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4.僕の、聖剣?

 濛々と上がっていた焚き火の煙はやがておさまって、今はもう、焚火の炎はチロチロと穏やかに弱く燃えていた。そうなってやっと僕は落ち着いて座って、ぼんやりと揺れる炎を見ていた。あったかい火はパチパチと燃えている音さえ心を穏やかにしてくれる作用があるようで、僕は黙ってずーっと焚き火のを見ていた。


 だけどさすがにもう火は弱まりすぎていて、もうすぐ消えてしまいそうだった。そうなるとまた僕は焦ってしまう。たしか火は消えたらいけないものだったような?映画とかで変わり番こで火の番がどうとか言っていたような?火の番ってなに?焦ってうんうん考えていると、僕は突然閃いた。たきぎ拾い!小枝とかを拾ってきて燃やしているのを、どこかで見たきがする。


 馬車の中をそお~っと覗いてみると、セラさんはスヤスヤ眠っているようだったので、僕は林の方へ行って、たきぎにする小枝を探しに行くことにした。林の中は木や草や土の良い香りがして、僕は気分よくずんずん林の中を歩いて行った。


 パキパキ枝を踏んだ時の小気味いい音が楽しくて、僕は元気よく足踏みしながら歩いた。なるべく太めの枝を拾っていると、大きな箒みたいな形の枝が落ちていたので、僕は他の枝を手放して箒枝を拾うと、掃除するみたいにさわさわ掃きながら、どんどん林の奥の方まで歩いて行く。


 僕はいわゆる都会っ子とゆうやつで、近所の公園にもそんなに木が生えていなかったし、山とか川とかで遊んだこともないから、この世界で初めて身近に自然に触れたけど、予想以上にウキウキした気分になってきた。アウトドアとか、意外と楽しいのかもしれない。


 木の箒をブンブン振り回しながら歩いていると、なにか近くでフーフー音がしていた。立ち止まって周りを見渡してみると、僕の後ろの方で草木の間から小さなまん丸い毛の塊が僕に向かって唸っていた。はわわわっと慌てて後ずさると、丸い塊はピョンッと一歩前に跳んできた。


 毛の塊から二つの長い耳と角が一本生えていて、これまた見覚えのあるような生き物だった。これ、一角なんとかじゃない?ゲームの始めの方に出てくるやつ!?角の生えたウサギみたいなやつは、僕を睨んでいるし、ウーウー唸っているし、明らかに僕に怒っていた。


「ど、ど、どうしよう!こ、これ、魔獣だよね!?ど、どうしよう!?」


 僕が持っていた木の箒をかまえると、ウサギはまた一歩ピョンッと前に出てきた。まだ距離はあるけど、あの長い角でぶっ刺されたら、確実に致命傷だと思う。僕はありありとブスーッとお腹を貫かれた姿を想像してしまった。いらないいらない!僕の想像力今すぐ消えて!そんなマイナスな想像なんて今いらないから!


 僕はまた一歩後ろに後ずさって、ウサギの魔獣から離れた。するとまた唸りながらピョンッと魔獣が僕に近づいてくる。確実に僕を仕留めようとする意気込みが感じられる。ウサギと見つめ合ったままズリズリ後ずさっていると、後ろにあった木に聖剣がカンッと音を立ててぶつかった。


 僕は、その宝物みたいな聖剣を見た。この剣で、戦う……?このウサギを斬る?……ころし、ちゃうの?僕が?……こんなに、まん丸で可愛いのに?生きてるのに?僕はサーッと血の気がひいて、はっきりと背中を冷や汗が流れていくのを感じた。……嫌だ。僕は、嫌だ。僕はなにも、誰も傷つけたくない。


 いきなり突然に、現実を突きつけられた気分だった。勇者は、……斬るんだ。斬って、……傷つけるんだ。魔獣や、魔王や、敵とゆうものの、すべて……。僕には無理だ。やっぱり僕は勇者じゃない。冒険になんて、出るんじゃなかった。僕は、僕には、生きているものを斬るなんて、無理だ。そんなの、絶対にできない。


 僕は絶望した気分で角のあるウサギを見た。もう今にも飛びかかってきそうだった。僕のいらない想像力で、ウサギを聖剣で斬って血がブシャーッと飛び散る場面を想像してしまった。もう泣きそうだった。実際に涙が滲んでいたので拭っていると、角のあるウサギが僕に向かって突進してきた。僕がスッと避けるとウサギの長い角が大木に深々と突き刺さった。


