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世紀末サバイバルライフ  作者: 九路 満
本州上陸 編
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3.出立(2)

「それじゃあみんな揃ったみたいだし、そろそろ始めましょうか」

 会議室に集められたと思ったら、最後に部屋に現れたアリサさんは皆の前に立つと持参した紙を全員に配った。配られた紙には何やら難しい専門用語がずらりと並んでいる。しかしその事に関して質問する者はこの場には一人としていない。まさかこの場に集められた全員が紙に書かれた難解な文章を、理解しているのかと驚いて隣に座る無勢を見ると渋い顔を紙を見つめており、理解出来ていないのは自分だけではないのだとそっと胸を撫で下ろす。だがそもそもとして集まったのは俺たち三人を入れても、合計十数人と基地の規模を考えれば少人数だ。

「おい、これで全員なのか?」

 小声で無勢に尋ねると同じく小声で答えが返ってきた。

「基地内に居る仲間はこれで全員だな。とは言え【ツチノコ】の隊員は俺と見習のハスミー以外は今外に出ているし、ここにいるのは大概がアリサさん直属の部下で研究員だけとな」

「……まさかとは思うが、基地から脱出する際の戦闘員は俺たちだけって事はないよな?」

「隊長には話しているから援軍を送ってくれるとは思うが、何せ予定よりも計画が前倒しになりそうだしな。最悪俺たちだけで切り抜けるほかないだろう。だが正面切って基地の奴らとやり合うなんて事になったら、それこそ援軍が来ようが来まいが関係なく皆殺しにされるだろうがな。だから今回必要なのは戦闘能力じゃなく、そっと隠れて逃げる為に必要な隠密能力といったところだろ」

 確かに無勢の言い分はもっともだ。現役自衛隊員だけで百人は優に超える人員を擁している彼らと、正面からやり合おうなどと考えるのは正に自殺行為だろう。しかしいざとなれば逃走する時間を稼ぐだけの武力が必要なのもまた事実だ。それが数人だけとなると、最悪の状況になれば誰かが命をかけるような事態になるかもしれない。

 思考を巡らせていると、大きくパンッパンッと手のひらを叩いた音が響く。音のした方へと顔を向けると皆の前に立つアリサさんが話し始めた。

「あまり時間もないことだし、話を始めるわよ。まず現在の我々が置かれた状況の説明等々をお願いするわ無勢君」

 アリサさんが促すと無勢は前に出た。

「えー、みなさんよくお集まり頂きました。恐らくそれぞれ不安や葛藤もあるでしょうが断言します。この基地での平和な生活は終わります」

 その一言に部屋に集まった者達はざわつき始める。

「皆さん落ち着いてください。これまでは【ツチノコ】の隊長やここにおられるアリサさんが主体となって工作し、なんとか基地内での治安を守ってきましたが、最近ではその効力も無くなっています。残念ながら今後は現在のトップである司令官の独裁が間違いなく始まります」

 無勢が一息つくと数人が挙手をし、無勢が指名した一人が立ち上がる。

「せっかく落ち着いた生活ができるようになったのに、もうここでは暮らせないんですか?」

「残念ですがその通りです。司令官やそれを取り巻く上層部は、既に隊員達に対して自分たちへ忠誠を誓うことを迫り、従わない者達をその家族含めて何人も拘束して監禁始めています」

「上と戦うと言う選択肢はないんですか?」

「残念ながら現状ここの住民の大半は彼らを恐れて従っているし、今後も彼らは従い続ける。そうなると今ここに集まった人でそれ以外の人と争う事になります。話し合いで解決できるならそれもまたいいと思いますが、その段階は既に過ぎていることから恐らく武力での戦いになります。その上で聞きますがあなたはせっかく生き残った者同士で殺し合いをしてこの問題を解決したいですか?」

「そんなわけないでしょ。ですけどあなた達【ツチノコ】の隊員なら密かに問題の人物を始末できるんじゃ……」

「彼らもそれを恐れて常に護衛を引き連れてますよ。それにそんな事をしてしまえば自分たちの思い通りにしようとしている彼等と同じになってしまう。あなたはそんな人達を隣人に持って今後安心して生活できますか?」

