表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/22

1.さあさあ、冒険に出かけよう

 テッテレッテッテッテ~、とRPGゲームのオープニング曲が軽快に流れていた。あ、ゲームの途中で寝てしまったのかと思って慌てて目を開けると、僕は跪いていて、全身鎧のような服を着ていた。んん?っと顔を上げると、目の前に王様みたいな冠を被ったおじさんが立っていた。


 不思議に思って周りを見渡してみると、両側に大勢の人達が並んでいて、僕を見ていた。そして王様みたいな人の後ろには、まさに玉座とゆう椅子が並んでいて、その一つには王女様みたいな服を着た人が座っていて、僕を見ていた。


 王様みたいな人を含めて、ここにいる全員が僕に注目しているみたいだった。なんてゆうか、ゲームの実写化みたいだなとぼんやり思っていると、目の前の王様がしびれを切らしたように、んんっ!と咳払いした。


「さあ!聖剣に選ばれし勇者よ!必ずや魔王を打ち滅ぼし、世界に平和を取り戻すのだ!さあ、ゆけ!……さっさと行かんか!」


「あっ、はい」


 自分でも、もの凄く間抜けだなと思う返事をして立ち上がると、両側にいる大勢の観衆が熱狂したように「おお~!」とか言いながら拍手していた。これは、あれだよね。勇者が魔王を倒しに冒険に出かける場面なんだろうなと、人ごとのように思いながら、ええ……、普通に嫌なんですけど、と思った。


 夢ならもっと勇ましい感じの僕になって、もっと格好いいことを思いながらこの場面をやりたかったなと思いながら、とにかくこの玉座の間みたいな場所から出て行くことにした。作法とか?その辺のことが分からないので、王様にお尻を向けて行っちゃってもいいのか迷って、そのまま数歩後ろに下がると、僕の後ろに跪いていた女の人にぶつかってしまった。


「あ、すみません。後ろを見ていなくて」


 顔を上げた髪の長い女の人は、見たこともないほど美しい顔立ちをしていた。綺麗な青い瞳をした若い女の人は一瞬だけ怪訝そうな顔をしてから、すぐに作り物のような綺麗な笑顔になった。


「かまいません。どうぞお気になさらず、勇者様」


 僕は、周りのいろんな人にすみませんすみませんと頭を下げながら、両側にいる大勢の拍手してくれている人達から逃げるように、駆け足になってその広い部屋を出た。廊下に出ても兵士みたいな人達が、すごくキラキラした目で僕を見ていた。


 もうホントに泣きたくなってくる。早く夢から覚めてくれないかな?気まず過ぎるんですけど!僕は思いっきり走って、とにかく誰もいない場所を探すことにした。驚いたことに、この僕が、もの凄くビュンッと飛ぶように走っていて、僕の周りにゴオーッと風が巻き起こっていた。知らなかった。足が速い人は、走るだけでこんなに気持ちよく風が吹くなんて。この夢の中で初めて楽しいと思えた。


 もっと直線距離を思いっきり走ってみたくなって、立ち止まって周りを見渡すとお城の端の方に来てしまったのか誰もいなくて、植物園のような場所に立っていた。綺麗なお花を踏んでしまっては可哀想だし、引き返そうと振り向くと、さっき会った髪の長い女の人が僕のいる方に走って来ていた。あんまり足は速くなさそうで、僕に向かって何か言っているようだったので、僕も駆け足で近づいていった。


「ゆ、ゆ、勇者様!ゼーゼー、どうしてこちらに!?ハーハー、き、厩舎は逆方向ですよ。もう荷物の準備も終えて、ハーハー、皆が勇者様の旅立ちを心待ちにしております。……王様が二度も、さあゆけ、と仰っていましたよね?」


