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世紀末サバイバルライフ  作者: 九路 満
北の地 編
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1.ニューライフ(5)

 飲み終わったグラスを持ち込んだ水で洗い流し、ウイスキーボトルと一緒に棚へ戻す、少し物思いに耽ってしまった。玄関の靴箱からサンダルを借りて外へ出る、久々の自由を満喫しているのであろう、マルの姿が辺りに見当たらない。せっかく山奥まで来たのだから、思う存分羽を伸ばしてくれているようで何よりだ。俺は一人で家の隣に併設されているガレージへと歩いた。家の鍵と一緒まとめられた鍵束からガレージの鍵を探す。鍵に印を付けていてもこう数が多いと探すのも一苦労だ、ようやく見つけたのは鍵束の鍵を一通り見た後だった。鍵を開けシャッターを上げる、中に車はない。狩で使う罠やその他整備用品が綺麗に管理され収納されている。お目当ての伽石を見つけバケツの中に入れる、それを持ってガレージの外に置かれた雨水を溜めておく、大きなポリ容器からバケツに水を入れ伽石を浸しておく。その間にガレージ内から作業台を日の当たる表へ運んでおく。キャスターが付いているお陰で楽に移動が出来る。作業台にバケツごと乗せて気泡が出なくなったころを見計らい中から伽石を取り出す。腰のホルダーからナタを取り出し研ぎ始める。ナタが薄くならない様に少し刃を立てながら研いでいく。包丁やナイフと違い切る、刺すが専売ではないナタに刃物としての鋭さはそこまで求めていない。確かに必要最低限の刃物としての切れ味は欲しいがナタを常に持つ理由は、包丁やナイフよりも長いので半歩分離れた場所から攻撃できる点と、適度な厚みと重さがあり、片手で扱える武器の中て俺に一番合っているからだ。間合いや殺傷能力においては日本刀が思い浮かぶ。だが持ち歩くには長く、狭い場所での使い勝手が悪い、何より無理な切り方をすると案外すぐに刃こぼれを起こす。総合的に考えてやはりナタが使い勝手がいい。

 研ぎ終わったナタは腰のホルダーに戻し、片付けを済ませてまたガレージに入る。部屋の隅に鍵付きの保管ボックスがあり、また鍵束を取り出し鍵を探して開ける。葉山さんが狩の際持ち歩いていた、長方形の大きな鞄が中には入っており中身を確かめる、今回の目的に必要な軍用の高倍率単眼鏡が入っていた。更にスリングライフルとスリングショット、玉と替えのゴムまで入っており全部持って行くことにした。鞄ごと取り出して空になった保管ボックスに鍵をかけた。ガレージの壁には三人で撮った写真が飾られている。

「葉山さん、…お借りします」

 ガレージの入り口に戻り片付け忘れがないことを確認してシャッターを下ろして鍵をかける。遠路遥々押してきた台車に鞄を乗せ運ぶ、外に干したブーツを持ち玄関で履き替えて戸締りを済ませる。時計を見る、午後一時を表示している、まだ時間に余裕があるのを確かめ、歯笛を鳴らしてマルを呼ぶ。少し待っていると林からマルが嬉々として現れた、余程楽しかったのが伺える。

「楽しめたか?」

 俺の問いかけに激しく振った尻尾で答えるマル。ズボンに直接入れているジャーキーをマルに与えて頭を一撫で、食べ終わるのを待ってからハーネスを付けた。今から、葉山さんお気に入りの場所へ向かう為、台車をその場に残して鞄を肩に担いだ。整備されていない山道を進まなくてはいけないからだ。腰のナタを取り出し草を薙ぎ倒しながら進んで行く、今が草が生い茂り、さらに強い日差しの真夏でないことに胸を撫で下ろす。爬虫類の姿も減り、草も枯れ始めている。ただまもなく訪れる冬に備えて、食料を探し求める熊に遭遇する危険があるが、また冬眠をしない猪と鹿にも注意が必要だ。冬が近づくにつれて山からは食料が減る、そうすると食料を求めて人里へ下りて畑などを荒らす。今はまだ町にまでは下りては来ていないが、今の環境が続けばそう遠くない内に、町の中は動物たちの居住エリアになるだろう。

