ROUND10・ACCIDENT!
リンドバーグでのウルティメット・ラウンドへの出場権を懸けた大会を控えた前日。いつになく悠紀は気もそぞろ。
なにせ、大規模な大会は一年ぶりだからだ。ゴールデンウィークでの大会にも出れなかったし、気持ちも逸る。
こんな日に限ってラッキーなのは、体育の授業が自習により持久走になったこと。
前回、今回共に出張とのことだが、そうなると俄然元気になるのが運動部の連中だ。
前回のリベンジとばかりに野球道具を引っ張り出してくる。いやいや今回は俺達だろうとサッカー部がその前に立ち塞がる。そこには以前悠紀を勧誘してきたクラスメイトもいる。
よくやるね。
運動部は血気盛んだ。やることやったら、残りの時間は休むにかぎる。
「おい、梅津も来い!ホームランダービーに一票いれろ!」
悠紀から球を打ち取られた野球部員がグラウンドで手招きしている。悠紀は偶然だ、たまたまだと散々言っているのに、余程悔しかったのだろう、いつかリベンジしてやるから覚悟しろ、とあの日謎の宣言を受けた。まさかそんな機会が早々に訪れるとは、無論、悠紀にその気は微塵もない。木陰で休んでいる悠紀は、授業終了時間まで腰を浮かせない覚悟だ。
「・・・行かないの?」
運動部ではない誰かに声をかけられ、振り向くとそこには桐緒がいた。
体操服姿の桐緒は、人ひとり分程離れて、同じく木陰に収まった。
女子も同様に持久走。少し顔を上気させた桐緒は、眼鏡を外すとタオルで汗を拭った。
悠紀の視線の先では、グラウンドでバットを豪快に空振る。
「もういいよ、俺は」
先程の桐緒の疑問に対する回答だ。空気を読まずに柵越えをしてしまった弊害だ。面倒なので、全ての勧誘をたまたまで押し通す。
「前回の、体育の時」
視線を前に向けたまま、桐緒はぽつりと呟く。
「凄かったわね」
見られてたのか。あの男だけの馬鹿騒ぎを。狙ったは狙ったが、偶然の産物だ。
「梅津君」
今度は、桐緒の目が悠紀へと向けられている。
「この間のことなんだけれど」
・・・やはり来たか。
桜田めろんが学校に現れた時の話だろう。最初に接触したのが桐緒なのは、ある意味助かった。余計な広がりが抑えられた。
「あ、ああ。あの時はありがとな、助かった」
改めて礼を言って切り上げようと思ったが、桐緒は何故か視線を悠紀に向けたままで、興味を示したままだ。まさか、桐緒もめろんのファン、とか言い出すんじゃないだろうな。変装していたから不審者と思いこそすれ、その中身がアイドルだとは誰も思わないだろう。・・・多分。
「桜田めろんじゃない?アイドルの」
まさか、存じていらっしゃるとは。
悠紀の心臓が早鐘の様に鼓動を打つ。
「い、いや。なんと申しましょうか。あれは、ですね」
仮にもアイドルのめろんは、姿を隠して悠紀の元までやって来た。大っぴらにその存在を公にするのは好ましくないだろう。何しろ悠紀のクラスにはめろんに傾倒しているクラスメイトがいる。目の前にしたら狂喜乱舞するのではないか。
今は、ウルティメット・ラウンドの為に大人しくしていたい。
「何か事情があるのね」
悠紀の目が、あからさまに何も無い空中で交錯する様子を見て、桐緒が何かを察した。
「済まないが、このことは内密でお願い出来ないか?」
まさかアイドルが出没する地域と噂になっても困る。ひいてはめろんにも迷惑がかかる。
「わかったわ」
桐緒のその言葉に、悠紀は安堵の息を吐く。
「ありがとう、助かる」
「・・・友達、とか?」
まさか。まだ、知り合いの域も出ていない。チームメイトではあるだろうが。
「森田に連れられたライブで知り合ったんだ。俺に会いに来たのは、今年の大会に出る為なんだ」
「・・・大会、って、ファンタジア・ヘブンとかの?」
まさか桐緒の口から聞けるワードだと思わなかった。
「知ってるのか?」
