第二話)ノレナインライダー
午後十時、喜村秀樹に一本の電話がかかってきた。喜村はとりあえず電話に出た。
「もしもし、喜村だよね。大学時代の友人の中峰だけど、覚えてる?」
「…ああ。中峰か、中峰明か。久しぶりだね。」
その後二人はしばらくの間、電話越しに大学時代の思い出話に浸った。
「ところでさ、今君は何をしているの?」
話の話題を変えて喜村が中峰に聞くと中峰はこう答えた。
「今俺は、弱者を守る正義の味方をやっているのさ。」
それを聞いた喜村は思わず笑い、そして言った。
「中峰、もっとまともな冗談を言ってくれ。思わず笑ってしまったじゃないか。」
「喜村、俺が冗談を言っているとでもいうのか?まあいい。そんなに俺の言うことが信じられないとでも言うのなら、今度の日曜日の正午、A公園に来い。目に物見せてやるからな!」
そう言って中峰は電話を切った。喜村は中峰の呼び出しを断るかどうか迷ったが、行くことにした。その理由は色々とあるが、中峰のことだからもし行かなかったら、色々と厄介なことになることを喜村は知っているからだった。
それから数日がたった日曜日、喜村はA公園にいた。時間は正午、呼び出した張本人である中峰はまだ姿を現していなかった。
「まったく、もう正午を過ぎているというのに、中峰は何をやっているというんだ。呼び出した本人が遅刻というのは…。」
喜村はつぶやいた。その時、どこからか聞き覚えのある声が聞こえた。
「ははははは、待たせたな喜村君。」
喜村にはその声の主がわかっていた。そう、中峰である。喜村は当たり周辺を捜したが、中峰の姿が見えなかった。
「おい、中峰。どこにいるんだ、返事をしろ。」
喜村はそう言うと、中峰はこう言った。
「君の目は節穴かい。上を見たまえ上を。私、つまりは正義の味方、ナカミネンライダーは君のちょうど頭上にいるぞ。」
中峰…、いやナカミネンライダーの言うとおり、喜村は上を向くとそこには忍者の格好をした不審者がいた。どうやら彼がナカミネンライダーのようである。なぜライダーがつくのに忍者服を着ているのか、喜村にはわからなかったが、とりあえず喜村は中峰に聞いてみた。
「君が中峰…じゃなかった、ナカミネンライダーなのか?そして君は本当に正義の味方なのか?普通正義の味方は自分からそのことを申し上げたりはしないはずだが。」
喜村の質問にナカミネンライダーは笑ってこう答えた。
「そうだ、俺がナカミネンライダーだ。ははははは、あと喜村君、その質問は、実に不愉快だ。どこの世界に正義の味方は自分でそのことを言ってはならないという法律があるのかね。六法全書の中にでも記載されているとでも?」
「…………ああ悪かった。ナカミネンライダー、僕が悪かったよ。ところで質問があるんだけど、バイクはどうしたんだ?君、ライダーでしょ?」
喜村はナカミネンライダーに聞くと、ナカミネンライダーから笑顔が消えた。そしてナカミネンライダーは静かにこう言った。
「…実はバイクの免許ないんだ。」
「…ならライダーを名乗るなよ。ナカミネンだけでいいだろ。」
「いや、ライダーってさ、あこがれじゃん。」
「あこがれって言っても…、そうだナカミネン、今僕は君をライダーにする方法を思いついたぞ。」
喜村はニヤリとした顔でナカミネンライダーに言った。そしてナカミネンライダーは喜村の提案に乗った。
「なあ喜村よ、これは何の冗談だい?」
ナカミネンライダーが喜村に聞くと、喜村はこの上ないほどの笑顔を見せて言った。
「冗談じゃないさ。僕は君をライダーにさせてあげようとしているんだ。今度暇があったら辞書でも調べてみたらいいだろう。ライダーとはオートバイなどに乗る人のこと指している。だから別にバイク以外に乗っているからといってその人がライダーではないとは言えない。いや、むしろその人もライダーである。それがたとえ一輪車であってもな!」