「お、お、おいおいウサギ。その勢いで僕を貫いてたら、確実に死んでたぞ!?ヒドイじゃないか。僕は君を傷つけたくなかったのに」


 一角のウサギは角が木に深々と刺さっていて、まったく抜けないようだった。角が刺さったまま足で地面を掻いて、悔しそうにキューキュー言っている。


「抜けない?んだよね……。僕が抜いてあげたいけど、でも……」


 困った事にウサギの角はネジみたいにぐるぐるしていて、全体が鋭利に尖っていた。たぶんこれは握るだけでも僕の手が切れて怪我をしてしまいそうだった。でも、このまま放っておいたらこのウサギはエサも食べられずに餓死してしまうし。……どうしよう。


 僕は聖剣をもう一度見た。この剣で突き刺さっている角を切り落としたら、もしかしたら助かるかもしれないけど、そうしたらこの先、この一角にウサギが困るような気がした。たしか角のある動物は、それで縄張り争いをしたり、餌をとったりするんだった気がするし、それが無くなったら野生で生きていけなさそうに思える。


 悩んだけれど、僕は角を握って引き抜くことにした。角を握るとやっぱり手が切れて血が出た。それでもギュッと握って思いっきり引っ張ってみる。何度かためしてみたけど、深々と刺さった角は抜けなかった。


「ウサギさん、ごめん。抜けないみたい。この角切っちゃったら、やっぱり、嫌、だよね?」


 ウサギはもうすっかり大人しくなっていて、じっと僕を見ていた。それからまた自分で角を引っ張り始めたけど、まったく抜けそうになかった。


「ごめんね。僕のせいだよね。僕のせい……、いや、僕が刺されてたら良かったとかじゃ、ないからね?」


 もう一度角を握って、引っ張ってみた。ウサギと力を合わせて引っ張ってみても、やっぱりビクともしなかった。


「しょうがない。嫌だけど。角を切ってしまおう。このままよりは、マシかもしれないし……。ちょっと辛抱してね」


 僕は聖剣に手をかけた。でも心はまだ嫌だな嫌だなと思っていた。剣なんて抜きたくないし、角をガンガン切っている途中で、あやまって肉を斬っちゃうかもしれないと思うと、どうしても躊躇してしまう。でもこのままじっとしていても何も解決しないので、僕はギュッと聖剣の柄を握って、思いきってえいやっと引き抜いた。鞘から引き抜いた聖剣はスラッと長くて白く輝いていた。……一瞬だけ。


 はあっ!?と思って目をパチパチ瞬きしてから改めて見ても、聖剣の剣の部分はスッと消えてしまったままで、無くなっていた。僕は柄だけになってしまった聖剣を呆然と眺めた。ええ!?どうして?剣が消えちゃったけど!?これは、どうしたら?これ聖剣でしょ?それ無くなったら凄く困るんじゃないの!?焦って振ってみたり撫でてみたりしたけど、なんにも起きなくて、柄だけになっていた。


「どうゆうこと!?今一瞬見えた剣はなんだったの?戻ってきて?お~い?無くなったら困ると思うよ?」


 剣をトントン叩きながら話しかけていると、持っている聖剣の柄が、なんだか温かくなっていることに気がついた。もう片方の手に持ち替えてみると、いきなりヴォンッと音がして柄から温かく光る、長い、……笏?し、笏!?が現れた。


 いろんな角度から観察してみても、ちょっと長すぎるけど、どうみても笏だった。それ、絶対、武器じゃないやつ!なんかお坊さんとかが持ってるやつ!あと閻魔様とか!?いやいやこれ、どうするの?さっきの格好いい白い剣はどうなったのよ!?僕はなんか光ってる薄っぺらい笏部分を触ってみた。するとスカッと通り抜けて触れなかった。その辺の木や草や土なんかに当ててみても、スカッとなって通り抜けるだけで、なにも斬れなかった。


「ええ?なにこれ?なんで光ってるの?そしてなんにも切れないんだけど!?」


 その辺にブンブン振り回して試していると、木に角が刺さったままのウサギさんの体にペチンと当たってしまった。でもどこも斬れていなくて、斬るとゆうより叩くとゆう感覚がしていた。


「え!?ごめん!当たっちゃった!痛かった!?ごめんね?」


 身動きがとれないウサギさんを叩いちゃうなんて、どんなヒドいんだよ!?ウサギさんはとくに怒っていなくて、むしろさっきよりも更に大人しくなって、穏やかな顔をしていた。


