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5.はじめてのキャンプ

 セラさんと焚き火を挟んで、キャンプみたいに外でごはんを食べた。鍋みたいなお肉やキノコが入ったものが美味しかった。食べ終わるとセラさんは、テキパキとあっという間に片付けも一人で終わらせてしまった。


 とにかくセラさんはもの凄く有能な人で、僕はほとんど何も手伝わせてもらえなかった。まあ、僕は料理もその片付けもしたことはないんだけど、でも今はこんなに大人みたいに大きいのに食べるだけなんて、なんだか気が引ける。


「すみません。アーサン。完全に私のせいなんですが、実は、当初の予定よりも大幅に遅れているんです。今日中に次の町に到着できなければ、初日から野宿になってしまいます。今から休みなく馬を全力で走らせたいのですが、あの、シロを馬車に繋いでもいいですか」


「えっ?全力で休みなく?いやいや、そんなの可哀想だよ。僕は野宿になっても全然いいよ。のんびり行こうよ」


「アーサンは、野宿された経験がおありですか?私は魔術の特訓の際に森のテントで寝起きすることがよくあるので慣れていますが、その、慣れない者には辛いことだと、よく耳にするもので、その、身なりが整えられないことが、辛いそうなんですけど……」


「身なり?身なりのなにを整えるの?う~ん、僕は野宿をしたことがないけど、案外いける気がするな。外で食べるごはんも美味しかったし」


「そう、ですか?……たしかに、馬達に負担をかけ過ぎるのも良くありませんが、本当にいいんですか?テントなんですけど、宿ではなく外に眠ることになっても、かまいませんか?」


「いいよいいよ。大丈夫大丈夫。だからのんびり行こうよ。セラさんも、そんなに自分を責めないで。僕が体調不良になっても同じように計画は遅れるんだよ」


「ありがとう、ございます。アーサンは、とても心の優しい勇者様だったんですね。すみません。私、何も気づかずに……」


「そんなそんな!やめてよ。そんな。僕はふつうだよ。それより、ほら、そろそろ、行こうか?のんびり、なんだけどさ!ハハッ、ハハハッ」


 セラさんはとても素直な正直者なので、直球で褒められると凄く照れる。僕は全然ふつうで大したことないので、とても居た堪れない気持ちになってしまう。それに、綺麗なお姉さんに褒められるのって、なんだかニマニマしてしまいそうで落ち着かない。


 僕がなにもお手伝いしないうちに、セラさんが最後にしっかり何度も確かめながら火の始末をして、僕達は再び出発した。とくに急がなくてもよくなったので、日が傾くまでのんびりと歩いて行くことにした。


 セラさんは御者の席に座ってチャーの手綱を握っている。シロは何もしなくても僕についてくるし、僕は気楽な感じで長閑な景色を眺めながら歩いた。どこを見ても人が造ったような建物がなくて、見えるのは木や草だけなんだけど、すごく良い天気だし、僕はその田舎の風景を堪能しながら、楽しい気分でずんずん歩いた。


「あの、アーサン?もうずいぶん歩きましたが疲れませんか?その、なぜシロに乗らないのですか?」


「え?乗らない訳じゃないんだけど、……そういえば、全然疲れてないなあ。僕の体はもしかしたら、すごく健康なのかも?」


「ええ、それは、健康だとは思いますけど、たまにはシロに乗ってあげないと、寂しがりますよ。主人によく懐いている賢い馬は嫉妬したり、寂しがったりするそうなので、色々と気を遣ってあげるものらしいですよ」


「そうなんだ……。知らなかった。でも誰にでも感情があるのは、当たり前だよね」


 僕が歩きながらシロを振り返ってみると、シロはすまし顔で、別に気にしないから好きにしなさいと言っているようだった。なんだかシロは、僕よりもよっぽど大人で賢いような気がする。


「全然大丈夫な気はするけど、せっかくだしシロに乗ろうかな。その方が楽しいし」


 僕がシロにまたがると、すぐにシロが走り出した。見える視線が高くなって、風がビュービュー吹いていて、とても心地よかった。振り返って見ると、チャーもスピードを上げてちゃんとついて来ていた。なんとなく、シロがついて来られるように速さを調節しているような気がした。


