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ROUND1・夏の終わり、夢の続き

私は格闘ゲームが大好きです。特に90年代にゲーセンを賑わせた作品群は思い入れも深く、私の原風景であり、それに付随する雑誌等は自身を構築した要素でもあります。

登場するゲームや事柄は全て架空のつもりですが、オマージュされたものもあります。

このお話はあの時代に生き、育てられた人間によるラヴレター、感謝状のつもりですが、なるべく温故知新の温故だけにならないように心がけました。元ネタに気づいた、知っているという人は「うふふ」と生温かく笑って頂けたら幸いです。

 夏が9月に入っても世界がまだ暑いのは、もしかしたら『それ』が原因なのかもしれない。

 会場内に渦巻く熱気が壁から突き抜け、溢れ出たと言われば信じてしまいそうだ。それくらい、あの日あの時の光景は痛烈に心に焼き付いている。

 歓声が何処か遠くに聞こえる。

 BGMも、キャラクターの声、SEに至るまで。まるでここが別次元かのように。

 耳に届くのは、自分が操作するレバーとボタンを弾く音のみ。

 右手は作曲意欲に駆られたピアニストが鍵盤の上で指を踊らせ、左手は鬼気迫る指揮者の如く。右手と左手の交錯。連弾。重奏。

 だが、鳴り響くはクラシックではない。魂を揺さぶるロックだ。

 ・・・音楽なんて、本気で向き合ったのは幼稚園のお遊戯会くらいなのにな。   

 音楽のイロハなど、微塵も持ち合わせてはいない。だが、その音は確かに闘争心を煽るビートで。

 夏休み下旬。

 都内某所にて行われた『ウルティメット・ラウンド』と呼ばれる対戦格闘ゲームの大会。それは、全ての格闘ゲーマーの祭典だ。

 現行、過去作から選定された数作の格闘ゲームで、それぞれの頂点を争う。

 檀上に設えた、向い合せのアーケード筐体。

 それぞれの筐体に座した2人の少年の操るキャラクターが、画面内で激しい攻防。ゲームを知らない人間は、そこで何が行われているか理解に苦しむ事だろう。

 たかがゲーム。されどゲーム。

 決して『スポーツ』などと括り、冠して欲しくはない。大会という形式は取ってはいるが、それはまさしくストリートファイトの延長だ。

 少なくともそれは男女の別け隔てなく、年齢制限もなければ、何の資格も必要としない。

 例え強者に君臨するおっさんが、若い芽を叩き潰したところでそれは老害でもなんでもない。その座を引き剥がせるのは純粋に強い者だけだ。

 だが大袈裟でも何でも無く、そこは格闘ゲームに意味を見出した戦士が目指す場所であり、うねりに身を落としたゲーマーの桃源郷がそこにはあった。


 ばたんっ。

 自室のドアが大きく開かれた音に驚き、悠紀は思わず侵入者を見る。

 傍若無人にもドアをぶち破る人物に、心当たりはひとりしかいない。

 開け放たれた入口には、妹が立っていた。

 兄である悠紀は、妹の姿を見て溜息を吐いた。

「お兄っ!対戦しよーっ!」

 妹の名は梅津亜衣。悠紀の正真正銘、血を分けた妹だ。

 艷やかな黒髪は、自身をぐるぐると巻きつけられそうなほどに伸びており、床に座ろうものなら、ちょっとした毛の塊になる。

 その大きなふたつの瞳は、期待と共に爛々と輝いている。

 亜衣の小脇には、何やら黒い箱のようなものを抱えている。

 球の付いた一本の棒に、いくつかのボタンの載るそれ。

 アーケードコントローラー、略してアケコンと呼ばれるゲーム機のコントローラーであった。

 それだけなら、日曜日に兄と遊ぶために部屋を訪れた妹の図、だ。ただひとつ異質なのが、妹はパンツ一丁目だったことだ。正確に言えば、でかいTシャツのおかげで僅かにパンツが見え隠れするか、そんな格好。

