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ROUND13・夏の続きへ、夢の始まり。

 若葉が決戦の場として指定したのは、トライフォースだった。

 はっきり言って、亜衣に不利な条件だ。

 リンドバーグよりは客層が激しくなく穏やかだろうが、家ではなくゲーセンでの勝負を選ぶ辺り、その行動は若葉に手段を選んでいられない焦りとも取れる。

 自分であんなことを言った以上、若葉の性格上、本当にチームを去るつもりだろう。ならば、有利な地に引きずり込む作戦に、なりふり構っていられない思いを見る。

「ああっ!亜衣ちゃんだぁっ」

 リンドバーグの女性店長、舞麗はその珍しい客の姿を見つけるやいなや。

「わぷっ」

 舞麗の豊かな身体に、亜衣はまるで吸い込まれるように誘われた。

・・・兄妹揃って同じことをされるのはさすがに恥ずかしさすらあるな。

 舞麗も、亜衣の性格も悠紀を通じて知っている。亜衣も、対面して緊張しない数少ない相手だ。

 顔見知りがいる分、亜衣は気が楽になるといいが。

「珍しいね。亜衣ちゃんが来てくれるなんて」

「ええ。ちょっとややこしいことが起きまして」

 悠紀サイドの深刻さとは裏腹に、舞麗は分かっているのかいないのか、ふうんと呑気な言葉を返すのみだった。

 おあつらえ向きに、ファンタジア・ヘブンの筐体は対戦台が丸ごと空いている。

 だが考え方を変えれば、これは歴史的な変換点だ。

 外出をしない亜衣。それがトップクラスの実力を持つ若葉とゲーセンで対戦をするのだ。こんな状況でなければ、もしかしたら泣いてしまっているかも知れない。

「お兄ぃ」

 ポツリ、と小さな声で、亜衣は兄の名を呼ぶ。

「お兄ぃのカード、借りてもいい?」

 亜衣はゲーセンでゲームはしない。そんな人間は、当然カードなど持っている訳はなく。

「お兄ぃが一緒なら、力をもらえる気がするから」

 うつむき気味に、言う。

 悠紀はポケットからカードと、プレイ料金である100円硬貨を亜衣の手の中に握らせた。

「・・・いいの?」

 お金の方に関しては予想外だったのだろう。

 悠紀の頷きを見ると、亜衣はその顔に笑顔をほころばせた。

「ほーら。またイチャついてる」

 何故か半眼の目を悠紀に飛ばし、若葉は背中合わせの筐体の向こう側へと消える。

「行って来い」

 そう言って、悠紀は亜衣の髪を撫で、送り出す。決意を込めた顔で、亜衣は片割れの筐体へと向かった。

 若葉はスムーズな動きで硬貨投入とカードの読み込みをスムースにこなす。

 亜衣はゲーセンの筐体どころか、椅子にすら座ったことがないだろう。ソワソワした様子で椅子に腰を落ち着ける。

 カードリーダーにカードを乗せ、コインを滑り込ませる。子供のお遊戯会を見守る親というのは、こんな気持ちだろうか。

 逸る気持ちを抑えつつ、悠紀は亜衣がスタートボタンを押す指の行き先を目で追ったのだった。


 相変わらず若葉の戦績は、女子中学生としては異常といえるほどの高アベレージを誇っている。もはや一端の格闘ゲーマーと言われても何も疑わない。

 リンドバーグでの予選会敗退から、腕に磨きを掛けてきたのだろう。のちに控えている当日予選に掛ける思いが伺える。無論、それはただの数値でしかない。

大会には、リリンだけでは計り知れない者が渦巻き、いつもの動きすらを抑制するなにかがある。

 一方、亜衣サイドのディスプレイ。それはすなわち悠紀の戦績で。悠紀も負けず劣らず、あれから対戦を重ねて修行中だ。

 カーソルが、お互いあるキャラクターで静止する。

 竜の女王、デュラノア。若葉の持ちキャラだ。

 対する亜衣。

 リリース直後から、悠紀は使用キャラクターを朧丸からぶれたことはない。

 朧丸のみの使用回数が積み重なったカードに、初めて別のキャラクターが登録される。

 ガンツ。

 黒い蒸気機関を備えた鎧を身に纏った、重量級とカテゴライズされるキャラだ。

