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7.うさぎなウーサン

 僕はウーサンを抱っこして、昨日のことを思い出しながら、ぼんやりと角があった所を撫でていた。するといつの間にか、セラさんが僕の着替え一式を持って戻ってきていた。


「どうしました?なにかありましたか?」


「セラさんは、昨日の夜中のこと憶えてる?……一晩中ドーンって、何回も音がしてたよね?」


「音、ですか?すみません。私バタンキュー派なもので、夜中のことは分かりません。朝になったらパッチリ目が覚めるんですが」


「バタンキュー?……そうなんだ。えっと、ああ、そうだ。ウーサン、一旦地面に降りてみてくれる?」


「えっ?」


「えっと、それで、そうだな。一回ジャンプしてみてくれる?」


「ええっ?」


 僕の腕の中から自発的に降りたウーサンは、僕に言われるままに一度高くジャンプした。そして、そのままつぶらな瞳で僕を見上げていた。


「え?あの、アーサン?これはいったい?」


「うん。今ので分かったんだけど、ウーサンは僕の言ってることが分かってるよね。僕のってゆうか、人の言葉が分かるんだと思う。……それで、そんなこと思ってもみなかったから、僕、昨日ウーサンに言っちゃったんだよね。角があるから一緒にいられないんだって……。ああ、本当に、ごめんよ。ウーサン。僕のせいだ」


「あの、すみません。アーサン、どうゆうことですか?」


「ウーサンは自分で角を折ったんだよ。それで、僕達を傷つけないようにツルツルに削ってあるんだ。昨日、一晩中何かがぶつかってるような音がしてたんだ。僕が角でセラさんが怪我しちゃうから連れて行けないって、言っちゃったんだよ。だから、僕のせいだ。……おいで、ウーサン」


 ウーサンはぴょんとジャンプして、また僕の腕の中に戻ってきた。僕はセラさんにウーサンの角があった個所を見せた。セラさんは言葉が出ないほど驚いていたけど、そおっと、ウーサンの角があった所に手を伸ばした。そして何も言わずに、滑らかでツルツルしているハート形のふくらみを悲しそうに撫でていた。


「この子は、自分で……、一晩中、私達の為に……?そんな……、本当に、そんなことが、……あるなんて」


「角が無くなってもウーサンは生きていけるのかな?また角は生えるのかな?」


 セラさんは角があった所から手を離して、ウーサンのふわふわな白い毛を切なそうに撫でていた。


「すみません。私は魔獣の生態に詳しくありません。それどころか、魔獣に感情があることすら、今の今まで、考えてもみませんでした。……なんとゆう、ことでしょう」


 セラさんがとても落ち込んでしまったようなので、質問ばかりしていた僕は、すごく気まずい思いがした。なにも知らなくて聞いてばかりなのも、なんだか恥ずかしいような気もする。


「今日行く予定の町に本屋さんとかあるかな。それか図書館とか。僕、魔獣の本とかがあるなら調べてみるよ」


 セラさんはウーサンを撫でながらどこか上の空で、難しそうな顔をして何か考え込んでいるようだった。僕はもう一度セラさんの名前を呼んでみた。


「え?ああ、すみません。ええと、本、ですよね。そうですね。魔獣の生態の本……、そうゆう特殊な本があるのかは分かりませんけど、今日到着予定の町は交易が盛んな町ですから、あらゆる品物が揃っていますし、探してみればあるいは、見つかるかもしれませんね。私も、色々と道具を買い揃える予定だったんですが……。う~ん」


「なになに?どうしたの?」


「……いえ、まずは身支度を整えてから朝食にしましょう。話は食べながらでも出来ます」


 セラさんはそう言うと、急いで朝食の準備をしに行った。僕は言われた通りに、まずは身支度を整えることにした。とりあえずウーサンには外で待っていてもらうことにして、テントの中に入ると手渡された今日の服に着替えた。


 壁にぶら下がっている袋の中から櫛や鏡を見つけたので、寝癖がついている所を櫛で梳かすと、サラッサラなストレートの薄い金色の髪は、それだけでスッと寝癖がおさまった。鏡を見ると、もうそれだけで完璧に身支度が整ったように見えて、なんだかイケメンはズルいと思った。


