39話【獣達】
東京・赤羽——。
ここは有明――東京湾に突き出した人工島。
整いすぎた街路に巨大なビルの影、常に吹き抜ける湾風。東京でもっとも戦争の痕が少ない街。
人の気配が少ないその街は、どこか現実と地続きではないざわつく雰囲気を醸し出していた。
——そう、彼らの存在が居るから。
「また異能対策室か」
【No Trace】第4小隊隊長・佐田原王芭——
その目の前には【No Trace】第8小隊隊長を務める寝巻きの様なとても軍隊とはお前ないラフな格好をした坊主頭の男”雲然道雪”がソファーの上であぐらを描いていた。
「うん。一人くん暴れてたねぇ。オイラ、ワクワクしちゃった」
「一人っちにしては珍しいね」
佐田原の後ろでダウナーな表情をしたテンションの高い第4小隊の副隊長”垂水怠美”が興味深く聞く。
「それがそれが、驚きなんだけど!なんか異能対策室の連中の狐男が乕若ちゃんに斬りかかってんだよ!ありゃ一人くんが間に合ってなかったら乕若ちゃん斬られてね、うん」
「ハハハ!ウケる!」
垂水は腹を抱えて声高らかに笑う。垂水の髪の毛もその笑い呼応するかの如く不気味に乱舞する。
「いや、ウケねぇよ」
佐田原は冷静に言った。
「てか、道雪。お前どこでそれを見てたんだ?」
「え〜?ここですよ〜?お決まりの”これ”を使って一人くんの周りにあった監視カメラから見てましたぁ」
そう言いながら目に見えるほどの電磁波を迸らせながら両手を佐田原に見せた。
「お得意のハッキングか」
「そういうことです」
「距離に限度ないとかチートだろぉ〜道ちゃん」
垂水は道雪の横に座り肘で肩を突きながら言った。
「いやいや、怠美ちゃんの異能も限度ないじゃないか〜そちらの方もオイラはチートだと思うなぁ」
2人のやり取りを適当に見た後、佐田原は息を吐きながら天井を見る。
「…ハァ…垂水準備しろ」
「はにゃ?なんの準備だにゃ?」
垂水は首を傾げなら佐田原に視線を向けた。
「戦闘部隊の第4小隊がする準備なんて何の準備かぐらいわかるだろ」
佐田原はソファーから重い腰を上げ、立ち上がりながら言った。
「…はにゃにゃ?どこと戦うつもりで隊長」
「未遂とは言え【No Trace】の隊長格を狙ったんだ。なら俺達がやる事なんて一つだろ」
「…いいのそれ?井土さん怒るよぉ〜?」
垂水はそれまでのおちゃらけたテンションから一転して冷静に聞いた。
「すでに怒ってんじゃねぇのか?あのオッサンなら」
そう佐田原が言い切ったところで、部屋の扉が勢いよく開けられた。
そこには傷だらけの顔面に刈り上げた髪型の男が怒りに満ちた様なそんな顔を浮かべながらゆっくりと歩いてきていた。
佐田原はその顔を見て、ほら見てみろと言わんばかりに垂水に視線を向けた。
垂水はベロを出しながら困った顔で意気消沈していた。
「佐田原。仕事だ」
「…だと思ったぜ井土さん。一応聞くが相手はどいつで?」
「異能対策室」
井土仁蔵——
その言葉に佐田原は手だけ振りながら先に部屋を出る。
「うへぇ、本当にやるのぉ〜?相手別に異能者ですらないんじゃないのぉ?」と言いながら垂水も佐田原を追いかける様に出る。
「…報告しといてなんですが、ホントにいいんですか
また言い合いになるんじゃ」
「これは【No Trace】の総意だ」
雲然は自分の言葉をねじ伏せる様に切り返した井土の目に圧倒され臆してしまう。
「比嘉…テメェの部下ぐらい面倒見とかねぇとな」
燕が流した映像。
それは、九条兇然を襲撃した男の映像だった。
