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ROUND9・結集する戦士(ゲーマー)たち

 悠紀の人生初のアイドルライブ鑑賞から早一週間。

 世の予選開催のゲームセンターでは、ウルティメット・ラウンドへの切符を懸けた戦いがすでに始まっていた。店舗によっては決勝への出場を決めた地域もあるだろう。

 一点に狙いを絞ったリンドバーグでの予選はまだ僅かに時間がある。

 先日のえれくとりっがーのライブの件で、悠紀は森田を初めとするオタクグループとは普段以上に話す仲になる。

 特に、森田の悠紀に対する態度には、尊敬の念すら感じられる。宮本にいたっては、登校してくるなり悠紀の手を握り、揉みしだく。宮本曰く、めろんとの間接握手だと言ってはばからない。・・・気の済むまで揉んでくれ。

 森田、宮本、他のメンツから、ファンタジア・ヘブンのプレイ経験があるのなら協力してもらおうとも思ったが、皆キャラは好きだがプレイにまでは至らない、といった具合。僅かな希望も崩れた気がした。

 いよいよ覚悟を決めなければいけないかも知れないか?

 頭を下げて、雨音か虎一に直訴か。・・・いや、そこだけは踏み込んではいけない。自分から離れると言ったのに。

「力になれなくてごめんね」

 悠紀の事情を知った森田は謝ってくれるが、彼らには何の非もない。

「アニ研の連中にめぼしい人間がいたら紹介してあげようか。梅津君レベルはそういないかもしれないけど」

 森田たちが所属しているアニメ研究部のメンバーに口利きをしてくれるという。ありがたい申し出だが、期待しないで待つことにする。

 クラスメイトの優しい心遣いに感謝しつつ、悠紀は教室を出る。バイトに向かう廊下の中、悠紀のスマートフォンが鳴る。ディスプレイには雨音の名が。人気を避け、電話に出る。