正直、テンションが上がらない訳が無い。まさか、プレイしてたりは、無いよな。
「名前だけ。プレイしたことは無い」
惜しい。ニアミスか。
「大会って、ビッグスクエアでやるあれ、よね」
「なんだ、意外に詳しいんだな」
ビッグスクエアは都内にある大型展示会場だ。ウルティメット・ラウンド等の大規模ゲーム大会の他には、同人誌即売会が有名だ。
「聞いたことがあるだけよ」
何故か早口で桐緒は言う。まぁ、前者はともかく、即売会の方はニュースでも取り上げられるし、割と名が知られている。
「出るの?その大会」
「明日が店舗予選なんだ」
言いながら、高まる気持ちが沸き起こる。子供じみてはいるが、わくわく、と言った表現が正しい。
不意に会話が途切れる。
グラウンドでは、相変わらず柵越えを狙うクラスメイト達が白熱している。
空振り。バットには当たるが、ボテボテのゴロ。
今日は快音が聞こえない。もうすぐ授業が終わる時間帯だ。
どうせ片付けに駆り出されるだろうからと悠紀が腰を浮かせた、その時。
嫌な予感がした。
ピッチャーの投げた豪速球を、バットが捉える。しかし、弾き返した球は弧を描くことは無かった。
「危ないっ!」
思うが早いか、悠紀の身体が動いた。
桐緒の身体を押し倒し、自らも倒れ込む。が、それでは間に合わない。
果たして一瞬の間にそんなことを考えられたのかはわからない。だだ、反射的に身体が反応したのだ。
悠紀の右手に、貫く様な激痛が走る。打ちそこねたボールが桐緒目掛けて飛び、悠紀はそれを神がかり的な動きで右手で弾いたのだ。
「梅津・・・君?」
突然視界が真っ暗になったことへの驚き。桐緒の上に覆いかぶさるクラスメイトの目的が自分を庇う為だと気が付かなければ、全力で突き飛ばしていただろう。
不可解な悠紀の行動の理由に気付いたのはすぐのことだ。悠紀が自分の右手を押さえて庇っている。
「梅津君!」
悠紀は桐緒へと飛んできた悪球を右手で払ったのだ。勢いが付いたままのボールを。グローブも無しに。
桐緒の身体を押して避けるのも、声を掛けて回避を促すのも間に合わないと思ったからだ。
見たことの無い、心配の表情を貼り付けながら桐緒は悠紀の右手を取る。
微かな痛みが走る。
まずったな。
けど、さっきの状況ではあれが最善だと判断した。
「悪い!梅津!松田も大丈夫か!?」
打った張本人も、クラスメイトも駆け寄ってくる。
あまり大事にはしたくない。
「・・・大丈夫、大丈夫だ。ちょっと掠っただけ」
悠紀は手の平をひらひらさせて見せる。球が当たって無い方の。
心配を完全に消した訳では無いが、悠紀があまりに言うので心配する程ではないと判断。
だが、桐緒だけは違った。
「保健室に行きましょう」
桐緒はボールが直撃した手を強引に取りつつ、悠紀を立ち上がらせる。
「お、おい松田っ?」
「早く、見てもらった方がいい」
何かの使命感に駆られた様に、桐緒が悠紀を半ば引っ張り上げ、グラウンドを横切り校舎に向かうのだった。
保健室の扉を開けると、デスクに向かって書き物をしている女性の姿。物音に気付き、イスを回しこちらを向く。
年の頃は20代後半くらい。気だるげな眼差しと、くたびれた白衣がトレードマークだ。
「おや。悠紀くんじゃあないの。久しぶりだね」
桐緒は、隣の男子と親しげな様子の養護教諭に驚いた風な目で悠紀を見た。
健康優良児であれば、それこそ怪我や体調が悪くなければ保健室にお世話になることは無いだろう。
養護教諭、毒島元は雨音経由で話す様になった。
雨音のコンプレックスをつつく輩を怒りと共に自らの拳で薙ぎ倒してきたが、格闘ゲーム同様常勝というわけにはいかない。時には返り討ちに会うことだってある。その時は決まって保健室のお世話になったものだ。
