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9.勇者の心持ち

 僕はセラさんに嘘をつく気満々で、腕を組んで仁王立ちをして、じっと考え込んでいた。この作戦が上手くいかないと、何人もの命に関わる。僕は重大な任務をやり遂げる覚悟で、セラさんを騙す方法を必死に考え続けた。


「あの、アーサン?どうしました?眉間にしわが寄っていますよ?……あの、そろそろ出発したいので、よければ馬車の中で考え事をしていただけると……、」


「セラさん、この人達を許して、開放してあげてほしい。セラさんは痛い思いをしたから怒るかもしれないけど、僕はどうしても、この人達に命で償ってほしくないんだ。一度だけ……、もう二度と、こんなことをしないと約束してもらって、許してあげたら、だめかな?」


「アーサン……、計画的な、犯行でした。私達でなければ、大怪我をしていたかもしれません。犯罪者たちに何か言い包められたのかもしれませんが、どんな境遇であれ、人から強奪しようとする人間は信用できません。今見逃せば、私達以外の、何の罪もない一般の人達が被害に遭うことになるかもしれません。無罪放免はありえません」


 僕は巧い誤魔化しの嘘がなにも思い付かなくて、正直な気持ちを話したんだけど、案の定、セラさんは僕の言う事を聞き入れてくれなかった。それに余計に怒らせてしまったみたいで、益々まずい状況になった。僕はこの蓑虫の解き方を知らないから、こっそり逃がすことも難しいと思う。


「セラさんに嘘をついて、誤魔化す方法をずっと色々考えていたんだけど、何も思い浮かばなくて、……でも、最終手段は思い付いたんだ。僕は、セラさんが許してくれないと、小さい子みたいに、ここで寝転がって駄々を捏ねる。……許してくれるまで、ずっと」


 セラさんがポカンと口を開けて固まったあと、ブフーッと盛大に吹き出した。そりゃ、大きな大人みたいな僕が、子供みたいに駄々を捏ねる姿を想像すると、可笑しいとは思うんだけど、僕は本気だ。どんなに恥ずかしくても、子供達の為に、やり遂げる覚悟だった。一頻り笑ったセラさんは涙を拭いながら、まだ可笑しそうに笑いを堪えていた。


「なにを真剣に、考え込んでいるのかと思えば、フフッ。可笑しい。勇者様は、本当に、なんて、心が……、でも、だめですよ。勇者様がそんな……、」


 僕は覚悟を決めて、イヤだイヤだ買って買って、をすることにした。こうなっては仕方がない。僕は頭の中で完璧に、手足をバタバタさせるシミュレーションをして、まずは膝をついて寝転ぶ準備をする。


「わあーーー!!だめですだめです!!それは!!やってはだめです!!その長い手足で!!その顔で!!勇者様が!!っわ!分かりました!今回だけ!今回だけ、許します!許しますから!今すぐ立ち上がってください!!」


「ホント!?許してくれる!?蓑虫を解いて、開放してくれるんだね!?」


 僕は片膝をついた姿勢から、セラさんが差し出している両手をとって立ち上がると、手を握ってブンブン振った。そしてやり遂げた喜びで思わずセラさんに抱きついた。そして、ありがとうの気持ちを込めてギュウッと抱きしめる。


「ありがとう!ありがとうセラさん!怪我をしたのに許してくれて、ありがとう!」


「アワワワワ……、ふわわわわわわわわ……!!」


「あっ!ごめん、苦しかった!?」


「あばばばばばば……。」


 僕は慌ててセラさんから離れたけど、セラさんはビックリしすぎたのか人語を話していなかった。とにかく、わわわとかを繰り返していて、全身が真っ赤だった。そのおかしな様子に、僕もアワワワと戸惑ってしまう。


「あの、勇者様、大丈夫ですよ。あの、少しその女性から離れて、一人にしてあげたら、元に戻ると思いますよ。ええと、とりあえず声が届かないぐらいの所まで離れてあげたら、そのうち落ち着くと思いますよ」


「え?そうなの?教えてくれてありがとう」


 僕は蓑虫になった人達のアドバイスを聞いて、セラさん達がいる場所から離れて、話し声が届かない所まで歩いて行った。姿は見えるから、僕はその離れた場所で待機することにした。しばらくそのまま見守っていると、セラさんの動きが止まって、蓑虫みたいにしていた魔法を解いていた。僕は走ってセラさん達の所に戻った。


「……そして決して、勇者様の慈悲の心を裏切らないように。生活苦は理由になりません。たとえ貧しくとも、犯罪に手を染めない生き方は出来るはずです。二度目は決してありませんからね」


「セラさ~ん。良かった。元に戻ったんだね。みんなの魔法を解いてくれて、ありがとう」


「うっ。お見苦しいものを。取り乱しまして、すみませんでした。もう大丈夫です」


「ううん。ごめんね。ギュって苦しかったんだよね。嬉しくてつい、力が入っちゃったみたい。これからは気をつけるよ」


「……ギュッ、……これから……」


 セラさんは両手で頬を押さえて後ろを向いてしまった。なにか変なことを言ってしまったかなと思ったけど、謝っただけだし、特におかしなことは言っていないと思う。


「あの、勇者様、ありがとうございました」


「このご恩は一生忘れません。これからは真っ当にいきます」


「慈悲深い勇者様に、感謝します」


「もう二度としません」


「あ、うん。全然、いいよ。気をつけて帰ってね」


 蓑虫みたいだったお兄さん達は、何度も振り返ってペコペコ頭を下げながら、歩いて帰って行った。僕は手を振って見送りながら、本当にもう二度と人を襲ったりしないでほしいなと思った。一抹の不安を、きっと大丈夫だよねと自分に言い聞かせた。


