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魔王討伐③

 「これで、後は魔王がいる所を探すだけだな。」 

 無事、四天王を倒すことが出来た俺は、マルの手を引き、ハビィネスと一緒に歩きだしたその時だった。

 「危ないっ!!」

 後ろからマルの声が響いた。そして、背中に感じる熱さ。後ろを振り返ると、緑色の肌の魔族がマグマを投げていた。


 「づぅ…」

 あまりの熱さに体が悲鳴を上げるが、マグマは俺の肌を焼き続ける。それに気づいたハビィネスが急いで肌を冷やしてくれた。


 「ねぇ、ごめんね。イタイよね。でも! だぁいじょうぶ。ちゃんとぉ、地獄に送ってあげるね〜!」

 さっきとは雰囲気が違う魔族を前に、俺たちの間に緊張が走った。真剣な表情で魔族を見る。

 「ひぃぃ、怖い顔で睨まないでよぉー。あ、あたしはベルファレン。さっき、君たちが倒した魔族、べファミンの妹だよぉ〜!?」

 「そうか、それで俺達に復讐か?」

 剣を構えたまま、ゆっくり近づき、質問する。それに、ベルファレンは気色悪い笑みを浮かべて答えた。

 「うん! だからね、痛みを味あわせてあげるね! そーれ!」


 ベルファレンの合図と同時に、無数のマグマの球が現れた。間一髪の所で転がって球を避ける。すると、マルが俺たちの前に立った。


 「ここは、僕に任せてください!!」

 けっして自分から前に出ようとしなかったマルが、自ら前線に立ったことにも驚きを覚えたが、何より、杖から溢れ出る膨大な魔力に気圧されてしまった。


 「こいつは絶対に許さないっ!!」

 「ごめんなさぁあい。ひぃっ。怖いよぉ。」

 「怖い? 僕たちの村を傷つけたくせによくそんな事が言えますね!」


ーーー


マル視点

 間違いない。僕が小さい頃、村を燃やした魔族と目の前にいる魔族は同一人物。忘れるはずがない、緑色の肌。怯えているが、嬉しそうな笑みを浮かべているこいつは僕が小さい頃、住んでいた村を燃やしたのだ。


 数年ほど前、僕はアビソ村という森林の奥深くにある村に住んでいた――


 数年前【アビソ村】

 「マルくん、一緒にあそぼー!」

 「うん! 今日はとっておきの魔法を見せてあげる!」


 魔法使いの息子であった僕は当時、まだ小さいこどもだったが、数個の魔法を使えるようになっていた。得意だった魔法は、水系の魔法で、よく幼馴染の【アリア】に魔法を披露していた。


 「じゃあ、今日はこの洗濯物を濡らします!」

 「よっ! マル大魔法使い! 濡らしたら、一緒に洗濯物洗ってくれる?」

 「もちろん。じゃあ行くよ? 水球(ウォーターボール)


 空中に無数の水球が現れた。手に持っていた木の枝でつつくと水球は簡単に破裂し、桶に入れられた洗濯物を濡らした。


 「やっぱりマルくんはすごいね! じゃあ、この洗剤で洗っていこー。」

 「おー!!」


 洗剤を手に取った時だった。村人の叫び後に、巨大な地響きが聞こえたのは。僕は咄嗟に杖を構えると、アリアを守るようにして様子を伺った。何人かの村人がこちらに走ってくるのが見えた僕は、アリアの手を引くと森の方へと走り出した。


 「アリア、アリアのことは僕が守るからね。」

 「うん。ありがとう、マルくん。」


 今にも泣き出しそうなアリアを見て、絶対に守ると心に決めた僕は、ひたすら村の中を走り続けた。もう少しで森に届くという所で、運悪く転んでしまったアリア。膝を擦りむき、とうとう泣き出してしまったアリアに回復魔法をかけた。


 「アリア、歩ける?」


 首を横に振るアリア。時間がないと判断した僕がアリアを抱っこすると、森へと駆けようとしたその時だった。敵に場所を知らせない為に、静かにしていたはずの数人の村人の悲鳴が聞こえ、焦げ臭い匂いがした。そこに居たのは、緑色の肌をした魔族で、とても嬉しそうに笑っていた。


 「あ、はは。ねぇ、君。美味しそうだね。食べてあげるよ!」


 アリアを地面に降ろし、前に出ると杖を構えた。今日は父さんが村にいる日。もう少ししたらここに着くはず。生存確認のできていない父がここに来ると信じた僕は、ありったけの魔法を魔族にぶつけた。


 「やめろっ。もうマグマを出すなぁぁ!!」


 そろそろ捌ききれなくなり、一歩後ろに押されると、魔族の横に、防具をつけた騎士が現れた。隣村の騎士が来てくれたのだろうと安心した僕は、杖を降ろし、アリアの方を向いた。


 でも、背を向けてはいけなかった。

 「マルくん!」

 いつの間にか泣き止んでいたアリアが僕の後ろに飛び出してきた。何事かと思い、後ろを振り返ると、アリアは矢に貫かれていた。


 「は? アリア?」

 意味が分からなかった。騎士だと思われた奴は、よく見れば耳を隠してる魔族で、そいつは弓を持っていた。全て向こうの策略だった。僕を安心させるために騎士の魔族は出て来たのだ。展開の速さに頭が真っ白になった。それでも、今やるべきことを考えると、アリアを地面に寝かせ、矢を抜いた。