「あ、すみません。ええと、勇者ってやっぱり僕なんですかね?……どうしよう、もうそろそろ夢から覚めてくれないかなあ。勇者なんて、困るんだけど……」


「はああ~!?あっ!いえっ!んんんっ!失礼しました。勇者様、またそんなご冗談を。フフッ。フフフッ。面白いですね?」


 女の人はさっきよりもっと作り笑いみたいになって、ムリに笑おうとしているので逆に怖い顔になっていた。


「ええと、あの、呼びに来てもらって、ありがとうございました。その、僕、後で一人で行くので、ええと、じゃ、失礼します」


 とりあえず言い訳して逃げるの作戦は失敗したようで、ズザザッと僕の目の前に回り込んだ女の人は、両手を広げて立ち塞がった。


「勇者様、私は勇者様と共に旅立つように、王国から選ばれた賢者です。不肖ながら、私は王国で一番優秀な魔法使いなのです。決して足手まといにはなりません。必ずや魔王を打ち滅ぼす旅のお役に立つでしょう。勇者様は私をお供に連れず、お一人で旅立つおつもりでしょうか?」


「わあ、魔法使い?すごい!魔法が使えるんですね。ええ~。いいなあ」


 魔法使いのお姉さんは心底怪訝そうな顔になって僕を見ていた。つまり僕がまだ勇者なら、お姉さんは僕と旅に出るって言ってる訳だから、もうこれは本当のことを話すしかないと思う。


「魔法使いのお姉さん、実は、僕は勇者じゃないんです。さっき気がついたらなぜか王様の前にいて……、あの、僕、まだ中学生になったばっかりだし、だからもうほとんど小学生だし、運動なんて苦手だし、勉強だって全然で。だから、これはたぶん僕の夢の中なんだけど……、ホント、早く朝になって目が覚めてくれないかな……」


「あの、勇者様は、なにを?チュウガ、クセイ?ショウ?とはいったい?……私を、からかっていらっしゃるんですか?確かに私達は、今まであまり会話をしてこなかったですが、これは……、あまりに……」


 魔法使いのお姉さんは、悲しそうに目を伏せてしまった。今にも泣いてしまいそうで、もの凄く罪悪感を感じる。


「え、違います違います。からかってません。えっと、さっきまでの僕と今の僕は別人ってゆうか、なんかあれ、転生的な?え~、どうしよう。とにかく、僕は勇者じゃないので、冒険とか、魔王とか、ホントにムリッてゆうか……」


「……勇者様、腰の、その聖剣を持ってみてください」


「えっ?これ?危なくないですか?ええ、やだなあ。これどうやってとるの?」


 僕は腰についている金具をガチャガチャやって、なんとか鞘ごと豪華な剣を持った。思ったよりもずっと軽いその剣は、とても綺麗な装飾のピカピカの宝石がいっぱいついていて、宝物みたいな剣だった。


「これが、なにか?」


「やはり、あなた様は聖剣に選ばれし勇者様です。その聖剣は勇者様ご本人にしか持てません。他の者では触れることすら出来ないのです。そして魔王を倒すことが出来るのは、ただ唯一、その聖剣のみなのです。さらにその鎧!その聖なる鎧を着こなすことが出来るのも、勇者様以外におりません。……さらに!!」


 そう言って魔法使いのお姉さんは鞄の中をゴソゴソして、大きめの手鏡を出した。そしてそれを僕の方に向けて掲げてみせた。僕は初めて、この夢の中の僕の顔を見た。


「ええ!!??カッコよ!!めっちゃカッコイイ!!ハリウッドとかの人みたい!ええ~!?これが僕!?」


「はい。勇者様は、王国中の女性に大変キャーキャー言われております。そう!まさしく勇者顔であると!!老若男女問わず大変な人気者です」


「い!?いやいや!!でも困ります!!僕は!そうだ!年も違うはずだ!勇者の人は何才なんですか!?僕じゃない!この顔!もう大人じゃないですか!?」


「勇者様は、年齢を明かしておられません。なんなら本名も誰も知りません」


「どうゆうこと!?そんな人、怪しくないですか?名前もないの?」


「いいえ、名前はありますよ。勇者様ご本人が、アーサーと名乗られましたよね?」


「ええ!?アーサー!?まさか、アーサー・ペンドラゴン!?嘘でしょ?大袈裟すぎ!!それすっごい騎士じゃん!!やだやだ!そんなの!!」


「ああ、勇者様の本名は、アーサー・ペンドラゴンさんと仰るんですね。初めてお聞きしました」


 魔法使いのお姉さんは、はじめて自然にニコッと微笑んだ。安心したように、うんうん納得しながら頷いている。


「ち!!違います!違います!!それ!誤解誤解!ペンドラゴン違う!絶対嫌だ!!どうしようどうしよう!?僕、勇者じゃないし!」


「……たしかに、先ほどからの勇者様の言動は、今までの勇者様とは別人のようですが……。なんとゆうか……。ですが、私も日頃から勇者様と親しくさせていただいていた訳ではないので、なんとも……」


