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21.どうしたらいいの

 朝は本当に素晴らしいと思う。明るい日の光は、暗い夜の闇のように沈み込んだ心まで一転させる力があるようで、夜に鬱々としていた僕の心は、美しい朝の光の中で、すっかり隅々まで明るく照らされたような気持になっていた。


 また新しい朝がきたんだから、また今日も頑張ればいい。眩しいほど輝く朝には、そうやって前向きに背中を押してくれるような、もうひと頑張りの力を授けてくれるような不思議な力があるような気がする。僕は両手を広げて思いっきり体を伸ばしてから深呼吸をして、清々しい朝を堪能した。


「よし。今日も頑張るぞ」


 ふと横を見ると、クーサンが僕の真似をして伸びをしていた。あらためて見ると、クーサンはすごく大きい。それに、今更気付いたんだけど、名前……、つけちゃったな、と思った。いや、名前が決まってた方が呼びやすくていいんだけど、なんとゆうか、名前を呼んでいたら、愛着が湧いちゃうとゆうか、旅立つときに寂しくなるとゆうか、そしてヒヤッと思い付いたんだけど、まさか僕達について来ないよねと思って、思わず馬車を見た。


 いやいやいや、無理無理無理。埋まる埋まる。どう考えても馬車には、巨大なクーサンがちょこんと荷台の一角に座れるような、そんなスペースはない。それでも、クーサンをなんとか押し込めて乗り込んだ馬車を想像してみると、その重さの馬車をチャーに引かせるのは可哀想すぎて、慌ててその想像をかき消した。


「ねえ、クーサン、君、僕達について来たりしないよね?この辺の山奥とかが縄張りなんだよね?ちゃんと自分の家に帰れるよね?」


「クキューン」


 クーサンはつぶらな瞳で僕を見つめて、クンキュン可愛く鳴いている。僕はガオーって吠えていた時を知っているから、騙されないぞとは思うんだけど、その姿は大きなぬぐるみみたいで、どうしても可愛いと思ってしまう。


「くっ、か、可愛い」


「遅い!おい、なにしてる。朝ごはんだって言ってんだろ」


 つい、いつまでもなでなでクーサンの頭を撫でていると、後ろのレイナちゃんの家の壁に窓ができていて、顔を出したレイナちゃんに怒られてしまった。


「あ、ごめんね。すぐに行くよ」


 シロやみんなに一旦別れをつげて急いで家の中に入ると、台所の前にタオルを持ったレイナちゃんが立っていた。


「お前さんは、今、恥ずかしいぐらい激しく寝癖がついていることを知っているのか。見苦しいから朝ごはんの前に風呂に入ってこい。昨日は風呂にも入らずに寝ただろうが、汚いやつは台所に入らせないぞ」


「あ、そうか、ごめんね。寝癖がそんなにヒドいんだね。今すぐお風呂に入ってくるよ」


「お前さんが動くたびに寝癖がふわっふわ動いて笑いそうになる。風呂はあっちだ。さきに朝ごはんを食べ始めるからな、さっさと行ってこい」


 僕はタオルをレイナちゃんから受け取ると、頭を触りながらお風呂に向かった。廊下の角を曲がった先にお風呂場の脱衣所があって、そこは洗面所になっていた。こちらの世界の家の構造は詳しく知らなけど、僕にはなじみ深い一般的な家の造りに思えた。だから、あの大きめの樽のような物は、もしかしたら洗濯機なのかもしれないなと思った。


 洗面所には、僕達用に歯ブラシやコップが新しく用意されていて、僕用のコップと歯ブラシの中にヒゲ剃りも差し込んであった。僕は鏡に極限まで近づいて、色んな角度から顔を確認してみたけど、どこにもヒゲが生えていなくて肌はつるっつるだった。


 大人の男の人なんだから、何日かしたら、もしかしたらヒゲが生えてくるかもしれないけど、今生えていないものは剃りようがないので、とくに何もしないことにして、僕は服を脱ぎ始めた。摺りガラスみたいになっている扉を開けて浴室の中に入ると、結構広めの、何人かは一緒にお風呂に入れるような広さがあって、湯舟も広々としていてお湯がなみなみと張られていた。