雨音は元に身体的なことについて色々相談していた様だが、決まって返ってくるのはちゃんとメシを食って、寝ろ、という至極簡潔なものだった。もっとも、出会ってから雨音の身長が変動した記憶は無いのだが。
元は桐緒の深刻そうな表情と、無言の悠紀を見て全てを察した様で。
イスを引っ張り出し、自分の目の前に悠紀を座らせる。
「あの、私を庇って、ボールが右手に」
桐緒が代わりに説明してくれる。
言うが早いか、元は悠紀の右手を取る。
「外でカキンカキンいってるの、アンタ達か」
言いながら、悠紀の右手をチェック。
「・・・あたしの見立てでは、打撲、かな。骨には異常はなさそうだ」
桐緒はホッと胸を撫で下ろす。だが、悠紀の顔は反対に優れない。
「明日までに痛みは引きますか」
元はキョトンとし、桐緒に視線を向ける。
「ゲームの大会の予選が明日あって、梅津君はそれに出る、って」
元は合点がいったように頷く。
「ああ、またそんな季節か。何?じゃあ雨音と出んの?」
「いえ、今回は別々のチームで」
ふーん、と元は気のない返事。
「悪いけどあたしに出来るのは病気や怪我の診断、応急処置だけだ。痛みが酷いのならちゃんと病院で見てもらいな」
言いながら、元は悠紀の右手に湿布薬を塗布してくれる。
「安静にするのが一番だ。だが、君が明日の大会とやらに出るのは自由だ」
桐緒は一見、無責任な言葉に感じられた。
「だけど、今の自分を賭ける価値があるかどうかはちゃんと見極めなさい」
後悔しないようにね、と、悠紀の右手に巻かれた包帯の上からポン、と軽く触れた。
「君はもう帰りな。・・・えーと、保健委員ちゃん」
元が桐緒に視線を向けるが、本人は違うと慌てて手を振る。
「あ、そうなの?まあ、いいや。荷物まとめて、担任に連絡して」
「私、職員室に寄ってから荷物を取って来ます。・・・カバンだけで良いのよね」
桐緒は扉を開けると、自らを急かすように保健室を後にした。その様子を見て、元は薄い微笑みを称えたのだった。
帰宅した悠紀を待っていたのは、亜衣の飛び上がらんばかりに驚愕した表情だ。
見慣れない兄の右手に巻かれた白い布に、あからさまに心配の色を滲ませる。明日がウルティメット・ラウンドの予選だというのは承知のことだろう。
「いや、ちょっと打っただけだよ」
包帯の巻かれた経緯は一切話していない。
「ほれ」
問題ない事をアピールするように、悠紀は右手を差し出した。恐る恐る触れる亜衣。
まったく痛くない。
強靭な精神力で冷静さを保っているだけだ。
だが、いつもと違う兄の様子を好機と見たのか、亜衣は夕食時に必要以上に悠紀の世話役に回る。
いつもならしない、スプーンで食べさせるという屈辱をあえて受ける。これで誤魔化せるのなら安いものだ。
流石に一緒に風呂に入るという暴挙は全力で断ったが。
指の違和感で目が覚めた。
亜衣の前ではなんとも無いという体なので、平然とした態度でリビングに向かう。
亜衣はやはりまだ悠紀の右手を気にはしていたが、朝食を普通に食べる兄の姿に不安な気持ちは無くなった。
もちろん、虚勢だ。真実を知ったら、亜衣は止めに入るだろう。
今日の予選への出場停止という最悪の事態を回避し、悠紀は家を出る。
商店街を抜けて駅前に向かう途中。舞麗も、今日悠紀が予選の日ということを知ってはいたので、顔見せ程度にトライフォースに寄ろうと思ったが、やめた。
舞麗は悠紀の変化に目ざとく反応しそうだからだ。余計な心配はかけたくない。
トライフォースを素通りし、出口も間もなくといった時、意外な顔に出くわした。
それは、桐緒だった。
「今日、予選だって聞いたから。言っておくけど、こうやって出会ったのは偶然だし、私はバイトで来ただけだから」
制服以外の姿のクラスメイトは雰囲気が異なり、新鮮な気持ちだった。
「バイト?」
「そこの、手芸店」
