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20.クマはクーサン

「ゴルアア~~!!へっぽこ勇者めがコラアア~~!さっさと起きんかコラーー!!」


 バタアーーンとどこかで大きな音がしたような気がしていたら、どうやら僕の部屋の扉が開いた音だった。まだ状況が飲み込めないけど、僕のお腹の上でレイナちゃんが飛び跳ねていて、バシバシと僕の頭も叩いていた。


「お?おひゃよう……、レイナちゃん?」


「この役立たずめが、コラア!寝ぼけてないでさっさと起きろ!お前さんは!昨日魔獣を退治したんじゃなかったのか!?どうなんだ!?やったのかやってないのか!?さっさと答えろ!!」


「……おはよう?……魔獣って?……なんだっけ?」


 僕がいったい何のことか分からなくてレイナちゃんに聞き返すと、すくっとベッドの上に仁王立ちになったレイナちゃんに、ベッドの上から蹴り落された。バタンッと派手な音をたてて僕が床に落ちると、扉の向こうから心配そうに覗き込んでいるセラさんが見えた。


「ああ!あのあの、レイナさん、お手柔らかに、寝起き……、アーサンは寝起きですから、ここは男性の、勇者様の、寝室ですからね。まずは部屋の外で、起きてきてからお話をお聞きしましょう。ね?あああ……」


 僕はとりあえず床に座って、目をこすりながら今言われたことを考えてみる。ええと、魔獣?なんだっけ?ああ、あの昨日の黒い熊?


「はわわわ……、筋肉が、胸が、お腹が、筋肉が、見えて、パジャマが、乱れて、筋肉が、あわわわ……、激しく寝癖が、色気が、寝起きで、だだもれて、わわわわ……」


「はわあわ、うるっさいぞ!セラ!気に入らないなら見るな!おい!へっぽこ!さっさと答えんか!昨日の魔獣はちゃんと倒したのか!?倒してないのか!?あの庭のは!?なんだ!?」


「……庭の?……なに?」


「庭に!寝っ転がってる魔獣のことだよ!うちの庭に!でっかい魔獣がいるんだ!!寝ぼけてないで、さっさと自分の目で見てこい!!」


 ベッドの上のレイナちゃんにべしんと足蹴にされたので、後ろによろめいた僕は手をついて、ゆっくりと立ち上がった。まだ状況がよく分からないし、まだはっきりと目が覚めていないことを自覚していたけど、魔獣が外にいるなら一大事なんだろうし、外に見に行くことにした。


「アーサン、魔獣は、まだ眠っているのか横になっているようなんですけど、あまり近づきすぎないようにしてくださいね。様子を見るだけ、今は確認するだけにしてくださいね」


 玄関に歩いて行く僕の後ろから、パタパタとセラさんがついて来ていた。僕はまだ眠たくて、歩きながら大きな欠伸が出てしまう。玄関の扉を開けると、外は眩しいほどに明るくて、僕は思わず立ち止まって一瞬目を閉じてしまった。だけど、すぐに目を開けて周りを見渡すと、早朝の清々しい風と、晴れ渡った空が心地よくて、また新しい明るい朝に嬉しい気持ちになった。


 僕は朝の新鮮な空気をめいっぱい吸い込んでから、レイナちゃんの家の隣の原っぱに向かう。昨日馬車を家の隣に横付けにしたので、チャーとシロがすぐ近くにいた。ウーサンが見当たらなかったけど、たぶんまだどこかで眠っているような気がした。


 なんにも探す必要もなくて、すぐ隣の原っぱの真ん中あたりに、大きくて黒い毛玉の小山ができていた。深い呼吸に合わせて巨体が上下している。すぐ側まで近づいてみると、魔獣は、たしかに昨日の黒い熊だった。


「あの~、お~い、ちょっと~、起きて~。お~い」


 声をかけただけでは起きなかったので、僕は熊の体をゆさゆさと揺すって、無理矢理にでも起きてもらうことにした。


「グガッ!?グルルルル」


「あ、起きた?良かった。あの、どうして戻ってきたの?ここに戻ってきたらだめなんだよ。レイナちゃんが困るんだ」


 大きな熊は目をパチパチさせながらのっそりと起き上がって、そのまま僕の目の前で座り込んだ。もの凄くがっしりとした巨体なんだけど、その姿は、なんだか大きなぬいぐるみみたいで可愛らしかった。


「おい!起こすなよ!危ないだろ!とりあえず、こっちに戻ってこい!」


 声がした方を見ると、セラさんとレイナちゃんが身を寄せながら、馬車のすぐ側で僕のことを心配そうに見ていた。


「アーサン、離れてください。危ないですよ」


 僕は、ちょっと困ったなと思いながら、気持ち小さく縮こまってしまったクマを見下ろした。さっきからずっと、ウルウルした瞳で僕を見つめている。


「クーン、クウウーーン」


 いや、それ絶対クマの鳴き声じゃないよねとゆう可愛い声を出して、熊は僕に縋りつくように、ちょっとずつにじり寄ってくる。


「だめだめ。そんな鳴き声を出してもだめだよ。僕は知ってるぞ。昨日はグガーッて言ってたよね。ここに戻ってきたらだめなんだよ。レイナちゃん達が怖がってしまうんだ。爪もそんなに長くて鋭いし、危ないんだよ。あ!だからって、爪を全部折ったらだめだからね?絶対、だめだよ。やめてよ」


「クウーーン、クウウーーーン」


 クマはもの凄く悲しそうな声を出して鳴いていた。昨日はあんなに迫力のある表情で僕を睨んでいたのに、目なんかギラーンって光る勢いだったのに、どうゆうつもりなのか、まったく現金なものだった。