 僕はなんとかアラを見つけてやろうと鏡を覗き込んでみたけど、肌は綺麗だし、顔の彫りは深いし、大人なのに髭とかも生えてないし、顔立ちは二次元みたいに完璧に整っているし、よけいにムカムカしてくるので、もう鏡を覗き込むのをやめた。


 僕は元の自分の顔を憶えていないけど、絶対こんなにイケメンじゃなかったはずだし、調子に乗らないように気をつけようと思った。まあ、人の顔の美醜なんてそんなに重要なことじゃないし、気に食わないけど、あまり気にしないようにしようと思う。僕はげんなりした気分になって、思わずため息をついた。


 それから気を取り直して、改めてテントの中を点検していたら、色んな所からたくさんの生活用品が出てきた。歯ブラシやコップもあるから歯磨きができるし、何も不自由なく生活していけそうだった。僕は出しっぱなしにしているタオルやなんかを空いているスペースに入れたりして、布団も畳むと、テントの中がスッキリと片付いた。これからは、なるべくこの状態を維持しようと思う。


 清々しい気持ちでテントから出て、ウーサンを伴って焚き火の近くまで行くと、テーブルの上にはもう朝ごはんができていて、セラさんは焚き火の炎を眺めながら、どよんとした雰囲気でぼんやりしていた。どう見ても元気がないし、なにかを深く悩んでいるようだった。


「セラさん?あの、……大丈夫?」


「あ、すみません。お湯を、……沸いていますね。お茶を淹れますから席についてください。先に食べ始めてもらっても大丈夫です」


「セラさん、そのお茶は僕が淹れるよ。お茶の淹れ方を教えてくれる?セラさんは座って、お腹が空いているなら、先に食べててもいいよ」


「アーサン……」


 セラさんがテーブルの席について、お茶の淹れ方を教えてくれた。と言ってもコップに粉を入れてお湯を注ぐだけなんだけど、熱湯を零さないように注ぐのは思ったよりも難しかった。テーブルに零したお湯はセラさんが笑いながら拭いてくれた。フーフー、フーフー吹いて一口飲んでみると、紅茶みたいな味がした。


「アッチ!……うん。なかなか美味しく淹れられたよ。セラさんもどうぞ」


「フフッ。火傷に気をつけてくださいね。これは簡易茶葉なので、また今度ちゃんとしたお茶の淹れ方を教えます」


「そうなんだ。簡易なのに、温かくて美味しいよね。次は簡易じゃないお茶の淹れ方も覚えるよ」


 セラさんはお茶を飲みながら微笑んでいた。さっきまでよりも、表情が和らいでいるような気もする。


「セラさん、悩み事があるなら、僕に話してみてくれない?なにか問題があるなら、二人で話し合って解決した方がいいと思うんだ」


「アーサン……、すみません。ご心配をおかけしてしまって。あ、食べながら話しましょうか。調味料を取ってきます」


 朝ごはんはシリアルに似ていて、色々な種類のカラフルな色のナッツみたいな物がたくさん入っていた。温かいミルクみたいなのをかけて、粉チーズみたいなのを振りかけると、甘くないシリアルみたいになって、割と食べ慣れたような味になった。


「ウーサンは、とても可愛らしいですよね。私は生き物を飼ったことがありませんが、一般的にペットとしてよく飼われている犬や猫でも、あんな風にハッキリと意思の疎通を図ることは難しいと思います。……私達はこれから、魔獣とも戦うことになるでしょうから、少し、考えてしまったんです。魔獣にも意思があるなら、その、無闇に討伐してしまってもいいものかと。私達の目的は、魔王を倒すことなのに、私、変ですよね」


「何も!変じゃないよ。無闇矢鱈と魔獣を倒す必要なんてないよ。そりゃあ、魔獣に襲われでもしたら、倒さなくちゃいけないんだろうけど、動物も魔獣も一緒だよ。可愛いんだから、仲良くできた方がいいよね」


「魔獣と仲良く?本当に、そんなことが……?あの、でも、町には魔獣除けが施されていますから、ウーサンと一緒に町に入ることは出来ませんよ。こちらの言っていることが分かっても、普通のペットのようには、やはり……、一緒につれて行くのは難しいと思います。とても、可愛いんですが」


