8.勇者の真価と共に
今日は僕達が朝に出発した時から、二人で御者の席に並んで座って、のんびりポクポク馬車を走らせていた。シロは僕のすぐ横をウーサンを乗せて歩いている。いつもはまん丸いウーサンが、シロの背中でびろんと細長く伸びて必死にしがみついていて、それがなんとも可愛らしかった。
長閑な田園風景をぼんやり眺めていると、たるんたるんに緩んでいくみたいに、リラックスした気分になっていた。脳波のナントカが出て良いのかもしれないけど、こんなにも清々しく朝なのに、僕はだんだん瞼が重くなってきていた。
「アーサン、ジャヌエの町に着くまでには、勇者の装いでいてくださいね」
「え?……ジャ……、なに?……勇者の装いって、なんですか?」
僕がとんでもなくぼんやりしていたのが面白かったのか、セラさんはフフッと笑うと、勇者の装いの説明をしてくれた。
「それは、もちろん勇者様の鎧や兜、盾や聖剣等のことですよ。シロにお乗りになるなら、マントを忘れないでくださいね。馬上での威厳が断然違いますから」
「え……、あ、はい。ええと、じゃあ僕、着替えてきます。あ、そうだ!聖剣。僕の聖剣、ちょっと見てもらってもいいですか?なんか変な気が……」
僕は座っていた御者の席から後ろの荷台に行こうとして、その辺に転がっていた聖剣が目に入った。そして、うっかり忘れていたので、セラさんにまだ謎聖剣の話しをしていないことに気が付いた。僕は手を伸ばして聖剣を掴むと、もう一度席に座り直した。
「変、とは?……変わった様子は見受けられませんが」
僕は聖剣をしっかり握って、危なくないように持ち上げてから聖剣の鞘を引き抜いた。日に翳した聖剣の刀身は、白銀に輝いていて、とても綺麗だった。
「あれ?元に戻ってる。あれ~?昨日は、確かに変だったのに、え~?」
「とても美しい……、聖剣ですよね。間近で初めて見ましたが、神々しさすら感じます」
なぜか聖剣は元に戻っていて、なにも問題は無さそうだった。なにか腑に落ちない気はしたけど、ちゃんとした聖剣に戻ったんなら、まあ、いいやと思って、聖剣を鞘に戻した。その途端に僕の顔の横を何かが高速でヒュンッと通り過ぎた。カッと音がした方を見ると、荷台の壁に弓矢が刺さっていた。
「奇襲です!盾を!ああ!シロが!アーサン!隠れて!手綱を……、」
振り返るより先に、次々に矢が打ち込まれていた。僕達に向かって、放物線を描いた弓矢がどんどん降り注いでくる。それをセラさんが素早く取り出した魔法の杖を向けて、シロやウーサンや僕に矢が当たる前に、シャボン玉みたいな色の透明の網模様の膜を出して防いでいた。
お、襲われてる!?今!盗賊かなにか、分からないけど、確実に襲われてる!こんな真っ昼間に!ど、どうしよう、どうしよう!?僕はどうしたら!?
