第1話【異能】
2035年
現在、私は新日本国際国家・政府化学技術イノベーション事務局で技術員として働いている。
私たちの使命はただ一つ。
非異能者に異能力を疑似的に与える技術を開発することだ。
この目的のため、我々は日夜を問わず、技術力を結集し、研究に全力を注いでいる。
2020年まで、日本には銃刀法が存在していた。
しかし、異能戦争の勃発により、急速に過激化する異能者の脅威に対して、この法律は時代遅れとなった。
それに取って代わったのが、現在施行されている「自衛用銃刀具法」だ。
この法律に伴い、異能者に対する新たな法的枠組みも整備された。
異能者として判明している者や、異能を用いて犯罪行為を行う者に対し、非異能者は正当防衛として暴力行為が認められることとなった。
たとえそれが過剰防衛に該当しようとも、相手が異能者であれば、命を奪う行為さえも非難されることはない。これが、現在の日本における異能者に対する法的処遇である。
しかし、問題は残る。
非異能者、すなわち一般市民は異能を持たないため、異能を持つ者との力の差は絶望的と言っていい。
正面から異能者に立ち向かおうとすれば、待っているのは死の運命にほかならない。
その力の差を埋めるべく開発されたのが「自衛用銃刀具」だ。
この武器や道具を開発したのは、テールム社という企業だ。
テールム社は2015年頃に設立された新興企業であり、異能者の増加を予見し、2020年以前から銃刀法の改正を提唱していた。
しかし、当時の社会は異能者の存在をまだ危機として認識しておらず、その提案は何度も却下された。
法律に対して民間企業が意見を述べること自体、時代錯誤とされていたからだ。
だが、異能戦争を契機に状況は一変した。
戦後、テールム社が製作した自衛用銃刀具は、その利便性と効果から政府に認められ、銃刀法の見直しと異能者に対する新たな法律の制定が進んだのだ。
初めて自衛用銃刀具が一般に出回ったとき、非異能者も異能者に対して対等に立てると思われた。
だが、現実は違った。
これらの武器や道具は、異能者の力を抑制するための補助的な手段に過ぎず、異能の圧倒的な力を前にしては、いまだに非力であった。
その現実を変えるべく、私は働いている。
私の使命は、ただの自衛用銃刀具を、異能に真っ向から立ち向かえる、さらには返り討ちにできるレベルまで進化させることだ。
政府化学技術イノベーション事務局における私の仕事は、テールム社から提供された銃刀具に対して、大胆な変革を加えることだ。
最終的な目標は、非異能者が異能者に対抗できる力を持つことだ。
非異能者に「異能」を持たせ、その力で異能者に対抗する。
それこそが私の仕事であり、私がこの道を選んだ理由である。
事務局内の薄暗いラボで、王来王家燕は中央にある物体を静かに見つめた。
その物体の一つは銃であった。
冷たい金属の感触が彼女の指先に伝わる。
そしてその隣には横たわる影があった。
それを確認した王来王家燕とその新人の部下、財前都姫。
「ヒッ…!!?」
それを確認した財前都姫の声からは振り絞って出した小さな悲鳴が出た。
その影は遺体だった。
どこかの誰かの遺体。
横たわるそれを見るたびにこの仕事の重みが燕のの覚悟を再確認させる。
「あら都姫、死体は初めて?」
燕に問われた財前は苦しい表情をしながらも縦に首を振った。
「なら今日で慣れときなさい。ここの仕事は異能者の遺体と向き合う仕事よ」
そう言った燕は、財前の肩にトンと手を置いた。
「その子がお前の後釜か?」
燕達から遅れてラボに来たボサボサ頭の男。このラボのリーダーである魏藍衝平だ。
「後釜って、まるで私が辞めるみたいな言い方やめてくれますか?」
呆れた様に燕はそう言った後、表情を切り替え続けた
「それで?これが次の試作品と被験者ですか?」燕は一歩引き、技術チームのリーダーである魏藍に尋ねた。
「あぁ、そうだ。こいつだ」
淡々と続けた魏藍の言葉を聞く燕。
