43話【竜崎&村崎vs宮代&十倉】
狼男。
その歴史は古く、ローマ帝国時代にある。
その時代では人が獣化する事を症候群と称されていた。
元々は狼男は一種の妄想などによる病として処理されていた
だが違う。
紛れもなく異能である。
端的に言おう。
その時代から獣化の呪いは存在した。
獣異能はその時代から存在した。
獣化の呪いを克服出来なかった者が人獣として、妄想などの病として処理されていたのだ。
だが、時代が進むにつれ世に獣の力を持った者達は稀なものへと変化していった。
伝承や伝説などにおける、世に名を連なる人に近しい獣は全て異能によるもの。
———現代ではそう伝えられている。
十倉極楽の動きはオオカミそのものだ。
二足歩行で駆け回る狼男そのものだ。
“月下狼”。
十倉の異能が文字通り牙を剥いていた。
村崎の射界制圧は撃った直線上に弾丸の圧を残す擬似能力。
その制限は無い。
撃てば撃つだけその射線上に圧が残る。
触れれば弾丸を掠めた時の様に触れた部分が裂傷する。
貫通性こそそこには無いが、制圧するための力としては十分。
だがそれは人に対して、の話でもある。
相手が獣なら意味が変わる。
獣は鼻が効く。
人で言うならば感とでも言えるか。
十倉は村崎の放った弾丸の圧を感じ取り躱していく。
何度撃たれてもその圧には近づかない。
近づいてはならない。
獣の”感”がそう伝えている。
十倉は村崎の作り出す圧の射線を躱して村崎の懐に詰め寄り、そして強靭な爪で皮膚を切り裂いていく。
村崎の痛みに漏れる声と共に十倉の爪は赤く、赤く、赤黒く変化していく。
狩りをするオオカミの爪の様に、十倉の爪が血に濡れるのであった。
村崎の周囲は身体から流れる血とその上に転がる薬莢達。
「接近戦はキツイんじゃないんですか?」
異能の変化は声にも起きる。
それまで中低音ほどだった十倉の声はいつの間にかドスの効いた声が村崎の耳に響く。
村崎は身体から流れる血を抑えながら十倉へと視線を向けた。
そして村崎は無言で狙撃銃を構える。
接近戦はキツイ…そんなのは承知の上だった。
それでも村崎は連続で引き鉄を引く。
弾丸は十倉目掛けて何度も放たれるが、十倉は軽々と避ける。
更にその場から大きく離れ十倉は体制を整える。
「それの圧を残しながら射線を増やして行くことで移動するエリアを減らしていく。そして追い込まれた対象は最後の弾丸で撃たれてしまう。そんなところですかね」
【No Trace】での修羅場を潜り抜けた経験によるものか、十倉は得意げに言っていた。
「この圧も長くて1分ほどですかね?それさえ凌げてしまえば簡単な話です」
十倉がそう言うと周りにあった圧の射線は消えていった。
「戦術においては基本の戦い方ですね。まぁ最も本来は複数にで行う戦術を1人でやるのは感服しますがね」
「…あなた、よく喋るね」
「余裕から生まれる言葉というわけですよ」
「そう。狼は古今東西、お喋りなのは変わらないのね」
「…貴女は無口で何を考えているかわかりませんね」
「…村崎のやつ、結構しんどそうだな…」
離れて戦っていた竜崎が遠目で村崎を視てそう言った。
「…いや、俺が言えたことでもねぇか」
しかし、そんな竜崎も既にボロボロであった。
着ていたコートは黒く凍結していた。
その凍結から千切れたコートの切れ端が風に飛ばされていった。
宮代は黒い氷の塊の上に座っていた。
この戦いが始まった”最初”からずっと。
竜崎は一度もその刃が宮代に届くことは無かった。
竜崎が動くたびに周囲の物質から竜崎目掛けて黒い氷が凍結していく。
それを避けるたびに後退させられる。
一歩進めば二歩下がる。そのせいで竜崎は宮代に到達する事がなかった。
繰り返される凍結によりすでに竜崎と宮代の周囲は雪国にでも来たのかと錯覚するほどの黒いアイスバーンが起きていた。
「ふぁ〜あ。アタイ眠くなっちまったよ」
背伸びをして欠伸をする。
その姿は竜崎を挑発するかの様にも見えた。
「舐めやがって…!」
———宮代葛の葉。
持つ異能は”黒い氷の魔女”。
宮代の周囲から漏れ出す凍てつく冷気。
この冷気は空気上の水分から物質にかけて瞬間的に凍結していく。
更に凍結の緩急は宮代自身でつけられる。
宮代が特定の場所を凍結させたいと思ったなら、その瞬間その部分は瞬間凍結していく。
それにより竜崎は宮代に近づけば近づくだけ宮代から出る冷気に近づく。
近づけばその分凍結効果に阻まれる。
そして何より厄介なのは——
「…溶けねえな」
竜崎は凍結されたコートにライターの火を近づけた。
だが溶けることは無かった。
火を近づけ続けても凍結しているその氷は溶ける様子を見せない。
それどころか火の勢いが弱まっていく。
「溶けない氷なんざ初めてだな…」
「そうでしょうね。アタイが造る氷はアタイの意思じゃないと溶けないのよ」
「なるほどな…じゃあお前を斬ればこの氷はどうなる?溶けるのか?」
