47話【影の終わり】
影はもう一つの世界だ。
光が存在するこの地球において影は必ず存在する。
当然の事だ。
影とは元の存在を映し出す存在なのだから。
人の影も同じ、元の存在を映し出す表裏一体の現象。
それゆえに古代では影を冥府と表すこともある。
言うなれば影とは人の生活に常に身近にあり続ける神秘の領域ともいえる。
だが、常人には影の実態を捉える事は出来ない。
何故ならそう創られているから。
何故ならそう定められているから。
つまるところ”影渡”はその影の世界に介入する異能と言えるわけだ———
「”影渡”。影に入る事のできる異能だ。黙ってて悪かったな来栖…」
来栖は苦悶の表情を浮かべながら倒れていった。
「この男、異能まで持っていたのか…!」
一は先ほどまで対峙していた一ノ瀬の異能に身構えた。
「一ノ瀬…お前の不始末は俺が——」
比嘉が一ノ瀬に向かって歩き出そうとした瞬間、燕は手を横に出し比嘉を静止する。
「王来王家…」
「…私達異能対策室が彼を、”一ノ瀬さん”を止めます。皆さんは手を出さないでください」
「…貴女には悪いが、俺達はそれを聞く理由がない」
一は燕の言葉を聞き入れず、小刀と地面に転がる白い刀を拾い上げ、両手に構えながら歩き出す。
しかし、九条が一の肩を掴み、無言で首を横に振った。
燕はゆっくりと一ノ瀬に向かって歩き出す。
「一ノ瀬さん、か」
一ノ瀬は2本のナイフを構えた。
それに対して燕も銃と赤い柄のナイフを構えた。
「一ノ瀬さん、このナイフ覚えてますか?」
「…あぁ、勿論。俺が九条の首を狙った時に使ったナイフだ。お前が使ってるのも知ってたさ」
「そうですか…白状すると、私は貴方のナイフを見た時に違和感を感じたんです…たかが似たナイフを使っているだけなのに貴方への不信感が生まれた。その結果がこれです」
「…べらべらとどうでもいいな。で、なんで邪魔をするんだ」
「同じ異能対策室の班長だからです。班長だからこそ同じ位置にいる貴方を止めない訳にはいかないんです」
燕は銃をゆっくりと構えた。
「九条長官襲撃及び神奈川惨殺事件の”公務執行妨害”として貴方を捕まえます」
一ノ瀬は2本のナイフを強く握りしめた。
「そうか、”公務執行妨害”か…ならやってやるよ…!”影渡”!」
一ノ瀬は自分の影に溶ける様に落ちていき、その影も離散して周囲の影に混ざり合った。
(来た…!影に入る異能!…なら恐らく——)
周囲の影に一ノ瀬の影が混ざり合った瞬間、その周囲に重なる様に影が触れていた燕の影から一ノ瀬が飛び掛かった。
「”暁”!!!」
しかしそれに合わせる様に銃を持った腕を背中側に向け背中越しにトリガーを引く。
「グぁッ!!?」
放たれた閃光は一ノ瀬を呑み込みながら吹き飛ばした。
「…それは…なんですか?」
「…擬似能力、守護衣だ。出血を伴うダメージをカットする異能が組み込まれたベストだが、さすがは擬似能力の一撃だ…」
そう言った一ノ瀬が来ていた守護衣なるベストはボロボロになっていた。
「まぁ本来は斬撃や銃撃みたいな異能以外にしか効果は期待できないから仕方ねぇか…」
ボロボロになったベストを投げ捨て、一ノ瀬は再び影へと落ちる。
「…また後ろから来るつもりですか?——見えてますよ!!」
燕は高速で振り返りながらナイフを横に振り切った。
しかし、ナイフは空を切る。
「二度も同じマネはしねぇよ…!!」
一ノ瀬は燕の周囲の建物から伸びる影から飛び出していた。
そして飛びかかりながら振り下ろされた1本のナイフが燕の肩から血潮を上げさせた。
「ぐッ……”暁”ッ!!!」
燕は痛みに耐えながら銃を一ノ瀬に向け、引き鉄を引いた。
「だから、二度も同じマネはしねぇって言ってんだろッ…!!」
一ノ瀬は燕を越す様に放たれた閃光の真下を潜り抜ける様に転がった。
「…喰らえ擬似能力——」
そして一ノ瀬は2本のナイフのうち”弐”と柄に刻まれたナイフのトリガーを引いた。
「”影斬”!!」
一ノ瀬の振り抜いたナイフは地面を削る鈍い音を発した。
———燕の影が写った地面を削る鈍い音が。
「え…」
燕の背中側の肩から脇腹付近に向けて一閃した斬り後が残り、大量の血が流れる。
「影は表裏一体。影を斬ることでその斬った部分を元の存在に同じ痕と痛みが与えられる。それが影の実態であり真実だ」
一ノ瀬はそのまま”参”と書かれたナイフを構えた。
(また何か来る…ッ!)
