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7話【風を食らう】

ニューサンシャインシティの奥、ワールドインポートマートビルに向かって、比嘉は一直線に駆けていた。

人々が逆流する中、鋭い目で前方を見据えながら進むその姿は、戦場を駆け抜ける兵士そのものだ。SAT時代に鍛え上げられた動きが、彼の肉体に染みついている。


「……嫌な予感がするな」


比嘉は眉をひそめ、戦場の直感をさらに研ぎ澄ませた。

耳に届く遠くの騒音、微かに漂う異様な気配。皮膚の表面を撫でる風さえ、どこか不自然だ。普通の人間には察知できない“異能”の匂いが、そこには確かに漂っていた。


吹き抜けの広いフロアに踏み込んだ途端、異様な静寂が比嘉を包み込んだ。

先ほどまでの喧騒が嘘のように、まるで暴風が一瞬で全てを吹き飛ばしたかのような空間。人々はすでに避難し、そこに残されているのは、不自然に冷たい空気と、何かが蠢く気配だけ。


「こんだけ暴れといて隠れるのか?出てきな」


比嘉は低く呟き、ゆっくりと拳を構えた。

彼にとって武器は己の拳――異能犯罪者と何度も死線を越えてきたその拳を振り上げた瞬間からが、彼にとっての本番だ。


「おいおい、やる気満々じゃねぇか」


突如、天井から唸りを上げる竜巻が、比嘉めがけて一直線に吹き荒れた。

風の唸りが耳をつんざき、床のタイルが次々と剥がれ飛ぶ。


「チッ!」


比嘉は瞬時に体を低くし、竜巻の軌道を読み切ると、寸前でその勢いを躱す。そして声の主へと鋭い視線を向けた。


お待たせしました!以下、ブラッシュアップしたものに先の展開を繋げた形で仕上げました。現代に即した異能者の容姿や空気感も調整し、自然な流れを意識しています。


ニューサンシャインシティ・ワールドインポートマートビル内


比嘉は、瓦礫と静寂に包まれた広いフロアを踏みしめた。人々が避難した後の無人の空間には、薄く埃の匂いが漂っている。それに混じって感じる、微かに尖った風の”匂い”。比嘉はその異様な空気に鼻を鳴らし、目を細めた。


「……風か」


比嘉の呟きと共に、天井の隙間から突如、竜巻が奔る。尖った風の刃がフロアを裂き、音を立てて柱を抉った。瞬時に横へ跳び、瓦礫を蹴り上げながら比嘉は視線を走らせる。


「なんだやる気満々じゃねぇか、異能対策室さんよ」


声が響いた。柱の陰から姿を現したのは、一人の男だった。身長は180センチほど。細身の体を黒いハイネックシャツとレザージャケットで包み、カーゴパンツの裾をブーツに押し込んでいる。乱雑に跳ねた灰色の髪、サングラス越しの目は隠れているが、その口元には余裕と挑発の笑みが浮かんでいた。

一歩踏み出すたびに、足元から突風が瞬間的に吹き荒れる――まるで大気そのものが彼の意思に従っているかのようだ。


「異能対策室、話には聞いてたが……その首領が”十傑”の比嘉公太郎とは驚いたな」


男の口元が皮肉げに歪む。風に乗った声は、異様に軽薄で、しかしその奥にはどこか不気味な響きを孕んでいた。


「その十傑を前にして、随分余裕そうじゃねぇか。」


比嘉の低い声が、静かなフロアに響く。


「そりゃそうさ――俺には”異能”があるからな」


男が手をゆっくりと広げると、周囲の空気が唸りを上げ、掌の上に風が集まり始める。



「異能を持ってるからって舐められたもんだな――元SATを侮るなよ!!」


比嘉の声が炸裂すると同時に、彼の足が地面を蹴った。

床が鈍く響き、瞬く間に彼の巨体が空間を裂くように男へと跳ぶ。


「ハッ!単純だな!」


男が掌を振ると、突風が比嘉を迎え撃つ。空気が刃となり、鋭く比嘉の軌道を阻もうとする。だが、その瞬間、比嘉の体が僅かに捻れた。風の刃が肩を掠め、ジャケットの袖が裂けるが、勢いは止まらない。


「はあああっ!」


比嘉の拳が振り下ろされる。しかし男はギリギリで後退し、拳が床に直撃した。


ドガァン!


比嘉の拳が床を叩き割り、粉塵が一気に舞い上がる。吹き飛ぶ瓦礫の破片に紛れて、比嘉はすぐさま次の動きに移ろうとする。しかし――。


「甘いんだよ!」


突風が粉塵を一掃し、同時に鋭い風が比嘉の足元の床を切り裂く。僅かにバランスを崩した比嘉の隙を逃さず、男が両手を掲げた。


「吹き飛べッ!」


床一面から爆発的な突風が巻き起こり、比嘉の体が一気に後方へと吹き飛ばされた。柱に叩きつけられる直前、比嘉は咄嗟に腕でガードする。


ゴンッ!


