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12.ぼったくりじゃない何かのお店

 開いたままの扉から部屋の中を覗き込むと、窓際のベッドの脇にレイナちゃんが座り込んで、横になったまま激しく咳き込んでいるおばあさんの背中をさすっていた。


「あの、大丈夫ですか?お医者さんとか、呼んで来ましょうか?」


 振り返ったレイナちゃんが僕を一睨みすると、部屋の隅にある引き出しがついた机の方を指さした。


「そこの薬茶を持ってこい。一滴も零すなよ」


 僕は大慌てで机の上に置いてあったコップを手に取った。中が空っぽだったので、レイナちゃんを振り返ると、険しい顔で隣に置いてある小さめの水差しを差していた。陶器の水差しの中には、ツンとくるような独特の香りのする黒い液体が入っていた。僕はなるべく慎重に、零さないように気をつけてコップに入れて、ベッドの脇にいるレイナちゃんに手渡しにいった。


「ばあちゃん、薬だ。ゆっくり、飲んで。咳がおさまる、薬だよ」


 レイナちゃんが助け起こして、ゆっくりとベッドの上に起き上がったおばあさんは、長い白髪を肩の辺りで一つに結んでいたので顔はよく見えなかったけど、見るからに痩せていて、細い指には薬が入ったコップも重そうで、レイナちゃんが支えながら、ゆっくり少しずつ薬を飲ませてあげていた。


「ばあちゃん、今日バナケラの根を見つけたんだ。あれで薬を作ったら、もっとごはんが食べられるようになるよ。乾燥したらすぐ粉にするから、もう少しだけ待ってて」


「……レイナ、ひとりで山に入っては、ゴホゴホッ、いけないよ。ばあちゃんの、杖を、ゴホゴホッ」


「大丈夫!麓だよ!麓で見つけたんだよ。危ないことなんて、何もしてないよ」


「ゴホッ、コホッ、……それで、そちらの、お方は?」


「あっ!すみません!勝手にお邪魔して、すみません。えっと、レイナちゃ、さんに、お茶をご馳走になってて、それで、ええと、……すみません」


「あれまあ!ずいぶん、綺麗な、若者だねえ……」


「もお~、ばあちゃんは、ほんっとに面食いなんだから。あんまりイケメンでビックリしたでしょ?さっき道で拾ったの。でも心配しないで、お茶を飲ませたらすぐに追い出すから」


「……レイナ、ゴホゴホッ、お前さんはまた、ぼったくりまがいの事を、してる訳じゃないだろうね?ゴホッ」


 おばあさんとレイナちゃんが揃って同時に僕を見た。レイナちゃんがなにか色んな顔芸をしていて、僕になにかを伝えようとしていた。


「あ~、えっと、僕は、お茶をご馳走になった、だけで?え~?あ、すごく美味しかったですよ。そ、れから?ええっと、あ、代金?え、違う?いや、ちゃんと持ってきて、払います、から……?」


 どうやら僕は失敗したようで、レイナちゃんがもの凄く嫌そうに僕を睨んでいた。おばあさんは一つため息をつくと、レイナちゃんの方に向きなおった。


「レイナ……、お前さんは、また……、ゴホゴホッ、いいかい、もう医者は、いらないんだよ。有名な、魔法使いだって同じだよ。いいかい?治癒の魔法に大金を払うなんてことはもう……、レイナ、聞いて、おくれ。ゴホッ、大事な、話しだ。ゴホゴホッ」


「し、知らない!知らない!聞かない!聞きたくない!」


 レイナちゃんが両手で耳を塞いで、目も瞑ってしまった。おばあさんは薬を飲んでもずっと咳をしていて、とても痩せていて、ごはんもあまり食べられないようで、だからたぶん病気なんだと思った。


「あの、治癒の魔法って言いましたよね?あの、有名な魔法使いの人じゃないとだめなんですか?賢者の人じゃだめですか?僕の怪我を綺麗に治してくれたし、セラさんは大金とか、たぶんいらないって言ってくれると思うんですけど、良かったら、あの、ここに、来てもらったらだめですか?」


