第6話【初任務】
「まずは候補地を三手に分かれて守りましょう。幸い、商業施設同士はそれほど遠くない。襲撃を受けたら、即連絡して全員で合流します。」
ホログラムの光が室内に浮かび上がり、赤いマークが池袋、新宿、原宿に位置する。まるでその場所に危険が漂っているかのような不安を煽るかのように、薄暗い会議室に静かな緊張が漂った。
「メンバーは竜崎さんと神室さん、村崎さんと時陰さん、そして単独で私が動きます。」
燕の静かで冷静な指示に、メンバーたちは無言のまま視線を交わし、次の行動に備えるように資料を睨んだ。
「3つの商業施設って1列に並んでる感じですから、向かいやすいですね」
神室が軽く笑いながら口を開く。だがその笑顔を見て、竜崎が一瞥を送りながら腕を組む。
「だから三手に分けてるのね。」
村崎の分析的な視線は、地図の上で3つのポイントを冷静に読み取っている。彼女の無表情な声が静かに部屋に響いた。
「なら、俺達は新宿に向かうとするか」
竜崎が立ち上がり、腕を軽く回しながら言うと、神室がその勢いに乗るように応じる。
「3つの商業施設の中で真ん中の位置っすね!俺達がハズレでも、左右どっちかに向かえばすぐ合流出来るから、仕事してる気になれるっすね」
神室は明るく言い放つが、その言葉に竜崎がため息をつき、冷たい目を向けた。
「アホかお前。3つともハズレだったら、まるで何もしていないことになる。むしろ別の場所が襲撃されたら、全く手遅れだぞ。」
「た、確かに。じゃあ3つのどれかには襲撃してきてほしいっすね!」
神室は気まずそうに頭をかきながら、笑って取り繕う。しかし竜崎はその言葉に反応せず、軽く肩をすくめる。
「…聞かなかったことにするよ、そういうの」
そう言い放って、竜崎は再び資料に視線を戻し、無言で部屋を出ようとした。
「あぁ、ちょっと待てお前ら。」
比嘉が大きなアタッシュケースを持ってきて、乱雑にテーブルへ置いた。無造作に開かれたケースの中には、さまざまな武器が詰め込まれている。
「ここに来る前にお前達に武器の要望を聞いただろ?それを持ってきた。一応適当に他の武器も用意してるから、各自好きなものを持っていけ。」
比嘉の言葉に、竜崎がまず最初にケースの中を覗き込み、一つの武器を手に取った。
「ほぉ、ちゃんと要望通りに持ってくるんだな。なら俺はこれだ」
竜崎は堂々とした様子で日本刀を手に取った。その動作は、刀を扱うことに慣れた者の確信に満ちていた。
「竜崎さん日本刀使うんすか?拳銃じゃないんすか?」
神室が目を丸くして驚くが、竜崎は淡々とした口調で返答する。
「あぁ、学生の時から剣道を習ってた。それに、警備局でも専用の警棒を使ってたからな。これの方が性に合ってるんだ。」
竜崎の落ち着いた返答に、神室は感心しながら自分の武器を見定める。
「なるほど、じゃあ俺はこれっすね」
神室は自信満々に拳に嵌めるグローブを手に取り、腕を軽く回して見せた。
「やっぱり俺は拳の方がいいんで!」
その姿を見て、竜崎は微笑んで、無言で部屋を出る。神室も軽い足取りでその後を追った。
村崎は無言のまま、静かにケースの中から狙撃銃を手に取る。その慎重な動作に、時陰がふと声をかけた。
「村崎さんはやっぱり狙撃銃なんですね?」
時陰の問いかけに、村崎は一瞬の間を置いて答えた。
「狙撃部隊にいた紫苑には、これしか使えない。」
その言葉に、時陰は小さく頷き、銃を見つめる。
「うーん、私はどうしよう…」
「貴女は銃で良いと紫苑は思う。」
村崎は無表情のまま、拳銃をひょいと時陰に手渡した。
「私、使い方分からないですよ?」