「・・・もしもし」

『おー、悠紀か』

 相変わらず、快活な声が電話の向こうから聞こえてくる。

「どうしたんですか、今日は」

 まるで、自分の決意を揺らがせるような声だ。電話越しでは土下座は見えないだろうが。

『一足先に決勝トーナメントへの切符を手に入れたぞ。その報告だ』

 悠紀は漏れ出そうになる口を閉じたままにするので精一杯だった。

『都内での予選店舗でな』

 簡潔にさらりと言う。そこに雨音の非凡さを見る。

『決勝で待つ。来れるのならなっ!』

 と、言い残し、雨音は電話を切った。

 さすがだ。雨音はいつも悠紀の遥か先を行く。いつかは勝ちたいとも思っている。

 その願いはもしかしたら、今回は叶わないかも知れない。


「梅津君」

 下駄箱で靴を履き替えている途中で、誰かに声を掛けられた。

 見ると、声の主は桐緒だったが、何故か外を気にしている。

「さっき帰る時、梅津君に用があるっていう女の子が校門の前にいるんだけど」

「・・・女の子?」

 聞くと、まさに校門を出たところで悠紀の名前を尋ねられたそうだ。引き返したところで悠紀に出くわした、と。

 もしかしたら、若葉かも知れない。

 いつになっても3人目の話が出てこないことに業を煮やして殴り込みに来たのかも。・・・だったら電話で済む話だが。

 悠紀の後に桐緒を連れ立ち、目的の校門に向かう。

「あの人よ」

 桐緒の言う通り、門の端に不審な格好の女の子がいた。背丈からして、若葉ではないようだ。

 夏の足音も聞こえ始めたこの時期にトレンチコート。キャスケット帽に薄く色の入ったサングラスと、怪しさが全身から滲み出ている。

 下校する、すれ違う生徒が不審な目を向けるのは当たり前だ。だが、少なくともあんな怪しい格好の人間の知り合いは悠紀にはいない。

 キョロキョロとこれまた怪しい挙動。そして。

 薄いレンズの向こうの目が悠紀を捉える。

 張り込みに従事している刑事が犯人を見つけた時のような。ただ、その表情に実際にはそんな明るい笑顔を振りまいたりはしないだろう。

 トレンチコートが悠紀に歩みより、サングラスを下にずらす。

 そこで悠紀はトレンチコートに見覚えがあったのを思い出す。正確には、その顔に、だ。

「あっ!あんた!」

 その正体は、先日のアイドルライブにて、檀上で対戦した相手だ。

「桜田めろん!」

 悠紀がその名を口にした瞬間。

「だあっ!ちょいちょいちょい!」

 トレンチコートが翻り、凄まじい速さで悠紀の口を塞ぎに掛かる。

「一応、まだ無名とは言え、目立つ行動は避けたいんだ。名前を出すなんて持ってのほかだよ!」

 だったら耳元で怒鳴りつける前に、その格好をやめたらどうですか。逆に目立ってますぜ。

 校門をくぐる生徒は何事かと訝しげな目で通り過ぎてゆく。悠紀がもし自分がこの状況を見たら、トレンチコートにヘッドロックをかまされているプロレスラーだと信じて疑わないだろう。

「とりあえず、行こうか」

「・・・どこへ?」

 めろんもようやく自分の不審さを自覚したのか帽子を目深に被り、サングラスをかけ直し、コートの襟を正す。

「どこか静かな場所があれば良いんだけど」

 悠紀は頭を巡らせ、希望に適した場所を検索する。とりあえず頭の中に浮かんだ店を思い浮かべた。

 めろんはくるりと振り返り。

「さっきはどうもありがとう」

 それが自分に話しかけられていると気付き、桐緒はふるふると小さく首を横に振った。

「もしかして、先約だった?」

 めろんが悠紀を指差し、聞く。クラスメイトは慌てた様にパタパタと動かした。

「じゃあ、とりあえず行こう。ここじゃ目立って仕方ない」

 めろんの不自然な格好に、好意的ではない周囲の視線が止んだわけではないからだ。

「松田、ありがとな。また明日」

 校門を出る悠紀の後を追うめろんを眺めながら、桐緒はぽかんと立ち尽くしていたのだった。


 悠紀は一度駅前まで出る。後ろには当然トレンチコートを引き連れて。

 めろんは正体を隠したいと思っている割に堂々としている。余程その姿の秘匿性に自身があるのだろう。

 駅前から少し歩いた裏路地。表の華やかさとは違い、ここはあまり日の差さない薄暗い道だ。

 その一画に店が構える。外観からしてレトロな喫茶店だ。

『ロンドンマーチ』。

 映えや若者とは無縁の、純粋にコーヒーの味を楽しむ大人の空間だ。

 カラン、と乾いたドアベルの音と共に入店。

 悠紀は店内を一瞥。薄いジャズが酸素の代わりに行き渡り、コーヒーの香りが鼻孔をくすぐる。

 ここは雨音のバイト先だ。さっきも電話があったから、今日は非番だろうが、念の為。あの人に今の状況を見つかったら面倒そうだ。

 マスターは白髪交じりで精悍。そして妙齢の御仁で、雨音を通じて顔なじみのはずだが、来店の度に関係性がリセットされたような態度が垣間見える。必要以上に客と関わらない様にしているのだろうか。

