3.出立(6)
俺とサンド。無勢と蓮見のツーマンセルが2組。
「少人数での行動は迅速な情報共有と意思決定。機動力に特化している点が強みだ。人数が増えれば増えるほど臨機応変な対応には時間が掛かるものだ。しかし、こと決められた行動パターンであれば日頃から訓練された集団は迅速に行動することができる。そんな訓練された集団を少人数で相手にする時は、敢えてイレギュラーな行動で相手を撹乱させることが必須だ」
無勢はそう言うと、基地内の統制本部が構えられている建物に向かうと言い出した。
「何を考えているんだ?お前なら行くぐらい容易だろうが」
「万が一に備えて統制本部に仕込んでおいた爆弾を爆発させるんだよ」
「爆弾?そんなものどうしたんだ。確か爆薬類は厳しく管理されているって言ってただろう」
「コツコツ材料集めて作ったんだよ。まぁお手製だから威力の程は分からんし、遠隔操作で爆発もさせられんがな。それでも統制本部にダメージを与えられれば幾らか時間が稼げる」
この基地の心臓部にダメージを与えれば逃走しやすくはなるのは確かだが。
「そんな大規模な攻撃を仕掛けたら恨みを買うんじゃないのか?それに本部が爆発すれば人が集まって逃げやらなくなるぞ」
「優先順位だ。逃げられなきゃ恨まれるも何もないからな。最優先は今避難している皆んなを無事にここから逃がすことだ。逃げるのも心配いらない。最初に言ったろ?少人数には少ないなりの利点があるって。だから薫ちゃんとサンドは先に合流地点まで移動して待っててくれ」
口から出かけた「だが」の言葉を、無勢の決意を固めた瞳がせきとめた。問答を続ける時間がない。それもあるが誰でもない無勢が言うのだからこの場ではそう動くことが正解なのだろう。
「さっさと追いつかないと置いていくからな」
俺の悪態を聞いた無勢はいつもの反応とは違いは微笑した。そして無勢は何も言わず蓮見を引き連れその場から走り去った。何故かはわからないが走り去る無勢の後ろ姿からなかなか目を離せずにいた。そんな俺をサンドの呼びかけが我に戻す。
「おっちゃん。ぐずぐずしてると囲まれるよ早く行こう」
「あ、あぁ。背後を頼んだぞ」
建物で入り組んだ路を物陰に隠れながら進む。身を隠せる反面どうしても移動に時間が掛かってしまう。何せこちらはこそこそと隠れながら移動せざる終えないのに比べて、奴らは堂々と路を闊歩するのだからどうしても徐々に包囲されていく。
周囲を確認してどうにか包囲が薄い場所を見つけたがそれでも車両が2台、人員が4名通路を塞いで立ち塞がっている。出来れば無用な殺生は避けたかったがこれ以上の遅れは死活問題になりかねない。
「サンド。逃走路を確保してくる。お前は周囲の警戒に徹してくれ。もしも敵さんの応援が近づいて来たら空に向けて一発撃ってから武器を捨てて逃げろ。そして万が一奴らに見つかったら自分は何も知らないと言って保護してもらえ。絶対に戦おうなんて思うんじゃないぞ。何があっても必ず迎えに行く。だから助かることだけを考えて行動しろ。わかったな?」
「わからないよ。またおっちゃんを残していくの?それじゃあ前と何も変わらないじゃないか。俺はもう子供じゃないんだ。おっちゃんが何を言っても僕は離れない」
この返答には流石にまいった。確かにいつまでも俺の言いなりにできるとは思っていなかったが、まさかこのタイミングでそれを告げられるとは完全に予想外だ。何せ自分自身の死の覚悟は出来ていてるがサンドやナナシ、カリモさんが死ぬ覚悟を俺はまだできていない。いやそもそも死なせないために俺自身が、死の覚悟を持って守っているつもりだったから当然と言えば当然か。脳内にはサンドの言い分を否定する言葉が次から次へと浮かび上がる。だがそのどれもこれもがサンドの為などではなく、彼らを失いたくない俺自身を思っての言葉であることは自分でもわかっている手前とても口に出せない。
「何があっても動くなよ。例え俺が殺されてもだ」