 悠紀は妹の臨戦態勢を一瞥し、机に向かい宿題を再開させた。

「ちゃんと下を穿いていない子とは遊んでやらん」

 親しき仲にも礼儀あり。悠紀は厳しい態度を貫く。

「良いじゃん!やろーよぉーっ!」

 亜衣は頬を膨らませ、抗議のポーズ。

ずかずかと、それがさも当たり前といった様子で亜衣が兄の部屋に突撃。抱えた箱をベッドの上に放り投げる。ぼすっ、と沈む布団から、アケコンの重さが図り知れる。

 次いでテレビを点け、テレビ台の中に格納されているゲーム機を手慣れた様子で接続に掛かる。

「お兄ぃ、いちいちゲーム機仕舞うの、几帳面だよね。面倒じゃない?」

 そんな事を言いながら、ゲーム機の電源をオン。

 亜衣は物を片付ける、という行動を何処かに置いてきたかのように自室ゲーム機の配線は繋いだままだ。

 悠紀は軽い目眩を覚える。別に几帳面を指摘されたからではない。

 今の悠紀の位置からだと、ゲーム機をセッティングしている妹の尻が丸出しなのだ。

 水玉柄が視界に入るたび、妹の将来が不安になる。

「『ファンタジア・ヘブン』でねー、っと」

 ゲーム機本体に自分のアケコンを繋ぎつつ、ご親切にも悠紀のアケコンも接続して用意してくれる。

「た・い・せん。た・い・せん」

 肩を揺らしながら起動を待つ亜衣は、さながらレストランで注文した品を待ちわびる子供の様だ。

 高校生の悠紀に対し、亜衣は中学生。それも今年に進学したばかり。

 同年代のそれより、若干幼い気もするし、兄である悠紀に依存にも似た感情を見せる。

 ゲーム好きという部分に関しては、明らかに兄の影響を受けていると言えるし、悠紀もそれは自覚している。

 妹なんて、時が経てば勝手に兄離れすると思っていたのだが。

 悠紀はやれやれとノートを閉じ、妹に付き合ってやることにした。

「・・・少しだけだぞ」

「やったあっ!お兄ぃ大好きっ!」

 ファンタジア・ヘブンを対戦モードにして、準備完了。3本設定、2本先取は、対戦ではスタンダードなルールだ。

「ハンデは?」

 悠紀の提案に、亜衣は明らかにむっとした表情。

「そんなのいらないよっ!」

 ・・・余計なお世話だったかな。

 亜衣がこのゲームを始めた時、ハンデ無しではまるで勝負にならなかったのを思い出す。

 今や、亜衣はハンデを付けられるのをとことんに嫌う。それは決して悠紀との実力差を推し量れていないわけでもないだろう。

 だから、悠紀は亜衣との対戦でハンデを付けなくなって久しい。それは確かな成長ではある。

『プレイヤーセレクト』

 電子音と共に、キャラクターの顔が描かれた四角形が画面全体に散りばめられ、集結する。

 悠紀と亜衣は、それぞれ同時にレバーを操作し、目当てのキャラへとカーソルを滑らせる。

 この時、亜衣はキャラクター選択時にあえてカーソルを彷徨わせるという小賢しい動きを取る。いかにも何かを考えているプレイヤーを演じるのだ。勝手知ったる兄にその小細工が意味を成す事はないが。