 雨音のシフトではない時は、奥さんか否かはわからない、ふくよかな女性が応対してくれる。

 店内には数名の客はいたが、空いている席を見つけて、確保する。

 向かい合って座る悠紀とめろんに、おばさんはメニューを置いて去って行く。

「いや、オシャレな店だね」

 帽子とサングラス、そしてトレンチコートを脱ぎつつ店の様子にご満悦のようだ。

 めろんはメニューに一通り目を通した後、悠紀に渡す。

「何でも好きなのどうぞ」

 笑顔で促すので、悠紀はアイスコーヒーを注文。

「いやいや、急に押しかけてきてごめんね?それにしても、さっきの娘、彼女とかじゃなかった?だったら悪いことしたなー、と思ってるんだけど」

「ああ、松田はただのクラスメイトだから」

 と、悠紀は注釈。めろんは、ふーん、とわかっているのかいないのか、気のない返事。重要なところはそこではない、とでも言いそうな。

 冷静になってみると、目の前にいるのは紛れもないあの桜田めろんなんだよな。

 ライブ会場での綺羅びやかな衣装ではなくとも、その完成されている輝きは変装でも隠しきれていない。幸いなのが、この店では詮索するような人間が皆無ということだ。

 やがて注文の品がテーブルに届く。

 悠紀はアイスコーヒー、めろんはアイスカフェラテ。

 悠紀がまずはコーヒーで舌を湿らせようと思っていた矢先、突如カップを取ろうとする手が何か柔らかいもので包まれた。

 めろんの両手が、悠紀の手を握ったのだ。

「・・・やっぱりそうか」

 真剣な眼差しのめろん。

 一体何が起きているのかわからず、悠紀は目を回す。

「こんなことされても嬉しそうではなし、キミは私のファンではないんだね」

 一体何を言われているのかわからなかった。

 ライブにてめろんのブースに残っていたのはえれくとりっがーの中でも漏れなくめろんのファンであるはずだ。

 あの中でたったひとり、悠紀のみが異質な存在だった訳で。

 ・・・もしかして、もらったグッズを返せ、とか?

「対戦会もガチでくる訳だ!」

 ぱっ、と悠紀から手を離し、何故か嬉しそうなめろん。

 言っておくが、別にめろんのファンではなくとも、突然異性に手を握られ冷静でいられる程、悟っている精神は持ち合わせていない。それを顔に出すのを耐えているだけだ。

「さしずめライブには無理矢理連れてこられたクチかな?」

 行けない知り合いの代わりに、ということと、対戦会でのグッズ目当てだと悠紀は正直に告げた。

「なるほどね、そっか」

 納得したように、めろんはカフェラテを一口。

 それにしても、わざわざそんなことを確認するためにめろんは悠紀に会いに来たのだろうか。

 めろんは決意を込めた様に姿勢を正し、軽く咳払い。

「回りくどいことは無しにしようかな」

 そう前置きをした後、真っ直ぐに悠紀を目を見る。澄んだ、力強い瞳が悠紀を貫く。

「梅津クン、いや、U2氏!私とウルティメット・ラウンドを目指さないか!」

 その言葉の意味を理解するのに、数秒を要した。

 それ以前に、なぜ自分の名前を知っている?

 あ、ライブの時名前を聴かれたっけか。あれ、プレイヤーネームはどうして?これは自発的に言ったか。

 頭が混乱している。冷静な心で頭の中を整理する。

 ・・・これは何の巡り合わせだ。その発想は無かった。

「そもそも出る気がなかったり、チームメイトが決まっているのなら、諦めるけど」

 悠紀は光の速さで、今度は逆にめろんの手を取る。

「いや、こっちこそ!あとひとり、悩んでいたところだ!」

 願ったり叶ったり。めろんは救世主にも等しい。

 いくら強くとも、めろんはアイドルだ。彼女を勧誘するという発想が無かった。現実的ではない、というのが正しいか。

 悠紀は、めろんの腕をその身を持って体験した。仲間になるのならこんなにも頼もしいことはない。

 それよりも、ようやく3人が揃うという喜びの方が勝る。

 と、悠紀がめろんの手をずっと握っていたことに気付く。

「あ、ご、ごめん」

 ぱっ、と手を離す。無礼な悠紀の行動にも、めろんは笑みを崩さない。

「では、仲間にしてもらえる、ということで構わないかな?」

 悠紀にはもちろん断る理由はない。時間が差し迫った中での一筋の希望。

喜びを爆発させたいところではあるが、その場がふさわしくないのが手伝い、冷静になる。

 それと同時に、悠紀は大切な事を思い出したのだ。

「俺は大丈夫なんだけど、一応チームメイトに連絡してもいいかな。俺ひとりの意見で決める訳にはいかないから」

「ああ、ぜひとも」

 悠紀はチームメイト候補が見つかったことに加え、現在位置を若葉にメールで送信。数秒もしない内に、折り返し着信音が鳴る。悠紀は慌ててスマートフォンを手に取り外へ退避。

