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ROUND11・ひとつの結末

 今回の大会は総勢16チームがエントリーした。

 トーナメント表を見て驚いたのは悠紀だけではないだろう。

 第一試合『開花宣言』。

 第ニ試合に虎一のチーム、『風輝学園ゲーム同好会』の名が。

 仮に両チームが勝ち上がれば、次の試合でぶつかる。そして、どちらかが必ず脱落する。

「いきなりですね」

 とうとう訪れる開戦の火蓋。準備する間もなく、悠紀たちは筐体の前へ移動。

「ドキドキするよ」

 さしもの若葉、めろんも武者震いが収まらないのか、深呼吸を繰り返している。まず、ここを突破しなければ何にもならない。

 相手チームは全員男子で、少なくとも高校生ではないだろう。その分、悠紀たちよりも知識も経験も上回っているかも知れない。

 両チームが軽く会釈し、じゃんけん。

 筐体の位置かキャラクターの後出し権の選択。相手のキャラクターを見て有利なキャラクターを当てるのも立派な戦略だ。

 若葉がじゃんけんで負け、相手チームがキャラクター後出し権を選択、台は1Pを選択。

「先鋒は私でいいかな」

 こういう大会は初めてだと言うめろん。慣れるという意味で出てもらった方がいいかも知れない。若葉もそれに同意。

 めろんこと、プレイヤーネーム、『アンデス』。恐らく最近カードに対応させたのだろう。戦績が著しく低い。もちろん、事情を知っている悠紀には、それは心配の種ではない。

 相手の先鋒は、派手な髪色のめろんを見て最初は驚いた表情をしていたが、やがて険しい顔を解除させる。

 ここで相手はその対応が間違ったものだと気づくだろう。

 めろんのデモネードは、相手に何もさせずに蹂躙する。凶悪なまでの徹底した起き攻め。悠紀と戦った時よりも磨きがかかっているような気がする。

 続く次鋒も難なく下す。負けて悠紀まで回すまいという気概すら感じる。

 だが、ここがシングル戦とは違う点だ。負けてもすぐプレイヤーが対戦で感じた事を後発に伝えられる。シングルでも戦っているところは見られる訳だから、似たような戦略は立てられる。だが、伝達速度は比べるまでもない。負けてもただ悔しがるだけではない。すぐさま後方に情報を耳打ちし、共有している。 

 だが、相手の次鋒もめろんは下す。めろんの動きも一枚岩ではない。

 相手チームの大将は流石の意地でめろんをなんとか退ける。

 だが、立ち塞がる次鋒はさらに頼りになるチームメイトだ。悠紀、そして前大会で見せたキレを超える動きで相手大将を完封。

『開花宣言』は無事、一回戦を突破。遠くの人垣から、虎一がニヤリ、と笑みが見える。

「やりましたねっ!」

 勝ちを身体全体で表現しつつ、若葉はハイタッチを求めてくる。

 両手ではなく、片手で応じる。若葉はそれに特に不信感を抱くことはなく、同じくめろんと両手を合わせた。

 後は、虎一がここまで駆け上がってくるのを待つだけだ。


 プレイヤーネーム、『デコトラ』。

 虎一の持ちキャラは『慧心』。 他キャラを同時進行する程器用なタイプではないが、慧心のランクはSSS。

 慧心はファンタジア・ヘブンの中において、朧丸のライバルと位置づけられているキャラクターだ。

 金髪に碧眼の侍で、朧丸同様刀を武器としている。

 虎一のチーム、『風輝学園ゲーム同好会』の先鋒は虎一。この采配には正直悠紀は驚いた。

 雨音、悠紀とチームを組んでいた時は、彼のポジションは先鋒が定位置だった。決して虎一の力を軽視していた訳では無い。経験則の量から判断した采配だ。虎一が実際にそれに不満を持っていたのかはわからない。それを、あえて。

