【コミカライズ】断罪不可避の悪役令嬢、純愛騎士の腕の中に墜つ。
私は華やかな夜会で、自分の婚約者と乙女ゲームのヒロイン役の可愛い女の子が楽しそうに踊っているのを、抗議しに行くでもなくシャンパングラス片手にぼーっと見ていた。
この状況が……嫌か嫌ではないかというと、正直に言えば嫌なんだけど、なにせこの世界はゲーム進行の強制力が強すぎて、私は婚約者の心を取り戻すことは、早々に諦めてしまっている。
だって、何をしても無理だもの。
乙女ゲームの中へ転生したと気がついて丸三年、私だって断罪されることを防ごうと色々と改善しようと動いたし、これから私に起こるだろう悲劇の大元の原因となるヒロインには、なるべく近寄らないようにしていた。
けれど、何をしても何をしなくても結果的に私が虐めたことになっているし、気がつけば私の近くにあのヒロインは居て、悲しそうな顔で泣き出しそうになってしまっている。
そして、私の婚約者アーサー含め何人かの攻略対象者が、どこからかやって来て彼女を庇うのだ。
はいはい……ええ。悪役ですよ。私こそが、悪役令嬢ですよ。それで良いんでしょう。
今ではもう、開き直って、すべてを諦めた……この立場を抜けたくてどう足掻いても、どうせ乙女ゲームヒロインの都合の良い方向へ進んでいくんだから。
私はこのまま、ヒロインを虐めた悪役令嬢として、断罪されることを待つのみよ。
「ティルダ様……良いんですの。あんな……」
悪役令嬢ティルダたる私には、今だって何人かの貴族令嬢が取り巻いて居る。
いわゆる悪役令嬢の取り巻きの彼女たちは、私がいくらよそよそしくし接しても、近づけば逃げ回っても、どこまでも付いて来るので、今ではもうそういうものだと割り切り、気にしないことにしている。
「……構わないわ。私には……アーサー殿下の幸せが一番だもの。彼が彼女を選ぶと言うのなら、私は我慢するわ。お二人の幸せを邪魔することなど、一切考えておりません」
「……そうですよね! 本当に気に入りません。身分の低い男爵令嬢だと言うのに、あんな風に良い気になって……許されませんわ」
「殿下の婚約者はこちらにいらっしゃる、高貴で美しい公爵令嬢ティルダ様だと言うのに……あんな貧相な庶民上がり、身の程を思い知らせなくては!」
健気ヒロイン顔負けだったはずの私の良い台詞をまるっと無視されて、周囲も憚らず王太子と見つめ合うヒロインをどうやって虐めようと盛り上がる取り巻き令嬢たち。
私はなんだかそんな光景があほくさくなりため息をつき、持っていたグラスを給仕の盆に置くと、一人で夜会を抜け出すことにした。
取り巻き令嬢たちは、まだここでは気が付かず追って来ない。私が本来と違う行動を取ると、ゲーム進行上、どうしてもタイムラグが生じてしまうようなのだ。
いつもあんな風に強制的にゲームは進行されてしまい、私の意志などは全く周囲には通じない。虐めてもいないし虐めようとしていないのに、あんな風に虐めたことになる、もうどうしようもない。
だからと言って、トリエステ公爵令嬢ティルダが悪役令嬢の役目を放棄されることも許されない。お金を貯めて旅に出ようとすると、どんなに周到に準備しようが、絶対に誰かに見つかってしまうし、幾度も試みた脱走は成功しない。
ええ……詰んだ。いわゆる、これが詰みゲー。何をどうしても、私にはバッドエンドしか待っていない。
このまま悪役令嬢として、断罪されてしまうことは避けられない。
生まれ変わったこの乙女ゲーム世界に関して、プレイしたことは確かだけど、あまり好きだった記憶はない。
ゲーム攻略はすんなりで簡単だったし、全員ヒーロー一周して次のゲームに移った気がする……つまり、何が言いたいかというと、メインヒーローの婚約者、悪役令嬢ティルダ・トリエステの断罪後がどうだったか覚えていない。
牢屋に入るか、娼館に売られるか、国外追放なのか……それすらも、わからない。
つまり、断罪後の備えも出来なくて、私は今究極の詰みゲーを経験しているということになる。
嫌だ……私だって、恋したいし、なんなら、素敵なヒーローと結婚したいよー!
