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世紀末サバイバルライフ  作者: 九路 満
北の地 編
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2.別れ道(1)

 約五十メートルの高さにもなるとやはり強い風が吹いている。田舎の町でこの高さがあれば何も遮り物などなく町を一望することが出来る。古い建物だからか、屋上には転落防止の網などは無く、胸下辺りまでの段差が死と生を隔てる境界線だった。町を見下ろすと営みのない世界が辺り一面に広がっており、まるで血流が止まった生物のようにとても無機質な物に見えた。だが動きがない町だからこそ、物の動きや光の反射を捉えやすいため今この場では助かっている。引き続いて町を見渡していると、ショッピングセンターの駐車場で光が反射しているのに気づいた。背負ったリュックから葉山さんに借りた単眼鏡を取り出し駐車場にピントを合わせ覗き込んだ。

 こうなる前から好きでよく色々な映画を観て抱えた幾つかの疑問の一つに、パンデミック映画ではよく道に車が乗り捨てられていたり、ショッピングセンターの駐車場にカートが散らばっていたりとそこまで散らかるものかと思っていたが、実際にその環境下に置かれてみるとあながち間違いではなかったのだと分かった。まず車の乗り捨てだが原因の多くは事故のせいだ、混乱状態の中で我先にと交通ルールを守らない車が、事故を引き起こす事で交通網が麻痺を始める、次に移動できない車の運転手が業を煮やしてその場に車を残して徒歩で移動を始める。ショッピングセンターのカートも一緒だ、結局それぞれの勝手な行動や考えが事態をより悪化させる方向へと進ませ、助かるものも助からなくさせているのだろう。

 やはり駐車場にはカートがあちこちに捨て置かれたままになっている。反射している元を探すがなかなか見つけられない、単眼鏡から目を離しもう一度ショッピングセンターの辺りを見ると駐車場から建物の側にその光の反射は移動しており急いで単眼鏡を覗くと、人が居た。

 数キロ離れた先を見ているので鮮明には見えないまでもそれが人の集団であるのはわかった。子供のリュックに付けた何かが光を反射させている元だった。その集団の一人が手に持った棒のようなもので入り口のガラスを叩きつけて割った。俺が探索に通う場所であったなら怒りも沸く行為だが幸い俺が使っていない場所だった、しかしそれには理由もあった。奴らが押し入っているショッピングセンターはこの町でも一番大きなショッピングセンターだ、なので探索に来た誰かと遭遇する可能性も必然的に上がる。他人との接触はあらゆるリスクが一気に高まる。それにしてもまさかこんな何もない町に人が入り込んでくるとは予想外だった。店内に次々に入っていく集団の人数を数えると子供一人を含めて六人だった。それほど多くないとは言え食料の確保も六人ともなると大変だろう。それでも子供を含めた集団で移動してるということは、こんな状況下になっても人として良心を携えた人達か、集団心理を理解した指導者がいて組織として成り立っているかだ。後者と関わると厄介極まりないため是非お付き合いはご遠慮したい。だからといって前者とお付き合いしたいわけでもないが、そもそも俺は人付き合いが得意ではない、それに加えて余計な事をして今の俺とマルの生活に余計なリスクを追加したくないからだ。だからこそあの集団の目的を確かめるため監視を続けた。


 時計は午後三時を表示している。長時間の監視は集中力を要するので疲労でクタクタだ、マルはこの時間を昼寝に充てて気持ち良さそうに俺の隣で寝入っている。それを俺は恨めしく横目で見た後に監視に戻る。あれからショッピングセンターの入り口には特に変化はない。監視を始めて四時間近く経過したことを考えると、あの集団がショッピングセンター内で一夜を過ごす可能性も考えなくてはいけない。だがそれは非常にまずい、俺がではなくショッピングセンターに入った六人にとってだ。月に一度、朝から隣街の厄介な奴らが見回りにやってくる、それが運悪く明日なのだ。ショッピングセンターの入り口をあんなに派手に叩き割っていては恐らく奴らに見つかるのは容易に想像できた。