「きっともう悪いことはしませんよ。大丈夫ですよ」


 僕の隣に立って、セラさんが前を向いたまま、僕の不安な気持ちを見透かして励ましてくれた。


「ごめんね。セラさんは怪我をしたのに、僕が我が儘を言って。セラさんの言う通りに、他の人が被害に遭う日が来るかもしれないよね……」


「きっと大丈夫ですよ。その時はきっと、勇者様の優しさを思い出して、踏み止まってくれますよ。……私は、信じることにします」


「うん……。みんなが貧しくならない国になったら、いいよね。……そんなの、すごく難しいんだろうけど、王様にはぜひ、頑張ってほしいなあ」


「ふふっ。そうですね。頑張ってもらいましょう。ふふふ」


 僕達は人を信じることにした。たとえもう二度と会わなくても、信じていてくれる人がいる方が、あのお兄さん達の為にも良いような気がした。姿が見えなくなるまで見送ってから、僕達はまた馬車に乗って、1つ目の町に向かって出発した。


 緑が多くて長閑で、平和そうな田園風景がそのまま、平穏な日常に繋がっていたらいいのになと思った。僕はまた、馬車の中からのんびりと風景を眺めていた。


「アーサン、そろそろシロに乗っておいてください。ジャヌエの町にもうすぐ着きますよ。マントを忘れずにつけてくださいね」


「え?町に入るには、シロに乗ってなきゃだめなの?なにかの決まり?」


「それは、もちろん。その方が格好いいからですよ。登場の仕方は重要です」


「……ええ!?見た目の問題なの?ええ~。なんだかなあ~……。シロに乗るのは嫌じゃないんだけど。それって、なんだか格好つけてる感じしない?」


 セラさんが突然ビシッと僕の方を向いて、険しい顔になった。リラックスして弛んでいた僕の背筋がビシッと伸びる。


「勇者様、いいですか。勇者様はみんなの希望なんです。憧れなんですよ。みなさんの期待を一身に背負っていますよね?白馬に乗って笑顔で手を振って、みなさんの声援に応えてください」


「声援?……それ、どうゆう状況?え?あの、パレードみたいなの、毎回ある訳じゃないよね?」


 その時、どこか遠くの方で太鼓みたいな音がした。ドンドン鳴って、間隔を空けてまたドンドン太鼓の音が続いていた。


「私達が見えたようですね。早く早く、マントをつけてシロに乗ってください。笑顔ですよ。笑顔!笑っていれば、それで完璧なんですから」


「え、なに?なにが始まるの?ええ?」


 セラさんが焦れたように馬車を止めて、荷台から僕の青いマントを持ってきた。そして戸惑う僕に構わずに、さっさと僕にマントをつけた。そしたどんどん押して馬車から僕を追い出した。……なんだろう。すごく嫌な予感がする。僕はシロに跨って、ウーサンを僕の前に座らせた。


「ウーサンは一緒に町に入れないんだよね?町に入る手前で降ろさないといけないんだよね?ちょっと心配だなあ。他の動物に意地悪されたりしないよね」


「魔獣ですからね。それは、さすがに大丈夫だと思いますけど、町で首輪を買いましょうか。首輪……、はあ~……、嫌がるかもしれませんけど、それしか方法がありません。……なるべく負担にならない物を探します」


「ウーサン、僕がその首輪を持って来るまで、町の外で待っていられる?それがあれば一緒に町に入れるんだって」


「キュッ!」


 ウーサンはとても良い返事をして、シロからぴょんと飛び降りた。そして僕を振り返って見てから、茂みの中に消えていった。いくら魔獣だって、僕はあるはずの角がないウーサンが心配だった。


「大丈夫ですよ。ジャヌエはとても交易が盛んな町ですから。なんでも揃いますよ。先月私が薬草を買いに訪れた時には、勇者様の絵姿で溢れかえっていました。雑貨屋ではコップやお皿に勇者様が描かれた食器類が一番人気だと聞きましたよ。私達も記念に一つ買い求めてもいいかもしれませんね。良いお土産になります」


 まったく悪気無くニコッと笑うセラさんに向かって、僕はどうしても無表情になってしまう。僕の顔が、……お皿に?僕は描かれた自分の顔を見ながら食事する姿を想像して、ブルッと寒気がした。それは……、どんなにご馳走だったとしても食欲が失せる気しかしない。とんでもなく気持ちの悪い恐怖体験にも思える。


「そんなお土産、買う人がいるの?気持ち悪くない?あっ、ダイエット用とか?」


「何を言っているんです?勇者様の見目麗しい絵姿を飾っている人達はたくさんいますよ。私は勇者様の絵姿だらけの部屋を見たことがありますよ。……まあ、あれには、多少驚きましたけど」


 僕は震え上がりそうだったので、その部屋の詳しい話は聞かないことにした。セラさんに僕の顔の食器は買わないようにお願いをして前を向いた。シロに跨ってポクポクゆっくり進みながら、僕は顔を引き攣らせないで、ちゃんと笑顔でいられるかが心配になった。


 応援してくれる皆さんを心配させたくはないんだけど、もしかして勇者って、ものすごく注目されてて、地味に隅っこに居たい僕には、とんでもなく向いてないんじゃないかと、今更ながら気付いてしまう。向いてない向いてない、僕には向いてない!いや!ホント!本物の勇者の人!早く帰ってきてえ!!こんなにヘタレな僕と入れ替わっちゃってますよお!?助けてえええ!!


 渦巻く胸中とは裏腹に、僕の表情筋は次第に仕事をしなくなっていて、どんどん青ざめた無表情になっていった。だんだんと近くなる太鼓の音だけが、立て続けにドンドンと陽気に鳴り響いていた。

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