 慧心は、朧丸に並ぶスタンダードな性能を持つ。

 飛び道具、無敵対空。突進技にコマンド投げと、攻めに必要な材料は一通り揃っている。裏を返せば、特徴の乏しい凡百なキャラクター。

 それを一線級のキャラクターに押し上げるのが、慧心のインディビジュアルアクションの『サンダーチャージ』だ。

 入力すると、刀を構え、雷と共に力を込めるモーションを起こす。サンダーチャージでパワーアップした状態を『帯電状態』と言ったりする。

 慧心の必殺技は、電気、雷を宿した技を使う。サンダーチャージは、それにさらに稲妻を纏わせパワーアップさせる技だ。

 サンダーチャージはややモーションが長く、起き攻めを捨てる選択肢になるが、それをも上回る恩恵を得られる。

 効果は必殺技のパワーアップだが、ゲージを使わずに攻撃力の底上げが可能で、必殺技だけでなく各種ハイブリッドアーツ、アンリミテッドアーツにも対応し、条件の整った超必殺技の直撃は卒倒モノの威力を誇る。

 実践で決まる事はほぼほぼないが、逆に言えば帯電時の必殺技はどれも警戒に値する技である。

 虎一は、アマネとゆかいななかまたちの中でも、決して3番手に甘んじる様な男ではない。

 天才肌の雨音。対して虎一はああ見えて努力家で、格闘ゲームどころかゲームすら知らない状態でここまでのし上がった。

「あれ、本当にデコトラさんですか?」

 流石の若葉も驚きを隠せない。

 ゴールデンウィークの大会にも虎一は出場していた。あの時、若葉のターゲットは雨音だけだった。だから虎一を含め、他のプレイヤーには目がいかなかったのだろう。ここまで来たら虎一に限らず、他のプレイヤーも一線級の力を持っていると思うべきなのだ。

 一瞬の躊躇いや、不用意な動きは致命傷になり、試合は目まぐるしく変化する。

 虎一の動きは、徹底したそれらの排除。勝つための立ち回り。遊びや魅せを良しとしない。

 稲妻を纏った刀が黄金色の爆音を放ち、相手キャラクターを貫く。

 この瞬間、風輝学園ゲーム同好会が次の試合に駒を進める。そして、それと同じくして悠紀と虎一、どちらかが脱落する事が確定した。

 右手は思う程痛くない。せめて、次の試合だけは、全力でぶつかり合いたい。

 悔いを残さないために。


 波乱とは、こういう事を言うのだろう。

 二回戦は、若葉が先鋒。だが、風輝の同じく先鋒に敗北。

 1ラウンド目は先制するものの、その後追い上げられる。

 デュラノアは使用率も高いだけに対策も山程されているだろう。おまけに若葉は先の大会でも大暴れした。もう、油断はないだろう。それを虎一はチームメイトに伝達済みなのかも知れない。

「ごめんなさい・・・!」

「後はまかせて」

 続くめろんが一人目を倒し、次鋒を引きずり出す。

 一対一のイーブンにもつれ込むも、全ゲージ注ぎ込んだ怒涛のハイブリッドアーツ連打で強引に削り殺す。冷静な試合運びが出来ない程、相手のレベルは高い。

 3人目、大将虎一。

 悠紀は今まで以上にこの試合に注力しなければならない。なぜなら、めろんが安定して勝てる保証はどこにもないからだ。

 デモネード対慧心は、嫌な具合で戦術が噛み合う。

 デモネードの召喚するオブジェクトは全て慧心の飛び道具、『サンダーショット』で貫通。直線に迸る雷光は、ゾンビや設置したインディビジュアルごと破壊する。

 サンダーショットはファンタジア・ヘブンの全飛び道具の中でも破格の性能を誇り、通常飛び道具を貫通しつつ攻撃できる。朧丸の弧月でもオブジェクトは破壊可能だが、MAX版でなければならない。ゾンビを追い返すのにわざわざゲージを使ってられないため、効率が悪いのだ。

