2.弔い(8)
物陰に隠れている俺にまで伝わるほどの熱波が、爆風に運ばれてやってくる。顔を覗かせると倉庫が爆発した際に出たであろう倉庫であったモノの破片や、襲撃者達であったモノが辺りに飛び散っている。ライフルを構えて辺りを見回すが、襲撃者の気配はなくひとまずは作戦は成功したように思える。
「あ゛ぁー。痛てーチクショウ」
声の方へと振り向くと、茂みの中からボロボロの姿の無勢が出て来た。
「あれだけ吹き飛ばされてよく生きてるなお前」
「伊達に鍛えちゃいねーからな。それでもギリギリだギリギリ。見ろよこれ」
無勢は振り返ると焼け焦げた背中を指さした。
「本当だな。……それに束ねた髪の毛の先端も心なしかカールしているぞ」
「嘘だろ⁈」
慌てて髪を束ねた髪留めを外して毛先を確かめると無勢は顔を青くしてうなだれた。
「ま、まぁ。毛先程度で済んでよかったな。それよりも奴らが集まってくる前にさっさと退散するぞ」
「毛先程度だと?俺がこのご時世にどれだけ苦労してこの髪質をキープしてると思ってんだ。廃墟の中を探し回って高品質なトリートメントを手に入れるのは勿論の事、その他にも……——」
ボロボロな見た目な為、肩でも貸してやろうなとも思ったがこれほど饒舌ならばその必要もなさそうだ。ご高説を垂れる無勢を残してその場を離脱する為に、道を歩き始めると遠くの方から近づく車のエンジン音が耳に届いた。無勢の方へと視線を向けると同じく音に気がついたのだろう、それまで長々と垂れ流し続けていたご高説を辞めてライフルのグリップを握っていた。そして近くの茂みに一緒に身を隠しライフルを構えて音の方へと注視する。
「あれだけやり合ってまだ弾が残ってたのか?」
「どんな状況でも一発分は残すようにしてるんだよ。最悪の事態に備えてな」
真剣なトーンで話す無勢に俺はそれ以上何も言えなかった。そして道の先に現れた車両を見て無勢は、呆れ顔を浮かべるとその場に座り込んだ。運転席の窓から手を出してひたすらに振り続ける蓮見の姿がなんとも間抜けに見える。茂みから出て合図を送るとこちらに気づいた蓮見は俺たちの元へと車を走らせると、心配そうな顔で車から降りてきた。
座り込んでいる無勢に肩を貸そうとしたが、頑なに拒み精一杯の虚勢を張って車へと歩く。
「蓮見。待機していろと言っただろうが、帰ったら始末書を提出しろ。この馬鹿野郎が」
「はいっ、わかりました。……それよりも無勢さん、その怪我大丈夫ですか?」
「こんなぐらい怪我なんて呼ばねーよ。さっさと運転席に戻れ、基地に戻るぞ」
無勢に叫ばれると蓮見は慌てて運転席に戻りハンドルを握って待機した。
「せっかく助けに来てくれたんだ。ありがとうぐらい言ったらどうなんだ」
「俺たち二人がもしも死んでいたらアイツは、敵の中に無策に突っ込んで来たことになるんだぞ。結果論で動いていいのは個人で行動する責任を取れる奴だけだ。俺たち部隊員は隊で動く、自分の行動は他の隊員にも連動して被害を与える。だから理不尽だろうが納得できなかろうが結果までの経過。経過論が重要なんだ。——まぁ確かに結果だけで言えば迎えに来てもらって助かったがな。もうクタクタだ」
そう言って無勢は後部座席に乗り込むとすぐ様身体を横にして目を閉じた。助手席に乗り込むとハンドルを握りしめていた蓮見が俺の目を見て握手を求めるように手を前に出す。俺は訳は分からないがその手を軽く握ると蓮見は力強く握り返してきた。
「薫さん。ありがとうございました」
「——あぁ。ハスミーも迎えありがとな」
蓮見は握手を終えると車の振動を抑えるようにゆっくりと車を走らせてその場から離れた。