 亜衣の事実上のゲーセンデビューに舞い上がっていたが、冷静になってみると、この時点でふたりの間の旗色の傾き具合を思い知らされる。

 デュラノアは、当ゲームきっての強キャラなのは揺るぎない。もっとも、その力を享受するには、それに見合った修練と腕が必要だ。当然、若葉はその領域にいる。

 対するガンツは弱くはないが、あらゆる面でハンデを背負っている玄人好みのキャラだ。

 そもそも、悠紀は亜衣がゲームをしている姿は家でしか見ていない。ネット対戦ぐらいは嗜むだろうが、それで若葉を下せるほどの力が備わるかと言われれば疑問が残る。

 たまに悠紀は亜衣の相手をすることもあるが、そこで悠紀は常勝だ。妹相手に大人気ないと思うかも知れないが、そこで決して甘やかさないというのが悠紀のルールだ。

 下手をすれば、これは亜衣にとって、最も残酷な結果の待つ試合かも知れない。何も出来ずに惨殺されるかも知れない。

 それを悠紀は見守らなければならない。例え、どんな結末だろうとも目をそらさない。それが悠紀の義務だ。


 ガンツは、キャラクターランクで言えば、ファンタジア・ヘブンでは低層に位置づけられているキャラだ。

 攻撃力に関してだけで言えば、どのキャラもシステム上、水準以上はある。

 ガンツの決定的な弱点は、あまりにも遅すぎる機動力だ。

 デュラノアやデモネードはその鈍重な通常移動を補う空中含むダッシュを備えている。だが、ガンツに関してはその機動力を補うダッシュ自体を所持していないのだ。突進系必殺技を用いるか、地響きが思想なほどの通常移動でじりじりと、ガードを仕込んだジャンプで間合いを詰めるしかない。

 その欠点を持つガンツは、高速で移動するキャラを捉えることが難しい。それがガンツの最たる弱点だ。

 画面端に押し込んで、そこから逃れることの出来ない攻めとプレッシャーを掛け続ければあるいは。最も、それが一番難しいのだが。

 悠紀の喉が鳴る。

 かくて、若葉と亜衣の対戦は始まった。


 初手から、亜衣は押し込めれている。

 やはり、中断下段の変幻自在の攻めに、亜衣は防戦を強いられている。だが、まだ体力ゲージを目に見えて減らしていないのには驚いた。

 だが、画面端に追い込まれている状況は、不利以外の何者ではない。

 ガードを巧みに振る若葉に、亜衣は揺さぶられずに食らいついている。

 だが、こんな状況が続くとは思えない。完璧な人間がいないのと同様に、完璧なガードは存在しない。

 苦悶の表情でデュラノアの攻めを捌く亜衣に対し、若葉は涼しい顔でレバー操り、ボタンを弾く。亜衣のガードですら想定内のように。

 若葉は下段判定のしゃがみ弱キックをガードさせ、タイミングをずらしたレバー入れ弱キック。

 デュラノアが大きく足を振りかぶり、爪先を振り下ろす。

 それをガンツは食らう。

 デュラノアの中断判定の特殊技だ。当然、下段ガードが出来ない。

 その隙を付き、再度しゃがみ弱キック。再びレバー入れ!

 ガードを揺さぶる連携は、知らない相手には面白いように決まる。

 今度の亜衣の選択は。

 ちゃんと立ちガード!

 しっかりと見えている。同じ轍を踏まないと言わんばかりに。

 だが。悠紀は失念していた。

 対戦台の向こう側にいる若葉が、凄まじい腕を持つ女子中学生だということを。

 デュラノアの足先は、ガンツには届かなかった。

 その代わりに、画面が暗転する。

 自分よりも大ききい巨漢を、細腕の竜の少女が掴み掛かる。

 デュラノアのハイブリッドアーツ『アポカリプス』!

属性は、『コマンド投げ』。

 ゲームでは、体格の差など関係無いと言わんばかりに、デュラノアがガンツを上空へと放り投げ、口から炎を吐き出し空中の相手を炙る。

 レバー入れ技は、ヒット、ガードに関わらず、キャンセルはかからない。ただ当たる直前、出掛かりならばその限りではない。俗に言う空キャンセルと言うテクニックだ。

 ガードを揺さぶる連携を仕掛け、再度そのパターンに持ち込もうと思わせ、投げを通す!