「だい、じょうぶ、そうだね……。よかった。いまから、ちゃんと引き抜いてあげるからね。」


 とりあえず謎聖剣のことは後で考えることにして、鞘に戻した。剣部分は無いのに、ぴったりと鞘の中に収まった感覚がちゃんとした。……謎過ぎる。


 僕は気を取り直して、更に気合を入れて角を握ると、思いっきり力を入れて刺さっている角を引っ張った。それから更に足を木にかけてぐいぐい、ぐいぐい引っ張った。自分でも顔が真っ赤になっているのが分かるほど、んんん~~!!とそのまま力を入れて引っ張っていると、スポンッと突然刺さっていた角が抜けて、僕とウサギはゴロゴロと転がった。


「良かった~。角は……、なんともないみたい」


 ウサギさんは怪我もしていないようだし、もう怒っていないようだし、僕は忘れかけていたけど、小枝を拾いに来ただけなので、ウサギさんに別れを告げてもう馬車に戻ることにした。少しずつ小枝を拾いなおして、またパキパキ音を立てながら林の中を歩いていると、後ろから、ウサギがついて来ていた。


 ま、まさか……、これは、アニメとかであるやつ……。懐かれてついて来る的な?どうしよう、すごく可愛いんだけど。でもつれて帰ったらセラさんをビックリさせちゃうし、魔獣ってペットにしていいのか分からないし、すごく迷ったけど、ちゃんと話してお断りすることにした。僕は一角のウサギが隠れた所まで行ってしゃがみ込んだ。


「ウサギさん、ついてきたらだめだよ。僕はセラさんって女の人と旅に出るところで、ペットとか飼えないし、それに、その角でセラさんが怪我しちゃったら危ないし、ね?だから……、あ、そうか、恩返しとか考えてる?そんなのいらないからね?だめだからね?ついてこないでね?」


 僕はそれから小走りになって林の中を駆けていった。途中振り返ってみたけど、ウサギはついてきていなかった。少し残念に思ったけど、ホッとして僕は林の中をまた歩いていく。馬車が見える所まで来ると、焚火の近くにセラさんが座っていて、鍋に火をかけていた。


「良かった。セラさん、もう大丈夫になったの?もうしんどくない?」


「あ、アーサン、すみません。ご心配をおかけして、お恥ずかしいかぎりです。遅くなりましたけど今お昼を……!!??ギャーーー!!!」


「えっ?」


 いきなりセラさんが叫び出して、ビュンッと飛ぶように早く僕の目の前にやってきた。そして小枝を持った僕の手をビシッと指さした。


「手!手が!手!どうしました手!血!血!血ですよね!?血!な、な、どうして!?」


 なんだか凄く一文字の単語みたいなことを繰り返していて分かりにくかったけど、とにかく僕の手に血がついていることに、もの凄く驚いているようだった。


「ああ、大したことないんだけど、ギザギザのウサギの角を触っちゃって」


 セラさんは大急ぎで杖を取り出して、僕の手を治そうとしていた。僕は慌てて手を引っ込めて、それを阻止した。


「え、嫌だよ。また怪我を治すの?こんなの放っておけばすぐ治るだろうし、たいして痛くないし、またセラさんが倒れちゃったら、嫌だし……ええっ!?」


 いきなりグシャッと崩れ落ちるように座ったセラさんは、大粒の涙を流して泣いていた。突然ものすごい顔で色んなものを流して泣き出したセラさんに、僕はもの凄く驚いた。


「私が、不甲斐ない、ばかりに、ううう。勇者様の治癒ができなければ、私は、私は、ううっ。私なんて、私の存在価値なんて、ありません」


「えええっ!?そんなわけないよ!ええ!?ごめんなさい。け、怪我を治してください。ごめんなさい。ごめんなさい」


 セラさんは、ぼろぼろと泣いてえぐえぐ言いながら、僕の手を治してくれた。また僕の手を綿飴みたいにしながら、私のせいで、私のせいで、すみませんすみませんと何度も謝っていた。僕は、もう二度と魔法の治療を断らないようにしようと思った。


 セラさんは僕のどんな些細な怪我でも治すつもりなんだと思う。僕はセラさんの怖いぐらい真面目な責任感におののいていた。断れないなら、なるべく気をつけて怪我をしないようにしようと、ブルブル震えながら思っていた。

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