 2Pサイドの悠紀は、主人公格のキャラクターである『朧丸』を選択。刀を振るう侍だ。

 格闘ゲームプレイヤーなら、コマンドを見てどういう必殺技か解る使いやすさ。且つスタンダードでありながら火力もある。

 一方、1Pサイドの亜衣。

 選択したキャラは『ガンツ』。朧丸の身体の倍はある巨漢だ。

 所々蒸気を吹き出す、機械じみた黒い鎧を身に纏う。

 近接攻撃を得意レンジとし、その最たる技がコマンド投げと呼ばれる要素。全キャラクター共通の通常投げは、抜けられる可能性を持つ。当然、その場合はダメージはゼロだ。

 対するコマンド投げは、その差に大小はあれど入力が必要だ。だが抜けられる心配がない。それだけでコマンド投げは強力な武器になる。

 対戦前、亜衣は嬉しそうにレバーを回し、ボタンを弾く。

『ラウンド1』

 モニターから聞こえる音声が、身を引き締めさせてくれる。

『ファイト』

 かくて、悠紀と亜衣の対戦が始まった。


 ファンタジア・ヘブンとは、ゲームセンターで稼働する一対一の対戦型格闘ゲームだ。

 タイトルから連想される通り、ファンタジー世界を舞台にしたゲームだ。

 8方向レバーがひとつ。4つの攻撃ボタンを操作、駆使して戦う。

 ボタンはそれぞれ弱武器攻撃、弱キック。強武器攻撃、強キックに分かれており、ボタンを組み合わせた操作も存在する。

 各キャラクターのコマンド入力による固有の必殺技はもちろん、それを上回る『ハイブリッドアーツ』の存在。さらに特定の条件下で出せる『アンリミテッドアーツ』と格闘ゲームとしては押さえる部分は押さえている、言わば普遍的なゲームと言える。

 ファンタジア・ヘブンはキャラクター人気も高く、そこから入る人間も少なくない。稼働と同時に家庭用も発売し、裾野を広くしている。いわゆる移植版が後発で出る、というパターンではないので、アーケード、家庭用でプレイする人間の格差がそれほど大きくなく、このタイプの売り方では成功した方である。

 対戦ツールとしても優秀で、各地のゲーセンでは熱い戦いが繰り広げられている。

 キャラクター人気、ゲームとしての完成度も高く、ファンタジア・ヘブンは今のアーケードシーンに燦然と輝く対戦格闘ゲームとなった。


「ぐわぁーーーっ」

 亜衣の断末魔の叫びが部屋に響き渡った。

 こうなったら兄妹の対戦が終了の合図だ。

 亜衣の戦績は、10戦0勝10敗。しかも悠紀は結果1ラウンドも取られることはなかった。

 ぐでん、と亜衣の体がフローリングに投げ出される。

「お兄ぃ、相変わらず強すぎ・・・」

 亜衣は見た目こそ幼く子供っぽいが、ゲームに連敗したからといって不貞腐れるタイプではない。むしろ、その悔しさを己の糧にできるタイプだ。

 悠紀の主観も入るが、実際に亜衣は強い。同じ年頃の女の子に比べても、格闘ゲームの腕はある方だろう。

 キャンセルからの必殺技もお手の物。コンボの精度もまずまずだし、いっぱしの格闘ゲーマーと言って良い。

 ちなみにここで言うキャンセルは格闘ゲーム用語のひとつで、例えば通常技を出した時、流れとしては入力、発生、フォロースルー(要するに隙の部分)となる。

 この最後の隙に関しては、当然ない方が対戦をスムーズに立ち回れる訳だが、通常技を相手に当てた瞬間に必殺技を入力すると、この隙の部分を飛ばして必殺技に移行する事ができる。大まかに言えば、これがキャンセルの仕組みだ。

 ゲームによっては相手に当てずともキャンセルが出来たり(俗に言う(から)キャンセル)、必殺技を必殺技でキャンセル出来たりその解釈は細分化、枝分かれしているが、今は割愛。

 ガンツ等のレバー一回転のコマンド投げを持つキャラは、立ち状態での入力は必須スキルだ。

 レバー一回転のコマンド投げは、その性質上、どうやってもレバー入力が上方向に入る。それ即ちジャンプ入力と重なってしまう。

 だが、『厳密に一回転回さなくて良い』、と言うテクニックを知っていれば、不意のジャンプという事故を減らせる。

所謂一回転投げと呼ばれる技は、レバー入力が4分の3入っていれば成立するという性質がある。つまり律儀にレバーを一回転させなくても良いのだ。

 亜衣は当然それ熟知している。右スタートで時計回りに4分の3回転(キャラクター右向き時)というのが亜衣は主らしいが、自身の別の必殺技コマンドと重複しないように入力できると、またキャラクターの動きが軽やかにはなる。その辺りは亜衣はまだ柔軟性に欠け、混戦になった時コマンド投げを捨て、通常投げで済ませてしまう部分がある。そこはまだ練習の余地有りだ。

