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8話【塗炭の苦しみ】


風間烈によるショッピング施設襲撃事件から約一ヶ月が経過した。

あの日、風間が姿を消して以来、彼の足取りは途絶えたままだ。

異能対策室の捜査は暗礁に乗り上げたまま、それでも日々降りかかる事件の対応に追われ続けていた。


そのほとんどは風間烈と同じく第二級、あるいは第三級に分類される異能犯罪者が引き起こしたものだ。

だが、近頃ではそうした事件が次々と第一級に格上げされるようになっている。


理由は単純だ。異能犯罪の数が多すぎる。

捌ききれない事件を処理するため、異能対策室の「CSチーム」にも、本来であれば担当外の事件が回されるようになった。

形式上は「重大性を考慮しての対応」という建前が付けられているが、実態は単なる押し付けだ。


それでも燕たちは次々と舞い込む案件を淡々と遂行していた。

初動で風間烈を取り逃がした失態こそあったものの、その後の対応に大きな失敗はない。

異能犯罪者たちの多くを刑務所送りにし、確実に成果を上げている――はずだった。


だが、その「成果」を手にするたびに、燕の胸には小さな違和感が積み重なっていった。


ーーこれでは擬似能力への道筋には繋がらない。ーー


燕には、明確な目標がある。

それは、非異能者に異能者と同等の力を持たせる技術を実現させること。

そのために彼女はイノベーション事務局を辞め、異能対策室へと身を投じた。


だが、事務局を離れてからというもの、擬似能力に関する進展の話は一切耳に届かない。

さらに、かつて存在していた対異能警察部隊の解体以降、異能研究技術開発部への被検体の移送も激減した。

その状況を打破するため、燕は異能対策室が「その後」を担うべきだと考えていた。


「私たちが動かなければ…」


その思いを胸に秘めながらも、現実は、風間烈のような強力な異能犯罪者を追い詰めるだけで精一杯だ。

捜査の手がかりも得られないまま、次々と降りかかる事件に対応し続ける日々。


そんな中、燕は一人、デスクに山積みの報告書を前に思いを巡らせていた。

刑務所に送られた犯罪者たちの記録。異能技術の進化が止まった研究機関。

そして、逃げ続ける風間烈――。


「私の目標は、ただの事件処理屋になることじゃない」


静かに握りしめた拳が、彼女の中にくすぶる焦燥を物語っていた。

だが、その葛藤を打ち消すように、比嘉の声が入ってきた。


「全員揃ってるな。」


比嘉の声が響き、部屋の空気がピシリと張り詰める。彼の背中に刻まれた傷はすっかり癒えたのか、威厳を保ちながらその場の空気を支配している。


「厄介そうな事件が入った。全員、このまま急行だ。」


「また急だな。」

日本刀の手入れをしながら、竜崎が呟いた。彼の手のひらで刀が光を反射し、刃先が微かに震える。


「昨日まではうちの管轄じゃなかったんだが、最近じゃよくある格上げされた異能犯罪事件だ。」

比嘉はそのまま淡々と続ける。


「またっすか。」

神室が顔をしかめ、眉をひそめた。


「仕事が続くのは紫苑的には良い。」

デスクの上で狙撃銃を手際よく磨きながら、村崎が静かに言った。


「私は大変だなぁ~…異能犯罪者とは何度対峙しても緊張しちゃうし…」

時陰は机に突っ伏し、両腕を枕にしてだらりとした姿勢をとっている。無理に笑顔を作ることなく、心底疲れた様子で言った。


「それで、比嘉さん。事件の内容は?」

燕が冷静に、だが鋭い眼差しで問いかける。比嘉はそれに答えるべく、目を細めた。


「今回のは、浅草で起きた爆破事件だ。」


「爆破事件?異能絡みなのか?」

竜崎が興味深げに問い返す。だがその目の奥には警戒の色も浮かんでいる。


「事件内容だけなら、爆破処理班に任せておけばいいと思うだろう。しかし、今回のは単純な爆発事件じゃない。」


「と、言うと?」

燕はさらに踏み込むように尋ねた。