この時俺が絞り出せた精一杯の言葉がこれだった。俺が恐怖を感じているのが今から対峙する複数人の武装した敵ではなく、背後を守る味方に対してとはなんとも笑えない話だ。
腰のガンホルダーから取り出したサプレッサー付きのハンドガンを右手に、カランビットナイフを左手に持ち物陰に隠れながら路を塞ぐ敵の側に潜む。
「まだ見つからないのか?こんな事さっさと終わらせたいもんだ胸糞悪い」
「シッ。余計な事言って見つかったら俺も連帯責任で捕まるんだぞ?いいから黙って見張ってろ!」
見るからにやる気が無く不貞腐れた男が話すと、相手の男が焦る様子でそれを咎めた。この会話を聞いただけで彼らが望んで俺たちを追い詰めている訳ではないことがわかる。そして俺はそんな彼らを今から手にかけなくてはいけない。不安要素の排除を第一に考えれば彼らを拘束できない今はソレ以外の選択がない。以前までなら何の躊躇もなくソレを行えていた。しかし今の俺はその選択に対して躊躇が生まれてしまっている。俺はゆっくりと呼吸を繰り返し、遠い過去の記憶を辿り最も冷徹だった頃を思い出す。これをするだけで些末な問題が気にならなくなるのだからやはり俺はまともな人間ではないのだろう。
4人中1人が集団を離れて近づいてくると、手を伸ばせば届く程の距離で用を足し始めた。男は下手くそな鼻歌を口ずさみ用を済ませると集団の方へときびつを返した。俺はそのタイミングで飛び出し無防備な男の喉をナイフで掻っ切った。吹き出す血飛沫に慌てた男は首を抑えるが、お構いなしに男の体を盾に前進する。残り3人のうち1人が男の異変に気がついたが銃も構えず男の様子を伺いに近づいてきた。それだけで実戦経験がないことがわかる。盾にしている男の肩口から狙いを定めて近づく敵の足に連続して射撃すると、地面に倒れた敵は子供のように叫んだ。その声に反応した残り2人が俊敏な動きでこちらに銃口を向けた。どうやら熟練者とそうでない者を組ませているようだ。
「止まれ!撃つぞ」
だがありきたりなセリフを吐くだけで撃ってこないところを見ると、大した手練れではなさそうだ。指示に従う振りをして立ち止まると、1人がこちらに銃口を向けたまま近づいてきた。その敵目掛けて盾にしていた男を蹴り飛ばして敵を転倒させた。その隙にもう1人をハンドガンで射撃する。発射した数発の弾丸は敵の頭部に着弾してその内容物を後方に飛散させた。残る1人転倒した敵に近寄ると倒れた際に落としたライフル銃を拾おうと、手を伸ばしていたが俺のハンドガンの銃口が自身に向いていると分かると両手を上げた。
「助けてください助けてくださいお願いします——」
何度も何度も懇願する敵の頭部に標準を合わせて引き金を引く。着弾の衝撃で敵の頭は軽く後ろに弾かれそのまま力尽きた。後ろを振り向くと遠くの物陰から心配そうにこちらの様子を伺うサンドの姿が見える。あれほど隠れていろと言ったのに一目で丸わかりだ。あれで隠れているつもりなのかとため息が出た。
『あーあー。テストてすとネ』
急に通信機から聞き覚えのない声が聞こえた。
『お前達の仲間を1人確保したネ。今からそっちに行くがこちらに銃口を向けた瞬間人質は殺すネ』
それを聞いてすぐにサンドに身を隠すよう手で合図を送った。通信が途切れてすぐ路の先から2台の車が現れると目前で停車し、車内からゾロゾロと武装した敵が降りて来た。最後に覆面をした小柄な男に引っ張られ拘束された蓮見が車から降ろされた。敵は合計8人。その内の小柄な男は蓮見の頭部に銃口を突きつけている。さてどうするか、俺と蓮見の命を犠牲にしていいのなら奴ら全員何とか道連れにできるだろう。だがそれができなかった時果たしてサンドは1人で逃げられるだろうか。そう考えれば大人しく奴らに連行された方がサンドが逃げられる可能性は高い。複数の銃口を向けられる中、サンドが何とか逃げられると信じて俺は手に持つ銃とナイフを地面に投げ捨てた。




