12話【異能研究技術開発部】
「こちら異能対策室CSチーム班長、王来王家です。爆破事件の犯人である男“岡本理坐”の執清を実行しました。岡本理坐の遺体の引き取りをお願いします。」
燕の声は疲労を滲ませつつも、冷静さを保っていた。まるで感情を押し殺すように一言一言を的確に紡いでいく。
『九条だ。爆破事件、ご苦労。今、使いを向かわせる。』
無線越しに響く九条の声。現場で直接指示を受けるのは珍しい。燕は一瞬眉を動かしたが、それ以上の反応を見せず、短く答えた。
「ありがとうございます。お待ちしています。」
通信を切ると、燕は周囲の状況を一瞥し、現場処理を進めるSBチームの班員たちの動きを確認する。
緊張感が張り詰めた空気の中、彼女は竜崎の方を振り返り、的確に指示を飛ばした。
「竜崎さん、神室さんと時陰さんを呼び戻してください。」
「了解。」
竜崎は素早く無線機を手に取り、浅草寺で待機している神室と時陰に連絡を入れる。その手際の良さに、燕は軽く頷いた。
数十分後、神室と時陰が現場に到着した
燕は2人に現状説明をした。
そのすぐ後、現場に新たな車両が到着する。車から降り立ったのは比嘉だった。
「比嘉さん!?九条さんからの使いって比嘉さんだったんですか?」
燕は少し驚きの声を上げる。
「あぁ、そうだ。まずはお疲れさん。爆破事件の犯人執清、ご苦労だったな。」
比嘉は燕の目を見据え、静かに労いの言葉をかける。
竜崎が少し非難めいた声で口を開く。
「警視監が使いに来るとは、忙しいもんなんだな。」
比嘉は肩をすくめ、軽く笑う。
「あぁ全くだ。俺の山もまだ何も片づいちゃいねぇんだが、九条の命だからな。それで…こいつが爆破事件の犯人、岡本理坐だな?」
「はい。」
燕が即答すると、比嘉は遺体に目を落とし、少しの間だけ黙った。
「一応聞いておくが、どうして執清に踏み切った?」
比嘉の声は淡々としていたが、その裏には鋭い観察の目が光っている。
燕は背筋を正し、きっぱりと答える。
「今回、第一級異能犯罪者であること、ここ二日間で非異能者その数43人の爆殺したその危険性と残虐性、そしてSBチーム班長・二四一の殺害行為。この全てを踏まえ、執清が最適な判断であると判断しました。」
比嘉は深く息を吐き、わずかに目を伏せる。
「そうか…二が…通りで見当たらないわけだ。惜しい奴を亡くした。SBチームをもっと引っ張っていく男だったんだが…。」
その声にはわずかな悔しさが滲んでいた。
「はい…一度隊を別れた後再度合流した時に…目の前で…」
燕は事の詳細を告げようとした。
「いい。言わなくても分かる。」
「…それで?こいつはどうすんだ?遺体安置所行きか?それとも検察庁への送致か?」
竜崎が重くなった空気を変えるために本題に戻った。
比嘉は遺体に視線を向けたまま静かに言った。
「いや、イノベーション事務局へ運ぶぞ。」
「え、イノベーション事務局に?」
燕が問い返すと、比嘉は頷きながら答える。
「ああ。ちょうど被検体の引き渡し時期だったらしい。俺が派遣されたのもそのためだ。詳しい話は向こうに着いたらお前のお友達に聞きな。」
「なるほど、聞けばいいんですね”魏藍”さんに」
比嘉、燕、竜崎、神室の乗る車と、その後ろに続く村崎と時陰の車列が、夜の闇を静かに切り裂きながらイノベーション事務局の敷地内へと滑り込んだ。
敷地を囲むフェンスには警戒用のセンサーが巡回し、赤い光が規則正しく瞬いている。厳重なセキュリティの下、重厚な施設の入り口が機械音を立ててゆっくりと開いた。
「随分厳重なんだな、ここは。」
竜崎が窓越しに施設を眺めながら呟く。
「えぇ。政府直属ですし、異能者の被検体がある場所ですからね。異能者の仲間や友人、家族が取り返しに来ることもしばしばありました。」