 そう言われた質問者は答えを返せず静かに席に座った。その後も多くの質問が無勢に投げかけられたが、その全てに対して誠実に丁寧な口調で返答する。普段からこんな態度でいてくれればもう少し俺の無勢に対する態度は敬意あるものになっている。だがそれと同時にもう少し距離の空いた関係になっているだろう。そう考えると人間嫌いな俺にとって無勢と言う男は希少なのだと多少の実感が湧いた。

 そんな考えを巡らせていると先程まで多くの人が質問していたがそれも少し落ち着いた。だが俺が気になっている質問がまだされておらず仕方なく手を挙げると、にやけ顔をした無勢が俺を指名する。

「もしもここを出るとして、夜間はどう過ごすんだ?根拠があるわけじゃないが、あの感染が広まった時に何故か夜間に外に出ている者から多く感染者が出たのはみんなも知っている事だろ」

「なるほどなるほど。感染に関しての質問が出たのでここからはアリサさんに代わってもらいます」

 そう言うと無勢はアリサさんと立ち位置を変わり、アリサさんが答え始めた。

「最初に言っておくけど、ここからの話は何を聞いても冷静でいなさい。まず夜間に関しては率直に言うと心配はないわ。これまでは夜間外部に出ていた人は、車の隙間を布で詰めて車内で過ごしたり密閉度の高いテントを使用していたけど例え星空を眺めながら寝たとしても問題はないわ」

「問題がないと言うのは感染しないということですか?」

「……少し違うわね。既に我々全員もれなく感染しているってことよ」

 驚きのあまり立ち上がる者や息を荒げる者がいる中、アリサさんは話を続ける。

「感染はしているけれど、発症は現段階では恐らくしないから全員落ち着きなさい」

「なら夜に出歩くと感染率が上がるって話はデマだったんですか?それに何で俺たちは発症しないんです?」

「デマかどうかは何とも言えないわね。感染者が夜間に出歩く事で何かが発症を促した可能性も排除できないから。それと私達が何故発症しないか。それも詳しくは不明ね。抗体や免疫を持っているのかそれすらも分からないわ。感染源すら分からない現状では解明するには数年は必要よ」

「それなら何故発症しないと言い切れるんですか?」

「そもそも騒動が落ち着いてから今までに健常者が発症したのを見たことある?」

 北で見た感染者はいつ発症したか定かじゃない。更にこの前の襲撃者達は恐らくは感染が関係しているだろうが不安感を煽る発言はこの場では控えるべきだろう。そう思い口を閉ざしていると察したアリサさんが続けて話す。

「少なくともこの一年以上私は新規の発症者を見ていないわ。だからほぼこの感染の自然拡大は終了したと私は考えている。証拠はないけどね」

 静まりかえった室内で誰かが「だからって何処に行けばいいんだよ」とポツリと呟く。

「行き先なら心配ありませんよみなさん。そのためにうちの隊の大半は基地を離れていたので移住先は既に用意してますよ。これが今日話せる数少ない朗報です」

 明るく振る舞い場の空気を和ませる無勢。その話を聞いてみんなの緊張が和らいだのを確かめて無勢が続ける。

「とにかくみなさん。いつここを離れてもいい様に準備を早々にしてください。日時が決まれば連絡しますのでそれまで目立った行動は避けてください」

 無勢は話を締めてそれぞれが岐路につく。

「新しい移住先ってのは何処にあるんだ?」

 部屋の隅で壁に寄りかかる無勢に尋ねる。

「それは極秘中の極秘だ。いくら薫ちゃんでも言えないね〜。……ってのは冗談でここからずっと南下すると本土から数キロ離れた小さな離島があってな。仲間達がそこに物資を運び込んで俺たちを出迎える準備をしているよ」

「何で今まで黙ってたんだ」

「まぁ極秘ってのは本当だ。万が一場所がここの奴らに漏れて襲われたら敵わんからな。だから行き先の詳細は俺とアリサさん、薫ちゃんにしか伝えない予定だ」

「お前とアリサさんはわかるが、何で俺に教える?そこまで俺を信用して大丈夫なのか?」

 笑みを浮かべて無勢は答える。

「今更だな。もう十分薫ちゃんがどんな人間かはわかっているさ。まぁ周りと繋がりを持つのを嫌うからこそ信用できるってのもあるがな」

 気がつけば部屋には俺たち三人とアリサさんの四人が残るのみとなった。それを確認したアリサさんは俺たちを別室へと案内した。

「それじゃあ、あなた達二人が出会った襲撃者達の話をしましょうか」

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