 セラさんはチラッとウーサンを見て、辛そうに顔をしかめた。この短い間にも、セラさんはウーサンを気に入って、離れがたく思ってくれているんだと分かった。やっぱりセラさんはとても、優しい人なんだと思った。


「ウーサンが町に入れないなら、僕らが町に居る間は、ウーサンに町の外に居てもらえばいいよ。ウーサンは僕達の言ってることが分かるみたいだし、きっと大人しく待っててくれるよ。ね?ウーサン。町の外で待っててくれるよね?」


「キュッ」


ウーサンは僕の膝の上に乗ってきて、可愛く返事した。手触りといい、鳴き声といい、たとえ人を襲う魔獣だと言われても、信じられないぐらい可愛い。


「今から心配していても仕方がないよ。もしかしたら本当にウーサンと離れないといけない日が来るのかもしれないけど、それは、その時に悩むことにしよう。できるだけ、みんな仲良く一緒にいられたらいいよね」


「……アーサンは凄いですね。考え方がなんとゆうか、とても柔軟ですよね。私一人では、とてもそんな風には、思えませんでした。たしかに、頭の中で考えているだけでは、何も分かりませんよね。……そうと決まれば、しっかり朝ごはんを食べて、さっさと出発しちゃいましょう!13番目の町は、まだまだ遠い先です!!」


 セラさんはそう言うとガシッとスプーンを握って、ガシャガシャと元気よく朝ごはんを食べ始めた。ナッツをバリバリ逞しくかみ砕きながら、目線で僕にも早く食べるように促していた。


「あ、はい、急いで食べます……けど、あの、13番目の町ってなんですか?今日行く町の名前ですか?」


 セラさんはすごく怪訝な顔をして、口の中のものを激しくモグモグしてから飲み込むと、スプーンから手を離した。


「アーサンも文献を調べていましたよね?もちろん、13番目の町なんて存在しませんけど……、っと、ああ!!私としたことが!すみません!記憶の混濁でしたよね!?すみません。至って健康そうなので、うっかり忘れていました。町で医術の本も探しましょう。なにも心配いりませんよ。私の知らない治癒の本も沢山あるはずですから、きっとすぐに忘れた記憶も取り戻せます!」


「え?あ、はい。その、よろしくお願いします」


 僕の疑問には何も答えてもらっていないけど、なんだかセラさんは更にやる気を出して、鼻息も荒くまた朝ごはんを食べ始めたので、僕も黙って、なるべく早く朝ごはんを食べ終えることに専念した。すぐに次の町に着くと言っていたし、どうせすぐに分かることだしと思いながら、固いナッツをガリゴリかみ砕いた。


 無心でモグモグと口を動かしながら、ふと膝の上のウーサンを見るとスヤスヤと眠っていた。僕は、気がついたら勇者になっていて、魔王討伐の旅に出たばっかりなんだけど、そういえば今、これから魔獣とはできるだけ仲良くやっていく、とゆう方向で話がまとまったんだよねと何となく不思議に思った。それが、自分でもなんだか可笑しくなって、思わず笑みがこぼれた。


 なんだかズレてしまっているようで面白く感じたんだけど、いやいや、これは笑ってる場合じゃないのかもしれないと思い直した。勇者の方向性としては、大きく間違っているような気がする。あれやこれやと悶々と考えていると、ピクッとウーサンが動いた。僕の膝の上のウーサンは、ウガッとイビキをかいて幸せそうに眠っていて、長い耳が寝息に合わせて揺れていた。


 僕は、まん丸い毛玉みたいに丸まっている体をさわさわと撫でた。ウーサンの毛並みはとても柔らかくて、体のぬくもりが温かかった。そうしている内に、まあ、いいかと思った。


 僕は勇者じゃない方の僕だし、僕が間違っていたら、ちゃんとした勇者が戻って来て、勇者らしくこの世界を救うんだろうし、だから僕は、このまま誰も、生きているものを何も、傷つけたくない僕でいることにした。


 ふと視線を感じたので見ると、セラさんが激しく目線で早く食べるように迫っていた。僕はウーサンを撫でていた手を止めて、今度こそ急いで食べ終わるように、素早く何回も咀嚼を繰り返して頑張った。

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