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10.1番目の町

「アーサン?引き締まって凛々しいそのお顔も素敵ですけど、町に近づいたら、もう少し笑顔でお願いしますね」


「いや!無理だわ!?僕、やっぱり向いてないんだよ。そお~っと町に入ったらだめかな?……歓迎してくれるのは、有り難いんだけど、あんまり注目されるのは、緊張するってゆうか、苦手とゆうか」


「分かります。注目されると、緊張しますよね。私も成績優秀者の授賞式等は誇らしくもありますが、恥ずかしくもあり、何度出席しても慣れませんでした」


「成績優秀者の授賞式?セラさんってやっぱり凄く賢いんだね。緊張しないコツとかってあるの?」


 僕がシロから身を乗り出して、馬車の御者に席に座っているセラさんに勢い込んで聞くと、セラさんは可笑しそうにフフッと笑ってから教えてくれた。


「もちろんありますよ。それは、良いことばかり想像するんです。壇上の上から見下ろしていますと、妬みや嫉妬の目で見ている人は案外すぐに分かるものなんです。ですけど、中には純粋に私の努力を称賛してくださる人達もいて、その方々は惜しみなく私に拍手をしてくださいました。……コツは、その方達のことを思って、そして想像するんです」


「想像って?勝手に思い浮かべるってこと?」


「そうです。勝手に、好きなように想像するんです。一人でも複数でも構いません。その方の日常をですね、どんな風に私を応援してくれていたかを詳細に好きなように、夢想するんです。その方は、張り出された成績表を、いつも楽しみに見ていたかもしれませんし、私が発表した論文を楽しみに読み込んでくれていたかもしれませんよね。ありもしない空想ですけど、そんなことを考えていると、誇らしくて、その方達の期待に応えて、もっと頑張ろうとゆう気持ちになるんです」


 僕は素直にセラさんを凄いなと思った。なんとゆうか、苦手なことや大変なことでも、無理矢理ねじ曲げてでも、前向きに頑張って努力していたんだろうなと思った。


「セラさんは、凄いね。僕は、マイナスな……、いつも後ろ向きに考えてしまうんだけど、そうやって前向きに考えられるように、想像してみるよ」


 僕は腕を組んで、目を瞑って良いことを想像してみる。……良いこと。例えば、町に着いたら実はそんなに勇者は注目されていなかったとか?普通に人に紛れ込んじゃって見分けがつかなくて、あれ?勇者どこ行った?的な?ハハッ、それは面白いかも。思わず顔がニヤけてしまう。


「フフッ、効き目がありそうですか。私が初めて壇上に上がるときには、人を野菜に思えと助言を受けたものですが、畑にいると思うより、よっぽど楽しい気分になりますよね。親しい家族や友人が自分の晴れの日に、わざわざ応援しに集まって来てくれたと思うと、自然に笑える気がしませんか?」


「それは、たしかに。想像だけでも嬉しくなるよね」


 セラさんが僕を見て、とても優しい笑顔で笑った。なぜか僕の胸のあたりがギュッとしたような、なにかドキンとしたような変な感じになった。なんだか胸がドキドキして落ち着かない。


「お役に立てたようで、良かったです。大勢の人が集まってくれるのも、一人の人が歓迎してくれるのも、なんら変わりはありません。その気持ちを有り難く受け取るだけです。そんなに心配しなくても大丈夫ですよ。アーサンにならできますよ」


「……そうかなあ。すごくドキドキしてるんだけど」


 セラさんは楽しそうに笑いながら、また、大丈夫ですよと言っていた。僕は、ちょっとだけ、まあ大丈夫かもしれないなと思えた。馬上にいるから、緊張しすぎて右手と右足が同時に出ることもないし、引き攣っていても笑顔は笑顔だと開き直る気持ちにもなってきた。


「あ、見えましたよ。凄い人ですね~。わあ、綺麗!カラフルですね~」


 僕がセラさんの指さした方を見たのと同時に、大きな歓声が上がった。町の入り口らしき所には、もの凄い人だかりができていて、セラさんが言うように、赤や黄色や青やら緑やら、激しく原色の、ヒラヒラした派手な服を着た人達で埋め尽くされていた。