「おい、いったいなんだ?なんだその鳴き声」


「あ、レイナちゃん、近づいちゃだめだよ」


 クマの可愛らしい鳴き声のせいで、不審に思ったレイナちゃんが近づいてきてしまった。その後ろからはセラさんも一緒に、心配そうに歩いてきていた。セラさんの手にはしっかりと魔法の杖が握られていた。


「クウン、クーン、クキューン」


 クマさんはもうすっかり僕の足下にしがみついていた。僕を見上げるつぶらな瞳が可愛くて、大きなぬいぐるみみたいで、もの悲しく鳴かれると、どうしてもよしよしと撫でてあげたい気持ちになる。


「あの?アーサン?これは……?その、なんとゆうか、……懐かれてます?」


「やっぱりそうか!!おい!このへっぽこ勇者め。この大っきい魔獣に何をしたんだ?ずるいぞ!自分だけ!」


「レイナさん。フフフ、レイナさん、先程からアーサンを妙なあだ名で呼んでいますね?フフフフフ、許しませんよ?ね?いけないことは、分かりますよね?」


「あ、やめろ!?ガシッと掴むな。近っ、やめ……、おい、笑ってる顔が気持ち悪いぞ。やめんか。杖を握りしめて凄むな。そんなのルール違反だぞ」


 見ないふりをしてみたり、頑張って我慢してみたけど、僕はとうとう堪りかねて、クマさんの頭を撫でた。少し硬めの毛はフサフサしていて、あたたかくて、思っていたよりも触り心地が良かった。


「あ!ずるい!レイナも!レイナも!!撫でる!レイナも撫でたい!」


 レイナちゃんはドカンと体当たりする勢いでクマさんに抱きついて、わさわさと大きく手を動かして撫でまわしていた。


「ふわあ~、でか~、フサフサ~、あったか~」


「レイナさん、その魔獣は大人しいとはいえ、野生ですから、汚れているかもしれませんよ。触るのは体を綺麗に洗ってあげてから……、じゃなくて、あまり触らない方がいいですよ」


「ええ~、触っちゃだめなのか?さっきアーサンも撫でてたぞ。フッサフサなんだぞ。汚くないぞ。汚れてないぞ。臭くもないぞ」


「あの、ですね。あまり撫でては、その、情が移ったら困りますから、ね?この大きさですし。魔獣は、危険……、ですし、あ、ほら、この長い爪も危ないですし」


 レイナちゃんは今やもう完全に、クマさんの背中に乗るようにしがみついていた。クマさんはセラさんの言葉を聞き終わると、スッと両手を前にだした。


「ええ!!??」


 セラさんが思わず大きな声を出して驚いていたけど、たしかに僕もビックリした。クマさんはどうやったのか、鋭そうな長い爪を一瞬でにゅっと引っ込めた。


「ええ?どうゆう仕組み?あの長さが皮膚の中に引っ込むもの?ちょ、ちょっと見せて?手を見せてくれない?」


 クマさんの手を見せてもらうと、爪の先がちょっと手から出ているだけで、後は体の中に引っ込んでいるようだった。どうやらそうゆう仕組みのものらしい。それより途中から僕は、分厚い肉球の触り心地の方が気になっていた。


「ふにふに……、じゃなくて、ええと、爪が危なくないなら、なにも問題ないよね。それなら……、君は、クマさんだから……」


「えっ!?待って、待ってください。アーサン?早まらないで、問題はそれだけじゃ、爪だけじゃありませんよ」


「う~ん。やっぱり、クマだから、クーサンだね。君はもっと格好いい名前の方がよかった?どう思う?」


「クンクンクーーーン。クーーン」


 クマのクーサンは名前が気に入ったようで、とても喜んでいた。体をゆっくりと揺らして喜びをレイナちゃんと分かち合っていた。レイナちゃんもすごく楽しそうに笑っている。


「あ、ああ……」


 セラさんを見ると、手を前に突き出して、ガクッと体を二つ折りにして項垂れていた。なにかとてもショックなことでもあったのか、心配になる。


「セラさん?どうしたの?大丈夫?」


 その時、後ろの草むらがガサガサし始めて、ヒョコッとウーサンが顔を出した。僕と目が合うとピョンピョン飛び跳ねながら近づいてきて、ポスッと僕の腕の中に収まった。正確なボールみたいな動きで、ウーサンはとても運動神経がいいと思う。僕はふわふわのウーサンをよしよしと撫でた。


「ウーサンも起きたんだね。おはよう。今日も気持ちが良い朝だよね」


「……勇者って、もっとなんて言うかこう、……いや、いい」


 キリッと姿勢を正したセラさんがレイナちゃんの方を向くと、なにか話し出そうとしていたレイナちゃんが黙った。そして、んんっと大人みたいに咳ばらいをしてからクーサンの背中からストンと降りた。


「よし!朝ごはんにするぞ。あ、そうだ。あっちに桶があるからな。アーサンはちゃんと動物達に水を飲ませてやってから家に入ってこいよ」


 レイナちゃんはそう言って、すたすた歩きながら家に帰っていった。セラさんも朝ごはんの用意を手伝うと言って、慌てて追いかけていく。僕はその後ろ姿を見送ってから、桶やら盥やらが置かれている一画に目を向けた。


 昨日まではあそこに何も置いていなかったから、たぶんレイナちゃんが、シロやチャー達の為に用意してくれたんだろうなと思った。僕はあらためて、有り難いなと思いながら桶が置いてある所まで歩いていった。

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