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ROUND12・修羅と羅刹と

「この瞬間ッ!優勝は、『天上天下』ッ!」

 司会者が、会場を埋め尽くす観客を煽るように言葉を吐き出す。会場を揺らすとはこのような状況のことを言うのだろう。

 司会が吐いた叫びが上空へと霧のように溶け、それは立ち上る煙のようにも見える。

『アマネとゆかいななかまたち』の夏は終わった。

 今でもたまに夢に見る。

 悠紀たちは全力を尽くした、はずだ。後悔はない。

 今までで一番の動きが出来ていたはずだ。それでも届かなかった。

 相手は『天上天下』という、チームの名に違わぬ強さだった。

 先鋒、次鋒の動きとは全く噛み合わず、チームメイトは安々と撃破され、その日大将を任された悠紀は、相手のふたりを何とか追い返すも、座する3人目、相手チームの大将戦で力尽きた。

 1ラウンドも返すことの出来なかった、完璧な敗北だった。

 あの苦い思いをした夏。

 その無念を晴らす時が来た。

 悠紀の決意は、固い。

 築き上げてきた力をぶつける時は、今だ。


 時間は少し巻き戻る。

 肌蒸す夏から、涼やかな風が残る初夏へと。

 そんな爽やかな時候とは反対に、見えないオーラにより、梅津家の玄関先では、今までに感じたことのない、ドラマの中でしか見たことの無いような修羅場にも等しい険悪な雰囲気が支配していた。

 悠紀を挟んで、片方には若葉。

 相対するのは険しい顔の亜衣。

 驚くべきことは、知りうる限りでは悠紀の前以外では見せていない、若葉の『本性』を見せつけるかのように、亜衣の前で堂々と不遜な態度を見せていることだ。

 彼女本人から聞いた話では、学校では猫を被ったかのようなお嬢様を演じていたはずだ。己の性格を隠すような、偽りの鎧を。

 悠紀の額には、滲む汗が頬を伝おうとしている。

 なぜこんな状況になったのか。

 それは数時間前までに遡る。


『リンドバーグ』での『ウルティメット・ラウンド』本戦への切符争奪戦に破れて久しい。

 日中は暑さが段階的に増していき、あの時の思い出を引き起こそうとしている。

 そんなある日の夜。

 枕元に置いていた悠紀のスマートフォンが鳴る。

 明日は日曜だ。遅くまで起きていようと誰に咎められることはない。休日は来たるべき当日予選に向けて、己の腕を錆びつかせないようにするべく、ゲーセンでの対戦に興じようと考えている。

 そんな気持ちでベッドに寝転んでいた時だ。

『夜分遅く、すみません』

 耳に届いたのは、珍しくも殊勝な言葉遣いの若葉だ。

「・・・おう」

 その態度に、悠紀は何やら不審な物を感じ取る。考えすぎだろうか。

『明日、悠紀さんのお宅に伺っていいですか?』

 電話の要件を待っていると、聞こえたのはそんな言葉だった。

 亜衣と遊ぶのなら、わざわざ兄貴の許可を伺う必要などない。悠紀は、その言葉の中に決意めいたものを感じていた。

『明日、亜衣ちゃんに本当の姿を見せたいと思いまして』

 若葉は、学校でも家でも猫を被ったお嬢様を演じている。

 素の自分を見せるのは、悠紀の前だけだった。それだけでは胸を詰まらせるような息苦しさからは開放されなかったのかも知れない。素を向けられる安心感には至らなかったのかも知れない。