 お風呂の造りも僕が慣れ親しんでいるもので、お湯が出る蛇口も、シャワーの使い方も、シャンプーやボディーソープも、こうだろうなと思うままの使い方で、快適に頭や体を洗うことができた。ただ、湯舟に入ったときにお湯が浴槽から溢れ出なくて、ああ、たぶんこれも魔法なんだろうなと思った。


 温かいたっぷっりのお湯の中はとても心地よくて、はあ~っと思わず声が出た。ついリラックスしすぎて長湯してしまいそうになるけど、みんなもう朝ごはんを食べているだろうし、名残惜しいけど、早めにお風呂から上がることにした。


 すっかり温まってホクホクになった僕はちゃんと服も着て、身支度も整えてから朝ごはんを食べに台所に向かうと、セラさんとレイナちゃんが朝ごはんを食べていた。


「あ、おはようございます、アーサン。コーヒーと紅茶、どちらにしますか?」


「おっそい。男のくせに長湯だな」


 二人はごはんを食べていたのに立ち上がって、お茶を淹れてくれたりパンを温めてくれたり、僕はすっかり至れり尽くせりだった。お礼を言って朝ごはんを食べ始めると、なんだか実家感が凄いなと思った。お風呂に入って、みんなで美味しいごはんを食べて、夜は自分の部屋のベッドで眠る。それは、安心安全な平和な生活のようで、僕には、なぜかその家族団らんな記憶がないけど、この実家のような感覚はたしかに憶えている。しみじみと、このままここに居たいなと思ってしまう。


「アーサン、お風呂が凄かったですよね。ビックリしましたよね?快適さに驚きませんでした?」


「ああ、広々していて、いいお風呂だよね」


「歯もちゃんと磨けよ。不潔なやつはこの家から叩き出すぞ」


「あ、歯ブラシとかも用意してくれてありがとう、レイナちゃん。使い終わったタオルは置いてきたんだけど、どうしたら良かったかな」


「そんなの、後で洗濯するから樽にぶち込んどくだけでいい」


 僕達は優雅なブランチみたいに、楽しくみんなで話ながらゆっくりと朝ごはんを食べた。食後のお茶を飲んでいると、僕はリラックスしすぎてしまったようで、大きな欠伸が出てしまった。すると、なぜか隣に座っているレイナちゃんの体がビクッとなって、少し俯いて眉間にシワを寄せてしまった。僕とセラさんは同時にレイナちゃんのことを見ていた。


「……すまな、かったな。うるさくて眠れなかっただろう……咳が……」


「え?いいえ。私、バタンキュー派なもので、布団に入ると朝までしっかり起きませんけど、なにかありましたか?すみません、朝になるとパッチリ目が覚めるんですけど、夜のことは分からなくて」


「……バタンキュー……?」


 セラさんが何かあったのかと、不思議そうに僕のことを見るので、僕は困ってしまった。昨日の夜、そういえばおばあさんの咳の音が、頻繁によく聞こえていたことを思い出していた。


「僕も、寝ていたから、分からない、かな。ほら、レイナちゃんが起こしてくれるまで、僕は、ぐっすり眠っていたし」


「……お前さん達は、よっぽど鈍感で単純なんだろうよ。そんなんでよくテントで寝ていられるもんだ。寝ているうちに魔獣が襲ってきたらペロリだ」


「ええ、それは私も心配しましたので、テントには、厳重な魔獣除けの結界を組み込んでいるんです。私が独自に組み合わせた魔術で、まだ魔特許の申請をしていないんですけど、あれはとても良く出来上がりました。術の重ね方に工夫を施していまして、もしかしたら他の魔術にも応用できるかもしれないんですけど、研究の途中段階ですが、上手くすれば魔術の省略にも繋がるかもしれませんし、とても有意義な……」


「うるさい。もういい」


 レイナちゃんが立ち上がって、お皿を洗いにいくので、僕達も慌てて立ち上がって、後に続いて片づけのお手伝いをする。僕達の慌てぶりがよほど面白かったようで、レイナちゃんは堪えきれずに声を出して笑っていた。


 それから、僕達は朝ごはんの片付けも終えて、一旦部屋に戻って町に出かける準備をすることになった。とうとう僕達は、今日からジャヌエの町に1番目の鍵を探しに行く。僕は分からないことだらけでも、一生懸命に鍵を探して歩こうと決意を新たにした。