 ガンツの武器は、確かに強力なコマンドだが、それをあからさまに狙おうとするため、そこが逆に付け入る隙にもなる。

 ガンツがダウン時、起き上がりに狙うのがバレバレで、それを読んだ悠紀のジャンプ攻撃が刺さってそのまま投了、というのもしばしば。

 ただ、悠紀は直接亜衣にゲームを指導したことは今までない。コマンド投げどころか、レバーとボタンをただガチャガチャと動かしていただけの頃に比べたら雲泥の差だ。そう思うと感慨深いものがある。

「悠紀―?ちょっとお買い物に行ってきてくれない?」

 亜衣がトレーニングモードの準備を始めるのと同時に、一階から母親の呼ぶ声。

「はいはい」と返事をし、早々に連続技の練習に入った亜衣に向かって、

「終わったら片付けておけよ。あと、下はちゃんと穿け」

「ほーい」と聞いているのかいないのか、レバーとボタンを弾く音の中、悠紀は部屋を後にした。


 母親から頼まれた買い物メモは、全て商店街で事足りる。

 梅津家から歩いて程ない場所にそこはある。

 精肉店、八百屋はもちろん、競合であるはずのスーパーマーケットをも内包している。

 さらには薬局、金物店に豆腐屋。喫茶店、花屋。占いの館なんて変わり種もある。梅津家を含む、地元住民には無くてはならない生活の拠点である。

 メモ書きを見ながら買い物を終え、大根の葉が突き出た袋をぶら下げながら、帰路につく。

 その道すがら、一軒の店先が目に入る。

『トライフォース』と言う名のゲームセンターだ。

 駅前にも大きいゲームセンターはあり、客層もそちらの方が濃いが、悠紀は訳あってこちらの店に深い関わりを持つ。

 トライフォースは、規模やゲームの数や種類では敵うはずもないが、大手には無い温かさがここにはある。

 悠紀はトライフォースを一瞥する。ガラス越しの入口からでも向こう側の絢爛さが見て取れる。客の入りは上々。

 関係と言っても何のことはない。悠紀はこの店でアルバイトさせてもらっている身だ。

 平日は学校が終わってから。土曜は早番。学生身分である悠紀に融通してくれるのがありがたい。

 トライフォースにもファンタジア・ヘブンが稼働しており、プレイしている人を観察したり、趣味と実益を兼ねた、良いアルバイトだ。

 その時。

 トライフォースからエプロンを身に纏ったひとりの女性が出てくる。片手にちりとり、片手にほうきのフル装備で。

 トライフォースの店長である竹宮舞麗(まり)だ。

 年の頃は二十代半ば。

 柔らかく豊かな栗毛に穏やかな笑みを浮かべ、優しさしかありえない佇まい。

 何かを投げつけてもそのまま跳ね返しそうなくらいに柔らかそうな、そんな空気すら纏っている。

 舞麗はちりとりを地面に置くと、店先の掃除を始める。

「ほれ、舞麗ちゃん」 

 道行くおばちゃんが舞麗にまんじゅうを押し付ける。

「わあ、ありがとう〜」

 舞麗はこの商店街でのある意味アイドルだ。

 挨拶をされたり、夫婦関係が上手くいかない悩み相談を持ちかけられたり、井戸端会議に参加させられたり。

 そのどれもに嫌な顔せず応対できる。誰が呼んだか商店街の女神とは彼女の事だ。が、誰彼構わず応えるので、遅々として掃除が進まない。

 そんな舞麗が悠紀の存在に気付いた。

「あっ、悠紀くん」

 ぱあっ、と太陽の様な笑みを悠紀に投げかけ身体を弾ませる。

 ゲームで例えるのなら、舞麗が邪悪を浄化する力を持つ聖属性なのは疑いようの無い事実だが、時に、人によってその姿は毒となる。

 例えば悠紀に向かって跳ねた事によって副次的に揺れる胸、とか。

 全てを弾き返すかの様なそれは、転じて直視出来ない凶悪さをはなっている。

「て、店長こんにちは」

 だから、舞麗に跳ねさせるのを止めさせるため、悠紀は早足で彼女の元へ駆け出す。

 だが、舞麗はその言葉にご立腹だ。

「悠紀くんは今日非番なんだから、店長なんて堅苦しいのは無し、だよ」

 指先でバッテンを作る舞麗。

 何故か舞麗は店長と呼ばれる事を良しとしない。トライフォースを経営する父親の娘なだけで、凄いのは父親だから、らしい。だが、仮にも悠紀はその下に雇ってもらっている身なので、就業中だけは店長呼びを承認させてもらっている。