「言うなら、そうだな…『人間爆破事件』だ。」

比嘉の言葉が部屋に重く響いた。その一言に、全員が異様な感覚に身を強張らせた。


「現場は、元々第二級異能犯罪事件としてSBチームの管轄だった。だが昨日ので急遽格上げとなり、そのままSBチームが補佐に入っている。」

比嘉は冷静に状況を説明し続ける。


「合流したら、(したなが)って男から現場の状況を聞いてくれ。」


その言葉を残し、比嘉は一度目を閉じ、深いため息をつくと、静かにその場を去ろうとした。


「比嘉警視監、今回は同行してくれないんですか?」

時陰が尋ねたが、その声に一抹の不安が混じっている。比嘉はその問いに、わずかに目を細めて答える。


「別の案件が立て込んでてな。そっちの対応に回らなきゃならん。まぁ、今回はSBチームがサポートに入るから、大事には至らんだろ。」

比嘉は肩を軽くすくめ、あっさりと言い放った。


「…それじゃ、頼んだぞ。」

そう背中で言った比嘉の後に燕達は現場へと向かった。



この日、異能対策室に舞い込んできたのは、浅草で発生した爆発事件の報告だった。

爆破による犠牲者は既に10名を超えており、生存者の証言から異能者の関与が疑われていた。


現場に到着した燕たちは、交差点の中心は上半身の原型が無くなった人の死体の山があり、そこから発せられる煙の中には血の臭いと肉の焼ける臭いがが混じっていた。


「……酷えな」

竜崎が小さく呟く。


「これがただの爆弾魔の仕業なら、こんな惨状にはならない。明らかに異能が絡んでるわね」

燕は冷静な目で周囲を見渡した。


その時、一人の男が現場の警察官と何やら言い争っているのが目に入った。

燕が近づくと、その男が振り返る。

短髪で引き締まった顔立ちのその男は、異能対策室の別班「Strike Bullet」ことSBチームの班長、ニ四一(したながよいち)だった。


「君が王来王家さんだね?」

ニは燕を一瞥すると、軽く顎をしゃくった。


「ええ、異能対策室CSチームの班長、王来王家燕です。あなたは確かStrike Bulletの班長の…」


「ああ、ニ四一だ。顔を合わせるのは初めてだね。今回は君たちと情報を共有するために来た。とはいえ、手柄を奪うつもりはないから安心してほしい。」

ニは冷静な発言に燕は言い返した


「SBチームがここにいるなんて珍しいですね。SBチームは第二級以下を担当しているんじゃないんですか?」

燕が目の前のニ四一を見据えながら尋ねる。


「うん、そうだよ。だけど今回は事情が違う。この爆破事件、当初は第二級として処理されていたんだが、現場の被害と1日にして被害者が増大してね、第一級に格上げされてしまった。俺たちは初動を担当していたから、そのまま引き続き現場に張り付くことになったんだ。」


「……リソース不足の穴埋め、CSもSBも上からされてる事は同じってわけですね。」

燕が冷たい口調で皮肉を漏らす。


「まあ、そうだね。

だがSBチームの管轄外だろうと、俺たちも手を抜くつもりはない。第一級だろうが第二級だろうが、命がけでやるだけだ」

ニ四一は険しい表情で言葉を返す。


燕はしばらく沈黙した後、小さく息を吐いた。

「わかりました。でしたら私たちも全力でサポートします。犠牲者をこれ以上増やすわけにはいかないですから。」


そしてニは手元のタブレットを燕に差し出した。

そこには、事件現場の詳細な被害状況と、目撃情報がまとめられていた。


「被害者の中には、爆発直前まで普通に歩いていた者が含まれている。最初の…というより”起爆点”になった被害者。この人は交差点に入った直後様子がおかしくなった。そして交差点真ん中で急に爆発した。」


「急に爆発…人体で爆発するなんて現象はありえないですね。爆発そのものが異能で引き起こされでもしないと。」


「うん、その通り。これは俺の見立てだけど爆弾を指定の位置に生成する異能もしくは触れたものを爆弾に変える異能……いや、そんな異能者が存在するとは信じたくないけどね。」

