2.別れ道(3)
近頃は快晴な日が続いていたのだが、今日は俺の心模様を写したような雲が空一面に広がっている。時計は午前六時十五分を表示している、朝早いせいか少し寒さも感じられた。階段に仕掛けたトラップに異常がないか確認し、マルを抱えて階段を降り、アパートを出発した。
奴らがよく使う、大通りをなるべく避けながらショッピングセンター付近の住宅地を目指した。最短距離での移動を優先するのであれば大通りを使うべきだが、いつ奴らが現れるかが分からないため大通りから外れた裏道での移動を選んだ。裏道ではあるが都市部とは違い密集した建物が並んではいないので周囲を警戒しつつ身を屈めての移動だ。
ショッピングセンターを目視できる距離まで辿り着き監視に適した場所探しを始めると思いの外、直ぐに良さそうな四階建のビルが見つかった。ビルの周りを見回り鍵が空いている窓や扉を探すが、残念ながらしっかりと施錠されていたためあきらめて、通りに面していない窓を割って室内へと侵入した。入った部屋にはデスクや書類が詰まった棚が並んでいることから事務所として使われていたのだろう。様々なテナントが入ったビルはしっかりとビル内の施錠もされており俺の行手を阻む。そのため管理事務室へ鍵を探しに行くことにした、このビルの管理者は騒動が起きても自分の仕事を全うしたのだろう、どの扉に手をかけても一つとして開く扉がなかった。目的の管理事務室に着くが勿論、扉には鍵がかけられている、しかも扉は鉄製ときている、念の為にとピッキング道具は持ってきていたのが功を奏して胸を撫で下ろした。鍵を確かめてみると建物の築年数に見合う古いカギで助かる、建物が古くても扉の鍵だけを付け替えられてるなんて事もあるからだ。
難なく鍵を開けて管理事務室内を物色して建物内の鍵を探すがなかなか見当たらない、壁にでも掛けてると思っていたが騒動の中でさえビル内の戸締りをしっかりとしている人物が管理人であるとしたら。そう考えて机の鍵付きの引き出しをピッキングで開けてみるとしっかりと部屋ごとに分けられた鍵が引き出しに入れられていた。
これで手間が省けて助かった。
鍵を持って一番上の四階まで階段で駆け上がり、ショッピングセンターに面しているテナントの鍵を開けた。念の為マルに安全確認をお願いするが今回も特に問題はなかった。中へ入り鍵を閉める、中は小洒落た喫茶店で大きなガラス張りの窓から差し込む朝日のおかげで照明がなくても店内は十分に明るい。身を隠しながら窓を覗くとショッピングセンターの入り口付近を一望出来るのがわかったのでここから監視する。場所が決まり時計を見ると午前七時半を表示しており、外にはまだ動きがない。本来の目的ではなかったのだがせっかく喫茶店に入ったので、コーヒー豆が保管されていないか物色を始めた。食器棚にはさぞ高いであろうカップが並べられている、だがそういった素養がない俺には綺麗なカップ、以上の感想は出せないのだが。キッチン回りを探したが見つけられずバックヤードの備え付けの棚の中にようやく未開封のコーヒー豆を複数見つけた。ブルマン、キリマンジャロ、ジャワ、オリジナルブレンドその他多数の種類が取り揃われていたが、俺は適当に小分けされているアルミ袋の物を二つリュックに入れ残りはそのままにした。
用事を済ませて元の窓際から外の監視に戻りショッピングセンターの入り口を眺めるが特に変化はない。リュックから単眼鏡を取り出しいつでも使えるように準備をして動きがあるのをただ待った。
時計が午前九時を表示した頃にようやくショッピングセンターに動きがあった。昨日ライフルを発砲した時に飛び出して来た二人が辺りを見回しながら外に出てきた。俺は身を隠しながら単眼鏡を構えて出てきた二人にピントを合わせた、昨日とは違い近くで見たことで容姿まではっきりと確認できた。先を歩いているのは齢は恐らく五十前後、細身で長身の男で手にはハンドアックスが握られている、もう一人の方も齢は似たようなものだが、これまた対照的な小太りに低身長の男で手にはバットと、凸凹コンビの相性がピッタリな二人だ。それにしても、もう少し危機感を持って動けないものかと窓を開けて叫びそうになるほど杜撰な動きだ。何故、回りを見渡して警戒しているのに道の真ん中を屈みもせずに闊歩しているのか甚だ疑問である。恐らく人類皆兄弟の信念でも掲げているのだろう。