 接近戦のスペシャリストであるガンツのお株を奪う、投げによる攻撃。

 まだ序盤。ラウンドも残っている中でこの行動。

 大胆かつ豪快。ゲージなど、攻めている間に貯まるから、と言わんばかりに。

 火だるまになったガンツが地面に落下するのを見届け、斜めに飛ぶダッシュから、地獄の攻めを再開させる。

 後は無惨な展開だった。

 結局、1ラウンド目は、若葉が一ミリも体力を減らさずに勝利。

 若葉の翳ることのない戦闘意欲が猛る。

 淡い気持ちを抱いていた。ひょっとしたら、いい勝負を見せるのではという希望を見た。

 ここまでの差があるとは。

 格闘ゲームは、現役がもっとも強い。

 例え、それを超えるセンスを誰かが持ち得ていようとも、それを実戦で磨き上げなければ、それはただの才能の埋没で終わる。

 亜衣も、決して弱くはない。だが、百戦錬磨の若葉の前では、凡百の強さに過ぎない。

 2ラウンド目。

 苦し紛れの開幕しゃがみ強武器がダッシュ途中のデュラノアに刺さり、撃墜する。

 起き上がりを攻めようとしても、まるで無い機動力の前では、いかにガンツが甚大な攻撃力を持つとしても、捉えられなければ意味はない。

 再度、攻めに転ずる若葉。

 容赦ない攻撃は、容易にガンツの体力を奪っていく。

 ガンツの鎧が開閉し、白い蒸気が吹き出す。

 ガンツ特有の固有システム、『蒸気ゲージ』だ。

 EXPゲージとは別に、気温計のようなゲージが体力ゲージの下に表示されている。

 各種必殺技を行使することによりそれは増加する。100%を超えると、ガンツの攻撃力は上昇する。いいことづくめのように思えるが、100%を越えて数カウント経過すると、強制的に冷却され、数値が0を下回る現象が起こる。

 オーバーヒートと呼ばれる現象だ。 

 排気は、蒸気ゲージを消費し、白い煙を吐き出す、ガンツのインディビジュアルアクションだ。攻撃判定を持ち、攻撃を兼ねる。

 ガンツのオーバーヒートの状態を引き起こさないように排気を使い、100%を維持しつつ戦うのがガンツ使いの腕の見せ所、なのだが。

 高速化する対戦に置いて鈍重、さらに蒸気ゲージにまで意識を回すのは並のプレイヤーでも困難だ。現に、亜衣はせわしなくレバーとボタンを回し、蒸気ゲージの維持に加えデュラノアの攻めを捌かねばならない。

 排気による意識の散漫。元より実力差のある若葉と亜衣。

 実力者に、素人に毛が生えただけの亜衣が敵う道理はない。

 根性、気合と言った精神論が通用しない。奇跡が敗者を救うことはない。 全ては研鑽された実力のみが物を言う世界。でなければ、腕を負傷していた悠紀がウルティメット・ラウンドの決勝に進む世界線があったかもしれない。

 若葉も、亜衣の実力を見切ったのだろう。

 そこからはもはや惨殺ショーだ。

 悠紀も、このまま3ラウンド全てが体力を半分も減らすこと無く若葉の勝利で終わると思っていた。

 ガンツの対体力残り数ミリ。

 デュラノアの翻るスカート。襲う爪先。中段のレバー入れ弱キックだ。

 これが刺さって終了。悠紀もそんな結末を思い描いていた。

 だが。

 デュラノアの足がガンツに触れる瞬間。

 画面が暗転。

 まさか。

 悠紀の身体が震える。

 ガンツの黒腕が、デュラノアの細い身体を掴む。

 ガンツの背負った機械の鎧が火を吹き、デュラノアごと上空に飛び出し。

 高速回転を加えた動きと共に。

 画面が揺れる。

 デュラノアを伴ったガンツが、手の中の相手を思い切り地面に叩きつけたのだ。

 ガンツのハイブリッドアーツ。『メガ・スチーム・ドライバー』!