「銃の扱いなら教える。」
村崎は淡々とした表情のままだが、内心には冷静な親しみが感じられる。時陰はその言葉に少し安心し、彼女に小さな信頼を感じた。
「それじゃ班長、私達は原宿に向かいます。」
「何かあったらすぐ呼ぶ。」
村崎の無駄のない言葉に、時陰は頷き、二人は揃って部屋を後にした。
「王来王家、お前は未記入だったがどれにするんだ?」
比嘉が燕に目をやりながら尋ねる。
「そうですね、私は…」
燕は拳銃を手に取り、一瞬考えた後、それを軽く回し、腰に差していたアサルトナイフを見せた。
「後はこれがあるので。」
そのナイフは、ただの武器以上に彼女にとって特別なものだった。
「そうか。なら行くぞ。俺たちは池袋だな。」
比嘉は首を回し、腕を鳴らしながら立ち上がる。その様子に燕が驚いて声を上げた。
「えっ、比嘉さんも行くんですか?!」
「あ?何言ってんだ、俺はここの責任者だぞ。それに、お前達の最初の仕事だ。この眼で見とかなきゃな。」
比嘉は軽く笑って、燕に軽い視線を送りながら部屋を出ようとする。
「なんだ、不服か?それとも緊張か?」
「そのどちらでもないですよ。…いや、どちらでもあるか…」
燕は不満げに呟きながらも、比嘉に続いて部屋を後にした。
平日の昼間、新宿は相変わらずの賑わいを見せていた。日本最大級の繁華街として、異能者の存在が増えた今もその地位は揺らぐことはなかった。特に歓楽街として有名な歌舞伎町は、かつて以上に喧騒が響き渡り、騒々しい街の象徴として健在である。
だが、異能者の増加に伴い、事件は急増していた。警察の出入りは2000年代に比べて20倍にも膨れ上がり、いつの間にかこの街は犯罪の温床にもなっていた。繁華街のざわめきは、常に緊張感を帯びている。
曇り空の下、新宿駅の出口から黒いコートを着た二人の男が現れる。背中に小さく「CS」と書かれたそのコートは、異能者取締りの特殊部隊を象徴するものだった。先頭に立つ竜崎は片手に刀を持ち、異様な雰囲気を漂わせていたが、彼を見たところで街の人々は驚く様子はない。
異能者が現れる以前なら、刀を手に持つ男は危険人物として即座に取り締まられていただろう。しかし今や、その光景は「普通」とされている。異能者を取り締まる者たちにとって、刀や銃は日常的な装備であり、道行く人々はその異様な姿に見慣れていた。
新宿に住む人々は、この光景に慣れ切っていた。素通りする様に興味を示さずに視線を外す者、逆に凝視し、恐れるように彼らを避ける者もいる。前者は一般市民、いわゆる非異能者。後者は、異能者に違いないと竜崎は内心感じ取っていた。しかし、異能者だからと言って、全員が犯罪者というわけではない。それゆえに、竜崎はどちらにも関心を示さず、ただ無言で目的地へと歩を進めていた。
「それで竜崎さん。どこを調査するつもりっすか?」
後ろを歩いていた神室が、少し早足になりながら質問を投げかける。竜崎の後ろ姿は、一切の迷いを感じさせず、重々しく進んでいた。
「どこって?」
「襲撃される可能性のある大型商業施設ってどこですって話しっすよ。新宿なんて、繁華街も歓楽街も全部巨大ですから、大型の商業施設なんていくらでもあるんすよね。」
神室の言葉に、一瞬だけ竜崎の眉が動いた。確かに、新宿には数え切れないほどの商業施設がある。そのどれかが標的になる可能性が高いが、全てを網羅することは不可能だ。
「確かにその通りだな。だが、マークがついてたのは伊勢丹だ。俺たちはそこに向かえばいい。」
竜崎は、淡々と答える。その口調には、どこか冷静さを保ちながらも、わずかな緊張が漂っている。