「シロは本当に賢いなあ。さすが勇者の馬だよね。僕よりよっぽど勇者だよ」


 シロは走りながら器用にブルルッと首を振って嫌そうにしていた。シロから勘弁してよってゆう空気を感じる。


「そんなこと言ったって、僕だって勇者なんて嫌だよ。本物の人って、どこに行っちゃったのかなあ。ホントに、迷惑な話だよね」


 僕とシロは仲良く息を合わせて、どこまでも続いていそうな一本道を駆けていた。シロは全速力でもないし、いつまで走っていても余裕綽々そうだった。ふと後ろから何か聞こえたような気がして見ると、セラさんが何か言いながら手でジェスチャーしていた。


「シロ、セラさんが何か言ってるみたい。ちょっと歩調を緩めてよ」


 シロが徐々にゆっくりになって、少しずつ馬車が追いつけるように調節していた。シロは本当に賢い馬だと思う。


「日が暮れてしまう前に、この辺で今日泊るテントを出しましょう。ずいぶん進みましたし、この辺りを寝床にしたら、明日の午前中には町に着けるでしょう」


「そうなんだ。じゃあ、テントを張るのを手伝うよ。テントはさすがに一人では大変だよね?僕はやったことが無いからやり方を教えてね」


「テントを、ですか?ああ、すみません。私は自分で作ったテントしか持ってきていなくて。ですから、アーサンが言うような力仕事はありません。小さくしているのを開くだけなんです」


 僕はセラさんが言っていることが何一つ分からないので、とにかく見せてもらうことにした。一本道から外れて、しばらくそのまま馬車を走らせていると、また水辺近くの開けた場所に着いていた。僕にはこの辺の土地勘がないけど、ずいぶん便利に出来ているんだなと思った。たぶん野宿する人達はみんなこうゆう川の近くに泊まるものなんだと思う。


 セラさんが馬車を停めると、さっそく今日泊る準備を始めていた。僕はなにか手伝いたくて、セラさんの後ろをウロウロついて回った。


「フフッ。ではアーサンに手伝ってもらいましょう。この黒いのと白いのを、好きな方を選んでください」


 セラさんが袋の中から、昔の飴の袋みたいに両端をきゅっと捻ってある、黒色と白色の小さな包みを手のひらの上に出した。僕はなんとなく白いのを選んだ。


「では、こちらの白いテントを先に出しますね。ええと、そちらに出しますから、動かないでくださいね」


 セラさんが白い包みを両手の中に閉じ込めると、なにかごにょごにょ言いながら手をすり合わせて、両手で白い包みをポイッと放り投げた。するとなんだかシュワシュワしながら白い布が広がっていって、ドスンッと落ちると大きな白いテントが出来上がっていた。


 外側がぐるっと円形で、屋根が三角になっていた。どこかで見たことあるような、遊牧する人達が住んでいるようなテントの形だった。セラさんはそのすぐ隣に同じ形の黒いテントをまたドンッと出した。


「わあ~!凄い!魔法ってホントに凄いねえ!楽しい!中に入ってみてもいい?」


「ふふっ。もちろん、いいですよ。王国の予算が潤沢に使えたので、快適なように広めのテントを作ったんです。あ、中に入るなら布団を確認してくださいね。寝袋じゃなくて、布団にしたんですよ。あと、タオルやリネンや、布の物はだいたいテントの中に入れたので、確かめておいてください」


 テントの入口の布をまくってみると、すぐに小さな半円で玄関みたいに靴を脱ぐようなスペースがあった。靴を脱いで中に入ると、床はふかふかで、真っ白いテントの中は一人用にしては広すぎるぐらい広々としていて、天井も高くて快適そうだった。端の方には布団が畳んであって、タオルとか何かの布やらも、畳まれて積み上げてあった。僕はキャンプもしたことがないけど、これはテントとゆうよりも、ちゃんとした家みたいだなと思った。


「アーサン?いかがですか?不足はありませんか?」


 外からセラさんの声がしたので、僕はまた靴を履いて、まあ、靴ってゆうよりブーツみたいで脱ぎ着しにくかったけど、急いで外に出た。


「すごく快適そうだよ。セラさんありがとう」


「そうですか。それは良かったです。大体布製の物ならなんでも入れておけますから、これからはいくつか着替えもこちらに置いておいてはいかがでしょうか。アーサンの荷物はまとめて馬車の中にありますよ」


 僕の荷物ってことは、勇者の人の荷物なわけで、つまり僕の荷物じゃないし、人の物を勝手に触るのは抵抗があるんだけどとウダウダ考えながら、セラさんにつれられて荷物が置いてある場所につれて行ってもらうと、僕の、勇者の人の荷物とゆうのは、見事なまでに着替えだけだった。