影を操り、影へと消える。
その男を長官室にある防犯カメラが捉えていた…
全員の反応は固まっていた。
「…私は乕若深雪を追うことになってから疑問に思っていた…共同任務だからこういう強行突破なやり方もあるのかなって…けど、洗えば洗うだけ間違ってるって思ったの。むしろ”乕若深雪”がやったと差し向ける様になってると感じた…もちろんあの奴隷商人事件の犯人も不明、だから乕若深雪が行ってその延長で今回の事件を起こした可能性も考えた…」
燕はPCの動画を止め、そして来栖に向けて聞いた。
「…仮面の下と同じでしたか?」
来栖の表情は色んな感情が乗っていた。
悲しいのか、悔しいのか、怒りなのか。
色んな思いを乗せて口をゆっくり開いていく。
「…えぇ…俺が見たことある…”一ノ瀬篝文”班長の顔と一緒でした…」
重い空気が流れる。
そこにあるのは事実。
一ノ瀬篝文が九条兇然を襲撃したという事実。
「…いや待て、だとしても一ノ瀬が犯人になんのか?これは九条長官への事件だろ?別件じゃねぇのか」
意外にも最初に口を開いたのは竜崎だった。
「そうね。これは別件…けど私は知ってる。この襲撃を起こしたこの男は影を操る異能者。影を潜り、影を操り、影から現れる…」
「対象に影の中に潜みそこから襲撃…影は常に対象の背にある。そこから現れれば背中を抉り斬るのも容易い…」
来栖も歯切れ悪く考察を述べた。
「血痕の件はどうするんです?影から現れてって言っても血痕は残るんじゃ…」
時陰も疑問を出す。
「これは私の予想だけど、影の中には人だけでなく物も入れる事が出来るのは確認できてます…この私の持ってるアサルトナイフごと出てきてたからね。この理論でいくと液体も可能なんじゃないかと思う」
「…じゃあ本当に…」
予想も含めた事実の乱立。
それにより再び沈黙が流れた。
「…話を聞きに行きましょう」
その沈黙を破る様に来栖が言った。
「本人から話を聞くまでは俺は納得できません…」
来栖の言葉に燕は頷く。
「そうね。なら探しましょう。これはあくまで九条長官襲撃の件…本人に改めて聞きに行きましょう」
一ノ瀬の足は自然と神奈川へと向かっていた。
川崎を駆け、横浜を駆け、また川崎へと駆けていく。
一ノ瀬は東京よりの神奈川を駆けながら出会う人々へ話をかけていく。
———黒髪の女と白い刀の男を知らないか。
乕若という苗字に聞き覚えはないか———
古典的だが確実にも言える方法。
人間、異能を扱おうがそうでなかろうが、記憶というのは頼りになる。
白い刀かわからないが白髪の若い男を見た。
黒い髪の女が川崎付近で忙しなく走っていた。
情報は集まる。確実に、着実に。
それだけで十分だ。
後は長年の異能者と対峙した時の感、犯罪者と対峙した時の感…
“対象者”を追う自分の感…
それだけで——
「見つけた…」
川崎のどこか。
駆け回りすぎたおかげでここがどこだかは今の俺には見当も付かないが、そいつは居た。
一ノ瀬の目の前に立つ黒髪の女——乕若深雪は一ノ瀬と面を向けて立っていた。
「…また貴様か…」
乕若はすぐに警戒態勢へと入った。
「三度目の正直だ…乕若深雪。お前を——」
乕若は一ノ瀬が言い終わる前に一ノ瀬目掛けて短刀とナイフを取り出し猛スピードで突撃する。
「ッ!?…いきなりか…!」
ナイフとナイフがぶつかる衝撃が一ノ瀬の足を自然と力ませる。
何度も舞う様に斬りかかる乕若のナイフと短刀を弾き、避け、振り払い、一ノ瀬も負けじと対抗…いや凌いでいく。
(…早すぎて、受けるので精一杯だッ…!)