「・・・お買い物?」

 舞麗の視線が悠紀の手に下げられたビニール袋に向かう。

「まあ、はい。母に頼まれて」

 手下げ袋を持ち上げつつ、答える。

「偉いぞぉ〜。よしよししてあげようー」

 舞麗の小さな手のひらが悠紀の頭に触れられる。

 悠紀も高校生だ。そんな事で喜ぶ年齢ではないが、無下に断れない逆の威圧感がそれを拒否を阻止する。

「おまけのご褒美だぁ。いただき物だけど。はい」

 先程おばちゃんに貰ったまんじゅうをひとつ、悠紀に渡そうとして、その動きを止める。

 舞麗はまんじゅうの包装を剥き、それを悠紀の口元に運ぶ。

 あの、片手でも食えます。とは言えず、周囲に通行人がいる中、悠紀は舞麗から手渡しでまんじゅうを口の中に納めた。

「・・・美味しいです」

「えへへー。私も食べよ〜」

 もうひとつのまんじゅうを同じ様に剥き、ぱくっと一口。

 ただでさえ空っぽのままのちりとりが申し訳無いので、舞麗にごちそうさまと別れを告げ、悠紀はまんじゅう以外の何かで胸を満たしながら帰路につくのであった。


 帰宅して、買い物の荷物を母親に預け、自室で一休み。

 悠紀の言いつけ通り、亜衣はちゃんとゲーム機を片付けて行ったようだ。・・・ケーブル類がテレビ台の中にぐちゃぐちゃに押し込められているのは見なかったことにする。これを自分の部屋でもやって欲しいものである。

 悠紀は隣の亜衣の部屋へ。

「亜衣、入るぞ」

 ノックをして、ドアの向こうから返事が聞こえたのを確認してから、開ける。

 妹は、ベッドの上にはいるものの、文字通り横になり、壁に足を立てかけている。首がベッドの縁で支えられ、頭が天地上下になっている。

 その上でスマートフォンを操作しつつスナック菓子を摘むという複雑怪奇な行動を見せていた。

「・・・出かけてくるから、よろしく」

「ふえーい。・・・『リンドバーグ』?」

 首だけを捻りつつ、悠紀を見る妹。少し怖い。

 リンドバーグとは、駅前にある大型のアミューズメントスポットだ。

 一階はプライズが中心。二階はファミリー層向けやメダルゲームが揃う。

 三階はシューティングやアクション等のビデオゲームが並び、四階に格闘ゲーム含む対戦ゲームがひしめき合う。

 五階は音ゲー、プリントシール機が幅をきかせる。もっとも、この階層だけはほぼ足を踏み入れたことはないので、あまり明るくはない。

 悠紀がメインとしている格闘ゲームフロアも、トライフォースとは台数も対戦レベルも格段に違う。様々な猛者が集う戦場だ。さしずめ、リンドバーグは対戦格闘ゲームの虎の穴といったところか。