桐緒の言う通り、商店街の一画には手芸店が入っている。もっとも、悠紀には縁遠い世界なので外観くらいしか馴染みはない。
「それより、手は大丈夫なの?」
桐緒に言われ、悠紀は無事な方の手で、右手に添える。
「・・・」
その態度で察したのだろう。桐緒は呆れた様なため息を吐き、僅かに怒りを称えたような目。
「安静にしているのが一番だって、先生に言われたわよね」
クラスメイトの怒りももっともだろう。怪我をしてなお、ゲームに講じる意味がわからない。そんな顔だ。
「まあ、そうなんだけど」
反省の見られない悠紀に、桐緒は苛立ちにも似た感情を膨れ上がらせる。
「私のせいで怪我をしたのだから、寝覚めが悪いの。お願いだから大人しくしていて」
「いや、あれは松田のせいじゃないし、ましてや俺が勝手にやって負った怪我だから」
能天気に笑って見せる悠紀に、桐緒はほとほと呆れ始めた。
「勝手になさい・・・!」
桐緒は踵を返し、去ろうとする。その姿を見て、悠紀は頭を掻いた。
やがて悠紀も目的の場所に向かおうと前を向く。
一歩、足を踏み出したところで、
「ねえ」
桐緒から声をかけられた。
「どうして、そんな一生懸命になれるの?」
普通の人間の感覚ならば、怪我をしてまでゲーム大会になど出ないだろう。
悠紀は少し考えて、口を開く。
「なんだろ。やっぱり楽しいから、じゃないかな」
ウルティメット・ラウンドを目指すのは義務じゃない。誰に迫られたものじゃないし、ゲームに詳しい人間でなけるば何の価値もないだろう。だが、悠紀の根底にあるのはそれ、だ。
形容しがたい楽しさ。
ゲームは悠紀の知る限り、性別や制限、規制のない、もっとも開かれた娯楽だと思う。それを、雨音は証明した。
悠紀はこんな楽しい世界に居たいのだ。それ以外に、理由が思いつかない。
もちろん命に関わる熱が出た、なんて時には家で大人しく寝てると思うけど。
それに、情けない話だけど悠紀には頼れる仲間がいる。もし今日を超えれば、本戦まで十分治す時間はある。勿論それは希望的観測に過ぎないし、そんな簡単な事でもないのは承知だ。だけど、悠紀はこんな状況すら『楽しい』。
自分でもどうかしていると思う。
桐緒が呆れるのも当然だ。
悠紀のまるで理にかなっていない説明に、桐緒は呆れた様に息を吐く。ただ、そこに数秒前までの厳しさはなかった。
「・・・言い忘れていたけど、昨日は助けてくれて、ありがとう」
伝えたかったのは、それだけだから。と、桐緒は今度こそ悠紀の前から立ち去ったのだった。
リンドバーグへ到着。
格闘ゲームフロアは、開店直後にしては多い。原因はもちろん今日開催されるウルティメット・ラウンドの予選に他ならない。
家を出る前に若葉から連絡があり、エントリー及び、チーム名はめろんと考えてきたから任せてくれ、とのことだった。
悠紀はチーム名にはこだわりはないので、決めてくれるのならありがたい。でなければ、去年『アマネとゆかいななかまたち』なんてチーム名で出場などしない。
格闘ゲームフロアでも、一部の筐体に密集している状況はどこかおかしくもある。そんな人の壁に視線を巡らせていると、目当ての人物はすぐに見つかった。
いつかのゲーム大会同様、出場するであろう人間よりは一回りは小さい。
「悠紀さん、おはでーす」
若葉は明らかにテンションが高い。そりゃそうだ。今日この戦いを制すれば、念願のウルティメット・ラウンド出場が叶う。
・・・やっぱり、言えないよな。無意識に右手に触れる手を離す。
「めろんさんも、もうすぐ着きますって」
でも、どうすんだろ。駆け出しとは言え、めろんはアイドルだ。知る人からすれば分かるだろう。まさかこの前みたいな重武装で来るつもりか。正体はバレないかも知れないが、不審な目で見られるだろう。
「ちなみに、チーム名はめろんさんと相談して『開花宣言』にしときました」
・・・何だって?