鈍い音が響き、柱がひび割れた。


「どうだ?俺の異能”天津風(アマツカゼ)”は!効くだろ?」


しかし、比嘉は倒れずに踏みとどまる。


「ほう、さすが十傑ってところか?」


男は余裕の表情で風を弄ぶように手を動かしている。その周囲には無数の小さな風の渦が浮かび、まるで男の”武器”のように漂っていた。


「その程度の微風(そよかぜ)天津風(アマツカゼ)?名前負けしてるぜ。」


比嘉は吐き捨て、拳を握り直す。顔に浮かぶのは、焦りではなく、むしろ戦いを楽しむかのような笑みだった。



一方その頃――


ワールドインポートマートビルに向かって、燕と竜崎、村崎たちが急いでいた。彼女らは即座に現場へと向かっている。


「班長、比嘉さんは一人で大丈夫なんでしょうか?」


時陰が息を切らしながら言う。


「比嘉さんなら問題ないと思うわ。」


「まぁ十傑の1人だしな。」


「けど、急ぎましょう。無線が飛んできてない以上既に交戦してる可能性がありますから」


「了解!」


4人はビルの入り口を潜った。



比嘉は荒れ狂う竜巻をかわしながら、男との間合いを詰めた。風圧に押されながらも、その瞳にはわずかな迷いも見られない。だが、目の前の男は予想以上に素早く反応し、手を軽く振りかざすだけで新たな突風を生み出し、間合いを再び引き離していく。


「ほう、躱すか。ジジイのくせに動きがいいじゃねぇか。」


男の挑発的な声が、荒れ狂う風の中でも鮮明に聞こえる。比嘉は肩をいなしながら挑発的な笑みを浮かべた。


「口だけは達者だな、ガキが。」


そう吐き捨てると、比嘉は再び突進を開始した。その姿は荒々しくも、計算された動きに満ちている。


男はにやりと笑みを深めた。「また突進か?オツムまでは歳みたいだな!」


男が手をかざすと、風がさらに強化され、巨大な渦が空中に生まれた。垂直に渦を描くその風は、比嘉目掛けて迫りくる。渦の中には、風に混じる鋭利な刃のようなものが煌めいていた。


「ただの突進じゃねぇよ!」


比嘉は叫びながら拳を振り上げ、全力で渦に叩き込んだ。その一撃は拳圧だけで風の渦を相殺し、砕いた。


「なにっ!?」


男の驚愕の声が響く。


「俺はこの拳ひとつで”あの”戦争を生き抜いたんだ。舐めるなと言ったはずだ!」


そう言い放つと、比嘉は間髪入れずに男との距離を詰めた。男はすぐさま風を巻き上げる。視界の端で割れたガラスや金属片が舞い上がり、比嘉の正面目掛けて襲いかかる。


比嘉は一瞬もためらわず拳を振り上げ、襲い来る風を相殺していく。だが、ガラス片が次々と彼の体に降り注ぎ、生傷が増えていく。それでも比嘉は歩みを止めることなく、男に向かって突き進んだ。


「ガラス如きじゃ止まらねぇぜ!オラァ!!」


比嘉の拳が男の芯を捉えた。その瞬間、男は反射的に腕をクロスさせ、風を盾のように作り出して衝撃を和らげた。しかし、完全には防ぎきれず、そのまま背後の壁に吹き飛ばされた。


「咄嗟に防御したか……器用なもんだな。」


比嘉は息を切らしながら呟く。吹き飛ばされた先には壁が崩れ、土煙が立ち上る。比嘉はその土煙を確認するため、ゆっくりと歩を進めた。


――その瞬間。


「比嘉さん!」


鋭い声と共に、複数の足音が駆け寄ってくる。振り返った比嘉の視界に、燕を先頭に竜崎たちの姿が映った。


「来たか、お前ら……!」


その言葉と共に、比嘉の体から緊張が一気に抜け落ちた。だが――。


ズシャッ……!