「そうなの?一緒に旅に出る予定だったのに?あ、なんか、すみません」


「いえ、私の方こそすみません。私はその、勇者様と違って、人付き合いがあまり得意ではなくて……、旅立ちまでに、もっと魔法の研鑽をと思いまして、パーティーなどにも、あまり出席していなかったものですから……」


「あの、僕じゃないんですけど、その勇者の人は、どんな人だったんですか?分かる範囲でいいんですけど。僕じゃない方の、その人、どうしちゃったのかな?」


 魔法使いのお姉さんは、僕の顔を不思議そうに眺めてから、気まずそうに躊躇しながらも、思い出すように考えながら話してくれた。


「勇者様は、まさに貴公子とゆう言葉が相応しく、優しく強く、誰にも分け隔てなく接しておられて……、どんな……?そうですね、印象ですよね?印象……、には、あまり残っておりませんね。本人を前にして、おかしな話しですが……」


「勇者は、どうして勇者なんですか?いつから?僕は今まで何してたんですか?」


「それはもちろん、勇者様が聖剣を引き抜いたからです。ちょうど一月ほど前、勇者様が勇者の谷に突然現れて、雷鳴と共に聖剣を引き抜いたのです。多くの見物人が居りましたから、間違いありませんよ。それから王国の宝物庫にある勇者の鎧をなんなく着こなしたのです。勇者様の出現に王国は沸きに沸き、王宮では、毎日毎夜、歓迎のパーティーが続いておりました。……王女様とも、ダンスを踊っていらっしゃいましたよね?私の同僚の魔法使いのミランとも」


「全然まったく覚えがない。王宮のパーティーなんていいなあ。ご馳走がいっぱいでたんだろうなあ。ダンスは心底いらないけど」


 つまり僕に変わる前の勇者とやらは、剣を引き抜いただけで、毎日お城でパーティー三昧に遊んで、ご馳走をたらふく食べて、いざ旅立つときになって僕に変わって逃げたんじゃないか?……卑怯な、なんて卑怯な奴だ。そんなの勇者じゃない!僕だって全然勇者じゃないけど、僕よりもっと勇者じゃない奴だな!?顔がいいだけに、よけいに腹が立つ。


「つまり勇者様は、何らかの現象により記憶が混濁されてらっしゃる?とゆう事でしょうか?」


「混濁ってゆうか……。もう別人と思ってもらった方がいいってゆうか。何にも憶えてないし。だから魔王を倒しに行くとか、ホントに、ムリ……」


「……申し上げにくいのですが、勇者様。そのような事情があれど、魔王討伐の旅に出ない訳にはまいりませんよ。もう総ての準備は整っておりますし。あの、音楽、先程からずっと聞こえていると思いますけど、楽隊の者達も待ちに待っておりますし、出立のセレモニーはもう始まっております」


「そうですよね。ここに僕の居場所なんて、ないですよね。今までパーティー三昧だったんだろうし……。はあ~、あれ、僕を送り出す音楽だったんだ……。気まずい」


 ずっとここにいる訳にもいかないし、楽隊の人達が気の毒になってきたし、なにより、まだ僕は夢から目覚めないみたいだし、だから本当に渋々だけど、とりあえず僕は今から、魔王を倒しに冒険の旅に出ることにした。


 なんとなく、こんなに嫌々旅立つ勇者は他にいないだろうなと思った。僕だって、どうせ夢ならゲームとかの勇者みたいに格好良くキメたかったけど、僕は勇者じゃない方の僕なので、まあ、しょうがないかなとも思った。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