燕はその冷静な口調で説明したが、その視線は施設内の様子を警戒するかのように鋭かった。
「そっか、班長は元々イノベーション事務局に居たんでしたっすよね?」
神室が問いかける。
「イノベーション事務局の異能研究技術開発部にね。」
燕は簡潔に応じた。
会話が途切れたタイミングで、運転席の比嘉がバックミラー越しに振り返る。
「王来王家は分かってると思うが、ここのスタッフ陣も内閣直属だ。余計な会話はしなくていい。」
比嘉の忠告に、神室が小さく頷く。
車が完全に停車すると、燕たちは降車し、周囲を確認した。すると、すぐに事務局の職員たちが現れた。白衣を纏った職員たちは燕と比嘉に軽く一礼すると、村崎たちの車から運び出された岡本の遺体袋を慎重に搬送し始めた。
「遺体の引き渡しはこれで完了だな。それじゃあ王来王家後は任せた。」
「え、任せたって何をですか?」
突然の言葉に思わず聞き返す。
「ここ来る前に言ったろ?抱えてる山が文字通り山積みなんだよ。そっちの話を長官さんと話さなきゃならねぇんだ。安心しろあとはここの案内人が来るはずだから。」
比嘉はそう言うと、車に乗って来た道を引き返していった。
「本当に忙しいんですね、比嘉警視監。」
時陰は去り行く車を見てそう言った。
「遺体の引き渡しだけでも私達に合流してくれるのは心強いわ。」
2人がそんな会話をしていると事務局の建物入口から一人の男性が現れた。
男は20代後半ほどの若さで、オフィスカジュアルのスーツに身を包み、柔らかなパーマの掛かった茶髪が特徴的だった。その目はどこか冷たく澄んでおり、無駄のない動作で燕たちの前まで歩み寄る。
一瞥するだけで全員を見渡すと、彼は口元だけで微笑んだ。
「初めまして、イノベーション事務局・異能研究技術開発部の天城天です。今回、開発技術室までの案内をさせていただくのですが…。」
彼は燕に視線を向け、その名前を呼んだ。
「僕が案内してもよろしかったでしょうか?王来王家燕さん?」
「私を知ってるんですね?」
燕はその問いに軽く眉を動かしながら答える。
「はい勿論。魏藍さんから聞いています。超優秀な研究員だったと。」
「それはありがとうございます。今の私は異能対策室の人間です。技術開発室の案内をお願いします。」
燕の応答に、天城は再びわずかに微笑む。
「では、皆さんこちらです。」
彼は手を軽く動かし、先導するように歩き始めた。
「しかしよかったです。知らない人間に案内などさせるかと言われると思っていました。」
天城が後ろを振り返りながら言うと、燕が軽く首を傾げた。
「言いませんよ、どう聞かされてるんですか。」
「ハハハ、こうして王来王家燕さんにお会いできて嬉しいです。」
天城の笑みに隠された意図を読み取ろうとするように、燕は黙って歩を進める。
「天城さんって王来王家班長とは初対面なんですか?」
時陰が純粋な疑問を口にする。
「ええ。何せ僕が異能研究技術開発部に所属したのも3ヶ月ほど前です。ドが付く新人です。」
そう言う天城の声には妙に落ち着きがあり、言葉の選び方にも隙がない。
いつの間にか、彼らは厳重なセキュリティの施された技術開発部の扉の前に立っていた。
無機質な金属の扉は威圧感を放ち、そこに至る廊下は完全に静まり返っている。
「では皆さん、こちらが技術開発部になります。僕の案内はここまでなので、あとは中に居る魏藍室長とお話しくださいませ。」
天城は燕たちに軽く一礼すると、踵を返しながら少し笑みを作った。
「失礼します。」
燕は一瞬その背中を見送り、すぐに扉へと向き直る。ノックをした後、彼女は静かに扉を開けた。
