28話【村崎紫苑の過去】
榊昴の一件から、幾ばくかの日数が過ぎた。
異能対策室の空気は、妙に静かだった。
誰もが何かを抱え、言葉を選ぶように沈黙している。
異能犯罪の対応も義務的な言葉を交わすのみ。
その沈黙の中で、村崎も思い耽ることはあった。
異能者でもない人間に負けたのだったから。
自分達以外の人間の手を借りなければならなかったのだから。
自宅に戻った村崎は一人、部屋内に乱雑に置かれた壊れた狙撃銃を見つめていた。
「…懐かしい」
銃に入ったひび割れをなぞる指先は、まるで古傷を撫でるように震えていた。
もう撃てないはずの鉄の塊。そのはずなのに、心の奥で何かが軋む。
この銃は、彼女にとっての”始まり”であった。
あの夜、任務の最中だった村崎紫苑。
聞こえてくる”巴陵智盛”の声。
忘れたくても、記憶は形を変えて蘇る。
あの憎き声が、今も耳の奥で響いていた。
彼女はゆっくりと息を吐き、目を閉じた。
目を開ければ、そこに見えるのは現在ではない。
まだ“正義”という言葉を信じていたあの頃の自分だった。
ー2年前、村崎はSITの強襲部隊に居たー
村崎の役目は後方支援。
狙撃銃を用いた起点作りでもある。
村崎の部隊は特殊部隊の中でも指折りの隊として重宝されていた。
それもそのはず。
こちらには異能者が編成に組み込まれていたのだから。
村崎と共に行動する後方支援組の男性。名を”巴陵智盛”。
特異な存在だった。冷静で頭が良い。作戦の立案は巴陵がしていた。
それになにより仲間思いだ。
ーー少なくとも村崎にはそう見えていた。
後方組として2人で行動することも多かった村崎はいつしか巴陵に特別な感情を抱いてることもあったーー
お陰様で数々の立て篭もりや誘拐を含む事件には即対応、即解決を行えていた。
ある日千葉県浦安市にて異能者によるビル内で立て篭もり事件が発生した。
警察や対異能警察部隊の説得も虚しく、直ぐに出動要請が出た。
『紫苑、次の作戦は俺とお前で決めよう』
いつも通り聞こえる何気ない作戦立案の一端を聞かされた。『なに、異能者相手でも俺とお前の支援があれば余裕だって』そんな言葉と共に聞かされたら肩の荷も不安も解消される。
現場に着くや否や直ぐにブリーフィングが始まった。
巴陵の提案した作戦は突撃班と巴陵、村崎の2人を狙撃班として配置。合図を送ったら狙撃組が異能者の武器を狙撃、突撃班が突入し鎮圧。
そういった作戦を伝えられた。
『昨今は異能者がグループで行動する事が多い、警察を中に引き入れた後他の異能者が後追いで入り袋叩きにするパターンも存在する。それに対するカウンターとして考えてくれればいい。それにいざとなったら俺の異能もある』
巴陵は最後に言葉を残し、各隊員は配置へと急いだ。
何度も聞いた事のある頼もしさ。
チーム全体での作戦は数えきれないほど。
それゆえに作戦の動きもスムーズだった。
そして全員が配置に着き、合図を待つ態勢となった。
村崎も巴陵の隣で狙撃銃を構え俯瞰して待った。
狙撃銃の視線の先には建物の窓。
その先に包丁を持ち、人質を抱き抱えた犯人と思われる人物の姿。
配置から数十分が経ったその時、機が熟した。
巴陵の『突撃』と共に巴陵と村崎の狙撃銃から放たれた弾丸は音速の勢いでそれぞれ立て篭もりの包丁、肩に命中。
男が崩れると同時に突撃班が突入し、窓に隊員の何名かが視えた。
『完了ね』そう思い呟いた瞬間、無線機からそれは鳴った。
『『退避ッ』』
ー『え?』
村崎は吹き飛んでいた。
強力な衝撃波によって後ろへと大きく吹き飛ばされていた。
一瞬の出来事で理解が出来ない。
村崎は吹き飛んだ衝撃で呆然としていた。