 少なくとも友達である亜衣の前では、自分を曝け出したかったのかも知れない。それにより、亜衣と若葉の関係が変化するかも知れない。

 だから、悠紀は若葉の勇気ある行動を止めようとはしなかった。。

「そっか」

『卒業まで黙ってるわけにゃいきませんし、いつかは見せなきゃいけないことですし。今後の憂いを断つという意味でも必要なことだと思うんです』

 それに関して、悠紀がとやかく言うことではない。

 どんな結末が起きようとも、悠紀は受け止めてやるべきだ。勿論、同じ大会を志す仲間として、だけど。


 と、昨夜に込めた決意とは裏腹に、朝っぱらからソワソワしている悠紀を、亜衣は訝しげな目で兄を見ている。

 朝食を食べている時の所在なさげな兄の様子は、奇妙を通り越して不審だったであろう。

 時計の針が二本とも頂点を回る前。家のチャイムが鳴った。

「はーい」

 ぱたぱたとスリッパを滑らせながら、亜衣が応対する。これも人見知りの妹にしては著しい成長だ。ちょいと前までは、ネットで買った品物ですら受け取ろうとはしなかったのに。

「うえっ!?若葉ちゃん!?」

 玄関先から聞こえて来たのは、驚いた様子の妹の声だ。・・・来たか。

「おじゃましまぁす、若葉ちゃん」

 その声から察するに、最初から猫を被りモードを解除してきたようだ。声だけで判別できるとは、悠紀も毒されてきたのだろうか。

 悠紀も玄関に顔だけを覗かせると、亜衣はいつもと違う友人の態度に戸惑っているようだった。

 若葉は様子を伺うように顔を覗かせている悠紀に気がつくと、ニコっと笑みを浮かべる。

「お兄さんも、こんにちわぁ」

 語尾にハートの見える言い方で、戸惑う亜衣を尻目に悠紀に向かって、手をひらひら振る。

「え?若葉ちゃん、喋り方が」

 それどころか、悠紀が知り得ぬ学校での作法や所作までもが違う様子に、ただただ驚いている。

 若葉は友人の顔を不敵な笑みで滑らせ、見る。

「・・・今まで隠していてごめんね?これが、本当の私なんだ」

 この瞬間、纏ったお嬢様像を亜衣の前で脱ぎ去った。初めて若葉が我が家に来訪した時も、悠紀の前以外では若葉はお嬢様を貫いていた。

「・・・お兄ぃ、知ってたの?」

 くる、と振り返る亜衣の表情は、処理できない、零れそうな戸惑いで溢れている。

 悠紀の無言が、それを肯定だと示している。

「私ね、亜衣ちゃんの思っているようなお嬢様じゃないんだ。お淑やかでもなんでもない」

 ふ、と寂しそうな表情。

「ゲームが大好きな、ただの女の子なの」

 それだけは、強く、しっかりとした口調で、言った。

 亜衣は、何かに気付いたように目を見開き、悠紀の顔を見る。

「・・・もしかして、お兄ぃのチームメイトって」

 先日のウルティメット・ラウンド店舗予選で、かつてのチームで出場しなかったことを亜衣は不思議がっていた。

「私だよ。結果はダメだったけど」

 それは若葉のせいでも何でもない。直前で怪我をした悠紀の落ち度だ。

「若葉ちゃん。お兄ぃ、そんなこと、一言も」

 明らかに動揺を隠せない亜衣。

「でもぉ。それって亜衣ちゃんに言わなきゃいけないことじゃないでしょ?私が悠紀さんを誘っても、亜衣ちゃんに許可がいる話じゃないもんねぇ」

 若葉の言葉に気圧される亜衣。

 それは、急な口調の反転に対応出来ないからだけではあるまい。

「前々から思ってたけどぉ」

 細めた目を亜衣に向け、若葉は愉しそうに笑う。

「亜衣ちゃんって、お兄さんに依存しているところがあるよね。口を開けば『お兄ぃ、お兄ぃ』って。自慢のお兄ちゃんなのは解るケド、聞いてるこっちが恥ずかしくなっちゃう」

