無遠慮とは思ったが、悠紀は背中に柔らかい背もたれに全身を投げ出し、しばしの安息を享受したのだった。

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