ひと気のないバルコニーに出た私は、やたらと綺麗に見える空に浮かぶ月に、なんとなく感傷的になっていた。
……何なの。乙女ゲーム転生って、もっとやるべき事が明確にあって、それに向かって努力するとかあったはずなのに……私には何も見つからない。詰んでいる。転生した意味ある?
「私だって……恋したいー!!」
涙目になった私は大きな声を出して、月に向かって吠えた。遠吠えする狼の気持ちがわかる。なんだか、鬱屈した気持ちが晴れてスッキリする。
別に誰かにこれを、聞かれていたって構わない。
どうせ、悪役令嬢っぽい解釈されて、私の意志とは関係なく、乙女ゲームに都合の良い発言に置き換えられる。
わかってます。私はいずれ断罪される悪役令嬢。はーっと大きくため息をついた。
「……あの」
私は階下から聞こえた、躊躇いがちの言葉に驚いた……あら。この人知っている。
確か、王太子アーサーの父、現王陛下のお気に入りだという、騎士ゴートン・リッターだわ。
短い銀髪に青い目。容姿は女性と見紛うほどに美しく、色合いも相まって、まるで月にでも愛されていそうな美形騎士だ。
けど、きっと……ゴートンだって、私を王太子の婚約者で、嫉妬のあまり可愛いヒロインを虐めている公爵令嬢だと思っているのよね。
それは、仕方ないことだと、諦めを込めて彼へ微笑んだ。
「……ごめんなさい。誰も居ないって、思って居たから。恥ずかしいわ」
ゴートンは何度か目を瞬いて、私をじっと見つめ、首を振ってから、もう一度私を見た。
「すみません。とても美しくて、人だとは思えなくて……それに、先程の、貴女の言葉も……驚いて」
……さっきの私の叫びは、このゴートンには別の意味に聞こえていなかったということかしら?
今まで、私が言った通りに受け取られなかった経験があまりにも多かったから、なんだか新鮮に思えて笑ってしまった。
「ええ。一生に一度は情熱的な恋がしてみたくて……婚約者の居る身だと言うのに、いけませんね」
婚約者は居る。けれど、彼は私のことを好きではない。
ティルダは彼に恋をして嫉妬に狂う予定だったけど、現代の記憶を持つ私が転生して、そうではなくなってしまった。
少なくとも彼女の中身の私は、メインヒーローアーサーに恋はしていない。
「……アーサー王太子殿下のなさりようは、僕もあまり良い行為だとは思えません。親に決められたとは言え、婚約者が居るのなら、その方を最優先にするべきだと思います」
ゴートンには何故か、悪役令嬢であるはずの私の言葉は、他の人のように曲解されてしまわないようだ……おかしいわね。
彼はゲームの中では、登場しなかったからかしら? ……それとも、この会話はゲーム進行には関係ないから?
「ええ。けれど、仕方ないことです。殿下があの女性をお好きになられたのなら、私は応援するつもりです。私はそれこそが幼い頃から婚約をしていた彼を想うということだと思って居ます。恋をしてはいませんが、大事な方なので」
いつもこういう健気な台詞を言い慣れて、かつそれを、悪役令嬢として意地悪に置き換えられるということを繰り返して来た。
今回のことも、きっとそうだろうと思いつつゴートンを見ると、彼は口に片手を当てて、目をきらきらさせて感動しているようだった。
「なんと……素晴らしい。なんて、素敵な女性なんだ。ティルダ様……もし、よろしければそちらに行っても?」
……え?