「あー、伊勢丹っすか。マークだけでよく場所がわかるっすね。
伊勢丹か〜、確かにデカいっすから、狙うならちょうどいいのかもしれないっすね。けど、犯人の狙いがわかんないんすよね〜。なんで商業施設でしかも一部だけであんなことしてるのか。」
神室の問いに、竜崎はほんの少しの間だけ考え込んだ。だが、その答えはすぐには出てこない。事件の目的は未だ不明確であり、謎に包まれている。2人の足音が重く響く中、いつの間にか伊勢丹の前にたどり着いていた。
「それは犯人に聞けばいい。行くぞ。」
竜崎は一言で会話を切り上げ、前へと進む。神室も、竜崎の後を追いかけるように足を踏み出した。
「っすね。」
そう返しながら、2人は伊勢丹の入り口へと姿を消していった。
東京随一のファッション街、かつては若者文化の中心地とされた原宿。だが、戦争後の今、かつての輝きを保つことは難しくなっていた。異能者が跋扈する現在、原宿は若者の街から「異能者のファッション街」へと変わりつつあった。カリスマモデルと呼ばれる者たちも、今やほぼ全員が異能者とされている。
異能そのものが、もはやファッションの一部と見なされているかのようだ。
竹下通り――かつて賑わっていたこの場所も、今では戦争の傷跡が深く残り、人々の姿はほとんど見られなくなった。通りは封鎖気味になり、人気も途絶えた。そんな閑散とした道に、異能対策室の時陰と村崎が立っていた。
突然、無線が鳴る。
『こちら竜崎と神室。新宿に到着。伊勢丹の調査を開始する。』
竜崎たちは、新宿に向かったようだ。その通信に続いて、燕からの簡潔な返答が返ってきた。
『了解。』
「それじゃあ村崎さん、私たちも行きますか。」時陰が肩越しに村崎を振り返りながら声をかけた。
村崎は短く頷く。「そうだね。向かう場所は東急プラザ。」
「プラザならすぐですね。」時陰は軽快に返事をする。
だが村崎の表情は険しいままだった。「気をつけて時陰。周りの大半は異能者。何があるかわからない。」村崎の手が狙撃銃の引き金へと伸び、警戒を強める。
「全員が異能犯罪者じゃないんですよ?警戒しすぎじゃないですか?」時陰は苦笑いを浮かべたが、村崎の鋭い視線が彼女を貫く。村崎の目は戦場で鍛えられた兵士のそれであり、経験に裏打ちされたものだった。
「…戦場では、貴女みたいな人が真っ先に死ぬのよ。」
「む。失礼ですね。私、運は良い方なんですよ?」時陰は不満げに口を尖らせるが、村崎の表情は変わらない。
「運だけでどうにかなる話じゃないの。異能者と戦ったことがないでしょう?貴女。」
「な、ないですよ。私、この前までただのOLですよ?異能者との交流はできるだけ避けてきたんですから…」時陰は村崎の鋭い言葉に困惑しながら、目を伏せた。
「なら、どうして異能対策室に加わったの?」村崎は問いを詰めるように聞いた。
「それは…九条長官直々にお声掛けられたから…」時陰の声は少しだけ弱まる。
「…貴女みたいな人のどこに目を惹かれたのかしらね。」村崎は不思議そうに呟き、眉をひそめた。
時陰は肩をすくめた。「ほんとに何が評価されたんですかね…私にも分かりませんよ。」
村崎はその言葉に応じず、少しだけ前を歩き出した。竹下通りにはかつての賑わいはなく、時折通り過ぎる車の音や風が寂しげに響いている。戦後の影響が色濃く残る街の中、足を止めることなく進んでいく。手にしていた狙撃銃は下ろされたままで、その姿勢からは特に警戒する様子は見られなかった。