 戦況を立て直そうとバックジャンプからの安易な空中飛び道具も、慧心の『サンダードライブ』で接近。

 通常時は高速移動技だが、帯電時は攻撃判定を兼ねた突進攻撃技へと変化する。

 なお、帯電時はラウンド中、恒久的にその状態が持続するが、通常技でも一回でも振ってしまうと帯電状態は解除される。たった一度でも技を出してしまうとパワーアップ状態ではなくなってしまうのだ。

 サンダーチャージの意味とは、そのパワーアップの恩恵を維持したまま戦うのを理想とする。

 その分、動きは硬くなりそうだが、サンダーチャージ対応技は武器を使用した技に限られる。つまり、キックには対応していないのだ。キックを使えば帯電状態を維持したまま立ち回れる。

 なので、サンダーチャージによる技の制限は、上級者程意味をなさない。

 急接近を許した時点で、慧心の間合いだ。近接攻撃の乏しいデモネードでは押し返せない。虎一のガードを絞らせない中段、下段の振り分け。めろんも流石に冷静なままではいられないのか、揺さぶられたガードを崩される。

 雷を纏わせた刀が一閃。

 これでめろんは腰が引けたか。

 デモネードのインディビジュアルアクションも、飛び道具で突破される。僅かな操作の逡巡が、デモネードの動きを鈍らせる。

 サンダーチャージを纏った慧心の攻めが炸裂。帯電状態のハイブリッドアーツが、包帯娘を焼き尽くす。

 その瞬間、天を仰ぐめろん。

「ごめん」

 いつも落ち着いた彼女にしては珍しい表情。それはそうだ。こちらの3人目は体調に不安のあるメンバーだからだ。

「大丈夫、なのかい?」

 めろんの真剣な眼差し。

・・・ここまで来たら、やるしかない。2人のがんばりを無駄にはできない。

 筐体から半分除く虎一の顔。それは、いつか強者を目の前にして目を輝かせている悠紀の目、そのものだった。


 ふたりの侍の刀が交錯する。

 片方は流麗な月の軌道を描き。

 もうひとりは弾ける雷光を放ち。

 大丈夫。指は持つ。

 特に意識が右手に取られているからか、左手は鋭敏だ。

 この上なく自在に動き、滑らか。

 相手のちょっとした動きにも反応でき、虎一の不用意な牽制に飛び込む。

 連続技をフルセットで叩き込み、画面端に追い込む。

 慧心の起き上がりに中段技であるレバー入れ弱武器攻撃、『落月』を重ねる。

 刀の柄を下方向へと打ち付けるそれは、しゃがみガードができない攻撃だ。シンプルな連携こそ、もっとも強力な攻撃。

 慧心はしゃがみ状態で仰け反る。

 朧丸の次いで放った立ち強武器攻撃が連続ヒット!そのまま再び連続技に繋いで・・・、

『KO』

 慧心の叫び声と共に、碧眼は地面に倒れ込む。

 硬直の長い技というのは、その後にどれだけ発生が早かろうとキャンセルを用いない限り繋がる事はない。

 落月はキャンセルのかからない単発技。ヒット時にはどの技も繋がらない。ただ、相手の起き上がりに重ねた時はその限りではない。

 俗に言う持続時間重ね、と呼ばれるテクニックである。

 技には攻撃判定というものがあり、そこに相手が触れればヒット(ガード)となる。そして攻撃判定の出ている時間は一瞬ではなく、それよりもほんの少し長いと思っていい(それでも、ゲーム上では一瞬には変わりないが)。それは弱攻撃より強攻撃に顕著に現れている。

 例えばダウンした相手の起き上がりに技を重ね、相手に触れる攻撃判定を遅らせる事により可能になるテクニックである。この時点で、攻撃を重ねた方のキャラクターは硬直が解けているのが殆どで、後続に技をスムーズに繋げられる。

 相手に触れる攻撃判定と自キャラの硬直を計算できていれば、キャンセルを使用する以外での連続技が可能になる。悠紀はそれを狙い、見事決まり1ラウンド目を制した。

 2ラウンド。

 後の無い虎一は、慎重になるかと思ったが、攻めの姿勢は崩さない。

 刀や技を切り結ぶ一瞬の隙に、慧心のコマンド投げ、『サンダーブレイク』!