ニは険しい表情で言葉を続けた。


燕は深く息を吐き、隊員たちに目配せをする。

「状況は理解できました。まずはこの場を整理します。ニ班長、引き続き情報の共有をお願いする」


「任せて。けど、君も無理はしないことだ。」

ニは意味深な笑みを浮かべると、その場を離れた。


燕は再び現場に目を戻した。眼前に広がるのは、爆発の痕跡が色濃く残る荒れ果てた場所だった。触れた物質を爆弾に変える異能者――その異能が引き起こした恐ろしい現実を、燕は目の前に感じ取る。


「触れた物質を爆弾に変える異能者だと?」と竜崎が眉をひそめながら問いかける。


燕は無言でうなずく。思考を巡らせながら、口を開いた。


「まだ可能性の話よ。遠隔で爆弾を生成してくるタイプの可能性もある。」燕は冷静に説明した。


「どちらにせよ、爆弾を使う異能者には変わりはないっすね。」と神室が一言付け加える。


「えぇ。」

燕は答えた。彼女の目には一切の迷いは見えないが、その奥に秘められた思索の深さが感じられた。


その時、紫苑が静かに呟いた。


「異能者…」


その紫苑の口ぶりには怒りのようなものが込み上げている様にも見えた。


しばらく沈黙が流れ、燕は再び現場をじっと見つめる。


「犯人捜索を急ごう」燕は呟いた。その声には確かな焦りが見えた。




浅草の何処かにある神社


戦争があった後も変わらず、この神社には多くの参拝者が足を運んでいた。老若男女が列をなし、静かに順番を待つ中、背後から陽気な鼻歌が聞こえてきた。

その音の主はハット帽を目深に被った男。スーツの襟を正しながら、軽快なステップで参拝者の列へと歩み寄る。


彼は列の最後尾に立つ中年男性の肩を軽く叩いた。振り返った男性が怪訝そうな顔をする間もなく、男はさらに前の参拝者の背中や肩を次々と叩いていく。

「なんだあんた!」

「てめぇやんのか!」

怒号が飛び交い、睨みつける者もいたが、男は気にも留めない。鼻歌は陽気に続き、彼の歩調は崩れることなく参拝者の列を進んでいく。


やがて、列の先頭にいた最後の一人――若い女性の肩を叩くと、男は満足そうに振り返った。そして、高らかに声を上げる。


「”発破を掛ける《クラック・ブラスト》”」


指をパチンと鳴らした瞬間、世界が一変した。



列の最後尾から、連続して人が爆発し始めた。


ドンッ――!


低い破裂音が響き、肉片が弾け飛ぶ。人々の体は血と肉片となって空中を舞い、地面に降り注いだ。悲鳴を上げる間もなく、次々と爆発は広がる。

「ぎゃあああ!」

逃げようとする者も、隣の人間が爆発する衝撃に巻き込まれ、吹き飛ばされる。参拝者たちの群れは瞬く間に修羅場と化した。


列の先頭にいた若い女性は男を震える目で見つめた。

「た、助けて…」

その声は届くことなく、彼女もまた目の前で爆発した。血肉が四方に飛び散り、鮮やかな紅が神社の敷地を染め上げる。


男は両腕を広げ、爆発の余韻に浸るように全身で降り注ぐ血肉を浴びた。彼の顔には恍惚とした笑みが浮かんでいる。


「アアァ…ァア…ッ…ふぅ」


その瞳は焦点が定まらず、どこを見ているのか分からない。だが、その狂気だけは確かにそこに存在していた。


「芸術は、爆発とは良く言ったものだね。うん。人の肉体が爆発する景色…それこそ至高の

芸術品アート”だね。あ~…ァ…満足だ。」


男は満足げに頷き、さっきまではなかった真紅の絨毯を踏みながらステップを刻む。鼻歌は相変わらず陽気で、その調子はどこまでも狂気に満ちていた。

彼が歩み去るその背中には、誰一人立ち向かう者はいない。地面に散らばる血肉の残骸だけが、その惨劇の全てを物語っていた。


そして、神社の鳥居をくぐり抜けた男は、血で汚れたハット帽を軽く押さえ、何処かへと消えていった。


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