 悠紀も、その強者の波に揉まれるプレイヤーであった。


 駅前の広場には中央に円形の噴水が鎮座。それを囲むようにベンチが並ぶ。

 子供連れの親子や、デート中であろうカップルが、憩いのひと時を思い思いに過ごしている。悠紀はその広場を横断し、目当ての店へ。

 リンドバーグの自動ドアをくぐる時、悠紀はいつもドキドキする。上層階へ続くエスカレーターに流されている時に胸が高鳴るのだ。

 今日はどんな相手と戦えるだろうか。いつもは勝てている相手が強くなって苦戦したり。その逆もまた然り。ゲーセンはそんな気分を味あわせてくれる。

 目的のフロアに着く。

 少し薄暗いフロアは、光る無数のディスプレイを際立たせる。

 初めてリンドバーグに来た時、少し怖い感覚を覚えたのを思い出す。子供の頃からしたら、このフロアは大人の空間だったのだ。

 家庭用ゲーム機では味わえない、自然と大人の仲間入りをしたような錯覚は、子供ながらに背伸びをさせてくれた。

 フロアは盛況。

 対戦格闘ゲームの歴史はこれ以前、これ以降に分かれると言わしめた『バックアレイ・ストレンジャー』の新作の覇権は相変わらず。

 連続技が高難度化するこの時代に逆行するかのような、刹那の一撃に重きを置いた剣術格闘の『サウラビ』。

 当然、ファンタジア・ヘブンも例に漏れず、揺らめく熱気が目に見えるくらいに盛り上がっている。

 どの台も、ちょっとやそっとで対戦が途切れることはなさそうだ。

 特にファンタジア・ヘブンに対する力の入れようは大きく、5組の対戦台が並ぶ様子は壮観で、その内の1組は店内の大型モニターに対戦の模様が映し出されている。

 と、その時。

「おう悠紀」

 と肩に手が載る感触。

 見ると、そこには髪を金色に染めた男が鋭い目つきに快活な笑みを浮かべて立っていた。

 耳にはピアスと、一見この場には似つかわしく無い雰囲気がある。

「虎一」

 悠紀の友人。名を大村虎一(とらいち)

 通う高校は別だが、ゲームを通じて知り合った、中学の時からの友人だ。

 虎一の自宅付近にはゲーセンが無いため、電車に揺られてやって来る。金欠時には徒歩で往来する強者だ。

 このフロアにいるということは、虎一も当然ゲーマーで、ファンタジア・ヘブンをメインにしていて、悠紀と研鑽し合う間柄でもある。

「もう始めてんのか」

「いや、いま来たところ」

 エキサイトしている筐体には、ギャラリーを含めた人で熱が高まっている。 順番待ちの波が、代わる代わる勝敗が決まり席を立つプレイヤーと入れ替わる。

 ここまで格闘ゲーム熱が熱いのには理由がある。

 毎年、夏に開催される格闘ゲームの祭典。

『ウルティメット・ラウンド』。

 現行稼働しているタイトルからメインに種目に選出され、競われる。そして、ファンタジア・ヘブンもその中の種目に内定している。

 格闘ゲームを嗜む者ならば誰もが憧れ、目指す場所だ。もちろん、悠紀と虎一もその中のふたりである。

 ちなみにリンドバーグはウルティメット・ラウンドの予選店舗でもある。他の対象のゲームセンターは遠出をしなければならないため、参加を目指しているのなら、ここで取っておきたいところ。

 その戦いも間もなく。さしずめ、その日に向けての前哨戦か。

「そういえば、悠紀。あの噂は知っているか」

 虎一は急に声のトーンを落として言う。もっとも、周囲の音が元々騒がしいので、小声は意味をなさない。

「この辺りでやたら勝率の高いプレイヤーがいるって話」

 取り立てて噂に上がるような話でもない気がするが。なぜなら、このゲーセンに集うプレイヤーは割と対戦レベルが高い。そんな話はこの業界にいたらいくらでも耳にはする。

 ちなみに、連なる筐体の列は、プレイヤーのレベルによって座る台が強制、絶対ではないものの、暗黙のルールで決まっている。

 モニターに繋がる右端の一組に近づくほど手練れのプレイヤーがひしめく戦場となる。

 やはり、ある程度同じレベルのプレイヤーが戦ったほうが楽しいし、まだまだ腕に自身のない者は同じランクで競い合える。無論、遥かな高みを目指して戦地に挑むのもアリだ。ただし、明らかな強者が初心者狩りをするような輩はここの常連にはいない。