「……これだけ?」


「そうですね。王宮の人達が着替えを用意して入れていましたよ。他に私物は、……ないようですね。足りない物もあるでしょうから、町に行った時に買い足しましょう」


「あ、そう、なんだ。まあ、別に困らない、けど」


 僕に変わる前の勇者の人の私物が何もなかった。何もいらなかったのか、何も持って行くつもりがなかったのか、それか、冒険になんて行くつもりがなかったのか、僕はなんだか嫌な気持ちになった。まあ、それは本人に聞かないと本当の所は分からないんだけど、なんとも言えない気味の悪い思いがした。


「あの、アーサン?明るいうちに汗を流してきたらいかがでしょう。今の季節は、川の水がそんなに冷たくないので、心地良いと思いますよ。石鹸と、タオルを忘れずに持って行ってくださいね」


「汗……、え?川で体を洗うの?お風呂ってこと?……今から、川で?」


「いえいえ、強制では!ありません。汚いとか、匂うとかでも、もちろんありませんよ!明るいうちの方がいいと思っただけで……、明日でも、あの、お好きな時にどうぞ」


 僕とセラさんの言っていることが、いまいちかみ合っていないような気がしたけど、清潔感は大事だと思うので、セラさんの勧める通りに川で体を洗うことにする。思い切ってそう決意すると、セラさんが僕用の石鹸とタオルも用意して手渡してくれた。


 それから言われるままに、テントとかが見えない下流の方まで歩いて行った。シャワーとかじゃなくて、外で、しかも川で体を洗ったことがないので、やり方が分からなくて、僕はしばらく呆然と川を眺めた。……いったいどうやって?ハッキリ言って戸惑いしかないんだけど?


 それでも、いやいや昔の人はきっとふつうに川とかで体を洗ったりしていたはずだと思い直して、僕は覚悟を決めてシミュレーションしてみることにした。脱ぐ、洗う、全部洗う、拭く、服を着る。うん、完璧だ。しかもなんだかワイルドな感じがして、格好がいい気すらしてきた。僕はもうひ弱な都会っ子じゃなくて、川をお風呂にしちゃえるワイルドな荒々しい男だ。なんか、僕ってイケてるかも。


 僕は楽しくなってきて、意気揚々と服を脱ぐことにした。それにはまず、ずっと着けてる鎧を脱がなくちゃいけなくて、外し方が分からないので、上からすっぽり脱ぐことにした。脱いだ鎧を地面に置くと、ゴドッと凄く重そうな音がした。こんなに軽々としていて、何も着けていないように軽い鎧なのに、全部のパーツを置くごとにいちいち大袈裟な音がしていた。


 着ている服をどんどん脱いで、上半身が裸になったので、ズボンのベルトに手をかけてふと、外で裸になっても良かったんだっけと思った。たしか大人は捕まったりするんじゃなかったっけ?でも、ここは誰もいないし、でも誰もいなくても、外で素っ裸になるには抵抗がある。悩んだ末に、僕は全部脱いで腰にタオルを巻くことにした。これなら、大人の人でも見たことがある気がする。


 裸足で石鹸を持って川に入っていくと、川の水はもの凄く冷たかった。これは……、お風呂じゃない。僕の知ってるお風呂じゃない。冷たい。冷たすぎる。僕は大急ぎで石鹸を泡立てて、体を洗うことにした。僕の体は無駄に筋肉がモリモリしていて、なんだかゴツゴツしていた。僕は腹筋が割れているとゆう状態を初めて見た。これは細マッチョってゆうやつじゃないのかな。とにかく凄く強そうだなと思って、握りこぶしをつくってみたりしてみた。


 でもまあ、人の体なんて不摂生するとすぐにぷよぷよになるんだろうし、どうでもいいかと思って、僕は髪の毛を洗うことにした。石鹸の泡で髪の毛を洗うのも初めてなので違和感があるけど、ガシガシ綺麗に洗っていると、僕は気づいてしまった。シャワーが無いのに、どうやってこの泡を流すんだろう。


 うんうん考えた末、しゃがみ込んで頭を川につけてみた。それでワシャワシャ流してみたけど、なんだか想像していたようなワイルドで格好いい男ではなくなっている気がするし、いまいちちゃんと泡が流せない。もう面倒になって、僕は川の中に寝転んで全身を水の中につけてみた。


 冷たい水の底に沈んで寝転んで空を見ていると、どこか別世界にいるようだった。だけど、ごうごうと流れる水の音がしていて、それがどこまでも現実で、僕が、今ここに生きていることを強く感じることができた。息をしていないと苦しくて、僕はたしかに、ここに、この場所に、生きていた。

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