 そう思っていたんだけど、セラさんが僕の部屋を訪ねてきて、しばらく首輪の研究に専念したいので、何日かかるか分からないけど、ウーサン達の首輪が出来上がるまで、町に鍵を探しに行くことをしばらくの間延期したいと相談された。


 僕にとっては、ウーサン達の為に首輪を作ってくれる事は有り難いので、もちろん了承して、首輪が出来上がるのを待つことになった。遠出をしなければ、外に出かけても構わないとゆうことで、僕はほとんどの時間を、シロやチャーやウーサンや、クーサンと一緒に過ごしていた。


 そうやって数日間、どうぶつ達と一緒に遊んだり、シロに乗って川べりに行ってみたりしていると、みんなが、とても賢いことに気づく。シロが賢いことはもちろんなんだけど、みんな僕の言っていることが完全に分かっているみたいだし、人よりもたぶん感覚が鋭いようだし、僕はすっかり動物と話せる人とか、大自然に動物と一緒に暮らしている人、みたいな気分になって過ごしていた。


 巨大なクーサンはあいかわらず、一緒に連れて行けないよと言う時にだけ、僕の言っていることが分からないフリをするんだけど、そんな所も可愛く思えてしまって、僕はやれやれと思って、どうにかクーサンも一緒に連れて行けるように、セラさんを説得しないといけないなと思っていた。


 なにしろこんなに大きいので馬車には乗れないだろうし、馬車の横を並行して走ってついて来ても目立つだろうし、疲れるだろうし、こんなに可愛くても魔獣なので、怖がる人もいるだろうしなと、色々、考えたりしていた。


 そうして、とうとうその日は、やって来てしまった。その頃にはもう、僕はうすうす気づいていたし、セラさんは慎重に気遣っていたし、予断を許さなくなった最後の数日間は、ただ祈るしかなくて、息を張り詰めるようにして過ごした。


 レイナちゃんは最後まで気丈だった。おばあさんは、笑って旅立っていったし、最後まで目にしていたのは、レイナちゃんの微笑んで笑う顔だったと思う。


 だけどその瞬間に、ワアッと泣いて、いかないで、おいていかないでと、いつまでも、いつまでも涙は止まらなくて、僕はただずっと、側にいることしかできなかった。


 僕にはなにも、なんにもできなかったんだけど、セラさんがいつの間にか、町から葬儀屋さん達をつれて来ていた。すごくテキパキしていて、おばあさんの周りに綺麗にお花を飾ってくれて、本当に総てのことを請け負ってくれていた。


 残された人の悲しみを分かって労ってくれている様子が、悲しみを少しでも、和らげようとしてくれていることが伝わってきて、おじいさんが手配してくれていた葬儀屋さんのことを、素直にすごいなと思った。


 そして、どんどん、どんどんとおばあさんを送り出す準備は進む。刻一刻と進む様子が、時間は巻き戻らないんだと、後には戻れないんだと突きつけられているようで、情けないことに、僕はただ呆然とその様子を見ていた。


 好きな人の側にいて、ただ毎日が続くだけで、幸せなのに、特別なことが起きなくても、一緒にいられるだけで、ただそれだけで幸せだったのに、どうして、それは永遠には続いてくれないんだろう。


 寿命は等しく誰にでもあって、それは、当たり前なんだけど、神様か誰かが寿命を決めたんなら、愛が大切だって言うなら、せめて、自分よりも大切に思っている人とは、寿命を揃えてくれるとか、それか、分けてあげられるようにするとか、そうゆう、いろいろ……、いろんな……、


 そんなの、無茶なことだって、分かってるけど、分かるんだけど、あんまり、あんまりにも悲しくて、もう一緒に話したり、笑いあったり、ただ側にいることも出来ないことが、辛すぎたら、じゃあ、どうしたらいいんだよって、思ってしまう。


 そばにいてほしい、そばにいさせてほしい、それだけでいいからと、悲しくて、寂しくて、泣いて、泣き尽くしてもまだ、悲しいままで、それがずっと続くなんて、本当に、どうしたら、いいの。

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