「マル、あれと接触して本当にいいと思うか?」
そばで寝ているマルの耳が反応したのを見たが、まるで聞こえていなかったかのように狸寝入りを決め込む。たまらず俺はため息と共に頭を掻きむしった、二人に目をやるとショッピングセンターの入り口に戻り小太りの男が中に入ったかと思うと、洗濯カゴを手に持ち、別の初老の女性と一緒に外へ現れた。まさかとは思ったが敷地を隔てるフェンスに洗濯したてであろう服を掛けて干し始めた。俺は空いた口が塞がらなかった、意気揚々と次々に洗濯物を手に取り干していく姿に少し苛立ちも覚えた。それと同時に警戒心が欠落した彼らが今までどうやって生き残れたのかと興味も湧いた。
洗濯物干す彼らを監視していると、マルが近づいて鼻で俺の足を突いた。その反応をみて耳を澄ます、微細な音が耳に届いた。静寂なこの町に遠くから近づくエンジン音だ。俺はライフルを近くに置きいつでも構えられるように備える。
まだ奴らの姿は見えないが、どうやら彼らもエンジン音に気づいたようで急いだ様子でショッピングセンターの中へ引き上げていた。後は外に干した洗濯物と入り口の割れたガラスに気づかれなければ彼らは難を逃れられる。
五分ほど経つと低速走行の奴らの車両が目視できる距離に現れこちらの方角へ進んできた。二台の単車が先導し、その後ろを大型トラックが一台ついて進んでいる。単眼鏡に反射防止のカバーは付いてはいるが俺は更に布を被せて単眼鏡を覗いた。先導する単車には二人づつ乗り全員がフルフェイスのヘルメット被り、首を振り辺りの建物を見回している。大型トラックには運転席と助手席に一人づつ、それを踏まえて奴らは六人以上で来ているのが確認できた、そして今まで奴らはトラックではなくSUV車で巡回にきていたのを考えると嫌な予感がしたが見事に的中してしまう。奴らの車両がショッピングセンターの駐車場へと入って行き、入り口に付近で異変に気づいた奴らは車両から降りた。奴らの一人がトラックの荷台を開けると中からマスクをつけ武装した四人が出て来た、それぞれがナイフや、斧、中には日本刀を持つ者までいた。中でもリーダーと思われる一人は、無精髭を生やして顔をさらけ出し、刈り上げた頭が印象的な男の手には散弾銃が握られている。そして無骨な表情で周りへ指示を出してショッピングセンターへ向かわせると自分はポケットから取り出したタバコに火をつけて一服を始めた。俺は微動だにせずに単眼鏡で事態の行方を見続ける。
半時間ほど経った頃、中から奴らに連れられて彼らが出てきた。想定した中で最も嫌なシナリオに沿って物事が進んでいることに悪寒がする。彼らは奴らに促され地面にひざまつき手を後ろで縛られた。そして何やら奴らから尋問を受けているようだ。凸凹コンビの二人に、洗濯物を干していた初老の女性、それと三、四十代ぐらいの面長だが整った顔立ちの女性の合計四人だけだった。確認した奴らの人数は十人で今、彼らを取り囲んだ人数と合うことから、残りの二人はまだショッピングセンター内で身を潜めているのだろう。
話に区切りがついたのか、彼らの監視にリーダー格の男ともう一人が残り他はまた、ショッピングセンターの中へ向かった。残りの二人も見つかってしまったのかと思ったがその考えは直ぐに払拭された。奴らは中から次々に物資を運び出してトラックに積み始めたのだ。食品に限らず布団類に衣服類と多岐に渡って積み込んでいる。わざわざこんな田舎町まで来なくとも街にいくらでもあるだろうにと、ため息が漏れる。
荷物を積み終わった奴らは凸凹コンビと面長な女性をトラックの荷台に乗せ、リーダー格以外はそれぞれの車両に乗りエンジンを掛けた。リーダー格の男は残った初老の女性に近寄ると耳元で何やら囁き、彼女の後ろに回ると手に持つ散弾銃の銃口を頭部に向けると躊躇いなくトリガーを引いた。
町に銃声がこだました。近距離で発砲された女性の頭の一部が血と共に辺りに飛び散った。男は表情ひとつ変えずにトラックの助手席に乗ると窓から手で合図を出し奴らの車両は、その場から離れた。