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異能対策室〜王来王家燕〜  作者: イクサ


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34話【神奈川惨殺事件】

ある夜。

雑居ビル同士の隙間に挟まれた路地裏は、人気が少なく淀んだ空気が溜まっていた。


街灯の薄い光が届くその中央にはひとつの死体が転がっていた。


男はうつ伏せのまま倒れ、片腕は不自然な方向に折れ、背中には深くえぐり取られたような切創が複数走っている。

服は高級とは言えないが、どこか世慣れた身なりで、社会の裏側を知る者の様な風貌を感じさせた。


そして、死体の前に、二人の影が立っていた。


一人は細身で整った黒髪の青年。

もう一人は純白のロングヘアの女性が、乾きかけた濃い血がこびりついた一本のナイフを握っていた。


二人は何も言わない。

ただ、路地の中心に横たわった遺体を見下ろしていた。


女の持つナイフの血だけが、まるで新しいもののように赤黒く光っていたーー





昼の光が大きな窓から差し込む異能対策室本部にて。

空中にはホログラムでマップが浮かび上がらせていた。


「全員集まったな。まずはこれを見ろ」


比嘉がマップをズームさせて映し出したのは神奈川の雑居ビル同士の間の路地裏付近だった。


「場所は神奈川川崎。今からここに向かう」


「今から?詳細は?」


燕が首を傾げながら聞いた。


「通報があったばかりだ、現場に着くまで詳しくはわからん」


「でも異能対策室に来るってことは…」


「もちろん異能絡みだろう。だが、もう何も心配することはないだろ?今のお前達なら。受け取ってきたんだろ?」


比嘉がそう言うと燕を含め全員がそれぞれ新しい武器を手に取った。


「ええ、行きましょう」


燕の号令の下、全員が静かに頷きながら外へと向かって行った。




神奈川川崎。

戦争が起こる前から荒れた街ではあったが、今は更に酷い。

日本における一種のスラムとも言えるほど異能や暴力の横行する街。


その雑居ビル同士に挟まれた狭い路地では昼光は辛うじて届くものの、人気は少なく、標的を始末するには良い場所とも言える。


そんな路地の中央に横たわる男の体は、異能が絡んでると予測されるとはいえ慣れたものではない。

片腕は不自然な方向に折れ、背中には深くえぐり取られた切創が何本も走り、惨い死に方。


「…酷い」


時陰が短く息を漏らした。

その声だけが、しんと静まり返った路地裏に落ちていく。


時陰の反応を横目で拾いながら、燕達はすでに表情を引き締め、淡々と遺体へと視線を走らせていた。

すでにCS班にとって“惨劇”は見慣れた光景ではあったが、今回はどこか引っ掛かった。


「相当な恨みでもあったんすかね?」


神室が眉を顰めて呟く。

竜崎は周囲に満ちた雑居ビルの路地裏特有の臭いを吸い込み、路地の辺りに視線を送りながら返答する。


「どうだろうな…場所が場所だからな。ここじゃ昔から変な死体は多かったしな」


燕は遺体に膝を寄せ、慎重に傷口へ手を伸ばした。


「遺体の傷から見て凶器はナイフ…でしょうか」


比嘉が俯きがちに近づき、燕の肩越しに切創を見る。


「そうだなナイフ…或いは斬撃系の異能のどれかだろうな」


「凶器はナイフで間違いないだろう」


その声は、燕達の背後から聞こえてきた。


全員がそちらを向くと、ビルの隙間の陰から目元に黒い狐面を付けたスーツ姿の男が、ゆっくり歩み出てきた。


「誰ですか…?ここは私達異能対策室CS班が――」


燕がスーツの内側から警察手帳を取り出しながら言いかけた瞬間、


「一ノ瀬…お前なんで」


比嘉の声が重ねて割り込んだ。

燕が驚きに目を瞬かせる。


「一ノ瀬?知り合いですか?」


比嘉は肩を落とし、苦い顔で答えた。


「一ノ瀬篝文。《いちのせ かげふみ》。俺達、異能対策室4thチーム【Dirty Dog】の班長だ」


狐面の男一ノ瀬はその姿のまま立ち尽くす。


「初めまして、でいいよな?王来王家燕班長。異能対策室DD班・班長の一ノ瀬だ。よろしく」


差し出された手を燕は警戒せず握手で返した。


「一ノ瀬、なんでお前がここにいる。別の任務はどうしたんだ?」


「なんでってそりゃ比嘉さん、この遺体の第一発見者が俺達DD班だからに決まってるでしょ」


「なに?」


比嘉が首を傾げた。


「第一発見者が異能対策室のDD班なら、お前らで調査すればいいんじゃねぇのか?」


「いや、そうもいかないんだよ。よく見な」


一ノ瀬は遺体の周りや周囲の壁や地面を順に示した。


すると「…おかしい…血痕がない?」と燕が気づいた様に言った。


「さすが王来王家班長。そう、こんな背中を抉り取る様な傷痕を残してる遺体なのに、周りには血の痕すらない」


