2.弔い(7)
「残りの弾はどんなもんだ?」
期待せずに無勢に問いかけると、無勢はこちらを向いて鼻で笑う。
「聞いて後悔しないのか?」
「しそうだが一応教えておけよ」
「アサルトライフルの弾倉二つと装着してるのが半分。合計二つ半ってとこだな。他にはハンドガンの弾五発。血糊で切れ味が落ちてるナイフが一本。薫ちゃんの方どうだ?」
「アサルトライフルに装着している弾倉がほぼ満タンで一本。ハンドガン用の弾倉一つに装着済みが一つの計二本。ナイフの方はまだまだ問題なく使えそうだ。どうだ?明るい未来が見えてきただろ。ハハハッ」
無勢は俺に釣られて声高らかに笑うと、襲撃者達のシャッターに対する攻撃が一層強まった。
「そういえばもう一つハスミーに渡された最終兵器が一つあった」
ポケットに入れていたそれを取り出してライトで照らして無勢に見せる。
「おいおい。手榴弾じゃねーかよ。爆薬の類は司令官達が握ってて中々持ち出せないのによく持ってかれたなハスミーな奴。一つしかないとは言え今の状況じゃこの上ないプレゼントだ」
「あとはどう使うかだな。奴らの群れに投げ込んだ所でたいした数やれやしないだろう?」
「それなら住宅にガスを充満させた上で、奴らを誘き寄せてまとめてドッカンで行くか?」
「随分と簡単に言うがあの人数と、狭い空間で長時間やり合うのはキツイぞ」
「分かってるそんなことは。俺がいくらか時間を稼ぐから、その間に薫ちゃんは建物に侵入してガスを充満させる。そしてガスが充満したのを見計らって俺にインカムで教え、俺が奴らを建物内に誘導。奴らが十分集まった所で俺は外に脱出、薫ちゃんは家の中に手榴弾を投げる。そしたら奴らの大半は爆死してその間に俺たちはここを離脱する。どうだ?完璧なプランだろ」
隠し持っていたスキットルを取り出してウイスキーを一口飲み、無邪気に笑う無勢に渡す。すると無勢は三分の一ほど残っていたウイスキーを、一息に飲み干してしスキットルを返してきた。
「残りの弾数でやれるのか?下手すりゃあ死ぬぞ無勢」
「こんな時でも死なないから今俺はここにいるんだ。それに住宅に向かって準備するのだって、十分に危険が伴う。ガスを充満させている途中で襲われたら火器無しの近接戦闘で片付けなきゃならん。それを考えると悔しいが俺より薫ちゃんの方が適任だ。そんな訳で適材適所だ適材適所」
「なんだそりゃ。……しかし残念だったな。仲間の救助に来たはずなのにこんな事になって。流石に集落のこの状況じゃあ生き残ってるとは考えづらいだろう」
無勢はポケットから取り出したタバコを咥えて答える。
「確かに可能性は低いかも知れないな。だけどな表の吊るされていた死体の中には、それらしいのは無かったんだなこれが。それに集落内を逃げ回っている間も死体は見なかった。僅かながらではあるが、生きている可能性も残ってそうだ」
「そうか。……そうだな。生きているといいな。——それとその口に咥えたタバコに火を付けるなよ」
そう言うと無勢はポケットから取り出したライターを、そっと元の場所に入れ直した。無勢は残念そうな表情を浮かべているが、やはりこの密閉された空間でタバコを吸われるのを許容する度量は俺にはない。だが己の器の小ささに些かの羞恥心を覚えながらも考えを変えるつもりは微塵もない。
「タバコならここを出てから好きなだけ吸えばいいだろ。こんな所で吸われたら俺の呼吸器系が破壊される」
「わかったよ。準備はいいか?そろそろ行くぞ」
「幾らタバコが吸いたいからって急ぎすぎだろ。装備ぐらい整えてから言えよ」
「装備ならもう整ってるにきまってるだろ。それにタバコの為もあるが、何より入口がそう長くは持ちそうにない」
無勢に言われてシャッターに目をやると、確かに押し寄せた奴ら襲撃が激しさを増しておりそう長くは持ちそうもない。俺は装備の確認を済ませて襲撃者達が集まるシャッターと反対側のトタン板に向かってライフルを構えた。