 完全一人用の台もあり、対戦だけが全てではないプレイヤーはそこで楽しんでいる。

「それはファンタジア・ヘブンでか?」

 悠紀の薄い反応を察した虎一が「ああ」と口元に笑みを浮かべる。

「それも、女の子らしい」

 それを聞いて、悠紀の表情が止まる。

「たぶん、俺はお前と同じ事を考えたよ。でも、『あの人』じゃあないみたいだ」

 悠紀の思い描いている人物と、件の噂の女の子は別人らしい。

「その女の子は星武中の制服を着ていたらしい。・・・確かお前の妹もそこじゃなかったか?」

 確かに星武中学校は、亜衣の通う学校だ。

 だが、亜衣からそんな話は聞いたことがない。もっとも、亜衣は家庭用派だから、すれ違う事も無いだろうが。

 今の時代、女子プレイヤーは別に珍しくもないし、現にこのフロアには女の子の姿もちらほら見かける。

 ただ、女子中学生となると珍しいだろう。少なくともファンタジア・ヘブンに傾倒している女子は、知ってる限り亜衣しか知らない。

「で、それが何だってんだ?」

 女子中学生プレイヤーがいたからって、珍しいかも知れないが、それが噂になるほどだろうか。

「聞けば、勝率が無敗の凄腕らしい」

 ・・・そんな事はありえない。

 悠紀の思い付く限り、いわゆる強豪プレイヤーでも、負けた事が無い人間はいないだろう。にわかには考えにくい。

「自作じゃないのか」

 自分で対戦相手との二役をやって勝率を稼ぐ、というのを聞いたことがある。

「しかも、プレイ回数もそれなりだって話だ」

 だとしたら、とんだ新星だ。もし実在するのならの話だが。

 少なくとも、虎一の証言に合う相手とはまだ戦った事はない。

 一体どんな人間なのか。持ちキュラは誰なのか。そんな事を考えている内に目の前の席が空く。

 悠紀は財布から百円硬貨、そして一枚のカードを取り出し、椅子へと腰掛ける。

 カードはゲームの記録媒体で、筐体に備え付けられているカードリーダーに読み取らせる。

 カードを読み取り部分に載せ、お金を投入。スタートボタンを押す。

 乱入を示す表示が画面に踊る。この瞬間はいつになっても気持ちが昂る。

 さあ、対戦の始まりだ。


 対戦格闘ゲームは、2本先取が基本だ。だが、CPU戦を含めて3本先取制にしてある店がほとんどだ。トライフォースでもそうで、ファンタジア・ヘブンでも例外ではない。

 さて、ファンタジア・ヘブンは普遍的な格闘ゲームではあるが、舞台がファンタジー世界であるために、RPG的な味付けがなされている。

 体力ゲージはHPゲージと呼称されていて、画面下部にある他ゲームで言う超必殺技に使用したりするゲージはEXPゲージとなる。

 剣と魔法の世界がゲームに。それがファンタジア・ヘブンと呼ばれる格闘ゲームだった。


 その日の梅津家の夕食。

悠紀をテーブルで挟んで前が亜衣。その隣に母親。父親は絶賛単身赴任中だ。

テレビの音がリビングに流れる中、家族の団欒を過ごしている。

 ちなみに今日の対戦成績は勝ち越し。虎一にも負け越す試合もなく、飯が美味い。無論、これで満足するはずもなく、これからも鍛錬は欠かさない。

 母親がお茶を取りに行くタイミングで、悠紀は虎一との会話を思い出す。

「亜衣」

「ふも・・・何?」

 テレビに視線を向けていた亜衣が、箸を口に咥えたまま、聞く。

「お前の学校でさ、凄腕のゲーマーの噂って、無いか?」

 悠紀の問に、亜衣はきょとんとしている。

「凄腕ゲーマーって・・・、何?」

 悠紀は今日虎一から聞いた話を亜衣に伝えた。

「んー。少なくとも、私のクラスでは聞いた事ないなぁ」

 心当たりを探っているのか、亜衣は視線を宙に彷徨わせている。

 もっとも、噂が本当なのか定かではない。所詮噂話の域を出ない。実際に見たのならともかく、虎一も噂の又聞きだから、信憑性はどれくらいか。

「はいはい、お茶どうぞ〜」

 盆に湯飲みを人数分載せて戻ってきた母親が、悠紀と亜衣の前にお茶を差し出す。

「ありがと〜、お母ちゃん」

 亜衣は礼を言いつつお茶をひとすすり。

 ・・・謎の凄腕JCゲーマー、ね。

 もし実在するのなら、手合わせ願いたいものだ。

 そんな事を思いつつ、悠紀は湯飲みの中身を飲み干したのであった。

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