 刀を相手に付き立て、そのまま突進。相手キャラクターを画面端まで運ぶ強力な技だ。虎一はさらにそれをMAX版で発動。効果はそのままに、食らったキャラクターは感電したように一瞬硬直した後、崩れ落ちる。

 勿論、この間に追撃が可能。

 だが、虎一の選択は追い打ちではなく、サンダーチャージ!

 パワーアップした必殺技を絡めた連続技を決められたら、終わる。

 起き上がりの攻防。

 どうする。

 慧心にも中段はある。ガードでに徹するか?

 悠紀はレバーを入力。

 朧丸が起き上がった瞬間、画面が暗転。振りかぶった朧丸が渾身の一撃を放つ。

 ハイブリッドアーツ、清風明月。

 無敵時間を備えた斬撃は連続技だけでなく、不利な状況からの切り返しにも使える。朧丸の起き上がりに技を重ねられても余裕で返せる。仮に慧心が中段を重ねてきていても、その技ごと叩き切る。

 だが、悠紀が感じる一抹の不安。虎一は、何か技を仕掛けている訳じゃない。

 慧心の狙いが分かった瞬間、悠紀は安易な行動への後悔と共に、虎一のここでこの選択を狙う胆力に感服した。

 朧丸が巨大な三日月の残滓を放った瞬間、再度画面が暗転する。

 今度は慧心のカットイン。

 碧眼の侍が構え、稲妻が迸る。

 慧心のハイブリッドアーツ、『サンダーインパルス』。

 先の試合でデモネードを焼き尽くした技。初段がヒットすると、無数の斬撃を叩き込む、俗に言う乱舞技。

 暗転返し。

 相手のハイブリッドアーツの発動に合わせて、逆にハイブリッドアーツで返すテクニック。

 虎一は、朧丸の起き上がりに切り返すのを読んだのだ。

 しかも、清風明月は普通にガードしても反撃が間に合う。それを、防ぐまでもなく返した。

 やり始めの頃なら、やろうともしないテクニックだろう。

 神速の斬撃が朧丸を切り刻み、電光が弾ける刀をかざしてフィニッシュ。

『KO』

 2ラウンド目は虎一に軍配が上がった。

 見えない筐体の向こう側では、虎一はどんな顔をしているだろうか。

 虎一がファンタジア・ヘブンをプレイしたいと言い出した時、悠紀は正直仲間が出来た、というよりは同学年の後輩、ぐらいに思っていた。

 虎一は見た目とは違い努力の人で、みるみる内に実力をつけていった。

 友人であり後輩だった虎一が、友人であり仲間になったのはいつ頃だろうか。

 そして今、虎一は悠紀のライバルとなる。

 運命の3ラウンド。

 ここで、悠紀の右手の違和感が大きくなる。

 こんな時に・・・!

