14話【鳴神】
イノベーション事務局を訪れてから数日後
『北区で異能事件発生。異能対策室は直ちに対応せよ――』
無線から響く指令音。
王来王家燕は一切の迷いなく単独で現場へと向かった。
現場は北区の閑静な道路沿い。闇夜の静寂を切り裂くように、異能犯罪者らしき男が一人、悠然と立ち尽くしていた。
「異能対策室よ!手を挙げて投降しなさい!これは警告よ!投降しなさい!」
燕の声が夜風に乗り響く。手には数日前に温羅部から渡された銃が握られていた。
だが、男は応じるどころか、嗤うように口元を歪めた。
「来たな、異能対策室!!!」
声が夜闇を揺るがす。
「犯罪者ゲートじゃ有名だぜ。あの爆弾魔を殺したってな!良い御身分だよなァ!異能対策室は異能者の命も奪い放題!昔じゃ考えられねぇんよなァ!」
その言葉を吐きながら、男の手に目に見えるほどの電磁波が発生する。周囲の鉄片や金属製のゴミが吸い寄せられるように集まり、一つの巨大な鉄の塊となっていく。
「投降なんかしねぇ…!ぶっ潰れろ、異能対策室!!!」
男が叫ぶと同時に、電磁気力を用いて鉄塊が凄まじい勢いで燕へと放たれる。
――だが、燕は怯まない。
「…警告を無視するなんて……なら使わせてもらうわ。」
低く静かな声が響く。
「擬似能力閃光銃改め、”暁”解放…!」
燕の指がトリガーを引く。
瞬間――夜の空が閃光に染まった。
眩い光が暗闇を引き裂き、地上を灼熱の熱線で焼き尽くす。轟音が周囲を震わせ、鉄塊は光の熱量で蒸発。
それだけでは終わらない。熱線の余波が犯罪者をも飲み込み、全身を黒く焦がし、立ったまま息絶えさせた。
「……嘘…こんな威力、前は無かったのに…!?
これが完成した擬似能力……!」
その破壊力と効果に、燕は一瞬だけ目を見開いた。
動揺を飲み込み、すぐに冷静さを取り戻すと、無線を手に取る。
「こちら王来王家。北区の事件の犯人を執清。直ちに現場に引き取りに――」
だが、その様子を遠くから見ていた者がいた。
夜闇の中、フードを深く被った人影が、静かにその光景を見つめる。
「へぇ……これが擬似能力か。凄い力だね……うん、とても危険だね。」
その声は闇に溶け、やがて静寂だけが残った。
――それから2ヶ月。
『江戸川区にて放火事件発生。火災の原因は異能者による――』
『墨田区にて異能者集団による立てこもり事件が――』
警察無線は、まるで休む間もなく響き続けていた。
擬似能力が警察に普及してからというもの、異能事件の発生件数はむしろ増加の一途を辿っていた。
そんな中、王来王家燕、時陰、そして比嘉の3人は墨田区で発生した立てこもり事件の現場へと向かっていた。
「ここの立てこもり犯、どんな人なんでしょうね?」
運転席に座る時陰が、前方を見据えたまま口を開く。
「最近はぽっと出の異能犯罪者が多いからな。普通の逆上案件かもしれんな。」
助手席の比嘉が答える。その表情はどこか気だるげだった。
「今回は第2級以下の異能犯罪者集団です。」
後部座席の燕が、落ち着いた声で言葉を挟む。
「私たちなら簡単に制圧できると思います。」
比嘉はちらりとルームミラー越しに燕を見た。
「できるだけ逮捕にするぞ。」
「はい。無意味な執清は私も避けたいです。」
燕は軽く頷きながら答えた。
3人を乗せた車は、立てこもり事件が発生した建物の前で停車した。
そして次の瞬間――
「え……」
3人は息を呑んだ。
建物の前には、体の一部が黒焦げになった数人の男たちが煙を上げながら倒れている。辺りには焦げた肉の匂いが漂い、異様な光景が広がっていた。
だが、それだけではなかった。
その少し先では、1人の男が異能犯罪者たちに囲まれていた。武器を構える男、全身から刃物を突き出した異能者のような姿――彼らは一斉にその男へと襲いかかろうとしていた。
「ッ!異能対策室です!今助け――」
燕が咄嗟に叫び、駆け出そうとしたその時だった。
比嘉が無言で手を横に伸ばし、燕の前進を制した。
「比嘉さん!?」
燕が困惑して振り返る。
比嘉は微動だにせず、じっと前方の光景を見据えている。その表情には、どこか懐かしさすら滲んでいた。
「……あいつ……珍しいじゃねぇか、まともに仕事してるなんて。」
低く呟く比嘉の言葉に、燕と時陰は視線を交わした。
「さぁ、次は誰が相手をする?私としては、誰が相手でも、何人相手でも構わない。」
周囲に囲まれた眼鏡をかけた男は、冷徹な眼差しでそう言い放った。手に持っているのは長めの傘。その姿勢からは、どこか余裕すら感じられる。
「こいつ…ッ!さっき何しやがった…!いや、構わねぇ、囲んでぶっ刺せば終わりだ!!やれ!!!」
男に向かって、犯罪者風の男たちが一斉にナイフや剣を振りかぶり、鋭い刃先を眼鏡の男に向けた。
「なるほど、そう来るか。」
眼鏡の男は冷静に呟き、少し屈み込んでから傘を勢いよく開く。瞬時に、鋭い刃が迫る中、その傘が男たちのナイフや剣を完璧に受け止めた。
「傘で受け止めた!?」
時陰が思わず叫んだ。その驚きが声となって漏れる。