『お兄さん!今の話、本当スか!?嘘だったら捻り潰しますよ!』

 それはどこを、とは怖くて聞かなかった。だが、明らかに興奮している。待たされただけあって、気が昂っているのだろう。

 すぐに向かいます!と、若葉は鼻息荒くも通話を切った。

 店内に戻ると、身を固まらせためろんが待っていた。

「ドキドキするなあ。・・・仲間に迎えて貰えればいいけど」

 まるで、何かの面接かの様な緊張を覗かせている。強さに関して言えば、めろんは申し分ない。その点は若葉もノーとは言わないだろう。

「迷惑、だったかな」

 カフェラテのスプーンで、円を描くめろん。

「突然押しかけてきて」

 確かに最初はびっくりした。まさかいつか見たアイドルが目の前に現れるとは思っていない。

「いや、さっきも言ったけど、正直困ってた。チームメイトは探していたけど、誰でもよかった訳じゃない」

 悠紀の言葉を聞き、めろんは安心した様に微笑んだ。・・・宮本が熱を入れるのも分かる気がした。

 ふと、めろんが語りだした。

「去年のウルティメット・ラウンドの中継も見たよ。あんな楽しい世界が直ぐ側にあったんだ、って」

 回顧するように、めろんは天井を仰ぐ。

「私、アイドルと同じくらい、ゲームが好きなんだ。・・・未来の話をするけど、今はまだ駆け出しのアイドルだけど、もっとみんなに私たちの名前を知ってもらいたい」

 希望の籠もった夢を語っためろん。だが、すぐに憂いを秘めた顔に変わる。

「もし、私たちが今より大きくなったら、ウルティメット・ラウンドとか、目指せなくなるかも知れない」

 芸能人の多忙さなど、一般人である悠紀には知るよしは無い。

「それは遠い未来の話かもしれないし、叶わないかも知れない。ただ、後悔したくないんだ」

 未来の保証など誰にも出来ない。未来を見通せる能力は、現実世界の人間には持ち得ないのだ。だから、悩み、もがく。

「だからって、記念受験みたいなことじゃないから。そこは一生懸命やるつもりだよ」

 あの強さでは、冷やかしとは思わないが。

「ねえねえ、ウルティメット・ラウンドで戦った時のこと、教えてよ。今後の参考までにさ」

 一転、表情を輝かせためろんは、テーブルをぶち抜くが如く身を乗り出す。

そんなめろんの勢いに気圧されながらも、悠紀はかつての戦いの思い出を口にしたのだった。


 顔面蒼白の若葉が息を切らせながらロンドンマーチに現れたのはそれから少し後で。

 悠紀の正面にいる女の子に戸惑いながらも、若葉は席に着く。若葉の視線が悠紀から正面に改めて移った時、雷に打たれた様に体を硬直させた。

「ちょっと、お兄さん!この人、桜田めろんじゃないですか!」

 顔を詰め寄りつつ、戸惑いを含めた声で聞いてくる。迷惑にならない程度の声のボリュームな辺り、冷静さは欠いていないようだ。

「そうだけど」

 ぐぐい、っと、まさに目と鼻の先まで近づく。

「えれくとりっがーの!」

「・・・近いな」

 ついでに鼻息も荒い。

 悠紀は若葉の肩に手をやり、距離を取る。やはり、女の子の方がそういうのは詳しいか。それとも悠紀の方が疎いのか。

「どこでこんな人と出会ったんですか」

 なおも詰め寄る若葉を、悠紀は手で制する。

「そのことも含めて、事情を離している時間も惜しい。どうだ若葉ちゃん。ここで決めてみないか。腕は対戦した俺が保証する」

 若葉は納得している様子とは思えなかったが、ちらり、とめろんに視線を向けると、小さくため息を吐く。

「・・・お兄さんがそこまで言うのなら。でも、事情は話してもらいますからね!」

「おう。約束する」

 最大限の感謝を示しつつ、真摯に若葉の目を見て答える。若葉は眉を寄せつつ、頬を僅かに赤く染めた。

「この子は桃原若葉ちゃん。まだ中学生だけど、彼女の腕も、俺がよく知っている」

 ぺこり、と若葉は小さく頭を下げる。

「少し聞きたいんだけど、ふたりはどんな関係?兄妹?」

 めろんは目の前の悠紀と若葉を交互に見比べつつ、聞く。

「お兄さんとは呼んでいるけど、名字が違うよね」

 なるほど。

 高校生の男と、女子中学生がつるむ理由を疑っている、と。健全な関係で無いのなら、ここはいくらゲームのためとは言え、看過するべきではないと思っているのだろう。