燕は咄嗟の判断でその場から距離を空ける様に下がろうとする。
が、背中の痛みにより足がおぼつかなかった。
「…九条長官、悪いが行かせてもらう!深雪!」
一の合図と共に乕若は爪を立てながら、走り出した。
乕若の肉食動物から放たれる脚力における速度は直ぐに一ノ瀬に迫っていた。
「獣がッ!!!”影渡”!」
だが影に呑まれるように落ちることで乕若の爪による攻撃を躱し、そしてすぐにその場に現れる。
「”影斬”!!!」
そしてすり抜けた乕若から延びる影に向かって斬りつけ、乕若の肌けた背中から大量の血が吹き出し、乕若は異能による変化も維持できないまま倒れる。
「深雪!!!…うらァ!!!!」
一は小刀と刀を構え、飛び掛かった。
「ッ!!!??」
だが急に一は力を失った様に地面へと落ちた。
しかも直立で…
「なんだ…身体が…」
「古来より影は呪術的なものにも精通していた。影とは魂の一部、と。それがいつしか他者の影を踏まない礼儀へと昇華していた。何故かわかるか?——答えはそれだ」
一ノ瀬がそれと示した先には一の影が延びていた。
しかしその影は”参”と書かれたナイフが地面ごと影を貫いていた。
「”影縫い”。どうだ?忍者みたいだろ」
一ノ瀬はナイフを構えた。
「ま、どうでもいいか。…あんたの首は乕若深雪の後に獲ってやるよ。そこで見てな」
一ノ瀬はゆっくり乕若へと近づく。
「九条を誘い出す餌に過ぎなかったが、まずは邪魔できねえように当初の目的通り…殺す——」
しかし一ノ瀬は咄嗟に体を捻りながらその場から何かを避けた。
一ノ瀬の今、居た場所には閃光が呑み込んでいた。
「ハァ…ハァ…私が、先ですよ一ノ瀬さん…!」
蹌踉つきながらも燕は銃を握っていた。
「…なるほどな、伊達にCS班の班長なだけはあるな…ならまずはあんたからにしてやる」
「異能対策室の女!…お前はこの場から逃げろ。俺がそいつをやる…!」
一は咄嗟に声をかけた。
「いいえ…手出しは無用です…これは異能対策室の問題なんです」
燕はアサルトナイフを構えた。
「なんだ?接近戦か?やめとけ」
燕は一ノ瀬の言葉に耳も立てず、アサルトナイフを見つめた。
そして目を瞑った…
——思い出す光景は燕が擬似能力を受け取った際の魏藍との会話。
『そうだ、王来王家、そのナイフだが』
『このナイフ?』
『あぁ。一応そいつの使い方だが、トリガーを引け。トリガーを引きながら斬る…それだけでいい』
『なんですか?改まってそんな説明』
『そいつはお前にとって馴染みのあるものであり、お前が背負うべき咎なんだ。そいつの名は——』
目を開けた燕はアサルトナイフに付けられたトリガーを引く。
「決着をつけましょう一ノ瀬さん。…擬似能力解放!」
燕はふらふらな足取りで一ノ瀬に向かって走り出した。
「馬鹿が!”影——」
一ノ瀬は即座に影に潜ろうとした。
が、すぐに躊躇ってしまった。
一ノ瀬の足下には砂地獄が出来上がっていたからだ。
「なんだこりゃッ…!?まさか…!」
一ノ瀬の視線の先には血を流しながらも立ち上がっていた来栖が居た。
「…へへっ…油断…しましたね、一ノ瀬班長…スフィアボールは斬ったところで砂になるから無駄なんですよ…」
「来栖ッ…テメェ!!!」
そして一ノ瀬の眼前には既に燕が立っていた。
「隙有り、です一ノ瀬さん。”破竹の勢い”!!」
燕は一ノ瀬の肩から腹に掛けてナイフを振り下ろした。
その瞬間強力な爆発を伴った斬撃が一ノ瀬を襲った。
一ノ瀬から吹き出す血は己の影を塗り尽くし、影に落ちる様に地面へと崩れていった。