ゴートンには、私の言葉は……そのままで伝わったんだ。
あまりない事態に戸惑いながら私が頷くと、彼は準備動作なく飛び上がり、バルコニーの手すりを乗り越え、私の隣へとやって来た。
すっ……すごい。ゲームの世界補正があるとは言え、ゴートンは素晴らしい運動能力を持っているようだ。
「にっ……忍者?」
「ニンジャ?」
不思議そうに、ゴートンは首を傾げた。
私はこれで、ゴートンには乙女ゲームの強制力が働いていないことを確信した。身のこなしが軽すぎて、忍者に思えるくらい素晴らしい身体能力は置いておいて……。
やっぱり……本来なら伝わらないはずの私の言葉が、ゴートンにはそのまま通じている。
これまでは転生した私が現代日本特有の言葉をうっかり発してしまっても、そのままには取られないし、何かしら変換されて相手には聞こえているようだった。
だから、これもきっとこうなると思って居たんだけど、ゴートンには、私の発した声の音が、そのままで伝わっている。
今までにないことであまりに驚き過ぎて無言で彼の事を見て居たんだけど、ゴートンは私が何か言葉を発するのを待っているようだった。
……そうだ。私には転生してから初めてのことでとても驚いたけど、ゴートンには一切関係ないことだったわ。
「ごっ……ごめんなさい。変なことを言ってしまって。えっと……あんまりにも、そう……貴方が素敵だったから、びっくりしたの」
これは、嘘でもなく紛れもない真実。今まで遠目でしか見たことのないゴートンは、こうして間近で見るとより素敵な男性だった。
「ありがとうございます。光栄です……ティルダ様は、婚約者の王太子殿下とは、あまり上手くいっていないのですか?」
「ええ。アーサー様は、可愛い男爵令嬢に恋をして、彼女に夢中なようなの。けれど、私よりも彼女の方が可愛いし、仕方な……」
ヒロインは女の私から見ても、どこからどう見ても、可愛いという奇跡のビジュアルだ。乙女ゲームでイケメンヒーローが入れ食いになってしまっても、何の不思議もない。
「そんなことは、絶対にありません!」
卑屈にも聞こえそうな私の言葉を遮って、それを否定してくれたゴートンに言葉に苦笑してしまった。
ただそれだけなのに、彼の持つ誠実さや優しさが垣間見えて、なんだか嬉しくなった。
そう。転生してから三年、初めてとも言えるくらいにそのままの言葉が通じて、私はとても嬉しくなった。
「ありがとうございます。リッター様は、優しいんですね」
「ティルダ様。僕のことはどうか、ゴートンと……そうですね。殿下との婚約は、このままであれば解消されるんですか? 件の彼女と結婚されるにしても、王家に仕える臣下として現在の婚約者であるティルダ様には誠意ある行動を取っていただきたいと思います」
ゴートン……何なの。こんな出鱈目とも言える乙女ゲームの世界で、すごくまともな人なんだわ……ゲーム展開に必要な会話しかしない周囲より、断然彼に好感を持ってしまう。
「その……言いづらいけど、私たちの婚約は、破棄されることになると思うの。私は正直、彼女をあまり良く思ってなくて……周囲に誤解されることも多くて」
そうなの。ヒロインの彼女に嫌がらせをしようなんて、全く思って居ないんだけど、結果的になんだかそんな風になってしまうのよ……不思議なことに……本当に不思議だけど。
「それは! ティルダ様がご不快になられるお気持ちは、誰しも理解出来ます。将来結婚する婚約者に横恋慕されるのです。苛立つ気持ちは、結婚する相手を好ましく思えばこそ……それも、ティルダ様を二人の幸せのために利用されてしまうなど……絶対に許されることではありません」
ゴートンは優しく誠実で、騎士らしい騎士のようだ。
婚約者アーサーは、本当に驚くほど美形だけど、私に優しくないという時点で恋愛対象にはならなかった。
目の前に居るゴートンは好ましいけど……でも。
「ありがとう。ゴートン様。けれど、良いのよ。二人が幸せであれば良いと思うわ」
これは、本当にそう思って居る。けれど、それは絶対に通じない。
そんな理不尽な世界で三年も過ごして居た私には、言葉を意味通り聞いてくれるというだけで十分だし、無関係の人とは言え、ゴートンがこうして言ってくれることが、すごく有り難かった。
「いけません……陛下に伝えます。ティルダ様の現状と、そして、僕の気持ちを」
ゴートンの気持ち……? こちらを見る彼の目は、熱っぽくて甘い。もしかして、私に好意を感じてくれているという意味かしら?