無言で斬りかかる乕若の目はまるで獲物を狩る獅子の様。
まるで草食動物を喰らうが如く繰り出される一撃はガンッという音と共に一ノ瀬の目元に付けられた狐面に傷を負わせた。
それによって一ノ瀬はバックステップで間を開ける様に下がった。
「…これまでとは随分違う人間の様に思えるな乕若深雪」
左の目下部分が欠けた狐面に手を伸ばし、冷静を装いながらも一ノ瀬の言葉には角が立つ言い方になっていた。
「それはお前達への攻撃が認められたからだ」
一ノ瀬の背後から声が飛ぶ。
一ノ瀬は体は乕若の方を向きながら、首を傾け、横目で背後を確認した。
「一一人…」
「お前が何を目的として俺達に刃を向けるのかは分からないが、上からはお前達への抵抗…ひいてはお前達の命すらも視野に入れていいそうだ」
一は白い刀を抜く。
「…異能対策室と【No Trace】は警察組織同士だろ?いいのかよ?そんな脅しみたいな言葉を言って」
「先に仕掛けておいて、何を言ってる?俺達からすればお前達は俺達が追う組織に匹敵する危険さを孕んでいるぞ?」
「…俺からすれば、お前らは”闇”だ。…炙り出さなきゃいけねぇ”闇”だ!」
一ノ瀬の右手に持ったナイフと一の刀がぶつかり火花が散る。
「闇だと?…どこからそんな根拠が出る…!」
一は力で押し切り、刀を振り抜こうとする。
それに対して一ノ瀬も斬られると、咄嗟に思ったのかバク宙の要領で後ろに吹き飛んで体勢を整えた。
「…判断が早いな。余程修羅場を潜り抜けていると見える」
「一人様!私も!」
乕若は短刀とナイフをクロスにし、腰を落とし、四つん這いの様に低く構える。
「…あぁ、いいだろう深雪。牙を向け。この”警察擬き”に牙を立てろ…!」
「はい、一人様…!!!!」
低く構えた乕若の体はその気概と共に徐々に変化していく。
腕と足から含め黒い体毛に覆われ、足は爪先立ちになり
耳は大きく変化し、頬から薄く長い髭が生える。
そして犬歯を剥き出しにしたその顔はまるで——
「高貴なる黒猫」
「そいつは…獣能力か…!?」
乕若の姿を見て警戒を強める一ノ瀬。
「獣能力を知ってるのか…」
一は一ノ瀬の発言に少し驚いた様に言った。
「…あぁ知ってるよ…それに獣能力は獣化という呪いがあるのもな」
「ホントによく知っているな…だが、残念。深雪はすでに呪いを克服済みだ」
一の発言に一ノ瀬はジリジリと間合いを開けていく。
一ノ瀬には分かっていた。
獣の異能者のその実力を。勢いを。
その——斥力を。
「ッ!!!」
猫の跳躍力は一ノ瀬の間合いをなかったかの如く詰め寄った。
そしてその勢いは手に持ったナイフと短刀から繰り出される攻撃に純粋な力としてプラスされる。
(…クソッ…!なんて力だ…ッ!)
防ぎ、躱し、避けては弾いく。
一ノ瀬の防戦一方。
逆に乕若は猫の跳躍と踏み込みから放たれる一撃を繰り返していく。
次第に一ノ瀬の身体からは血が吹き出ていく。
(ッチ…さすがに、これ以上はキツイな…!)
「防ぎきれなくなってきたな」
一は白い刀を構え、一ノ瀬に斬りかかろうと踏み込んだ。
「仕方ない…まだ取っておこうかと思ったんだけど、使うしかないか…”擬似能力”解放!!!」
一ノ瀬は2本のアサルトナイフを構え叫んだ。
一方その頃、燕達は川崎を奔走していた。
目的は一ノ瀬を探すこと。ただそれのみ。
「どこにいんだよ、一ノ瀬の野郎は!」
竜崎が苛々した表情を浮かべながら怒号を撒き散らしていた。
「たしかにどこ居るんすかね…現場に居なかったなんて」
「犯人は現場に戻るって言うから行ったのに」
村崎の定番な考えに神室は呆れた顔をした。
「まだ、一ノ瀬さんが犯人なのかは分かってないっすよ村崎さん」
「紫苑の早計ね」
「けど早いところ一ノ瀬班長に合わないとまずいことなる…」
来栖の表情は険しかった。
自分達を率いていた班長の裏の顔。それが垣間見れてしまった以上、来栖からは余裕というものが消えていた。
「…そうね。最悪の事態になる前に早く見つけないと——」
「「どう最悪の事態になるんだ?」」
突然目の前から聞こえた声に一同はその場で足を止めた。
「その最悪の事態は、何がどうなると最悪の事態なんだ?乕若深雪がお前達に捕まることか?
それとも、一ノ瀬篝文という奴が死ぬことか?」
「…佐田原、王芭…ッ!!!」
突如現れた佐田原王芭が燕達の駆ける道を防いだのだった…