「さぁ、鳴り響け。擬似能力解放。」
眼鏡の男が静かに言葉を放つと、傘が一瞬にして変化を始め、電磁波のような波動をまとい、周囲の空気が一変する。
次の瞬間、男たちがその電磁波を受け、弾き飛ばされる。
「うぉおおおお!!!」
男たちはまるで雷に打たれたかのように、地面に倒れ込み、煙を上げながら全身を震わせていた。
「ま、まただ…!?なんなんだそれは…!」
リーダー風の男が目を見開いて叫ぶ。
「さすがにまだ知らないか。これは擬似能力というそうだ。」
眼鏡の男は冷徹な表情で続ける。
「君達異能者に対抗する、非異能者である私達の切り札とでも言っておこうか。」
そして眼鏡の男は、何の前触れもなく片手で開いたままの傘をライフルの様に構え、リーダー風の男に向けた。
「非異能者の切り札だ?そんな傘で何ができんだ!」
男は怒鳴りながら、全身の皮膚から鱗のように無数の刃を生やし、鉄のように硬質化した体を作り上げる。
「こっちは全身刃物による鉄の体だ!傘如き屁でもねぇよ!」
男はその鋼の体を持って、眼鏡の男に向かって突進を開始した。刃が激しく風を切る音を立てる。
「そうか、それは楽しみだ。」
眼鏡の男は静かに呟きながら傘を構え、傘を開くためのスイッチを静かに押した。
「これが通用しない奴を探していたんだ。是非耐えてみてくれ。」
眼鏡の男の言葉と共に、傘の先端から放たれたのは、まるで雷鳴のような轟音とともに放たれる波動だった。
「”鳴雷之五十土”」
ズギャンッ――
その音は、燕の持つ「暁」の衝撃音にも匹敵する、強烈な音を響かせた。
傘の先端から放たれた電磁波の砲撃は、全身刃物の男の腹部に直撃し、そのまま貫通した。
男は口から大量の血を吐き出し、全身から煙を上げながら、地面に倒れ伏した。
「安心してくれ、命までは奪っていない。まぁ、聞こえてないだろうけど。」
眼鏡の男はその場に倒れた男をちらりと見た後、何も言わずにその場を立ち去った。
「何者ですか…あの人は…!」
燕は息を呑みながら、比嘉に問いかける。その額には冷や汗が流れていた。
「あいつは異能対策室SBチーム現班長の鳴神紫電。」
「現班長ってことは、二さんの後任ってことですか?」
時陰が少し驚きながら尋ねる。
「あぁ。」
「SBチームにあんな人が居たなんて知らなかった…」
燕は少し驚いた表情を浮かべながら、そう呟いた。
「あいつは滅多に異能対策室の仕事をしないからな。二が亡くなって、何か思うところがあったのか、ようやく動いてくれたみたいだ。」
比嘉は感慨深げに続けた。
「そうなんですか?」
「そりゃな。何せ元々あいつは公安組織最強と言われてた男だしな。」
「公安最強の男。そんな肩書き持った人が…」
そのスケールのデカさに、燕は言葉に詰まった。
「あいつに限ったことじゃない。異能犯罪者に対抗する人材は、ああいう連中ばかりだ。」
「そうか…。あの人、CSチームに来てほしいですよね。」
時陰が少し不服そうに言う。
「確かに。私達だけでは人手も足りていませんし、擬似能力も今は私だけです。今回も竜崎さん達には江戸川区の方に向かってもらっていますし。」
燕も班長としての責任を考えながら、しっかりとした答えを返す。
「いいや、CSチームはお前達じゃなきゃダメなんだ。」
比嘉は言い切った。
「新しいのを入れたり、別チームからの移籍は考えていない。」
「それはなぜですか?」
「何でもだ。それよりも、この立てこもり事件の後始末をしよう。多分、死んではいないだろうから、手錠かけて引っ張って行け。」
比嘉はそう言いながら、倒れた男たちに手錠をかけ始める。
その後を燕と時陰が続き、すぐに現場の整理が始まった。
ーー同時期ーー
墨田区でも江戸川区でもない別の場所。
東京ドーム付近。
かつては日本のドームの代名詞だったここも戦争の影響で姿形を新しく変え建て直されていた。
そんなドームの前で混沌による阿鼻叫喚の渦が巻き起こっていた。
カウボーイハットを被った男が大きな鎌を持ち人々を斬りつけるという事件がこの場であった。
異様な異能を用いて人々を襲ったとされていた。
幸いかけつけたとある人間により男は取り押さえられ死傷者は0人ではあったものの何百人もの人々を傷つけた罪は重く、異能犯罪者専用の地下刑務所へと送られた。
だが、この事件だけが異能犯罪の動向を示すものではなかった。数日前には、また一つ奇怪な出来事が起きていた。罪状不明の男が、理由もわからぬまま異能犯罪者として捕らえられ、地下刑務所に送られるという前代未聞の事件だ。その男が一体何者で、何を目的としていたのか、真相は依然として謎のままであった。
擬似能力。
王来王家燕と魏藍衝平の生み出したその概念。
それが世に出初めて2ヶ月ちょっとが経った。
どういうわけか、そのタイミングに沿って異能犯罪は激化していた。
たまたまタイミングあったのか、異能者による抵抗なのか、はたまた別の何者かの思惑があるのか
真実はわからないまま異能者と非異能者による拮抗の図が成り立っていっているのであった。