「喜村よ、辞書の製作者は一輪車に乗る人もライダーに含まれるとは思ってないぞ。」
喜村のハチャメチャ理論にナカミネンライダーはそう言った。そしてナカミネンライダーは続けて言った。
「俺一輪車に乗ったことないし。それに乗れる保証もない。だからとりあえず車輪を増やそうか。」
ナカミネンライダーの一言に喜村はいらっとした顔をして頷いた。
数分後、喜村が持ってきた物にナカミネンライダーは言った。
「確かに俺は車輪を増やせと要求した。にもかかわらず、なぜ君は三輪車を持ってきた。普通に自転車でいいだろ。なあ、喜村。俺に恨みでもあるのか?」
「おおありだ。お前のせいで僕の大切な休日は台無しだ。だがお前がそこまで言うのなら、自転車にしてやってもいいぞ。」
喜村の上から目線に戸惑いつつもナカミネンライダーはお願いしますと言って、深々と頭を下げた。それを見た喜村は不気味な笑みを浮かべた。
さらに数分後、喜村はナカミネンライダーの要求したとおりに自転車を持ってきた。ナカミネンライダーは喜村はどこからそれらを持ってくるのか不思議でたまらなかった。喜村が持ってきたそれは普通のママチャリではなく数万円はしそうなマウンテンバイクだった。一見カッコ良さそうに見えるマウンテンバイクだが、なぜか後輪には補助輪が付いていた。
「喜村君、君の大事な日曜日に呼び出したのは本当に悪かったと思う。本当にすまなかった。だから後ろの後輪を外してくれないか。おねがいだ、この通りだ。」
ナカミネンライダーは喜村に土下座をしてそう言った。すると喜村は呆れた様子でこう言った。
「君、この自転車がどれだけするかわかってるよね?これ、ザヤクっていう有名なマウンテンバイクのシリーズの一つなんだよ。確か二十万円はしたかな。そんなものを君みたいな人間に貸すと思うか?まあ君がそんなにも乗りたいって言うんだから今回は特別に貸してやろう。だがこちらとしても傷をつけられたくないからな、後輪に補助輪をつけさせてもらう。」
「…喜村君、普通のママチャリにしてくれないかな。できれば補助輪なしのを。補助輪があってもそれには乗りづらい…。」
「ママチャリだと?そんな物僕は持ってない。自分で買うんだ!じゃあな、ナカミネン。」
喜村はなぜか怒ってそう言うとザヤクシリーズのマウンテンバイクを手で押しながら帰って行った。ナカミネンライダーはただ途方に暮れることしかできなかった。
この後ナカミネンライダーは自転車屋に行って約二万円ほどのママチャリを買った。もちろん、忍者服の姿のままで買った。店員はそんなナカミネンライダーの姿を見て売るべきかどうか迷った挙句、ナカミネンライダーに自転車を売った。
そして帰り道にナカミネンライダーは試し乗りをしたがすぐに転んだ。そしてまたすぐに自転車に乗ったが、また転んだ。こうしてナカミネンライダーは自宅に帰るまでに合計二十回以上転んでしまった。
「やあナカミネン、こんな夜分にどうしたんだい?」
その日の夜、ナカミネンライダーではなく中峰は喜村にある頼みごとをするために彼に電話をかけた。
「ナカミネンじゃない。今は中峰明だ。君に頼みごとがある。」
「どうしたんだ中峰、僕に何か用でも?」
「ザヤクシリーズのマウンテンバイクを貸してください。補助輪が付いていていいので、とにかく貸して。」
「…分かった。貸してやる。補助輪を付けて。」
その後、補助輪の付いたマウンテンバイクに乗り忍者の服装をした不審者が色々なところで目撃されたのは言うまでもない。
読んでいただきありがとうございます、佐津佐です。自転車を買うとき、及び乗る時は普通の服装でお願いします。確実に職質されますので。(笑)