悪役令嬢ティルダの容姿は乙女ゲームのメインキャラらしく、美しく文句の付けようがない。
気が強く見られそうな猫っぽいつり目だって、鏡を見た私はとても可愛いと思ってる。
ティルダがこういう気の強そうな外見とは裏腹な健気なことを言い出したのなら、そんなギャップを魅力に思ったゴートンだって恋に落ちても仕方ないのかもしれない。
ゴートンは私と結ばれたいと、そう思ってくれた?
「……そうなったら。良いのに」
心で思っていた言葉が思わずするりと口からこぼれて、私は口を押さえた……いけない。私は今アーサーという婚約者も居るのに……彼だって同じことをしているからって、あまり、良くないわよね。
ゲーム進行への強制力は、本当に強すぎて、何度も何度も逆らおうとしても何をしても無駄だった。
だから……ゴートンが陛下に言ってくれても、きっと……。
「え?」
「ごめんなさい。私は大丈夫です……関われば、ゴートン様が罰せられてしまうかもしれないから、それはしないで。お願いします。私と関わると、あまり……良くないかもしれないから……」
これは、そうだと言い切れる。なんとなくふわっとした危機感でもなく、はっきりとした確たる理由があるから。
ゲーム進行強制力が激しすぎる世界で、悪役令嬢の私と一緒に居て良いことが起こるかっていうと、とても難しいと思う。
「私と居ると不幸になるから、近付かない方が良いよ」なんて、本当は近付いて来て欲しい構ってちゃんな女子が強がり言う時以外使い道あるのかなって思ったけど、これは本気なの。
ゲーム世界で、強制力に勝てる存在なんて、何処にも居る訳がないんだから。
とりあえず、私の行く先は牢屋か国外か。そんな時に、将来有望な美形騎士様を、道連れにするなんて出来ない。
「ティルダ様……」
ゴートンは悲しそうで言葉もない様子だったけど、その時に取り巻きたちの声が聞こえ彼女たちが私を探しに来たのが見えたので、丁寧に彼に挨拶をしてここを立ち去ることにした。
これで良い。
ゲーム強制力の強さは私が一番良く知っているし、何の罪もないゴートンまで巻き込むなんて出来るはずもない。
◇◆◇
「……罪によって、ティルダ・トリエステとは婚約破棄し彼女を貴族の身分剥奪の上、国外追放とする!」
私は婚約者アーサーが言った『国外追放』の言葉を聞いて、ほっと安心して胸を撫で下ろした。良かったわ。だって、そうだったら良いなと思っていた刑罰だったから。
「殿下のお言葉通り……お受けいたします」
また、この言葉も何か良くない言葉に変換されたのか、周囲からは失笑と嘲笑が聞こえた。
もう良いわ。話した言葉がそのままの意味で通じないなんて、これでもう終わりだもの。悪役令嬢の断罪を以てハッピーエンド。乙女ゲームはすべて終わり。
こういう時のために財産を隠していた場所へ、どうにか移動しないと……。
腐っても貴族令嬢の私は、作法通りお辞儀をして、この場から下がるために背後を振り返った。
……そこに居たのは、あの時以来姿を見なかったゴートン? どうして、彼がここに居るの?