「ええ。溶けるわよ。出来るのならだけど」
竜崎はその言葉を聞き、少しずつ宮代に近づいて行き、地面を蹴り上げた。
宮代目掛けて突撃した。
だが、その瞬間氷が迫る。
その一筋が竜崎の左脚へと付着する。
瞬間、竜崎の左脚は太ももから膝あたりまで一気に黒く凍結していった。
「…くそ、本当に厄介だな…」
「無駄よ。一点だけを凍結なんてアタイにとって動作もないわ」
竜崎は凍った左脚をものともせず動かしながら間合いを計る。
(…さて、どうするか…俺の擬似能力はこの女との相性は最悪…いや下手したらこの女の方が有利な状況を作るだけになりそうだな…なら間合いを見ながら一太刀必ず入れられる瞬間を作るしかねえか…)
竜崎は左右に駆け回り、自動的に凍結してくる冷気を避けながら間合いを計っていく。
その姿を見ていた宮代はふと顔が険しくなる。
「…おかしいわね」
「あん?何がだ」
宮代は竜崎と既に30分程度は対峙している。
「なんでそんなにピンピンとしてるのかしら?」
「どういう意味だ?」
「…アタイのこの氷はどんなモノでも瞬間凍結する。例え太陽の熱でも溶けることはない永久凍土が完成する…なのになんで、そんなに動けるのかしら?普通低体温症になってるはずなんだけど」
——低体温症。
人体は極寒には耐えられない。
どんな人間であろうと体内温度が35度を下回ると低体温症の症状が現れる。
今、この場はヒマラヤ山脈の中腹ほどの気温になっているほどの極寒のエリアだろう。
すでに30分以上の戦闘を普通の人間が厚着もせずスーツとその上にコート1枚羽織っただけなら確実意識の昏睡に陥っていてもおかしくない状況である。
その中を竜崎はいつもと変わらない状態で動き続けている。
体や服の一部を凍らされてなお。
「…そうか、見た目だけじゃなく肌感的にも寒いんだな」
「変な言い方ね?まるで寒くないみたいな」
「あぁ、そう言ったんだぜ」
竜崎は凍ったコートを脱ぎ捨てた。
「昔、ある事件があってよ…冷気を操る”異能者”と対峙した事があったんだ。あん時、俺はそいつの異能で首から下のほとんどを凍らせれたんだわ…辛うじて俺は生きたが、それ以来だ…俺は寒さを感じる事ができなくなった」
「…そう」
「だからあんたの異能を喰らっても凍った重さが厄介としか思えなかった」
「…舐めてくれるわね。いいわ、寒さ耐性があるならちょこちょこちょっかい出すのはもうやめたげる。その分二度と動けないぐらいに凍らせてあげるわ!」
宮代が竜崎に向かって、手を下から招くようにクイっと招いた。
すると竜崎の周りを目に見えるほどの冷気がぐるぐると竜崎の周囲を周り出す。
まるで吹雪を彷彿させるかのような、冷気の竜巻が竜崎を囲む。
「…こりゃ、マズイか…」
そしてその冷気は竜崎の周囲を含んだ地面から徐々に竜崎を囲むように凍結していく。
その竜巻が氷へと変化するように凍結していく。
「安心しなさい。寒さは永続的に続く痛み。けど、寒さを感じないなら痛みも感じないでしょ?一切苦しむ事なく全身を凍結するだけ!!」
そして宮代が掌を閉じた瞬間、竜崎は黒い氷の中に凍結させられてしまった…
「竜崎さん…!ッ!?」
遠くで十倉の攻撃を躱しながら攻防を繰り返していた村崎は、凍結した竜崎を見て思わず余所見をしてしまった。
その瞬間、十倉の放った強靭な斥力から繰り出さられた蹴りによって大きく吹き飛ばされてしまう。
「戦闘中に余所見は二流のする事ですよ」
しかしその言葉に村崎は弾丸で返事を返した。
「ぐッ…!?」
放たれた弾丸は十倉の左肩を抉るように貫いた。
「戦闘中にお喋りは二流のする事じゃない?」
「なるほど、無口とはいえユーモアはあるようだ…」
村崎は立ち上がり再び引き鉄に手をかける。
「しかし、やはり戦闘経験の差が出てしまったかな?良く周りを見たまえ」
村崎はその言葉を聞きつつも十倉の脳天に照準を定める。
が、その瞬間村崎は自分の置かれた状況、いや場所に違和感を覚えた。
「…ここ、寒い…?」
村崎が気づいた時には、村崎の立っている場所はおろか
その付近はすでに黒い凍土地帯へと変貌していた。
「いらっしゃい、スナイパーのお嬢ちゃん。アタイの世界へ」
その村崎の後ろには宮代葛の葉が一仕事を終えた顔で立っていた。
「いつの間にここに…!?」
「あら?貴女から飛び込んできたのよ?ここに」
「紫苑から…?…ッ!まさかさっきの」
村崎は十倉に視線を向けた。
「えぇ。宮代隊長のエリアまで蹴り飛ばした。ただそれだけですが、戦闘の差が出るとこうも上手くハマるとは滑稽ですね」
「くっ…!」
「それじゃあ貴女も凍結したげる。あのおじさんと違って貴女は痛みを感じるだろうから大変でしょうけど、この事件が完全にカタがついたら解いてあげるわ」
村崎の周りにも冷気の竜巻がぐるぐると周りだし、そして徐々に村崎を覆うように凍っていく。
そして村崎は宮代の手を振る動作を見た後、完全に凍結していった。




