02.世の中は不公平だ
文系大学生の日常なんてのは、得てして暇なものである。
少なくとも、ぼくはそうだ。
今でこそ週末になれば頻繁に出掛けているとはいえ、本来のぼくは出不精な上に一緒に出掛けるような相手だっていない。友達も、もちろん恋人も。
基本的に、一日に数コマの授業と週に何度かのアルバイトを繰り返し、余暇には適当にネットサーフィンに興じるか、アニメや動画を見て時間を潰すだけの味気ない生活を送っている。
今日だってそうだ。
面白味のない、退屈な毎日。
美少女としてちやほやされる喜びを知ってしまった分だけ、誰からも見向きもされず、冷たくあしらわれる醜男でいることの苦痛も強く感じるようになった。
世の中は不公平だ。
いつしか、週末になれば女の子でいられることだけが心の支えになっていた。そして、とどまるところを知らない欲望は日に日に大きくなっていく。
もしもあの姿で大学に通うことができたなら、どんなに楽しいだろうか。ここ最近はずっと、そんな甘美な妄想に取り憑かれている。
ぼくは、もはや週末だけでは満足できなくなっている自分を自覚していた。
講義が終わり、教科書やプリントの類いを乱暴にリュックへ詰めて手早く帰り支度を済ませる。
出口へ身体を向けると、教室後方で数名の男女混合グループがうるさく騒ぎながら放課後の予定を立てているのが見えた。
陽キャ。パリピ。ウェイ系。リア充。
言い方は何であれ、つまりぼくとは真逆の人種。自分が世界の中心にでもいるかのような我が物顔でキャンパス内を闊歩する連中だ。
図太くて、偉そうで、他人の迷惑を考えない。
サークル、合コン、飲み会。きっと頭の中は恋愛と遊びのことばかりなんだろう。まったく、くだらない。
そのくせ、ノートの貸し借りや代返、過去問なんかで要領良く試験をこなして、教授からも好かれていたりするのだから堪らなかった。
彼らを憎らしく思いながら、またしても欲望が頭をもたげる。
女の子の姿でならば、ぼくもあの輪の中に入れるだろうか?
*
キャンパス内は一般にも解放されていて、例え学生でなくとも学食を利用したり、歩き回ること自体は可能である。人数が限られ、顔見知りばかりが集まるゼミや必修科目でさえなければ、大教室にもぐり込んで講義を聞くことだってできるだろう。
大学というところは、良くも悪くも自由である。人が多く、関係性は希薄。サークルに所属したり、自分から積極的に話しかけたりと行動を起こさなければ友達なんてできない。去年のぼくがそれに気づいた時にはもう遅かったけれど。
しかし、その希薄さこそが、今はむしろ好都合だ。
四月。桜の花弁が舞散る大学正門を歩く。
「新入生? 私らボウリングサークルなんだけど、興味ないかな?」
華やかな女の子のふたり組みに声をかけられた。男の姿だったら誘われていないだろうな、と思いつつ「ごめんなさい、もう決めているので」と当たり障りなく応じる。
彼女達は残念そうな顔をしながら、じゃあチラシだけでも、と紙を差し出して素直に去っていった。
今日は、新入生のためのオリエンテーション日だ。
履修登録や、各学部・学科毎に授業や施設の基本的な説明を受けることになっている。
そして、それは各サークルの勧誘が許された日でもあった。何を隠そう、ぼくは新入生のふりをしてオリエンテーションに参加し、サークルに勧誘されているのだった。
ここは様々な学科が設置された規模の大きい総合大学だ、職員も学生も数えきれない。関係者をすべて把握するなんて到底、不可能である。美少女がひとり紛れ込んだところで誰も不審には思わない。事実、その杜撰さを利用して、他大学の生徒や上級生が新入生に成り済まして新歓コンパでタダ酒やタダ飯にありついているとも、風の噂で聞いたことがある。
多種多様なポスターや、サークル説明のためのブース、ダンスやお笑いなどの催しが行われているステージ……活気のある構内を巡っていく。夏祭りにでも参加しているようで、心が踊る。
やはり、サークルの運営や輝かしい青春には一定の頭数が必要なようで、浮き足だった雰囲気の中、勧誘の声があちこちから聞こえた。新入生らしき生徒をハイエナの如く取り囲む姿にも数歩ごとに出会す。
ぼくも、じっくりと読むことも追い付かないほど大量のチラシをこれでもかと渡されて、数歩ごとに囲まれては足を止められていた。楽しみながらも、不慣れな他者との交流に疲弊する。
まさか、サークル勧誘がこれほどまでに過酷な競争だとは知らなかった。
何せ、去年はほとんど勧誘されることなんてなかったのだ。誰からも声をかけられず、どうしたものかとさ迷っているうちに入部の時期は終わってしまった。運動など活発なサークルでなくとも、どこかに入っておけば違ったかもしれないが、後の祭りだ。遅れて混ざる勇気もなく、孤独なキャンパスライフを余儀なくされた。
でも、今のぼくは強くてニューゲームだ。
二週目ならば要領の悪いぼくだって、ある程度はうまくやれる。それにこの美貌だ。放っておいても、周囲がぼくを放っておかない。どんなサークルも、その熱量を見れば、不細工な男より見目麗しい新入生を獲得しようと躍起になっているのは明らかだった。
どのサークルを見に行くべきか、と思案する。