ここまで急ぎ走って来たのか、肩を揺らした彼は荒い息を何度も吐いていた。そして、ゴートンは騎士らしくひざまずき、許しを乞うようにアーサーへと言った。
「お待ちください! アーサー殿下。ティルダ様はそちらの女性を、一度も虐めた事などございません」
「……なんだと?」
「何らかの理解し難い力が働き、ティルダ様の言葉が何故か悪意ある言葉に入れ替わるのです……そんなティルダ様を断罪するなど、殿下のため……いいえ。この国の損失になります。どうか、僕の話を今一度お聞きください」
ゴートンはそう言い、顔を上げた。私へ意味ありげに目配せしたけど、それがどういう意味かわからない。
確かにゴートンにはゲームの強制力は、働いてないようだった。
以前会った時に、私だってそれは思った……けど、ここから彼が何をしようとしているかなんて、全然わからない。
「……何を言っている? リッター卿。お前が父上のお気に入りだろうが、関係ない。そこに居るティルダは何度もこちらに居るか弱き女性を虐め、命の危険にも晒そうとした。許し難い蛮行だ」
アーサーは隣で震えているヒロインの腰を抱き、事態が呑みこめぬまま呆然としている私を指差して言った。
「いいえ。僕は知っているんです。先ほどだって、ティルダ様は粛々と罪の罰を受けると言った。ですが、ここに居る皆さんには、口汚くそちらの彼女を罵り、自分は無実だとみっともなく喚いているように聞こえた……違いますか?」
「その通りだろう……いや、待て。ティルダの言葉が変換されて聞こえるだと?」
アーサーは頭を押さえて、苦しそうに呻いた。それは、周囲に居る人たちもそうだ。ヒロインだけはガタガタと震えていた。
「効き始めましたね。これは、神殿からお借りした御神体。そこにあるものは、ありのままの真実の姿が残り、まやかしは全て消え去ってしまうはずです」
「ちょっと! もうっ……余計な事はしないでよ! もう少しで、私はエンディングで幸せになるはずだったのに!」
さっきまで怯えて震えていたはずのヒロインの女の子がそう言って、私はその時にこの子も転生しているんだと悟った。
もしそうならば、私にわざわざ近づいて、虐められているような体勢になっていたことだって……全て、理解出来る。
私と彼女の役回りを理解していたから、そうしていたんだ。
「……やはり、お前が全ての元凶だったか。何かおかしいと思ったんだ。この女を連れて行け。国外までその身を移せば、殿下たちも正気を取り戻すはずだ」
「……何を」
「ティルダ様には何の罪もない。この女が、全員に妙な術を掛けていたんだ」
「まっ……待ってよ! どうして! 私はヒロインなのに!」
何人かの兵士に連れられ去っていく彼女。私はそれを見ているだけだったけど、何だか胸のすく想いだった。
今まで私が何言っても何やっても無駄だったのも、全部彼女が仕掛けた事だったのね。
「ティルダ様。証拠固めや各種手続きなどでお救いするのが大変遅くなり、申し訳ありませんでした」
「ゴートン様……私を、助けてくれたんですね」
嬉しさで自然と溢れ落ちる涙に、彼は悲しくて泣いていると誤解をしたのか、悲しそうな顔をした。
「ええ。貴女の言っていた事は、その通りでした。僕は実は現国王と神殿の巫女の元に生まれた、非嫡出子なんです。おそらく母の血が、貴女を苦しめていた何かの力を振り払いました」
この世界では、神殿ってそういう力も秘めているんだ……ゲームの中では一切出て来ないし、私の父母も敬虔な信者とは言い難いから、それを知らないままでこれまで来てしまった。
それに、今の話には……すごく重要な情報があった。
「あ……では、貴方は」
「そうです。訳あって今まで存在を隠されていた王族なのですが、貴女のためにこれから名乗り出ることになります」
「……私のために?」
「ええ……公爵令嬢に求婚するには、身分が必要かと……父も、兄の所業を聞き、貴女には悪いことをしたから、そうして欲しいと僕に言っていました」