「……うっ!」
僕がなにも出来ずにアワアワしていると、セラさんの腕に弓矢が掠って、破れた服の間から血が滲んだ腕が見えた。
「セラさん!自分も!!自分の分の盾も出して!!」
セラさんは僕の言うことを聞かずに飛んでくる矢に集中していて、弓矢が到達しそうになると、編み編みの膜の盾を出していた。次々に降り注ぐ矢に、色んな角度から盾を出して悉く防いでいるけど、あきらかに自分のことより僕やシロ達のことを守っていた。
僕はセラさんの血が滲んで広がっていく腕を見ていると、スッと冷静になった。そして沸々と我慢できないほどの怒りが湧いてくる。……卑怯だ。なんて卑怯なんだ。姿も見せないで、遠くから狙ってきて、セラさんに怪我をさせて。……許せない。僕は聖剣を取って、座席に立った。
「アーサン、いけません!危ないです!隠れてください!」
弓矢が飛んでくる方向を見ていると、どうやら遠くの離れた三か所の茂みから、弓矢を放っているようだった。僕は座席を踏みしめて、茂みまで一気に跳躍した。後ろからセラさんが悲鳴のように僕の名前を呼んでいた。空中で飛んでくる矢を聖剣で薙ぎ払って、着地する前に弓を構えている犯人の目の前の茂みも払い除けた。弓を真っ二つにたたき切ると、腰を抜かした犯人に聖剣を真っ直ぐに向けた。
「ひいいいっ!ば、バケモノ……!ど、どうやって!?」
「卑怯者。セラさんが怪我をしたぞ。どうして僕達を狙ったんだ」
「う!?があっ!?」
答えを聞く前に、犯人に茂みの草木が巻き付いて、蓑虫のようになって倒れ込んだ。振り返ると、セラさんがこっちに向かって魔法の杖を向けて走ってきていた。僕はセラさんが狙われないように、またジャンプして別の茂みにいる犯人の弓を壊した。二か所の茂みには一人ずつ、最後の茂みには二人の犯人がいた。セラさんが蓑虫みたいにまとめた犯人たちは、改めて見ると、年若い青年と言った感じの人達だった。
「どうゆうつもりなんだ。どうして、こんなことを。セラさんが怪我をしたじゃないか。どうしてこんな酷いことを」
「アーサン、落ち着いてください。この外道共は盗賊か何かでしょう。話すだけ無駄ですよ。町に着いたら、保安部隊の方々に引き渡しましょう。ロープを持って来るので、見張っていてください」
セラさんが走って馬車に戻って行った。犯人達は体を動かして、なんとか蓑虫から抜け出そうとしていたけど、見た目より頑丈なようで、まったく思うようには動けないようだった。そして、イライラしてうるさく悪態をついている。
普通に道を通っていただけの人を弓矢で襲っておいて、どうして自分達が怒れるのか、本当に理解できないし、態度が悪いのにも腹が立っていたんだけど、セラさんが長いロープで四人共を一纏めにして、ピンと棒のようになったロープで馬車と繋いで、蓑から出た足先だけでチョコチョコ歩かされている姿を見ていると、ちょっと同情する気持ちになってきていた。
ゆっくり歩くような速さなんだけど、あれでは歩きにくそうだし、僕が思い出して荷台で勇者の装いに着替えてからは、もの凄くショックを受けたようで、静かになって泣いちゃってる人もいるし、それが余計に哀れさを醸し出していた。
「セラさん、ちょっと止まって、休憩してあげようよ。あの歩き方は疲れそうだし、なんか、泣いちゃってる人もいるし……」
僕がちょくちょく振り返りながらセラさんに話しかけると、横目でチラッと僕を見たセラさんは小さく吐息をついた。
「アーサン、あのような盗賊共に同情は無用ですよ。あの弓矢の一つでも体を貫いていたら、大怪我をしていたんですよ。引きずって運んでもいいくらいです。まったく!勇者様に弓引くなんて、万死に値します!」
「ああ、えっと、そうなんだけど……。そうだ、セラさんも、ちゃんと怪我を治療しようよ。服に穴が空いてるし、着替えたりとか」
「止血しましたので、それで十分です。傷跡が消えるまで治癒するには時間が掛かりますし、必要ありません」
僕は両手のひらをセラさんに向けて広げて見せた。。セラさんが治療してくれた僕の手のひらには、一つも傷が残っていないのに、自分の傷はちゃんと治さないなんて、そんな不公平なことはしないでほしい。自分のこともちゃんと大事にしてほしい。
「僕の手のひらは綺麗に治したじゃないか。同じようにちゃんと治さないなら、僕はもうセラさんの治療は受けないよ。セラさんに、もっと自分のことも大事にしてほしい」