背後からの衝撃と共に、比嘉の背中から鮮血が噴き上がった。


「ぐッ……!!?」


「比嘉さん!!」


燕の叫びが響く。比嘉は歯を食いしばり、すぐに体勢を立て直したが、その表情には明らかな苦痛が滲んでいる。


「なんだ今の……斬撃か……!」


竜崎は咄嗟に比嘉の前に立ちはだかり、目の前の土煙に視線を向けた。そこからゆらゆらと姿を現したのは、風を纏いながらこちらに歩み寄る男だった。


「少し休んだらゾロゾロと出てきやがって……。けど油断したな、比嘉公太郎。そいつらが来た瞬間、殺気を緩めるなんてよ。」


男の周囲には、さっきよりもさらに強力な風が渦巻いていた。その顔には、勝ち誇ったような笑みが浮かんでいる。


「お~!強そうっすね」


「遊びに来たわけじゃ無いのよ神室くん。」


緊張感のない神室に燕は軽く叱った。


「分かってますって。」


「これが異能犯罪者……」


初めて間近で対峙する異能犯罪者に対し時陰は緊張を覚えると共にその容姿に見覚えがあった。


「あれ?この人、確か……風間烈って人じゃ?」


その言葉に比嘉が鋭く反応する。「風間烈……確か第二級異能犯罪者名簿に載ってたな……!」


「はい、記憶力には自信があります。間違いありません。」


「あぁ!そうだ!俺が風間烈だ!第二級なんて中途半端な区分けをされたことがムカついて仕方ねぇんだよ!」


「なるほど、その腹いせがこれってことね…」燕は冷ややかな声で応じた。そして振り返り、比嘉に声をかける。「比嘉さん、ここからは私たちに任せてください。」


「そうだな。任せるぞ、王来王家……!」


燕は頷くと、風間に向き直り、低く構えた。その後ろでは竜崎が日本刀を、村崎が狙撃銃を、それぞれ手にして陣形を整えている。


だが――。


「腹いせ?甘い考えだな、異能対策室。」


風間が呟いた瞬間、突如として無数の風の刃が燕たちを襲った。その刃は音もなく、視界を切り裂くように迫ってくる。


「ただの風じゃねぇ!!俺の“天津風”は!!」


その攻撃を竜崎が即座に察知し、日本刀を振り抜いて全て弾き飛ばした。


「お前も甘いぜ、風間烈。」


竜崎の言葉に燕が鋭い声を重ねる。


「風間烈。異能対策室は出来たばかり。けど、ここにいるのは対異能者の精鋭たち。私たちが相手をする意味、理解してもらえるかしら?」


その言葉を合図に、竜崎と神室が前方に飛び出した。神室が放った鋭い左フックを風間は身をひねって躱す。だが、その隙を見逃さず、竜崎が日本刀で鋭い一撃を繰り出す。


「ちっ……!」


風間は掌から強力な風を放ち、竜崎の斬撃を防ぎつつ後方に吹き飛んだ。しかし――。


バンッ!


後方に飛んだ風間の肩を、一発の銃弾が貫いた。狙撃銃を構える村崎の鋭い眼光が、その軌道の先にある。


村崎に対して風間は左手で突風を放とうとしたが、その腕を燕に掴まれる。

そして――。


「動かないで。」


風間の首元に、燕の拳銃が冷たく押し当てられていた。


その冷たさが彼の肌に伝わった瞬間、燕の冷静な声が響く。


「これが異能対策室よ?どう?」


風間は一瞬の沈黙の後、薄く笑った。その目には、諦めの色など微塵もない。


「どう?これに対して俺はなんて答えればいいんだかな!」


風間が右手を軽く動かした次の瞬間、燕の足元から突風が巻き上がった。その風は銃口をわずかに逸らし、風間が間合いを取り直すのに十分な隙を作り出した。


「くっ……」


燕はすぐに距離を詰めようとするが、風間は指を鳴らすように手を動かし、周囲にさらに強力な竜巻を生み出した。竜巻の中で破片が乱舞し、視界が一気に遮られる。


そしてその竜巻に呑まれるように風間は溶け込んでいく。


「なんだ?逃げんのか?腹いせは済んだのか?クソ野郎!」


竜崎の挑発にも似た声に対して竜巻の奥から風間が答える事は無かった。

そして竜巻と巻き荒れる風も次第に収まっていった。


「……逃げられましたっすね。」

神室が息を整えながら呟く。その声には悔しさが滲んでいた。


「班長、追跡命令出してください。」

村崎が燕に対して慎重な声で尋ねる。


燕は風間が消えた方向をじっと見つめたまま、一瞬思案する。だが、やがて深い息を吐きながら首を横に振った。

「……やめておきましょう。深追いは得策じゃないわ。」


「その判断で良い。」

比嘉が背後から歩み寄り、落ち着いた声で続ける。

「奴の足取りなんざ、いずれ掴めるもんだ。」


燕が比嘉に振り返り、視線を送る。

「比嘉さん……怪我は?」


比嘉は血に染まったシャツを軽く握り、背中の傷口を一瞥した。

「これか?こんなのは“あの”戦争に比べたら擦り傷だ。」


燕はその言葉に短く頷きながらも、比嘉の様子を気にしている様子を隠さない。

「そうは言っても、ここで無理をさせるわけにはいきません。応急処置だけでも……。」


「いらねぇよ、上司にそんな気構えすんな。」

比嘉が笑みを浮かべながら肩をすくめると、竜崎が険しい表情のまま割り込んだ。

「それで班長、追跡もしないならこの後はどうする?」


「そうね…」


燕は全員を見回し、指示を下すように声を張った。

「風間を逃した以上これ以上できることはないわね。

まずは状況を整理して、情報を精査する。それから次の動きに移りましょう。」


「了解。」

竜崎が日本刀を収めながら頷き、村崎も武器を下ろす。


比嘉は静かに立ち上がり

「ま、焦る必要はねえ。こういう奴らはどこかで必ずまた尻尾を出す。そん時に備えとけ。先人からのアドバイスだ。」


燕は比嘉の言葉に短く微笑みながら、改めて全員に向けて声をかけた。

全員、ここでの任務は終了。撤収準備をして。」


そう言い、燕達はニューサンシャインシティから静かに去っていく。


ーー静けさはまるで嵐の前の様なそんな静けさだった。

そんな気がした。


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