03.苦手なタイプだ
不意に、人影に行く手を遮られた。
「テニスサークル、どう?」
髪を明るく染めた軽薄そうな男が、馴れ馴れしく口を開く。それなりに勧誘を断ることにも慣れていたぼくは、また当たり障りなく「もう決めているので」と決まり文句を返した。
「えー、マジ? テニス楽しいよ?」
「いえ、運動は苦手で……」
「大丈夫、大丈夫! ガチのサークルじゃないし、俺が教えてあげるからさぁ。てか、学部どこ? 履修登録とか教えてあげようか?」
「あ、いえ、」
押しが強い。苦手なタイプだ。
何とか通り過ぎようとしてみるが、男が然り気無く身体をずらして阻まれる。
女の子に変身するようになって、多少なりとも人と接するのにも慣れてきたつもりだったが、やはり根本的な恐怖心は拭いがたく残っていた。ギラギラした目で詰め寄られ、足が震える。
「今日も新入生のために飲み会するんだけど、一回来てみよ? タダだしさ! ほら、ライン教えて、ライン」
男が嬉々としてスマホを取り出す。もう断れる雰囲気ではない。
どうしてぼくがこんな目に遭わなければいけないのか。これだから、陽キャなんて大嫌いだ。図太くて、偉そうで、他人の迷惑を考えない。
怒りと恐怖、たかだか勧誘ひとつ上手に断りきれない情けなさに、涙が出そうだった。ひとまずは、ラインを交換するしかない。その後すぐにブロックしよう。
「おーい、タケル! 調子どう? 俺、ぜんぜんダメ」
ぼくが諦めてスマホを取り出そうとしていると、緩く手を振りながら、上背のある細身のイケメンが近づいてきた。無造作な黒髪と無邪気な笑顔はごく自然で、歩いているだけでオーラまで幻視してしまうほどだ。これと比べたら、目の前のチャラ男は必死にリア充のふりをする紛い物であるように思えた。
「トウイくん! ま、ぼちぼちかなぁ」
タケル、と呼ばれた目の前のチャラ男が嬉しそうに答えた。
「こんな可愛い子を捕まえといて? ね、テニサー興味あるの?」
トウイくん、と呼ばれたイケメンがぼくに訊く。穏やかな声色に威圧感はなく、自然に答えることができた。
「あ、いえ。……運動は興味なくて」
「確かに、ぼちぼちっぽいね」とトウイは可笑しげに笑う。タケルも「ひどいなー」と口を尖らせながらも、笑顔だった。
「そういえば、さっき上でマイがタケルのこと探してたよ」
「え、マジ? ちょっと探してみるわ」
タケルが慌ただしく去っていき、ぼくはホッと息を吐く。
「……あの、ありがとうございます」
「大学デビュー?」
「え」
予想外の質問が飛んできて戸惑う。
「そんな可愛いのに、あしらい慣れてないみたいだったから」
「え、あ……ぅ」
真っ直ぐに目を見つめられて、何故か顔が熱くなる。こんな短時間に二回も歯の浮くような台詞を! これがカースト上位者の実力か。ぼくとは別の生き物なのだと実感する。今までほとんど経験のない会話に目が回った。
「ほら、あんまり褒められ慣れてもないみたい」
くすくすと笑われる。その割に不快感がないのは、イケメンの特権か。
慣れていないのなんて、当たり前だ。こちとら不細工歴二十年、美少女歴はほんの数ヶ月である。大学デビューと言われれば、そんなようなものかも知れない。
しかし、本物のイケメンを前にして図星を突かれれば、この姿が紛い物だと思い知らされるようで酷く胸がざわついた。
「し、失礼じゃないですか?」
「ごめん、ごめん。何か君って不思議な感じがしたんだよね」
「不思議な、感じ」
「うん。言葉にするのが難しいんだけど……アンバランスって言うのかな。何か、ちぐはぐな感じ」
「…………」
背筋に冷たいものが走る。ぼくの中身が男であることを見抜かれたような、ある意味で的を射た発言だった。
「いや、ごめん。何でもないや。俺、友達にも距離感おかしいってよく怒られるんだよね」
無言のぼくをどう解釈したのか、トウイは「自分じゃあんまり分からないんだけど」と頭を掻く。
「いえ、別に……大丈夫です」
「ま、強引な勧誘も多いからさ、気をつけなってこと。曖昧な態度だと、みんな押せばいけると思っちゃうし。ハッキリ断るのも優しさだよ」
「……はい」
正論だ。大人しく頷きながらも、しかし、どちらかと言えばあのチャラ男の方が悪いのに、と思わざるを得ない。そりゃこんな自信満々のイケメンなら、興味ないものは簡単に断れるんだろうけれど。
「タケルも悪人じゃないからさ、あんまり怖がらないであげてね」
じゃあ、と去ろうとするトウイに、ぼくは思わず声をかけていた。
「あの!」
翻弄されっぱなしなのが悔しくて、一矢報いたかったのか。
ぼくをアンバランスと称したその観察眼を危惧したからか。
それとも、陽キャ共の友情ごっこを見せつけられて腹が立ったからか。
様々な感情が入り乱れて、ぼく自身にもよくわからなかった。
「先輩もテニスサークルなんですか?」
「いや、俺は軽音」
「軽音……。見学、してもいいですか」