 左手は無事だが、その左手に右手が追いつかない。朧丸の動きの低下が著しい。

 ガードはともかく、思い描く攻めの構図と現実の動きの乖離がもどかしい。

 朧丸の動きから、虎一も何かを察した様だが、攻撃の手は緩めない。

 結局。

 慧心も猛攻の前に、悠紀の朧丸は力尽きた。

 ぽん、とめろんが悠紀の肩に手を乗せる。

 偉そうな事を言って、このザマか。

 振り向くと、怒りの表情を浮かべた若葉が。怒りももっともだ。大きな口を叩いておきながら、予選すら通過出来なかった。

「いで!」

 若葉が怪我をしている方の手を、無遠慮にも捻り上げた。

 見ると、めろんは申し訳無さそうに手を合わせる。

「ごめん、様子のおかしいキミを怪しんでたので、喋っちゃった」

「私が骨折れてでも出ろ、だなんて言う人間だと思いますか!?」

 ものすごい剣幕で若葉が詰め寄る。

「ごめん、ふたりとも」

 若葉とめろんのウルティメット・ラウンドへの夢は潰えた。

「なんだなんだ。どうも様子がおかしいと思ったら、怪我してんのか」

 悠紀の右手が、こちらに近づいてくる虎一に渡る。

「いで、いで!」

 握手の体制で悠紀の右手を痛めつけに走る虎一。

「逃げずに立ち向かったのは流石だな。それであの動きかよ」

 肝心な所で手は限界を迎えてしまったが。

 こうなったら、虎一を全力で応援しよう。

「何辛気臭い顔してんだ、お前は」

 虎一の手が痛む右手から悠紀の頬を揉みほぐす。

「・・・?」

「まだチャンスはあるだろ?」

 悠紀の疑問符に、虎一は呆れた様に笑った。

 若葉はともかく、めろんのスケジュールからして店舗予選に参加できるのは今日しかない。他の予選開催店舗に行く時間があるかと言われれば、そうではないだろう。

「店舗予選を通過出来なくても、当日予選があるじゃねえか」

 それは知っている。だが、同じことだ。エントリーは大会当日。会場の開門から受け付けてはいるらしいが。

「・・・めろんは大丈夫なのか?」

 こそ、と悠紀はめろんに小声で聞く。店舗予選を予定通り通過していれば、すんなり通った話だ。当日予選となると、時間が大幅に前倒しになる。

「私はその日に合わせてスケジュールを動かしたから、構わないよ」

 見ると、若葉の表情にも希望の光が灯っている。

「もちろん出ないなんて選択肢、ないっスから!」

 絶望が完全に消え、不敵ないつもの若葉だ。

「今日のところはとりあえず帰ったらどうだい?キミの友人の勇姿は私達が見届けてあげるから」

 ふたりには迷惑かけっぱなしだな。右手はちゃんと直して、新たな目標のために早く動き出さなければ。

 若葉とめろん。次の戦いに備える虎一に別れを告げ、悠紀はリンドバーグを後にしたのだった。


 帰宅すると、鬼の形相の亜衣が腰に手を当てて玄関で待ち構えていた。

「ばかお兄ぃ!手を怪我しているのに、何で大会に出るのさ!」

 何故それを。亜衣には黙っていたはずだ。

 自分のスマートフォンを悠紀に突きつける。画面には亜衣からのメールで、悠紀が右手を怪我しているようなのでご自愛下さいとお嬢様口調で書かれていた。・・・あいつ、仕返しのつもりか?