二人は言葉少なに進んでいく。竹下通りを抜け、無人の店が並ぶ道を横目にしながら、歩調は自然と早まっていった。時陰も村崎も、何事もなく目的地にたどり着くことを祈りつつ、東急プラザへと向かっていた。
やがて東急プラザの建物が見えた時、村崎が静かに口を開く。「準備はいい?」
「ええ、もちろんです。」時陰は微笑み、軽く頷いた。どこか緊張感はあったが、今のところ何も異変はない。二人はそのまま、静かに建物の中へと足を踏み入れた。
燕の無線が鳴った。
『村崎、時陰、予定通り東急プラザに現着。調査開始。』
それを聞いて、燕は淡々と「了解」とだけ返答した。
ここは池袋。
東京の三大副都心の一角であり、歓楽街と繁華街が広がるエリアだ。戦争の爪痕が残っていても、その熱気は変わらない。異能者と非異能者が同じ街を歩く数少ない平和な場所――表向きは。だが、今ではそんな場所ですら、異能者による襲撃の危険が付きまとう。
目の前に立ちはだかるニューサンシャインシティは、かつての戦争で大きな被害を受けたサンシャインシティを再建したもの。
襲撃予定の場所も、ここだ。
「私たちもニューサンシャインシティに現着した。調査を開始する。」燕が無線機を握り、指示を出す。
「何かあればすぐに連絡を入れて。」
無線越しに竜崎と村崎の『了解』が短く返ってくる。
燕と比嘉は、ニューサンシャインシティの入り口を通り、中へと足を踏み入れた。
途端に、比嘉は周囲を警戒するかのように見回し始める。
「どうしました?」
燕が訊ねると、比嘉は眉間に皺を寄せて答えた。
「…いや、長年の勘がな…」
それに合わせるように、燕も視線を巡らせるが、特に異常は見当たらない。人々は普段通り観光を楽しみ、賑わいに溢れていた。
「普段通りな気がしますけど。」
「俺はSATでの経験が長いからな。ちょっとした違和感も無視できねぇんだよ。」
比嘉の鋭い言葉に燕は頷くが、正直に言えば、自分には何も感じ取れなかった。
その時――
遠く、建物の奥から轟音が響き渡った。
「比嘉さん、今の音って!」
「ああ、ここが当たりだったわけだ…!全員を呼び戻せ!」
燕はすぐさま無線機を手に取り、竜崎たちと村崎たちに緊急指示を送る。
「全員、ニューサンシャインシティに合流してください!」
無線越しに飛んできた『了解』は、いつもとは違う、真剣な声色だ。
「今の音、ワールドインポートマートビルからだな。」
比嘉は瞬時に音源を判断する。冷静で、的確だ。
「急ぎましょう!」燕が駆け出そうとした瞬間、比嘉が手を挙げて制止した。
「いや、俺が先に行く。お前は合流するまで客の避難誘導をしろ。」
「比嘉さん?!」
「比嘉はパニックに包まれた人々の流れを逆走するように、奥へと走り出した。
燕はその姿を見送りつつ、すぐに指示を切り替える。辺りの観光客たちは轟音に驚き、逃げ惑っている。けれど、その中には、驚くほど冷静な者たちも散見される。彼らは慣れている――異能者だ、と燕は確信した。
冷静な彼らは、混乱する人々を巧みに誘導していた。そのうちの一人と燕の目が合った。相手は何も言わずに小さく頷き、再び誘導に集中する。燕もそれに倣い、人々を一人ずつ安全な場所へと誘導していく。
数十分後、パニックが一段落した頃――
ニューサンシャインシティの入り口から、コートを纏った四人の男女が姿を現した。
「ここが当たりだったか。」
「俺たち、ハズレだったな〜。」
「犯人はどこ?」
「班長!遅れてすみません!」
竜崎たち4人が駆け寄る。
燕は軽く首を振り、落ち着いた口調で答える。「いいえ、早い方よ。もう比嘉さんが現場に向かっている。私たちも急ぎましょう。」
力強く頷く竜崎たちを率い、燕は奥へと駆け出した。