 「ごめん、ごめんアリア。僕が、僕が気を抜いたから。」

 「マルくんは十分戦ってくれたよ。だから、気にしないで。」


 今にも死にそうなアリアは僕を真っ直ぐ見て、逃げてと言った。森から大人たちがこちらに来いと言っているのが分かる。深い森に飛び込めば、きっと逃げ切れるだろう。


 「僕はアリアを置いていかない!」


 回復魔法を再度かけた僕は、アリアを横抱きにして、森まで走ったはず、だった。

 「ねぇー、逃げちゃったよ? あ、れ、もしかして怒らせちゃった? ビビらせちゃった? ごめんなさい。ごめんなさィィ!! でも、でーもー許してね? 遅くなる時間(タイムスロー)


 視界が歪んで、足が遅くなった。空を流れる雲も、僕を呼ぶ大人も皆、普通なのに僕の時間だけが遅くなっているようだった。ゆっくりと動く足がもつれ、地面に倒れ込む。大人たちの心配する声も何もかもが遅く感じられる。

 「ねぇ、どう?この魔法、ひぃ、そんな顔で見ないでよっ! ごべんなさ゛いぃ。怖いよー。」


 僕はどうなった? 確か、走ってたら足が、体が重くなって、周りがゆっくりに見えて――。そこで僕は気付いた。自分の体の時間だけが遅くなっていることに。


 このままじゃ、アリアを守れない。どうしよう。なにか魔法を……。重い腕を動かして杖を掴もうとすると、アリアが僕の隣で立ち上がった。


 「私、マルくんに助けてもらってばっかりだね。何か返したいんだ。見ててね、マルくん。」


 どうやら時間を遅くする魔法の効果は僕にしかついておらず、アリアは普通に立ち上がれていた。何をする気なのか分からなかったが、突然アリアから大量の魔力が溢れ出た。


 「あ、あ、あだ、っだ! に、ろ(アリア、駄目だ! 逃げろ)」

 なんの魔法を使おうとしているのかは分からないが、アリアは自分の魔力を使い果たすほどの巨大な魔法を使おうとしている。この魔法を止めたいが、口から漏れるのは言葉にならないものだけ。アリアに逃げてもらうにはどうしたら良いのか考えていれば、魔法は放たれる寸前だった。


 「ありがとう、マルくん。見てて、私の全力。」


 手に集まる光、収束した光が詠唱と共に魔族に向かって放たれた。その光は魔族に傷をつけなかった。魔法が失敗したのだ。


 「あはは、ねぇ、みた!? 助けようとして失敗したんだよ? 馬鹿でしょ! ごめんなさい、言い過ぎましたぁ!!」


 魔法は失敗したはずなのに、アリアは僕を見て笑っていた。


 「マルくん……ありがとう、何回も助けてくれて。私ね、マルくんのこと”大好き”だよ。今度返事聞かせてね。元気でねマルくん。」


 ふわりと微笑む君の笑顔を合図に、放たれた光は僕を包みこんだ。そして、気付けば大人たちに抱っこされ、森の中で魔族から逃げていた。


 そこで気づいた、光の意味。あの魔法は、アリアが大人たちに、僕を助けてほしいと伝えるためのもので、その光が空を通り、僕を包み込むと、大人たちの所まで転移させたのだ。


 これは後で聞いた話だが、大人たちは、光に乗ってきたアリアのメッセージを読み、僕だけを助けたのだという。そのメッセージには転移魔法を使うこと、そして、自分の寿命は長くは無いから、僕だけでも助けてほしいと書いてあったそうだ。


 それを聞いたとき、自然と涙が出てきた。あの後、村に戻ると、魔族は居なくなり、倒れている両親とアリアを見つけた。アリアの体は半分以上失われていて、残っていたのは顔と左腕。笑顔のまま動かない表情。自然と流れてくる涙を拭うと、薬指についた光の指輪が目に入った。

 そこには【愛するマルへ、私は幸せでした。】と書かれていた。


 僕が指輪に触れると、光は消え、血の気のない薬指だけが残った。僕は心の何処かで両親は必ず生きていると信じて疑わなかった。でも、実際は死んでいて、あの時、僕が時間稼ぎをもっと長い時間できていたとしても、逃げるという選択肢以外無かったのだ。隣村は僕達のことを受け入れてはくれたものの、騎士を派遣してはくれなかった。皆、自分の命が一番なのだ。だから、僕は自然と魔物を魔獣をもっと恐れるようになった。


ーーー

 それは魔法使いとなった今でも変わらないはずなのに、僕の胸は戦う気でいた。ここで、こいつを倒さなければ僕はいつまでも、強いものを恐れた弱く、過去に囚われたままの魔法使いから卒業できない。だから、こいつは今ここで倒す! あの時アリアが僕を助けてくれたように、僕が皆を助けるんだ!


 「マル、本当に大丈夫なのか?」

 「はい。もちろんです。ここは僕に任せてください。昔のことは早めに、解決しておきたいから。」 

 「わかった。ハビィネス行こう。」


 たとえ、ここで死んだとしても悔いはない。だから、杖を構えた。この戦いは決して無駄じゃなかったと思えるような、悔いのない戦い方をしよう。そう僕は誓いを立てた。

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