 画面が大きく揺れ、デュラノアの体力を一気に奪う。

 それはもはや法外な威力。

 リスクを伴うコマンド投げは、総じて威力が高い。それでも、今のガンツの技はそれを逸脱している。

 その原因は、蒸気ゲージが臨界まで達していたことだ。

 排気により、オーバーヒートを起こすギリギリで調整し、攻撃力上昇を維持していたのだ。

 それだけにとどまらず、針の穴を通すような、レバー入れ弱キックの隙を狙ったこの動き。

 興奮するなという方が無理だ。果たして亜衣はこれを狙ってやったのか。だとするのなら凄まじい慧眼。若葉の油断があった、とは言い訳にならない。

 だが、亜衣の見せ場はそれだけで終わった。

 体力を瀕死寸前まで減らした若葉は、それでも焦ることはない。冷静にガンツに止めを刺して、KO。

 かくて、悠紀を巡る対戦はあっけなく終わったのだった。


 亜衣は、対戦が終わるなり悠紀の胸の中に飛び込む。声を押し殺すように。

 悠紀の胸に熱い物を感じる。服に涙が滲むのがはっきりと分かる。

 舞麗はその様子に、あわあわと慌てふためく。

「すごかったぞ、最後の2回転」

 悠紀は亜衣の胸にうずもれる頭を優しく撫でてやる。悠紀との対戦でもお目にかかれない、必殺の一撃だ。

「あーあ。これじゃ私が悪者みたいじゃん」

 その様子を視界の端に収め、若葉は嘆息しつつ頭を軽く掻く。

 この瞬間、若葉が悠紀とのチームが健在となり、それは確固たるものになった。

 でも、そのせいで友達を泣かせてしまった。もしかしたら、亜衣は若葉を許さないかもしれない。だけど、もう引き返せない。

 必ず当日予選を突破し、本戦へ進む。それしか亜衣に合わせる顔はなく、報いる手段を知らない。

「若葉ちゃん」

 涙で濡らした目のまま、亜衣が言う。

「お兄ぃを、よろしくお願いします」

 そう言って、気丈にも頭を下げたのだ。

「亜衣、ちゃん」

 ニカっ、と亜衣は笑みを浮かべ

「お兄ぃを決勝に連れていかないと、許さないんだから!」

 涙を溜めた笑顔で、亜衣はそう、力強く告げた。

 そして、その涙の先を再び悠紀の胸の中に定めた。

 舞麗は、そんな光景を見て号泣していたのだった。


 落ち着いた亜衣を連れ立って、帰宅の路。

 トライフォースの中で、そのまま解散の運びとなった。

 悠紀と亜衣は、固く、手を繋いで。

 商店街を行く顔見知りにそれを指摘され、冷やかし半分に言われるが、今はいい。頑張った亜衣へのご褒美だ。

 悠紀のカードには、使ったことの無いキャラクターの敗北数が刻まれたが、それ以上の上回るものを見たような気分だ。

 亜衣は繋いでない方の手を、ご機嫌のように振りながら。商店街の中田方を揃えて歩くのだった。


 亜衣は昔、家に引き籠もっていた。

 いじめられていた訳じゃない。

 学校が嫌だったわけじゃない。

 嫌なのは、大勢の前に出ると、何も出来ない自分だった。言葉が詰まり、目の前が真っ暗になる。

 両親はそんな亜衣を案じて様々な解決策を提示したが、部屋の閉じこもることこそが彼女の安息の場所だったのだ。

 兄は。

 ある意味我関せず。けど、突き放す訳では無く。

 ある日、兄の部屋を覗き込むと、激しい音がする。

 玉の付いた棒と、ボタンを弾いてゲームをしている。

 興味を引かれ、おずおずと部屋に踏み入れる。

 兄の隣で身体を抱えながら、その光景を眺めるのが日課となった。

 兄が学校から帰ってくるのが待ち遠しかった。

 剣を持った侍が、大柄の黒い鎧を纏った巨漢を斬り伏せていく。なぜか黒い大男は何もせずぼっ立ち。それが後にトレーニングモードであることを知る。ガタイの大きいキャラは、総じて連続技の相手にされるらしい。それも後に知った。

 兄は、横で微動だにしない亜衣を追い返すことも、ゲームに誘うこともしなかった。

 兄がトイレに発つ間に、レバーに触った。熱く、それには先程まで兄が握っていた息遣いを感じた。

 戻ってきても、兄はそこから引き剥がそうとはしなかった。

「・・・やってみるか?」

 その兄の優しそうな声を、亜衣は今でも覚えている。

 そして、兄のトレーニング相手のキャラを、持ちキャラとしたのだ。

 それがまるで、兄と遊んでもらえているような気がしたからだ。

 それをきっかけに、亜衣は変わっていった。

 学校に行けるまでになった。

 自分とはまるで違う。大勢の前で戦いを繰り広げる兄を、亜衣は誇りに思っていた。そんな世界があったのだと。世界を広げてくれた。変えてくれた。

 兄は、亜衣にとって、ヒーローで。

 恩人で。

 大好きなお兄ちゃんだ。

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