「「賢者!!??」」


 おばあさんとレイナちゃんの声が揃った。二人共とても驚いていた。レイナちゃんが立ち上がって、僕の目の前に立ちはだかった。


「賢者が町に来てるのか?ホントか!?お前さんの、知り合いか?」


「……うん。知り合いだよ。あ、たしか賢者って言ってた気がするんだけど、間違っていたら、ごめんね。とっても賢くて優秀なことは間違いがないんだけど」


「どっちだ!?まあいい!さすがに賢者じゃなくても、優秀な魔法使いなんだろう。よし!そいつをここにつれて来い!そいつがちゃんと、ばあちゃんの病気を治せたら、さっきの100万デリエは取り消してやろう」


「ひゃっっ!?ゴホゴホッ!ひゃ、ひゃく!!レイナ!また、お前さんは!ゴホゴホゴホッ」


 おばあさんの背中をさすりに行ったレイナちゃんが、僕の方を向かないで手をシッシッとはらって、僕に早く行くようにと催促していた。僕は一旦お店の方に戻って、来た道を戻ることにした。気になるお店の中を、外に出るまでの間にも、おばあさんの咳はずっと聞こえていた。


 僕は一本道の坂道を町に向かって走った。ここに来るまで景色を見ていなかったので、この周辺のことはまったく分からなかった。どの道を通ったらいいのか分からないので、僕は道を通らないことにした。


 密集した建物が並ぶ町を屋根づたいにジャンプしながら大きな館を目指した。町長さんが住む館が見えると、ひとっ飛びにジャンプして、とにかく急いで敷地の中に入った。屋根の上から、独特な形の館を見渡して、窓から見えた景色を探していると、木の生え方に見覚えがある場所が見つかったので、そこまで飛んで屋根の上から降りた。


 窓から眺めてみると、部屋の中にセラさんが用意してくれた服の山が見えたので、窓から入って、僕の部屋に戻ってきた。大急ぎで部屋を横切って、セラさんの部屋の扉をノックすると、中からセラさんが返事をする声が聞こえた。僕はそれだけで、ホッと安心した気持ちになった。


「はいはい、どなたですか?ああ、アーサン、どうしました?温泉にはもう行きました?とっても広くて快適でしたよ。ちゃんと間違えないように男女に別れていましたよ。なんと素晴らしいことに、いつでも入浴できるようにしてあるそうで、……どうしました?」


「あのあの、ごめんね。温泉はまた後で入るよ。それより、セラさんにお願いがあるんだけど、病気のおばあさんを助けてあげたくて、それに、セラさんにお金をちょっと借りたくて、ええと、ひゃくまん、デリエ、だったと思うんだけど、美味しいお茶だったんだけど、僕お金を持っていなかったから、待っててもらってて、とにかく、急いで、一緒に来てくれない?」


 僕が焦って急いで話しているうちに、セラさんの顔がどんどん怪訝そうな顔に変わっていった。それに、ホクホクして機嫌がよさそうだったのに、なぜか仁王立ちになって腕を組んでしまった。


「罰当たりにも、勇者様をぼったくるなんて、その不届き者はどこの、どなたです?」


 なぜかセラさんが誤解して、怒りだしてしまった。温泉でぽかぽかしたんじゃない感じの、カッカした熱で顔が赤かった。


「え?違うんだ。なにか誤解してるみたいだよ?僕はお茶を飲んで美味しくて、代金を払わなくちゃいけなくて、でも、それだけじゃなくて、おばあさんが病気で、咳が止まらなくて、苦しそうだから、だから……」


「アーサン、分かりました。私は今から外出用の服に着替えてきますから、少しここで待っていてください。ああ、それに、お茶の代金ですね。……100万デリエ、でしたっけ?」