 かれこれ二十分ほど進むとようやく開けた場所に出た。そこは山の頂きで隣街が一望でき、葉山さんが気に入ったのも良く分かる場所。山の上らしく強い風が吹くが、登山で暑くなった体には涼しい風は助かった。


 空は秋晴れ、風は強く吹くが寒いとまでは感じない。山下に広がる街はやはり俺が住む町と比べて広大だ。肩に担いだ鞄を下ろして中から単眼鏡を取り出す。レンズに付いたカバーはまだ取り外さない。特に見渡しがいい場所へ移動し座る。マルには何も指示を出していないが、俺の背後に回り後ろを警戒してくれている。単眼鏡のレンズカバーを外し代わりにレンズの反射を防ぐ、反射防止用のカバーを取り付けレンズを覗き込む。倍率は10倍だが細かい識別をする訳ではないので十分だ。

 まずは、この町に通じる二つの道にピントを合わせる。一つ目の大多数が使う主道路、道には乗り捨てられた車が点在している。五分程、固定して監視するが異常はない。次はもう一本の道だ、先程みた主道路ができる前までは、唯一町から出られる道だったそうだ。昔から町と街を行き来する老人たちが主に使っていた道。ピントを合わせ覗き込む、あまり使う人が居なくなったこともあり、整備が行き渡っていない。ヒビが入った路面がそれを物語っている、道には乗り捨てられた車はなく、辺りにも何の気配も感じられない。そこも五分程監視したがやはり異常はなし。少し疲れたこともあり休憩を取る、ポケットからジャーキーを取り出す。

「マル、ちょっと休憩だ。こっちにおいで。」

 まだ周囲に注意を払ってはいたが、俺の手のジャーキーを見て尻尾だけは振っていた。飼い主が言うと親バカみたいに思われるかもしれないが、本当に賢い犬だ。俺はジージャンのポケットに潜ませていたミニ羊羹を食べる。警戒心が薄いと思う者もいるかもしれないが、心を待つ俺たち生き物にとって適度な息抜きは必需品なのだ。例えば機械が得意な分野が正確で休まない、であるからといって俺たちがそれを目指すのは違うだろう。その機械はきっと俺のように酒を飲みながら下手な鼻歌を歌うなんて芸当できやしないだろう。不必要な事に思えてもそれはきっと誰かの必要であるのだ。だから俺は意味がなくても今ここでマルにジャーキーを与え、俺はミニ羊羹を頬張るのだ。


 ルール第四、やれる事をやる


 出来ないことは、出来ない。見切りを付けるのも必要だ。こだわりなんてのは結局のところ、こだわっている人のわがままでしかない。これは良し悪しや、善悪論ではない。だが生死に直結する状況下になれば、人は大抵のこだわりなど投げ捨てるだろう。


 少しマルと戯れ、監視に戻る。単眼鏡を使わずに目視で街中を見ると何やら動く物を見つけた。道路を高速で移動しているのはわかるが距離が遠いので視認はできない。動く物を目視で追い続けると大型スーパーの敷地へ入った後に見失ってしまった。急いで単眼鏡のピントをその大型スーパーに合わせる。しかし、特に動きのある物は見つけられない。五分程監視したが動きはない、だが一度動く何かを見てしまっているので監視を継続した。十五分、三十分、そして気づけば一時間経っていた。時計を見る、午後三時を回っている。流石にそろそろ拠点へ戻らないとまずいと、監視を終わらせ鞄を置いた場所まで戻り単眼鏡を鞄に入れた。

「今日はここまでかな、そろそろ帰るかマル」

マルに声をかけて下山を始めた。帰り道は行きとは違いナタで道を作る必要がなく思ったよりも早く葉山さんの家まで下りられた。置いておいた台車に担いだ鞄を乗せて更に山を下りる。麓までは登りよりも早く下りることが出来たがやはり自重を支える下り道は足腰には辛い。今日一日で体の疲労はピークだ。登山をした足はガタガタ、舗装されていない道を延々と台車を押した手は震えている。背後を警戒するマルにも疲労が見える。

「大丈夫か?」

俺の目を見ながらヨダレを振り撒くマル、そして一日中付けたままのゴーグルと防毒マスクの締め付けがやけに鬱陶しく感じ、明日は休養日にすると心に決めて残りの道を帰った。

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