その言葉通り本来流れているであろう赤い痕跡はどこにもなかった。まるで誰かが意図的に“そこから血を排除した”かの様にそう思えるぐらい自然な形であった。


「確かに言われるまで気づかなかったな…」


竜崎は手袋越しにコンクリートを撫で、乾いた表面を確かめるように指先を滑らせた。血の濡れも、飛沫の固着もない。その事実を確認すると、眉間に薄い皺が刻まれる。


「だが、一ノ瀬。これはお前達の任務外だろ」


比嘉の言葉に燕がほんのわずかに反応を示した。

言葉尻を探るように、視線だけが静かに比嘉へ向かう。


「そもそも一ノ瀬さん達DD班の仕事は何をやってるんでしょうか?私は同じ異能対策室として知りたいです」


「知りたいですって、比嘉さん教えてないんですか。酷い人だな」


一ノ瀬の軽口に、比嘉は短く息を吐き、少しだけ黙ったあと、重い口を開いた。


「…異能対策室は主に4つの班がある。

一つは全ての1級以上の異能犯罪事件を取り扱う王来王家達の班【Control Squad】

異能犯罪を追跡、尾行、ハッキングで事件を解決していく阿比留の班【Hawk eye】

第3級から準1級までの異能犯罪事件を対応していく

鳴神の班【Strike Bulled】

そして【Dirty Dog】は…」


「異能犯罪者として定められない人間や対象者の暗殺や処理」


一ノ瀬が、真剣な表情で力強く言った。

だが、竜崎達の警戒心は上がった。


「暗殺…だと?」


「つまりは暗部ってことじゃないっすか…!」


竜崎が即座に刀に手を掛け、神室も拳を握りしめる。

隣にいた村崎は無言で狙撃銃を構え、照準内に一ノ瀬を捉えていた。


「…随分血気盛んですね、CS班ってのは」


一ノ瀬は動じず、微動だにしない姿勢で言葉を落とした。


「やめろ、お前達…銃を下せ村崎」


その言葉に村崎はスコープから目を離すが、銃そのものは降ろさない。


「説明が足りませんよ比嘉さん…私達は異能犯罪者を取り締まる警察組織ですよ。一ノ瀬さん達DD班を知らなければこうなるのは当たり前です」


燕の言葉に、比嘉は唇を閉ざした。


「王来王家班長。世の中には裁けない人間や、収監するに値しない異能犯罪者も居る。

俺達DDはそう言う人物を静かに処理するのが仕事なんだ」


一ノ瀬の説明に続き、比嘉が補うように続ける。


「要するに収監するに値しない異能犯罪者ってのは洗脳系や拘束がそもそも不可能な異能を使うやつだ。牢屋に入れてもすぐ脱出する。看守達を自分の使い魔の様にする。そんな異能を持ってたら対峙して犠牲を出しながら捕まえて収監して脱出してまた対峙して…そんな堂々巡り見過ごせるわけない…だから俺は【Dirty Dog】というチームを作った」


淡々とした口調なのに、そこに積み重なる死の現実が影のように滲む。

捕らえても逃げ出し、逃げ出しては殺し、再び向き合い犠牲を生む――そんな螺旋を切り捨てるための存在。それがDD班。


「なるほど…だから”汚れた犬”なのね」


「あぁ。そういうこと。まぁ最も王来王家班長も過去の事件対応で異能犯罪者を執清してるらしいけどさ」


「…言い訳はしません。本来なら収監するべき対象者を私は独自の判断で執清しました」


燕は、まっすぐに一ノ瀬を見た。


「へぇ、そういう感じか…」


一ノ瀬は興味深そうに小さく呟いた。


「DD班の事はちょっとは分かったが、なら尚更これは俺達CS班の仕事だろ?」


竜崎が、遮る様に言い放つ。


「いいや、そうとも言えない」


一ノ瀬は資料書を取り出し、燕達へ渡した。

薄い紙束の中には簡略的だが、どこで事件が起きているのかと被害者の詳細が書かれていた。


「それはここ最近神奈川県全域で起こってる事件だ。最初は横須賀から始まり、鎌倉、相模原、座間、横浜。そして今日ここ川崎だ」


「全部同じ感じですね…遺体の傷や遺体の周りには血痕が無いのも」


「俺はこれは全て同一犯による異能犯罪だと俺は思っている」


「神奈川県の惨殺事件…か」


比嘉が、静かに資料をめくりながら呟いた。


「俺達DD班だって普通の異能犯罪ならアンタ達に任せるが、これはおそらく違う。明らかに収監出来ないタイプの異能犯罪者だと思ってる」


燕はその言葉を飲み込み、考えをまとめてから口を開く。


「私達もここへの通報があったんです。その通報は一ノ瀬さん達ですよね?という事は一ノ瀬さんは別にDD班だけでこの事件を調査しようとはしてない…という事ですよね」


「…あぁッ!そうだ!俺達はアンタ達CSチームと共同調査を頼みたい!」


一ノ瀬の眼差しは、迷いを一切含んでいなかった。

敵を知り、状況を見極め、それでも足りないと判断した者の目だ。


燕はその視線を正面から受け止め、短く、しかし確かな重みを持って答えた。


「分かりました」と。



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