「ああ、良かった。そうなんだ。良かった。伝わった。じゃあ、僕、ここで待ってるよ。あの、ちょっとだけ、急いでくれると、有り難いんだけど」


「ええ、大急ぎで用意しますね。今すぐにでも、その方の所に行かないと」


 セラさんはニッコリと微笑むと、部屋の扉を閉めた。僕はとても気が急いたけど、セラさんが着替え終わって出てくるのを、窓や扉を開けたりと準備して待った。セラさんはすぐに着替えて部屋から出てきてくれた。


「あ、良かった。ごめんね。僕、道を憶えてないから、上から行くね。ちょっと、失礼」


「ええっ!?」


 僕はセラさんを担いで、大急ぎで窓から飛び出した。さっきと同じように屋根づたいにジャンプしていって、僕はまたレイナちゃんのお店に急いだ。ゴウゴウと聞こえる風の向こうに、苦しそうなおばあさんの咳がまだ聞こえるような気がして、僕はとても焦っていた。


 最後にひとっ飛びに高くジャンプしすぎて、着地する時にズザザザアアーーと土埃をあげて滑って戻った。危うくレイナちゃんのお店を通り過ぎてしまうところだった。煙のような砂埃が収まるのを待ってセラさんを見ると、セラさんのローブや綺麗な黒髪に大量の砂埃がついていた。僕はすぐにセラさんを降ろして、髪や肩や服の砂埃をパンパンとはたいた。


「ご、ごめんね。急いでて、通り過ぎるところだったから。ああ、せっかく温泉に入って綺麗になったのに、ごめんね。埃だらけにしちゃって、ごめんね。うわあ、髪の中から砂が、本当にごめん」


 しばらく呆然としていたセラさんは、僕が謝り続けながら埃をはらっていると、やがて正気が戻ったようになって、僕の手をとった。


「……かまいません。自分で、はらいます」


 服や髪や顔の埃をあらかた払うと、セラさんはあらたまった顔になって、レイナちゃんのお店を睨むように見た。連れだってお店に一歩入ると、セラさんは物珍しげにそこら中を見渡していた。すごく興味を引かれているのに、真面目な顔を崩さないように頑張っている姿が、なんとも面白かった。


「すみませ~ん。レイナちゃんいますか~。すみませ~ん」


「うるさい!やっとばあちゃんが寝付いたのに、お前さんときたら!ああ!?なんだその格好は!?汚い!店が汚れる!そのまま動くな!」


 奥から出てきたレイナちゃんは、埃だらけの僕達に驚いて、両手を上に上げると、埃を払うように手をパンパンと叩いた。すると、僕達の体がなんだかズワッとして、煙のような埃の塊が店の外に飛んでいった。セラさんと顔を見合わせてみると、すっかり砂埃が綺麗になっていた。


「ああ、良かった。砂埃が綺麗になったね。ホントにごめんね。焦っていたから、急いじゃって」


「ま、ま、待ってください!今のはなんです!?魔法!?なんの魔法ですか!?杖は!?杖も持っていないのに!?なぜ!?」


「おい、こいつは本当に賢者なんだろうな?こんな、生活魔法にわざわざ杖がいる訳ないだろ。大丈夫か?本当に魔法使いか?ばあちゃんの病気が治せるのか?お前さん、分かってるだろうな?ばあちゃんの病気が治せなかったら、ちゃんと全額お茶の代金を支払ってもらうぞ」


「大丈夫だよ。セラさんはとっても優秀なんだよ。それに、僕はお茶を飲んだんだから、代金は支払うつもりだよ。セラさんにちゃんと持ってきてもらったんだ」


「ちょ、ちょっと、待ってくださいね。生活魔法……が?そうなって?いやいや、そんなはず……、生活、魔法?えっ?だって、杖が……、ええ!?」


 セラさんがなんだかブツブツ言いながら、頭を抱えていた。ちょっと待ってと言われたので、僕とレイナちゃんは顔を見合わせてから、喋らずに静かにして、セラさんが普通な感じに戻るのを待っていた。

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