「お医者さん行こ!今すぐ行こ!」

 妹に引っ張られつつ、悠紀は帰宅してすぐに家を飛び出すハメとなった。

 ちなみに右手は大事には至らず、養護教諭と同じ事と、軽い処置をされて返された。

 なので、深刻な怪我では決してないのだが、亜衣はそれを好機と取った様で。

「はい、あーん」

 スプーンに料理を乗せ、悠紀に向かって差し出している。

 ご丁寧に母親は箸を使わなくてもよい料理を作ってくれた。だとしたら左手で十分なのだが。

 だが、差し出したスプーンを、妹は引っ込める気配がない。

 仕方がないので、本当に不本意だが、悠紀はそのスプーンを受け入れた。まるで母鳥からエサをもらう雛鳥の様に。

 亜衣はそんな兄の恥ずかしい姿を見て満足なのか、顔をほころばせる。

「あー、楽し!私に弟がいたらこんな感じなのかなぁ」

 悠紀は仮に弟でも、姉にこんなことはしてほしくない。

 結局、食事が終わるまで、亜衣は兄を甲斐甲斐しく世話するのであった。


 その夜、スマートフォンメールの着信が入っていたのに気がついた。

 虎一からで、内容は店舗予選の突破の報。

 おめでとう、俺達もいずれ追いつくと打ち、送信。

 悠紀はスマートフォンを机に置いて、新たな目標と決意を胸にしたのだった。


 翌日、悠紀は学校で奇妙な体験をする。

 目の前に出されたのは、本人の真面目さをそのまま文字にして打ち込んだ様なノートの紙面だ。今日の授業の分のノートらしい。

 何事かと隣を向くと、桐緒は悠紀を見もせずに文庫本に視線を落としている。

 ちら、と少しだけ顔を傾けると、

「言っておくけど、借りを返しているだけだから。そんなミミズが這った様な字じゃ、見返せないでしょ」

 痛みは引いたとは言え、安静を言い渡されている。慣れない左手で取ったノートは、ただ筆記用具の寿命を無駄に減らしただけだった。

「・・・借りていいのか?」

「そのために渡したのだけれど」

 桐緒は文庫本に目を向けたまま。せっかくなのでありがたく借りる。後でコピーさせてもらおう。

 ノートをぱらりとめくると、恐ろしい程に正確な大きさの文字が等間隔で並んでいる。本当に手書きで書いたのかというくらいに規律に正しい文字だった。

 何かに気付きちらりと見ると、顔を赤らめた桐緒が悠紀を睨みつけていた。

「あまりジロジロ見ないでもらえる・・・?」

 貸したのはそっちなのに。

 形容しがたい、理不尽さを感じつつ、悠紀はノートを閉じたのだった。


「痛いの痛いの、時空の彼方に、飛んでいけっ!」

 トライフォースのバイトに着くなり、案の定舞麗は、青ざめた顔で悠紀の右手をまるで重症を負った患者を目の前にしたかのように慌てふためき、落ち着きを取り戻した時には謎のおまじないを施してくれた。

 無論、それで怪我が治るはずもなく、ならば医者はいらないわけで。

 ただ、なんとも言えない恥ずかしさと、心に染みる純粋な温かさを感じた。

「悠紀くんは、今日は全然お姉さんに頼っていいんだからね!?」

 ぬんっ、と大きな胸を張りつつ、舞麗は頼りになるお姉さんを宣言する。

かと思えば、突如涙を貯め、

「だって、頑張ったもん!悠紀くん!」

 悠紀が店舗予選を敗退したことは伝達済みだ。結果を告げた時は、あからさまに動揺し、しかし年上らしく冷静になろうと務める。

 数分後、舞麗は気を使って気丈に振るまうも、こみ上げるものに口が弛緩し始める。

・・・完全に本戦出場の目が無くなった訳では無いことは言わないでおこう。

怪我をしたからだろうか。色々な人に助けられた日々だ。その事をありがたく思いつつ、悠紀は療養に専念したのだった。


 時間は少し進み。

 世間の学生以下は夏休みと呼ばれる期間の真っ最中だ。

 それは、悠紀とて例外ではない。

 8月の半ば。外はまだ太陽が登って間もない。

 玄関で音を立てないよう靴を履いていると、背後に寝ぼけ眼を擦りつつも佇む亜衣がいた。

「・・・もう行くの?お兄ぃ・・・」

「・・・寝てても良いんだぞ」

 見送りのつもりだろうか。

 今日はウルティメット・ラウンド本戦の日。

 出場資格の無い悠紀達は、当日予選に賭けるしかない。エントリーも先着順。早く家を出るに越したことはない。

 靴を履き終え、立ち上がると体温の高い妹の身体が抱きついてきた。

「頑張ってね、お兄ぃ」

「おう」

 悠紀は亜衣の頭に手を乗せる。

 相変わらず甘えたがりだが、こいつはこいつなりに心配、そして応援してくれているんだろうな。

 悠紀は亜衣の身体を優しく引き離し、

「ほれ、眠いんだったら部屋戻れ」

 妹は兄の言いつけ通り、部屋に戻るべく踵を返した。

 一歩前に進んだ時、亜衣が振り返る。

「・・・『若葉』のこと、よろしくね」

 薄く笑う亜衣。

 悠紀は「ああ」、とだけ答えた。

 家の扉のノブに手を掛け、押す。夏の朝の空気が悠紀の胸に満ちる。決意を込め、足を踏み出した。

 夏はまだ、これからだ。

これにてジョイスティック・チルドレンは一旦終わりです。ただ、本で言えば一巻、といったところです。話自体の続きは考えているつもりですが、とりあえずお休み。

世にも珍しい格闘ゲームをテーマにしたお話に目を通してくれた方、ありがとうございました。

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