 町によって、着る服の種類がこんなに違うのかと驚いて見ていると、目の前の人達がなにやら慌ただしい動きをし始めた。何ヵ所かに人が別れて塊をつくって、なんだか組み体操みたいに、人が人の上にどんどん乗っていった。あちこちで2段とか3段の、人で作ったタワーが次々にできていた。どうやら、歓迎してくれる何かが始まったみたいだった。


「わあ!すごい!曲芸が始まったみたいです。あっ!飛んだ!?」


 驚くことに、一番上に乗った人がジャンプして一回転していた。どんな身体能力をしているのか、立った大人二人以上の高さを、ぐるんぐるんと回りながら何回も高く飛んでいた。ヒラヒラした派手な服が靡いて、何かの格好いい生き物みたいに見えた。


 僕が圧倒されて、ポカンと口を開けたまま見ているうちにも、シロは変わらずポクポク進んでいた。どんどん近づいていくと、派手な集団の人達は、元の顔が分からないようなお化粧もしていた。そして、突然に上の人から順番に下りだすと、馬車の道を空けるように、道の両脇に走って並んでいった。みんなが整然とキビキビ等間隔に並んでいきながら、服をヒラヒラさせて踊っていた。……なんとゆうか、プロだった。


 僕はすっかりその巧みなプロの技に魅了されながら、大勢の見物客の人達と一緒になって手を叩いていた。左右にいるダンサーの人達をキョロキョロ見ながら、一生懸命に拍手しているうちに、町の中心のような場所に着いていた。そして、真ん中あたりの開けたスペースに何人かのおじさん達が立っていた。


 にこやかに拍手しているおじさん達の手前で、セラさんが馬車を停めると、シロも馬車に並んで立ち止まった。セラさんが御者の席から降りておじさん達の所に向かうようだったので、僕もシロから降りてセラさんについて行った。


「ようこそ、勇者様、賢者様。ようこそお越しくださいました」


 セラさんとにこやかなおじさん達が大人の挨拶をしているうちに、周りを見渡してみると、僕達を囲んでいる人達が、押し合いへし合いしながら僕達のことを見ていた。その先頭にカラフルなダンサー達が手を繋いでいて、笑顔で押し寄せる人垣を押し返して防いでいた。ダンスだけじゃなくて、警備の人みたいな仕事もできるなんて、その職業が何なのか知らないけど、ポテンシャルが凄いなと思った。そういえば、みんな体格も良くてムキッとしている。


「……そうですよね。勇者様、どうしますか?そうさせてもらいましょうか」


「えっ?あ、ごめん、聞いてなかった」


「今夜は町長様の館で、私達の為に宴を開いてくださるそうです。それに、私達をそのまま町長様の館に滞在させてくださるそうですよ。何日滞在することになるのか、まだ分かりませんから、有り難いお申し出だと思いますけど、どうしますか?」


 僕が周りに気を取られているうちに、セラさん達が話し込んでいた内容は、僕達の滞在先のことのようだった。僕は話を詳しく聞いていた訳じゃないんだけど、今夜の宴のことはともかく、何日も他人の家に居候するのはもの凄く気が引ける。考えただけで胃に穴が空きそうだった。


「や、いや、宿でいいよ。宿に泊まるのでいいよ。気を遣わせちゃうし、家族の人も大変だろうし、ね?」


「……そうですか?」


 冷や汗を流しながらイヤイヤする僕を、ちょっと楽しそうに見てから、セラさんがおじさん達と話し合いをしてくれて、今夜は宴があるので町長さんの館に泊まらせてもらって、明日からは町の宿に滞在することになった。話し合いが終わったので、おじさん達の先導で町長さんの館に移動することになった。