「奇しくも私達の名字には共通項があります」
しばし考える。
・・・花か。任せておいてなんだが、悠紀では思いつかないセンスだ。まあ、チーム名で相撲を取っている訳では無いので、それは別にいい。
「や」
横から影と共に声がして、悠紀がそちらに目をやると・・・。
見知ったシルエットなのに、どこか別人に思える女の子が。
「めろん?」
帽子も被っていなければ、コートを身に纏っていない。サングラスの代わりに眼鏡を掛けている。そこには居たのはまごうことなき桜田めろんなのだが、髪の色が信じられない色に変貌していた。
その髪の毛が薄い、緑色に染められている。
「どう?これ。まさか髪の毛が緑色だからって、私が桜田めろんだとは思わないでしょう。まさに木を隠すなら森の中、ってね」
この人は何故か知らんが、変装の概念が極端だな。だが、それはこの大会への力の入れようを表している。
「どう?これ」
髪の色をアピールするように、めろんは軽く髪を掻き上げて見せる。
「何ならそれでアイドルやったほうが良いんじゃないか?」
色違いのアイドル衣装に映えそうだ。素人考えだけど。
見ると、若葉が何故か不機嫌な顔をしている。
「何でめろんさんの髪色を変えたのに気づいて、私の髪を切ったのに気付かないんスか」
耳元に手をやり、不満気に眉根を釣り上げる若葉。
「鈍感な男主人公気取りスか?」
・・・右手のせいで意識が散漫になっているせいか。いや、それでなくても気付くわけ無いだろ。
悠紀の記憶の中の若葉と、今現在の若葉は何ひとつ変わっていない、と思う。めろんくらい髪の色が変わっていれば流石に分かるけど。
何故か唇を尖らせている若葉を横目に、悠紀は右手の違和感に気がついた。
・・・こんな時に。
「ごめん、ちょっとトイレ」
おかんむりの若葉、そしてめろんの眼差しの横をすり抜け、悠紀はトイレへと駆け込んだのだった。
洗面所の前で顔を洗う。
大丈夫、バレてない。いや。いっそ打ち明けたほうがいいか。若葉は軽蔑の眼差しを向けるだろうか。
タオルで顔を拭く。気合を入れろ。
悠紀は鏡の向こうに問いかけた。
トイレを出てすぐ。
「ねえ」
まさにすぐ隣にいためろんに悠紀は心臓が飛び出そうになった。
「何か、私達に隠してない?」
・・・何だ?不審な動きは見せていないはずだ。
「え、な、何、何で」
明らかに動揺を見せる悠紀に、めろんは嘆息。
「グループの中でも年上メンバーだからかな、そういうことには目ざといつもりなんだ」
それにキミの様子が変だったから、って。
違和感は見せないようにしていたつもりだった。幸いに、この場に若葉はいない。
「若葉ちゃんにはちょっと飲み物買ってきてもらいに行ってる」
人払い済みか。
ここで自分に意固地になっても、ふたりに迷惑が掛かるだろう。悠紀は自身起きたことを全てめろんに打ち明けた。
「なるほどね。キミらしいと言ったら失礼かな」
めろんは苦笑。
「それじゃ、エントリーをキャンセルしてこようか」
「ち、ちょっと待て!何でそうなる!」
何の躊躇いもなく。すらりと口をついて出した。
「だって、キミがそんなんじゃ、全力は出せないでしょ?」
家にあるアケコンで調べたところ、レバー操作は大丈夫。問題はボタンだ。
レバー操作に比べて、ボタンを押す度に右手に違和感が走る。まったくの激痛という訳では無い。