「今回の被験者は…?」
燕の言葉に少し空を見つめた後、魏藍は口を開いた。
「第三級異能犯罪者。名前は”カミヤジンタロウ”罪は確か異能を使った強盗?だったっけな?」
「今回はどうやってここに?」
燕は鋭い視線を魏藍に向けた。
「…対異能警察部隊との異能聴取中の公務執行妨害で執清。あー、執清の意味は分かるな?」
「異能者に対しての武力行使、過度な場合は生死は問わない…ね。要するに対異能警察部隊に殺されたってわけね」
「そっ。そんで第三級なため、ここに送られてきたってわけだ。」
そう。これがイノベーション事務局のこのラボでの仕事。
私達からしたらここに送られてくる異能者の遺体は研究材料。
そうやって非道に考え、非道に生きないとこの仕事は出来ない。並の精神じゃここには立っていられない。
「それで何から始めるの?」
燕は一歩下がり、魏藍の指示を待つ。
「そうだなぁ、まずは”カミヤ”の異能を教えておこう。
こいつの異能は閃光人間と言うらしい。」
「フラッシュマン?」
「そのまんまの意味だよ。手を正面に突き出すととんでもない光を放つらしい。まぁ手から閃光手榴弾の効果があった、とでも覚えとけばいい」
魏藍の言葉に燕は短く「なるほど」と返した。
王来王家燕はじっと魏藍の動きを見守っていた。彼女の鋭い眼差しが、次の指示を待つかのように魏藍に注がれている。それに気づいた魏藍は、軽く肩をすくめて言った。
「そんなに急ぐな、王来王家」
彼は静かにホワイトボードの前に立ち、マーカーを手に取りながら続けた。
「まずは、基本に立ち返って異能の成り立ちをおさらいしてみるか。」
燕は眉をひそめ、わずかに首を傾けた。「どうして今更そんなことを?」
魏藍はちらりと財前都姫に目をやり、軽い笑みを浮かべた。「新人ちゃんのために、だよ。」
財前は急に注目を浴びて、慌てて言葉を探した。
「えっ、わ、私のためですか…?」
魏藍は頷きながら、もう一度燕に視線を戻した。
「そうだ。彼女がこの仕事を続けるためには、基本をしっかり頭に叩き込む必要がある。でなきゃ、この先が大変だ。」
財前は緊張しつつも、小さく頷いた。「あ、ありがとうございます。しっかり学びます…!」
「それじゃあ…」と、魏藍はマーカーをホワイトボードに走らせ、異能と異能者の成り立ちについて説明を始めた。
まず、異能を使うには空気中に蔓延するナノS粒子を体内に取り込む必要がある。
取り込んだ際に身体にはS細胞というものが生まれる場合がある。
このS細胞によって脳と身体に異常変化が起き、異能が発現する。
ただそれはナノS粒子が体内に残った場合のみ。
この世の5割から6割の人間はナノS粒子が体内で白血球に殺されS細胞を作る事なく死滅する。
ナノS粒子は言わば細菌だ、それを除去しようとするのは当然の行為というわけだ。
一度体内でナノS粒子が死滅すると身体の中に抗体が出来て2度とナノS粒子からS細胞を作られる事は無い。
まぁ、中には稀に後から発現する人もいるらしいが基本は無いとされている。
これが異能の核になるS細胞の成り立ちだ。
あくまでこれは研究による推測に過ぎないし、ナノS粒子っていうのもここのラボ含め一部の研究者や学者が名付けただけの便利な呼び方だ。
本来はなんで呼ばれていたのかは知られていない。
「これがまず粒子の説明」そう言った後ホワイトボードに書いた異能に関しての説明を消し、続けた。
「次は異能の成り立ちと発現と仕組みを説明する」
そう言った後再び長々と書いていく。
まず
人間の脳は100%稼働していないと言われている。
大体は20から30%、40%と言われている。
まぁもっともこれはあくまでそう言われているだけ。
脳が100%稼働してないは脳科学的にありえないらしい。ほとんどデマ。
だが活動量は日常の慣れによって減っていっていくらしい。
じゃあその活動量が通常の人間の脳がフルで活動してる時の2倍、3倍、10倍の活動量とエネルギーを出していたら?どうなる?