しかし、直ぐに気を取り戻し何が起きたかの確認に急いだ。
村崎の目に映った光景は崩れ落ち、燃え盛るビル。
それは村崎達が作戦を行っていた立て篭もり犯が居たビルだった。
『何が起きたの…』
唖然とする村崎。
全てが灰に落ちていくビル。
村崎が取り乱すには十分な光景だった。
『みんなは…ッ!?』
村崎が巴陵に聞こうとしたその瞬間村崎の額に拳銃が突き付けられた
『巴陵…さん…?』
村崎の目の前には拳銃を握り締め、村崎の額に突き当てる巴陵智盛の姿だった。
その巴陵の視線は村崎ではなく崩壊したビルに向けられていた。
『凄いな、ちゃんと見れたか村崎。凄い爆発だったな』
『な、何を、言ってるんですか…?』
巴陵はビルを見ながら言っているもののその目はいつもの優しい目ではなく、虚無の様な何も感じられない虚な目だった。
仲間への心配や人質の安否、それらを感じていた村崎を上書きしたのは純粋な恐怖1つのみだった。
『火薬に異能を合わせたらあそこまで爆発威力が高くなるなんてな』
『どう言うことですか、巴陵さん…』
『どうもこうもない。ただの餌だあの異能者は。SITを片付けるための』
巴陵は虚な目で淡々と話していく。
『上の人間達がお前らSITを消せって言う依頼が来たからさ。あ、この立てこもりを仕組んだのも俺だ。』
『何…言って…』
『まぁ仕方なくだよ仕方なく』
『仕方…なく…?』
『情はあったんだがなぁ…まぁ後はお前も死ねば任務完了なんだが…』
巴陵はそのまま村崎に詰め寄る。
しかしそれを村崎が許すわけもなく、反撃する様に狙撃銃を至近距離で巴陵に突き立てる。
しかしその瞬間、村崎の額に突き当てられていた拳銃を高速で巴陵は狙撃銃に向け、上から撃ち抜き、狙撃銃の銃口を破損させた。
その早さに声も出なかった村崎はその勢いのまま巴陵に押し倒される。
『このまま殺すのも簡単だが、さすがにここまでの潜入を行ってたんだ。褒美の1つや2つは必要だろう?
お前、俺のこと好きだったよな?』
そう言い巴陵は村崎の服をひん剥き、そして村崎は巴陵から陵辱の限りを受けた。
「…あの後巴陵は紫苑を生かしたまま姿を消した…情があったのか、それとも満足したからか…」
どっちでもいい。
そう言い聞かせて村崎は壊れた狙撃銃を手に取った。
ーあの後、巴陵にされた事、仲間を犠牲にしてしまった事で紫苑の心は壊れてしまった。
あれ以来感情の出し方も忘れてしまった。
それもあってか心の傷には打ち勝てず直ぐにSITを辞めた。
気づいたら復讐心に駆られていた。
紫苑は1人で2年間街中を駆け回り巴陵を探した。
得られた情報は所属していたのが殺し屋集団の”エニグマ”の可能性ということだけ…
巴陵の情報はもう手に入らないと諦めかけてたあの時
紫苑は九条さんに逢い、異能対策室に迎え入れられた…
けど紫苑にとってそれは渡りに船だった。
紫苑にとって異能対策室というのは大きな踏み台だ。
異能者を取り締まる、対異能者用の組織。
紫苑が入るには丁度いい場所だった。
巴陵智盛を殺すための利用価値としては十分だった。
けどそれでも組織。
一緒に戦う人がいる…いや、仲間がいる。
班長、竜崎さん、時陰さん、神室、比嘉さん。
ー異能者相手に苦戦してるようじゃダメ。
…こんなんじゃ、巴陵智盛を見つけ出してもまた同じ事になる。
巴陵智盛を殺すための覚悟なんて無いも当然。
ここの居場所で目的を果たすための決意が紫苑にはまだ出来ていなかったのかもしれない。
だから今一度自分に誓わないと。
強くならないと。
次は何が起きても仲間を守らないと。
そして巴陵智盛を嬲って嘲笑って殺してあげるないといけない。
それが村崎紫苑が異能対策室で戦う理由なのだからーー