セラさんは困った顔で僕を見つめて何も言い返さなかったけど、自分よりも、勇者の方が大事なのは当たり前だろうとゆう顔をしていた。僕のことを、駄々を捏ねる子供を見るような目で見ている。
「セラさん!セラさんも大事なんだよ。みんなが勇者と同じぐらい、大事なんだよ」
「……分かりました。休憩にしましょう。私はここで治癒しますので、アーサンも休んでいてください。荷台に水筒がありますので、どれでも好きな飲み物を選んで、飲んで待っていてください」
セラさんはまったく納得がいっていないようだけど、僕の言うことを聞いて、自分に治癒の魔法を施すことを約束してくれた。それで、セラさんは渋々といった様子で道の端に馬車を寄せて停めた。僕はセラさんが自分の腕に手を翳すのを見届けてから御者の席から飛び降りた。
荷台の後ろに回って、食料品を置いてある辺りを漁ると、すぐに何本もの水筒がでてきた。荷台に腰掛けて、適当に選んだそのうちの一本をごくごく飲むと、ほのかに甘い味のお茶だった。ふと見ると、どうゆう仕組みなのかピンと棒のように張ったロープの先に繋がれている人達が、暗い表情をして俯いていた。僕はそおっとセラさんの様子を窺ってから、コップと水筒を持って犯人の人達に近づいていった。
「あの、喉は渇いてない?よかったら僕が飲ませるよ。ごめんね。僕はこれ、緩め方とか知らないんだ」
僕が話すと、犯人の人達は全員がむせび泣いてしまった。僕は弓矢で怪我させられるところだったんだけど、やっぱりどうしても可哀想になってくる。
「……すみません、でした。勇者様とは、知らずに、うう……」
「勇者様だとは、思わず……、なんとゆうことを……、なんとゆう……、」
「いや、僕じゃなくても、襲撃したらだめだよ。どうして、こんなことをしたの?」
犯人の人達がそれぞれ競うように話してくれたことを纏めると、貧しかったり、仕事が無かったりで生活が大変で、幼い子供の為だったりもして、足止めして金品を奪う目的だけで、大怪我を負わせるつもりなんて無かったと口々に言っていた。
「え?もう子供が何人もいるの?みんなまだ若そうなのに、すごいねえ。……子供を育てるって、大変なんだろうなあ」
僕はますます気の毒に思えてきていた。このまま町につれて行ったら、この人達はどうなるんだろう。この世界の罪人の扱いが分からないから、すごく気になる。
「アーサン?何をしているんですか?」
振り向くとセラさんが厳しい顔をして、僕のすぐ近くに来ていた。僕はすぐにセラさんの腕をとって、傷の具合をまじまじと確認した。腕の傷は跡形もなく綺麗に治っていて、やっとふうっと一息ついた。顔を上げるとすぐ近くに真っ赤になったセラさんの顔があった。僕は安心してニッコリ笑うと、なぜかセラさんは仰け反るようにして僕から離れた。
「な、な、治しました、から、ちゃんと、心配は、無用です!」
真っ赤な顔をしたセラさんは、なぜかそわそわ落ち着かない様子で話していて、突然勢いよく腕をぐるぐる回しだした。僕はその元気な様子にまた微笑んだ。
「良かった。大丈夫そうだね。傷も綺麗に治ったみたいだし。安心したよ」
「ふわ……あ、笑顔が、……う、わあ……眩しい……」
「え?ふわ、なに?……そうだ、ちょと聞きたいんだけど、この人達は町につれて行ったら、どうゆう罰を受けるのかな?酷いことにはならないよね?小さい子供がいる人もいるみたいなんだけど」
どぎまぎした様子だったセラさんが、蓑虫状態になった人達を一瞥すると、真顔になって、落ち着いた厳かな声で話してくれた。
「……そうですね。なにせ相手は勇者様ですから。一般の人の扱いではありません。軽くて死罪。おそらくは一族郎党、同罪になるでしょう。……仕方がありません」
「ええ!?し、ええ!?どうして!?一族郎党って!!」
僕がもの凄く驚いてキョロキョロと全員を見渡すと、みんな神妙な顔をしていて、その重すぎる罰を当然のように受け止めていた。この世界の勇者の扱いと、その罪の重さに目眩がする。もう、本当に逃げ出してしまいたい。そんな気分になった。……だけど、いやいや小さな子供まで!と踏ん張って、僕はこの世界の常識と戦うことにした。
まずは謹厳実直な顔をしているセラさんを、なんとか口八丁手八丁で誤魔化せないか、なにか巧いこと言って言い包められないか、全脳細胞をフル回転させて、全身全霊で真剣に、適当な嘘や騙すような言葉について思いを巡らせていた。