「若葉ちゃんは妹の友達だ」

 よくよく考えてみると、出会い方は若葉もめろんも似ていたな。どちらも昨年のウルティメット・ラウンドを見ている。

「そっか」

 悠紀の簡潔な説明で納得したのか、めろんはそれ以上追求してこようとはしなかった。

「もう知っているみたいだけど、この人は桜田めろん」

「よろしくね!」

 めろんはとびきりの笑顔を若葉に投げかけた。

 とりあえず悠紀は肩の荷が降りた気分。最低下の出場条件は満たした。あとは予選も含め、自分のレベルを高めるだけだ。

「仲間に入れてくれてありがとう、若葉ちゃん!」

 めろんは若葉の手をギュッと握る。

「・・・ど、どうも」

 困惑しつつも若葉はそれに応じる。

「悠紀クンも、改めてよろしく!」

 言いながら、めろんはスマートフォンを取り出し、

「これからのことも含めて、連絡先を交換しよう!」

 そうだな。ただでさえ急造のチームだ。情報はできるだけ共有し合ったほうがいい。

 悠紀もスマートフォンを取り出したところで、

「ち、ちょっと、いいでスか」

 若葉が割って入るように番号交換を遮った。

「仮にもアイドルの人がゲーム大会のためとはいえ、男性と連絡先交換をしてもいいんスか?」

 これは配慮が無かったかもしれないな。でも、連絡が必要な時もあるだろう。立場上、恐らくめろんには頻繁には会えないだろうから。

「私が交換します。これから大会に関しては私を介して連絡することにしましょう」

 女の子同士だし、それが適任だろう。

「じゃあ、頼んでいいか」

 悠紀と入れ替わるように、若葉がスマートフォンを取り出す。ものの数秒で連絡先が交換された。

「ありがと!えーと、若葉ちゃんね。何かあった時、連絡するね!」

 スマートフォンを仕舞い、慌ただしく脱いだ変装グッズを身に纏い始める。

「ごめんね、私これから行かなきゃいけないんだ。お金は払っておくから、若葉ちゃん好きなもの頼んでって!」

 席を立つ際、めろんはウインク。そして颯爽と去っていった。その後を呆然と目で追う若葉。

「芸能人って、やっぱり忙しいんスね。もし私がOKしなかったらどうするつもりだったんだろ」

 その後の身の振り方はめろんにしかわからないだろうが、少なくとも無駄足になっていた可能性がある。

 せっかくなので、若葉はメニューを一瞥。コーヒーメニューが並ぶ中、唯一飲めそうなキャラメルマキアートを注文。

 その間、若葉は正面のめろんの席に陣取り、悠紀を怖くない柳眉で睨みつける。

「さあ、洗いざらい吐いて貰いましょーか」

 クラスメイトの代わりにえれくとりっがーのライブに行くことになった経緯から、今までのことまで全てを。

「それにしてもめろんさん、よくお兄さんの居場所を知ってましたね」

「多分若葉ちゃんと同じ方法だろうよ」

 めろんも去年ウルティメット・ラウンドを見ていた。それに、対戦会でプレイヤーネームどころか本名も名乗ったからな。

 ゲーセンと、その周辺にある学校から調べれば、少なくとも悠紀は中学生には見えないし、高校に絞れば自ずと答えに辿り着くだろう。もっとも、めろんのような行動力があればの話だが。

「だからといって、学校まで押しかけるのはどうかと思いますよ」

「お前が言うなよ・・・」

「わ、私はゲーセンにまで留める節度ある出会い方だったと自負してますケド!?」

 どこがだよ。挙げ句の果てには脅してきたじゃないか。

「へぇ、お兄さんは長きに渡る付き合いの私よりも、昨日今日の女を取る、と」

 疑いの眼差しの悠紀にも、若葉は退かない。長きの、って。若葉とはまだ出会ってそんなに経ってないぞ。

「・・・めろんさんと私、どっちが強いと思います?対戦だったらどっちが勝ち越すと思います?」

 それは一体どういう種類の質問だ?

 めろんと対戦した時は家庭用だったしランクは表示されていなかったから、強さを比べる事は一概に出来ないが。

「どっちが頼りになるチームメイトだって聞いているんです」

「いや、どっちも頼りにしてるよ」

「そういう答えは要らないんスよ。・・・じゃあ、タッグを組むとしたら、どっちを選びます?」

 ・・・一体何なんだ、この問いかけは。自分は何を試されているんだ?