 そう言いながら、手をうちわ代わりにして顔を仰ぐ仕草。

「知ってる?それ、ブラコンって言うんだよ」

 その言葉に、亜衣は顔を真っ赤にさせ、

「し、知ってるし!だからなに!?」

 半ギレのように、亜衣は抵抗。

「兄妹のイチャイチャほど見てられないものは無いよぉ」

「い、いいんですっ!」

 もはやヤケクソ気味だ。・・・当然、いいわけないだろう。

「そんなお兄ちゃん大好きな妹はとっとと卒業してもらって、後腐れなく私と組んで大会を目指して貰いましょう」

 ね、と若葉は片目を瞑って、ウインクを悠紀へと飛ばす。

「だ、だめっ!」

 そう一際大きな声を上げたのは、亜衣だった。

「ウルティメット・ラウンドは、私と出るんだもん!」

 その宣言に、悠紀は衝撃を受けた。そんな言葉を妹の口からは聞いたことがなかったからだ。

「でもぉ、亜衣ちゃんは人混みが苦手なんでしょ?大勢の人波で溢れる会場に、耐えられるの?」

 今でこそ少しマシになったが、大勢の人間の前にすると緊張が身体を強張らせる亜衣にとって、ゲーム大会の会場などその最たるものだろう。

 学芸会ですら身を固めるというのに、それ以上の人でひしめく舞台でまともに動けるかと問われたら、悠紀は疑問符は拭えない。

「・・・今は、まだ、無理だけど。いつか、お兄ぃとゲーム大会に出たいんだもん。それまでは、誰とも出てほしくない。少なくとも、自分の知っている人とは」

 知られざる妹の気持ちを知り、悠紀は言葉が上手く告げないでいる。

「トラくんや雨音ちゃんは仕方ないけど、私がゲーセンに行けるぐらいになれたら、お兄ぃと出たいってずっと思ってた」

 顔を赤くさせたまま、亜衣の視線が悠紀に向けられる。

「それが、お兄ぃへの恩返しだと思ったから」

・・・恩返し?

 自分は、果たして亜衣に何かしてやっていただろうか。恩を受けるほどの何かを。

「麗しい兄妹愛ですねえ」

 そんな空気を、若葉の言葉が割って入る。

「でも、私もここで引き下がるわけにゃいかないんです。どうしても、お兄さんと組まなければならない理由があるんで」

 自分を縛り付ける枷からの脱却。

 父親への反発。

 その手段を、若葉はウルティメット・ラウンドに懸けている。

「勝負しない?亜衣ちゃん」

 亜衣の目が、若葉へと向かう。

「ファンタジア・ヘブンで」

 もしかしたら、若葉はこれが目的だったのかも知れないな。

「私が勝ったら、お兄さんを遠慮なくいただきます。私が負けたら、チームから抜けます」

「ち、ちょっと待て!若葉!」

 なんてことを言いやがる。

 せっかく3人目が入ったというのに、また抜ける可能性が出来てしまった。これでは堂々巡りじゃないか。

 若葉の腕を疑っているわけではない。けど、万が一もある。

 対戦は絶対ではない。何か、小さな綻びで瓦解することもある。悠紀はそれを勝利と同じくらい、それが理由の負けを喫してきた。

「考え直せ若葉!」

 その静止は切なる願いだ。はっきり言って、これ以上メンバーが増減する事態に陥ってほしくはない。

 亜衣の気持ちも嬉しい。悠紀のやってきたことを追うようにゲームを趣味とする亜衣が、自分と大会に出たいと言ってくれたのだから。

 だが、仮に亜衣が勝っても亜衣がチームメイトに足る逸材かと言われたら、手放しでは喜べない。やはり、その緊張に陥る体質はネックだ。

 悠紀は両者の間に割って入り、お互いの顔を交互に見る。

「悠紀さんは黙ってて」

「お兄ぃは黙ってて」

 それを退けるように、若葉と亜衣の声がシンクロする。

 亜衣は決意を込めた目で、若葉を睨む。そして。

「売られたケンカ。買ってやろうじゃん!」

 亜衣も火が付いたのか、やる気だ。

 どうなっちゃうんだよ、コレ。

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