「ふ、ふたりはどうなんだよ!夢だったんだろ?ウルティメット・ラウンド!」
こんなことで簡単に諦められるのか。
「誰かが怪我してまでやれ、って?今はいいけど、怪我が祟って大事になったらどうすんの?怪我を押してまでアイドルがライブに出る時代じゃないよ」
めろんの言うことももっともだ。だけど、そう簡単に割り切れるのか。それとも、悠紀だけが往生際が悪いだけか。
「馬鹿だって思うだろ。でも、俺はまだ諦めたくないんだ」
この調子で勝ち進める程、甘くはない。だからと言って、簡単に引っ込める程絶望している訳じゃない。
「・・・頼む。このことは若葉には言わないでくれ」
悠紀の決断に、めろんは無表情で見つめる。やがて可笑しさ含んだ笑みを口元に浮かべる。
「・・・わかった。じゃあ、先鋒と次鋒は私と若葉ちゃんで請け負おう。初めての大会で慣らしておきたい、って言えば若葉ちゃんも不自然には思わないでしょ」
「・・・恩に着る」
間もなく、若葉がお茶のペットボトルを手に帰って来た。
「何話していたんですか、ふたりして」
ああ、大会中は先鋒次鋒は若葉とめろんのローテーションで回すという話を、
「悠紀クンがさ、髪の色が似合うってホメてくれてさ。本当にアイドルの時もこれにしよっかな〜」
あまり悟られないように自然な会話ということにしたいのだろうが・・・。
「これから真剣勝負が始まるって言うのに、いいご身分スね」
若葉の冷めた目が右手以上に痛い。
後はなくなった。
まだ持ってくれ。
悠紀はまだ、ふたりの夢を諦めたくないのだ。
「よっ!」
次いで声を掛けてきたのは見知った男だ。
金髪に焼けた肌。何なら昨日の体育の授業も、こいつなら大活躍だったろう。
「虎一」
虎一も、こちらからチームを解散したのに見知らぬ男子を引き連れている所を見ると、無事に後釜を見つけてエントリー出来たみたいだ。そして、それを恨むこと無くこうして接して来てくれる。
「お前んとこはどっちも女子か。しかも、あの時のお嬢ちゃんときた」
虎一も、若葉が優勝寸前まで行った大会に参加して、直に感じていたはずだ。
虎一は悠紀の首根っこを引き寄せると、肩を組む。
「・・・ごめん。俺が勝手言ったせいで」
「あ?お前まだそんなメンドクセえこと思ってんの?・・・逆に俺はお前に感謝してんだぜ?」
馬鹿みたいに無垢な笑顔が悠紀に向けられる。
「デカい大会でお前と雌雄を決することが俺の夢だ。・・・本音を言やあ、ウルティメット・ラウンド本戦で戦えればそれがベストなんだけどな」
虎一は悠紀よりも遥かに後発でゲームに足を踏み入れた。最初は亜衣並に素人だった。いや、素人具合で言ったら亜衣をも上回る。それが今や悠紀と肩を並べるくらいのプレイヤーに育った。それは悠紀だけでなく、雨音の存在も大きいだろう。
「・・・もしかしたら、雨音先輩はこうなることを見越して、別の店舗で出場権を取ったのかもな」
他のプレイヤーを軽視しているわけではないが、雨音は最大の壁だ。彼女が居れば、確実に勝率は落ちる。
「必ず勝ち上がって来いよ。どちらが勝っても恨みっこ無しだ」
虎一が悠紀から離れ、チームメイトと共に去って行く。
悠紀が雨音を追っていたように、虎一は悠紀を追っていをた。
熱く、実直な虎一の気持ちに応えたい。
こんな日に限って右手が本調子ではないのが、悠紀は本当に口惜しかった。