「準備はいいか?ここから休憩は無しだぞ」
「心の準備はまだだが、さっさと終わらせて早く酒でも煽りたいからやってくれ。気をつけて行けよ薫ちゃん」
無勢が親指を立てたのを合図に、ライフルを連射してトタン板に複数の穴を開けた。撃ち終わると勢いよく走った無勢が、壁を蹴破り外に飛び出し周囲を警戒する。入り口に襲撃者達が集まっている事もあり壁の外には奴らの姿はない。無勢は俺に視線を送ると小さく一度頷くと、奴らが群がる通りへと躍り出て注意を引いた。奴らの注意を引く為に無勢は、銃弾が然程残っていないにも関わらず無駄にライフルを撃ち、その発砲音が周囲に響く。
その音を背にガレージを離れて作戦通り使えそうな建物を探す。奴らの人数を考えればできるだけ入り口が広い建物がいいのだろうが、そうした所は必然的に建物自体が大きくガスが充満するまで時間を要してしまう。その間ずっと無勢一人におとりをさせていれば、流石のあの男でも耐えきれないことは容易に想像が出来る。だからといって狭すぎる住宅などでは無勢が逃げられるスペースもない。頭を悩ませながら周囲を見回していると、昔ながらの日本家屋の隣に建てられた大きな倉庫の様な建物が目に入った。幸い周辺には襲撃者達の姿は見当たらない。
倉庫の入り口に着くと入り口は大きなスライド式の両開き扉になっており、幸い鍵はかけられていなかった。中には農作業に使われる耕運機などが仕舞われており、程よく広さもあり、物が多く仕舞われていて逃げるスペースもある。そして入り口の扉を含めた四方に人が通れる程の窓が設置されており、爆破の際に手榴弾を投げ込みやすいのは勿論、無勢が避難する際の選択が増えるまさにうってつけの物件だ。
条件が揃った物件が見つかったのも束の間。遠くから聞こえるライフル音が時間がない事を俺に思い出させてくれた。急ぎ周辺の住宅から集められるだけのプロパンガスを集める。しかし重量物なこともあり集めるのに相応の時間が掛かってしまう。無勢の安否が気にかかるが、定期的に聞こえる銃声がその答えを教えてくれる。しかし同時に焦りの気持ちも湧き立たせる音だ。
ようやく相当数のプロパンガスを集め終わり、まずは無勢が何処からでも避難出来る様に全ての窓の鍵を外した。そして全てのプロパンガスのバルブを全開まで開けると、勢いよくガスが建物に溜まり始めた。俺は建物を出てすぐ近くの物陰に隠れて周囲を警戒した。そしてインカムのスイッチをオンにする。
『生きてるか?無勢』
幾許か反応の無い時が流れる。大した時間では無いはずなのに、体感的には何分にも感じられるのだから人間という生き物は不思議だ。
『この野郎、ギリギリだなオイッ。もう弾が無くなる寸前だぞ』
憎まれ口を叩けてるぐらいだからまだ余裕があるのだろう。俺はガスを充満させている建物を伝えると『了解』とだけ返答がありその後通信は途絶えた。だがすぐに自転車を漕いでこちらにやってくる無勢の姿が確認できた。そしてその後ろにはどうやって集めたのか、聞きたいぐらいの襲撃者達の姿も同時に確認できる。百は優に超えているその集団を無勢は巧みな速度調整をして、建物まで誘導すると扉を開けて中に誘い込んだ。次々に奴らがガスの充満する建物に入っていく。俺はポケットから取り出した手榴弾の安全ピンに指をかけてじっとその時を待つが、一向に無勢は出て来ない。
『そろそろいいぞ。窓から投げ込め薫ちゃん』
『まだお前が中にいるだろう』
『投げ込んだ瞬間に飛び出る。早くしろもう持たないぞ』
一抹の不安こそあったがここまで来ては無勢を信じる他なかった。安全ピンを抜き言われた通り窓目掛けて力一杯に手榴弾を投げると、手榴弾は窓ガラスを突き破ってガスが充満する建物内へと消えた。そして次の瞬間、中から無勢が窓を突き破り飛び出すのと同時に爆音が響き、爆炎が無勢を包み爆風が宙に浮かぶ無勢を遠くに吹き飛ばした。
炎上する倉庫からおびただしい黒煙が空へと舞い上がった。