 期待。

 若葉の顔から読み取れるのはその二文字だ。

「・・・まあ、若葉ちゃんかな。付き合いも長いし」

 たぶん、それが若葉の望む答えだと判断。付き合いも長い、という部分をあえて強調して言ってやった。

「そーですよ。わかってるじゃあないでスか」

 満足した様子で、若葉は注文した品に口を付ける。

「それと」

 何だ。まだ何か言い足りないか。いいだろう。この際だ。何でも受けて立とう。

「これからの大会に向けて、決意や心をひとつにしなければならないと思うんですよ、私達」

 それは一理ある。

 ただでさえ急造感溢れるチームだ。めろんに至ってはプレイヤーネームすら知らない。ひとつの目的に向かって足並みを揃えるのは大事なことかもしれない。

「それで、ですねぇ、私にひとつ提案があるのですが」

 若葉にしてはかしこまった口調。

「私のことは『若葉』と呼び捨てにしてくれて構わないんですケド!むしろそうして欲しいと言うか!」

 覚悟を持って身構えていた悠紀に投げかけられたのは、そんな言葉だった。

「ほ、ほら。ちゃん付けするとなると、長いじゃないですかぁ!早い話が、短く呼ぶ方が文字数の短縮になって、意思疎通が円滑になると思うんですよね!」

 妙に早口で持論を展開する若葉。

『ちゃん』等の敬称を外して時間が短縮されるかどうかの真偽はさておき、他人行儀なのは確かかもしれない。

「あ、ああ。わかった」

 が、若葉はまだ何か言いたげに口元をもごもごさせている。

「それでですね、ついでと言ってはなんですが、私もお兄さんの呼び方を変えさせていただいてよろしいですか?」

 半分お嬢様モードなのが怖い。若葉本来の底しれぬ何かを抱えているのをここに来て思い出した。

「私も、お兄さんのことを名前で呼んでもよろしいですか?」

 そんなことか。また何か恐ろしい言葉を吐き出すのかと思った。

「いいよ。好きに呼んでくれ」

 悠紀の答えに、若葉は胸を撫で下ろす。

「ありがとうございます。・・・でも、いざ呼び方を変えるのって、それはそれで照れますねぇ」

 若葉は顔を僅かに赤く染め、どう呼ぶか思案しているようだ。許可したはいいが、一体どんな呼び方か悠紀も気が気でない。

「・・・名前にさん付けは、OKですか?」

 勿論、断る理由はない。こほん、と若葉は軽く咳払い。

「じゃあ、改めてよろしくお願いしますね、『悠紀』さん」

「こちらこそよろしく、『若葉』」

 何だかむず痒いな。それと同時に身体が熱を帯びて行くのがわかる。まるで若葉の顔の赤みが悠紀に伝播したかのようだ。

「うはぁ。何か新鮮な気分です。私、殿方を名前で呼んだことなんて生まれてから今までないでスよ」

 悠紀も妹を除けば無い。舞麗に対しては当然さん付け。呼び捨てなど以ての外だ。

「・・・本当に、夢みたい」

 一転、若葉は感慨深そうに言葉を漏らした。

「もう、諦めかけてました」

 それは、悠紀の不甲斐なさが起こした不要な心配だったろう。無駄に希望を持たせることも無かった。

 鼻をすする音と共に、若葉は顔を悠紀から背ける。

「・・・若葉?」

「・・・見んといてもらえます?今、私顔酷いと思うんで」

 嗚咽を堪えながら、若葉は言葉を絞り出した。

「そういうの、本戦までに取っておこうぜ」

 薄く音楽の掛かる店内。

 悠紀は、若葉が泣き止むまでそばで寄り添っていたのだった。


 ロンドンマーチを出る頃、ふと若葉が口を開いた。

「あの、私の本性を晒した時、何で悠紀さんはそれを亜衣ちゃんに言わなかったんですか?」

 そうすれば、少なくともこんな面倒な出来事に巻き込まれることは無かっただろうし、妹の友達に覆いかぶさっているところを見られて糾弾されることも無かっただろう。

「んー」

 悠紀は少し考えるフリをして。

「亜衣にせっかく友達が出来たんだから、それに水を差すことも無いかな、って」

 楽しそうに若葉の写真を見せて来た亜衣の笑顔を覚えている。余程嬉しかったのだろう。

「悠紀さんって、結構お人好しですよね」

「そうかな」

 そんなのを考えたことも無い。

 くす、と小さく漏れた若葉の笑顔に、悠紀は妙なくすぐったさを感じたのだった。

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