空には厚い雲が広がっていて、いつ雨が降り出してもおかしくない空模様だ。見通しのいい直線道路を車が走っていると唐突に「そこの自販機で止まれ」と無勢が言い出して蓮見は車を路肩に停めた。
「蓮見。悪いが喉が渇いた。自販機をこじ開けて適当に飲み物取ってきてくれ」
蓮見は車を降りて指示通り自動販売機に一人で向かう。
「それで何かハスミーに聞かしたくない話でもあるのか?」
「察しが良くて助かるね薫ちゃんは。まだ確定事項ではないからまだアイツには聞かせたくないんだ。実は以前から内々にはされていた話が一つあってな。今回襲ってきた奴らを見てその話があながち間違いじゃないと思えてきた」
「話ってのはどんな?」
「この間基地内で出会った白衣の女性、アリサさんって覚えているか?」
「ああ。あのタバコがよく似合う人だろ」
「そうそう。アリサさんは基地内で今回の感染に関する研究をしているんだが、最近うちの部隊が回収した遺体を調べたところ異変に気がついたらしいんだ」
無勢は必死に自動販売機を開けようとしている蓮見の様子を見ながら話す。
「さっさと言えよ。気になるだろう」
「どうも感染病が変異だか進化だかわからんが、変化してるとかで感染者に影響を及ぼしているとかって話だ。俺たちを襲ってきた奴らどう見ても正常とは言えなかっただろ?アリサさんの言ってたことかどうかはわからんが、今何かしらが起きてるのは間違いなさそうだ」
「息つく暇もないな。——それでこれからどうするんだ?」
「基地内も大分ときな臭くなってきたことだしそろそろ潮時かもしれんな」
「……というと?」
「『ツチノコ』の隊長は以前からあらゆる事態を想定して準備を進めていてな。このシュチュエーションも想定の一つに入っていた。だから外部に幾つか確保している拠点に移動することになると思う。薫ちゃん達はどうする?俺としては一緒に来た方が安全だとは思うんだが」
「まっ。行く当てもないことだし俺たちも一緒に行かせてもらうよ。だがそう簡単に基地から出ていけるものなのか?俺の見立てだとあの司令官とやらがそんな勝手を許すとは思えないが」
「だろうな。元より話し合いが出来る相手なら出て行かないからな。だから計画を立てて必要物資をかき集めて逃げる事になるだろうな」
「こんな世界になっても協力し合って生きていく。そんな簡単なことも出来ないなんてホント人間ってのは度し難い生き物だな」
自動販売機をこじ開けた蓮見が取り出した飲み物を、幾つも抱えて車に戻ると無勢は炭酸飲料を一本受け取り口をつけた。
「あーまずい。炭酸が抜けてやがる」
「そりゃあ期限が一年以上過ぎてればそんなヤツもあるだろ。お前が飲みたいって言うから、ハスミーが苦労して持ってきてくれたんだ我慢して飲め」
「ほんの少し前ではいつでもとこでも当たり前に冷えた炭酸ジュースが飲めたのに。何がどうなるかなんて分からないもんだな」
「何一人で黄昏てんだ。ハスミーこんなヤツ放っておいてさっさと基地に帰ろう。俺ももうクタクタだ」
苦笑いを浮かべた蓮見は運転席に戻ると早々に車を走らせる。
「薫ちゃん。とりあえず帰ったら一休みするが、明日にはまた本部の方に顔だしてくれ」
「……わかったよ」
パラパラと降り始めた雨は気がつけば、すぐ目の前の視界を奪う程に激しく地上に降り注がれる。蓮見はすぐさま車のヘッドライトをつけて前方を照らすがさして意味をなさない。ハイビームにしたとて変わらず俺たちが乗る車の進む先を見通すことができない。
「先行き不明。……だな」
無勢がポツリと溢したこの一言に、俺も同じことを考えていたと口から出そうになったのを飲み込んで俺はフロントガラスに激しく打ちつける雨を静かに眺めた。