「マル、どう思う?」

 マルを一撫ですると目を開け俺の目を真っ直ぐ見返す。まるでもう自分できめているんだろと言われた気分だ。


 ルール第五、臨機応変


 これが俺の中の最後のルールだ。結局の所その場面毎に何が最適かなんて変わっていく、だからその都度柔軟な対応を取るしかない。そして何より俺自身が後悔しない選択を。

 今から自分がする事を考えてたまらずため息が漏れる。単眼鏡を置き、辺りを見回し標的を探す。訳八百メートル先にいい標的を見つけた。立てかけたライフルを手に取りスコープ部分に反射予防の為、布を被せライフルを構えた。ブレを抑えるために銃先をマンションのコンクリートに乗せ安定させる、標的は学校のグラウンドに残されたサッカーボールだ。学校の校庭に立つポールには校章が描かれた旗がかけられたままで風を読みやすいのが一番の理由だ。せっかくライフルを撃つ機会なのだから射撃訓練も兼ねて撃つ。旗で風向きを確認してスコープを覗き調整をする、弾を薬室内に送りつぎに安全装置を外し目を閉じて息を深く吐く、そして肺いっぱいに空気を吸い込み少し吐き出し目を開けた。指をトリガーに掛け狙いを定める。そして指を絞る様にトリガーを引いた。

 銃声は四方を山に囲まれたこの町をこだまするように響き渡った。弾は標的の左に三十センチずれた、風が変わらない内に次弾を薬室内に送り、スコープを調整し標準を合わせトリガーを引く。再度銃声が響き、弾は標的に命中しボールを貫通した。着弾を確認して安全装置を掛けまたライフルを立てかけ、そばに置いた単眼鏡でショッピングセンターの入り口を確かめると中から二人飛び出して周囲を見渡している。もっと警戒して出てこいと言いたくなるぐらい無防備に飛び出してきた二人を見て、恐らく統率の取れた組織に属していないと思えた。二人は五分程外を見回るとまた中へ戻っていった。そこからさらに三十分程監視を続けたが出てくる気配はない。

「銃声に気づいたんだからこれで少しは警戒するだろ」

 言い終えてマルを見るとまた俺の目を真っ直ぐに見つめていた。

「おい、危険を犯して二発も撃ってやったんだぞ。それにこれ以上、何かをしてやる義理もない」

 それを聞くとマルはこちらから顔を逸らした。俺はその態度にまだ言葉が出そうになったがなんとか押し留め、帰り支度を始めた。久しぶりに使ったライフルを肩に掛けるとなんとも言えない独特な香りが鼻を突いた。リュックに単眼鏡を戻す前に上からマンションの非常階段や周辺の眼下を見回し発砲により人を惹きつけていないか確かめた。本来ならば更に警戒を強めて帰路につきたい所ではあるが、時計の表示が午後四時と日没まであまり時間がない事で焦りがあり、確認も程々に出発した。帰りは俺が先行して階段を駆け下りる、特にライフルを撃った影響はなかったのか問題なくマンションを出る事ができた。マンションの駐車場でマルと息を整えていると、何かの声が耳に入ってきた。その瞬間マルは身構え少し離れたマンホールに唸り声を上げ始めた。マルを宥めて耳を澄ませるとはっきりとそれが聞こえた。

「まだ町にいたのか、恐らくハグレだ。早く離れるぞマル。」

 それの嗚咽のように発する声を耳にしたのはもう十ヶ月ほど前だが今だ忘れられず時折、夢でも耳にするあの声を間違えるなんてありえなかった。非常事態にルール第五、臨機応変を適用する、とにかくその場から二人で離脱することに全力を出した。拠点までの距離は五キロほどとそれほど離れてはいないが途中にある別の拠点に一度向かうことにした。もし問題が発生した場合、一番物資が整った拠点を失いかねない事を考慮した。俺は念の為ホルダーからナタを取り出し、手に握り締めて拠点へと走り時折、背後を振り返ってはあの日の恐怖を再び思いだし全身から出た汗が止まらなかった。

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