 僕はセラさんと並んで馬車の御者の席に座って、セラさんを真似して、沿道のみなさんに笑いかけながら手を振った。みんなが嬉しそうに笑ってくれるので、みんなを家族だとは思わなくても、僕は、割と自然に笑っていられたと思う。心配していたほど緊張でガチガチにならなかったので良かった。それどころか、僕には町の様子を眺める余裕まであった。


 あんまり背の高い建物は建っていなくて、高くてもせいぜい4階か5階ぐらいで、いろんな所にお花が飾ってあった。軒先によく果物なんかもぶら下がっていて、なんだか中世っぽい雰囲気のメルヘンチックで可愛い町だなと思った。


 町長の館に着くまでは坂になっていて、町の中心からは少し離れているようだった。眺めている景色の先には山が見えた。一番目の町は、人がたくさん住んでいて、中心には建物が密集していて、お店もいっぱいあって、とても栄えた豊かな町なんだろうなと思った。僕は、もうすでに町を散策してみるのが楽しみになっていた。


「ねえ、セラさん、この町には長く滞在する予定なの?買い物とかの他に、何かすることがあるの?」


「えっ!?」


 驚いた様子のセラさんは、無知な僕の質問に、さすがに一瞬怪訝そうな顔をしたけど、ああ、そういえば。とゆう顔をしてから説明してくれた。


「鍵を探さないといけませんから、それが見つかるまで次の町に行けませんよ。このジャヌエの町には、1番目の鍵があるはずなんです。1番目から12番目の鍵が揃わないと13番目の町には行けませんから、何日滞在することになるのかは、今のところまだ分かりません。その鍵を探し出せるのは勇者様のみとゆうことですので、私も詳しくは知りませんが、アーサンなら、明日にでも見つけてしまうかもしれませんね」


 セラさんがニコッと良い笑顔で僕に微笑んだけど、僕はまったく笑えないまま固まって、血の気が失せていくのを感じていた。僕は本物の勇者の人じゃないから、勇者にしか見つけられない鍵の事なんて知らないし、勇者でもない僕に、それが何かも分からない、誰も知らない物を探し出せるとは到底思えない。


 僕はまるで走馬灯のように、何ヶ月も、何年かかっても僕がその鍵を見つけられなくて、失望していくセラさんや、町の人達の姿がありありと思い浮かんだ。


「記憶の混濁とゆうのは、思ったよりも不便そうなものですねえ。でも大丈夫ですよ。私は色々な本を読み込んできましたから、分からない事があれば何でも聞いてください。私が全力で勇者様をサポートします」


 セラさんがまた僕に笑いかけてくれたけど、僕は自分でも、顔が引き攣って青ざめていることが分かっていた。セラさんがサポートしてくれても、僕が何をしたらいいのかを知らなかったら、先に進めないんじゃないかと思う。


「……鍵って、……どんな……」


「そうですよねえ?どんな鍵なのか、どこにあるのかも明かされていませんからね。どんな鍵なのか楽しみですよね。先ほど町長様からも協力の申し出がありましたけど、なにしろ、勇者様にしか見つけられない鍵ですから、丁重にお断りしておきました。あ、そろそろ館に到着するみたいですよ。今日は宴を開いてくれるそうですから、お言葉に甘えてご馳走になりましょう。今日一日羽を伸ばして、また明日から頑張りましょうね」


 どこかウキウキした様子のセラさんに水を差したくなくて、僕は頷いただけで、もう何も言わなかった。セラさんは僕を信じ切っていて、なにも心配していなかった。


「町長様の館には、露天風呂があるそうですよ。何代も前の町長様が、新しく井戸を掘ると温泉が湧いて出たそうです。それは驚きますよね。湯量も豊富で自慢の温泉だそうですよ。楽しみですよね」


「……そうだね。温泉に入れるなんて、思ってもみなかったよ」


 僕は、なるべく上の空にならないように気を付けながら、楽しそうにしているセラさんに話を合わせた。機嫌よく笑っているセラさんを失望させたくなくて、僕は頑張って、不安な気持ちを無理矢理に閉じ込めて、気合いを入れて笑った。

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