「ゴートン……その」
ゴートンは素晴らしい男性であることは、私にも理解出来ている。けど、まさかこんなことになるなんて……全く思ってもいなくて……ほんの少ししか会っていないのに、遠い神殿まで行って、私を助けてくれたんだ。
「もう大丈夫です。ティルダ様。今まで本当に、大変な思いをされましたね。これからは僕が共に居て、何があったとしてもお救いすることを約束します」
彼は優しく腕を広げたので、私は何も考えられずに、その胸へと飛び込んだ。
◇◆◇
アーサーは何の罪もない婚約者たる私へ婚約破棄を宣言し、何の法的根拠もなく国外追放の刑を下したとして、一年間の離宮での謹慎処分になった。
とは言え、何らかの良くない力が働いていたから仕方ないという声での温情処置もあり、まだ王族の身分は剥奪されず、継承権はそのままになるそうだ。
被害者となってしまった私も、それで良いと思う。今思うとアーサーやその他の攻略対象者は、あのヒロインの良いようにされていただけだと思うから。
ゲームの強制力はあったにしても、彼女はそれを完全に利用しようとしていた。彼らだって、立派な被害者だったと言える。
そんなこんなで、あの事件の後存在が明らかになった第二王子、今のところの王太子の役目は私の隣に居る……この人、ゴートンが務めている。
王宮に用意された私室で二人でお茶をしていたんだけど、ゴートンは向かいに座るよりも、私の隣に座りたがる。
二人きりしか居ないから、別に良いんだけど……近い。
「ティルダ。何か悩み事でも? 何かあれば、僕に言って欲しいんだけど」
以前に意志を通じることの出来ない世界に疲れ誰にも悩みを言っても無駄だと諦め、彼にも助けを求めなかったせいか、やたらとゴートンはその後も私のことを気にしている。
……それに、兄にあたるアーサーに婚約破棄されたということで、その不始末の責任を取る形で、今では弟となった彼が私の婚約者となっていた。
「いいえ。何もないわ……ゴートン。私のこと、そんなに気にしないで。もう大丈夫よ。貴方が居てくれるもの」
「どうかな。君はいつも、何も言わずに我慢するから……悲しそうに私のことを気にしないでと言っていたあの夜を忘れられない」
あの時は断罪は避けられないし、絶望するしかないと思っていたけど、ゴートンが結局のところ助けてくれたんだから、終わりよければ全て良しなのかもしれない。
今思うとすごく健気な言葉だけど、ゴートンの思っている意味とは少し違う。
私の手に彼の大きな手が重なり、あっと気がついた時には膝の上へと抱き上げられていた。
「……驚いたわ。ゴートン」
その動作があまりにも早くて、私は目を瞬かせた。彼は元々は騎士として働いていたし、力があると分かっていても、それでも。
「あの時の望みは、叶いましたか?」
「え? ああ……恋をしたいと、月に向かって叫んでいたことね。何だか、今では恥ずかしいわ」
どうせ叫んでも曲解されてしまうだろうと思っていたけど、神に愛されし巫女の血を引くゴートンにはそれも通じなかったという訳よね。
「ええ……叶っていて欲しいです。ティルダ……どう思います?」
切実な気持ちを感じられる声に、私は微笑んだ。そんなの……近くに居る彼には分かってしまっているはずなのに。
「私は望み通り、貴方に恋をしたわ。ゴートン。それで良い?」
「安心しました。僕のことが好きだと言うなら、キスをしても?」
熱くなっていた顔を上げてゴートンを見ると、まるで吸い込まれそうな美しい青い瞳。まるで何かに操られるようにして、私は彼の言葉に頷いた。
「良かった」
初めて触れた唇が柔らかくて、それに驚き目を開けば、じっと私を見ていたらしい彼と目が合った。
fin
最後まで、お読み頂きましてありがとうございました。
もし良かったら、評価お願いいたします。
また、別の作品でお会い出来たら嬉しいです。
待鳥