技術開発室の中は、無数の研究機器が並ぶ異様な光景だった。その中で一人の男が、岡本とは別の被検体と向き合っている。ボサボサ頭に無造作な服装――だがその動きには無駄がなく、集中力が漲っているのがわかる。
男は振り向かないまま口を開いた。
「爆破事件、お疲れさん。その被検体に会うのが楽しみだ。」
「いきなりだな、誰だ?」
竜崎が警戒心を隠さずに問いかける。
「相変わらずですね魏藍さん。」
燕が少し懐かしそうに微笑むと、男はその言葉に反応してようやく振り返った。
「お前は相変わらず堅苦しいな。」
振り向いた男は燕たち一同を見渡しながら、燕に話しかける。
「久しぶりだな王来王家。」
「久しぶりですね魏藍さん。」
燕は変わらぬ魏藍の姿に微笑みを浮かべた。
「この人が王来王家班長の元上司。」
村崎が呟いた。
「なんだか、デフォルトした研究者って感じっすね。」
神室の何気ない一言。
「失礼だよ、神室くん。」
すぐに時陰がツッコンだ。
「そいつらがお前の守る仲間なんだな。」
「はい、異能対策室Control Squadの班員のみなさんです。」
そう紹介した燕に魏藍は嬉しさが溢れた。
「そうか。改めて異能研究開発技術部責任者の魏藍衝平だ。」
警視庁・長官室
静まり返った室内に、低い足音が響く。
「戻ったぜ、九条。」
窓の外を眺めていた九条に向け、比嘉が軽い調子で声をかけた。
「早かったな、比嘉。」
振り返る九条は、その声色に長官としての立場から生じる微かな疲労を滲ませつつも、落ち着いて応じる。
「なんだ?遅い方が良かったのか?」
比嘉は軽く肩をすくめ、九条の顔色を窺うように言葉を返した。
「いや、部下が色々気になるだろうと思ってな。もう少しその場に留まるかと思っていた。」
九条の口調は淡々としているが、その視線にはわずかな探りが込められている。
比嘉は鼻で笑うように短く息を吐いた。
「王来王家にとっちゃ久しぶりの同僚との再会になるんだ。あの場であいつの上司に当たる俺が居たら、居心地的にどうなんだ?って話だ。」
九条の口元がわずかに歪む。
「フッ…意外と気遣いだな。いや、昔からだったか。」
「そういうお前も長官になってからチッとも変わんねぇな。」
比嘉は少し茶化すように言い放つ。
「歳はとったがな。」
九条は軽く返すが、その声には年齢を重ねた男の余裕が感じられる。
「60超えたら何も感じねぇだろ、ジジイ。」
比嘉の言葉には揶揄が含まれているが、そこには親しみも垣間見える。
「そろそろ60のお前もジジイだ。」
九条は微かに笑いながら応じた。
一瞬の沈黙が流れる。だが、その静けさには緊張感はなく、旧友との会話のような穏やかさが漂っていた。
やがて九条が椅子に深く腰を落としながら言葉を継ぐ。
「それで、比嘉よ。お前一人でここに直々に押しかけるという事は何かあるんだな…?」
比嘉はポケットから写真を取り出し、九条の机の上に静かに置いた。
「あぁ、九条…お前、こいつらを知ってるか?」
九条は写真を手に取り、目を細めてじっくりと確認する。白黒の粗い写真には、どこかの駅構内の監視カメラからの映像を写真にしたものだった。
その写真には黒いフードで顔を隠し、ローブをまとった数名の人影が映し出されていた。その姿は不気味で、明らかに異様な雰囲気を漂わせている。
「井土の野郎から俺の所に話が入って来た。そんで井土達はこう呼んでるらしい――“カルペ・ディエム”と。」
九条は写真から視線を外し、比嘉を見据える。その表情はすでに、ただの旧友同士の会話から緊張を帯びた仕事モードへと切り替わっていた。
比嘉もそれを感じ取ったのか、無言で九条の様子を見守る。その静寂の中で、九条の指が机を軽く叩く音だけが響いた。