今の時代における異能者と呼ばれる者達は脳を常に10倍の量で稼働出来ている。
普通の人間にこんなエネルギーが常に出ていた場合どうなると思う?
言わずもがな、脳も体もついていけない。
機械類で言うところのオーバーヒートだな。
脳の神経が焼き切れて廃人になるのがオチだ。
異能者っていうのはそれが普通になった奴らの事を言う。
そして異能者になる過程だが
S粒子は非常に弱い性質なため、白血球によって殺されるっていうのがある。
非異能者はこれが起きた者達の事だ。
ただ中にはS粒子が白血球と結合する場合がある。
そうするなる事でS粒子が変化する。
その変化したモノがS細胞だ。
このS細胞を持った奴が異能者になる。
まずS細胞は血液中へと流れ、そして脳へと流れる。
そして脳へと運ばれた後、S細胞は
ドーパミンなどを急激に刺激し、活性化させる。
他の分泌物などによる刺激で起こる活性化に比べ、
このS細胞による急激な活性化は肉体への負荷は強い。
一説にはS細胞によるアドレナリンへの刺激によるものだとされているが、その辺は未だ分からない。
その後脳は肉体が脳から受ける負荷に適応させるために身体の皮膚、肉、血液、細胞、骨を大きく変化させていく。
そして脳から出るアドレナリンに対応した身体が作り上げられ漸く本来の脳の普段の5倍ほどのエネルギーの稼働が可能になったと言ったところだ。
ここからは活性化の影響が大きい脳の部分によって身体から起こる現状が変わる
例えば
肉体に関わる異能現象はアドレナリンなど大きく活性化しており
時間や空間に物理現象に関わる異能現象はセロトニンなど大きく活性化
想像力によって生まれる創造系の現象はメラトニンなどが大きく活性化
などによって変わる。
活性化した結果の脳の稼働段階で異能の種類も変わっていき
基本的な人類のS細胞による脳の稼働は通常の5倍から7倍と言われており
この値で使われる異能を完全能力と言う
これが異能だ。
「はいはい、長い。もうこれで講義は終了ね」
燕は軽く欠伸をかみ殺しながら、"カミヤ"の遺体の前に立った。
「さて、そろそろ始めてもいいかしら?」
彼女の目には、少しの緊張感と共に、すでに次の行動を促す意思が宿っている。
魏藍はゆっくりと頷き、
「そうだな、異能の基礎は説明したし、準備はもういいか」と、少しだけ彼女に歩み寄る。
続けて、財前に向けて真剣な眼差しを送りながら、
「財前、今話したことはしっかり覚えておけ。お前がこいつの役割を引き継ぐつもりなら、なおさらだ」と言った。
財前は姿勢を正し、
「は、はい!予習と復習、しっかりやっておきます!」と力強く返事をした。
その表情には、決意と共に、若干の不安も混じっているた。
魏藍はその反応に満足したように、軽く頷くと再び燕に視線を戻し、次の一手を示唆するように身構えた。
「それじゃあ始めるぞ。燕準備はいいな?」
「ええ。都姫、悪いけど手伝ってもらうわよ」
「は、はい!頑張ります!」
都姫の返しに微笑みながらすぐに魏藍に視線を返す燕。
「いいわ、始めましょう。私達の仕事と研究を」
薄暗いラボの中、静寂と張り詰めた空気だけが静かに響いていた。