2.弔い(6)
茂みを抜けて二人が通った道順で集落に向かう。幸いなことに周囲に襲撃者の姿は無い。だが、それは同時に襲撃者達が無勢一人に集中していることを指していた。昔一度行動を共にした経験からそう易々とはやられないとは思いつつも襲撃者の数と異常性がその考えに水さす。考えを巡らせ走っていると、道の先の方に先程、足を撃ち抜いた三人の襲撃者が地面を這ってこちらに向かって来ている。しかも信じられない速さで這いずり、腕の皮がズル剥け血が流れてもおかまいなしだ。
足を止め銃を構えて照準を頭部に合わせて引き金を引く。狙い通り頭部に着弾すると、撃ち抜かれた衝撃で襲撃者の頭が後ろに軽く跳ね上がり、力なく地面に倒れ動かなくなった。そして間髪入れずに残った二人の頭部も撃つと同じく地面に倒れた。銃を構えたまま倒れた襲撃者に近づき銃口で身体を突くが動かない。足を使って仰向けにすると額の右側にある銃槍から、赤黒い血が流れ出ている。腰を落として死体の顔を見ると、開けたままになっている瞳の白目部分が異様な程赤黒く変色している。見たこともない症状に気を取られていた所を、無勢が発泡したであろう数発の銃声が俺を我に帰らせた。
急ぎ立ち上がり、走って集落に向かい建物の陰に隠れ息を整える。無勢の正確な位置はわからない。だが集落に近づくにつれて段々と大きくなる何とも言えない濁音混じりの叫び声がおおよその場所を教えてくれた。それと同時に無数にこだまするその叫び声は、俺の全身に鳥肌を立たせ恐怖心を駆り立てる。建物の角からそっと覗き込むと、今隠れている建物の向かい側に多くの襲撃者達が群がっているのが見えることから、恐らくは無勢は建物内にいるのだろう。だが、集落内に侵入してから一度も銃声が鳴っていないのが気に掛かる。
物陰を注意深く移動しながら近づくと、建物の非常通路に通じる扉がバンッと開き中から現れた無勢が階段を駆け降りる。その背後の開けられた扉から次々と襲撃者達が、現れて無勢のすぐ後ろまで迫っている。
「無勢!避けろ」
大声で叫ぶと何とか無勢は俺の声に気が付いた。そして二メートル以上ある高さから階段を飛び降りた。俺は非常階段に向かいながら銃を連射して階段を駆け降りる襲撃者達を撃つ。飛び降りた無勢はすかさず俺の側に来た。俺は腰に巻いたマガジンベルトから弾倉を一つ取り出し無勢に投げた。無勢は素早い動きで弾倉を付け替えると、こちらに気づいて走ってくる襲撃者達に発泡する。パパパパンッと乾いた銃撃音が響くと無勢の放った銃弾は見事に近くに迫った襲撃者達の眉間を撃ち抜いた。
「さっすがだな無勢。その調子でパパッと他の奴も片付けてくれよ」
「何言ってやがる馬鹿野郎。逃げろって指示しただろうが。この死にたがりが」
無勢は次々と迫り来る襲撃者達を撃ち抜く。その動きには寸分の無駄もなく襲撃者達を寄せ付けない。まさに訓練の賜物だろう。無勢のこの動きは俺が今まで見た誰よりも優れていて、中距離射程の戦闘に関して言えばこの男よりも優れた者はそうは居ないだろう。正確な状況判断と的確な射撃で襲撃者達を処理する今の無勢の姿は、普段の姿からは想像もできない。
「それよりも助けてくれて、ありがとうだろうが。こっちは自分の命を賭けて助けに来てんだぞ馬鹿野郎」
「だから来るなって言っただろうが。お前に何かあればお前の仲間に死ぬまで恨まれる。それは流石の俺でもごめん被りたいね」
「だったら俺を死なせない様に必死こいて戦え。俺は近接に切り替えるからあとは頼むぞ」
俺は腰に巻いたアサルトライフル用の弾倉を詰めたマガジンベルトを外して、射撃中の無勢の腰に巻き直した。そしてカランビットナイフとハンドガンに持ち替えて無勢に背中を預け、進行方向から接近する襲撃者に備えた。
「ここにはこんなにも住人がいたのか?ちょっとした集落って話じゃなかったのか?数が異常だぞ」
「そんな事は一人でやり合ってる時から気づいてるってんだよ。これじゃ幾ら弾があっても足りねー。このままじゃジリ貧だ。なんかいい案捻り出せ薫ちゃん」
「都合よく頼りやがって、こういうのはお前が専門のはずだろうが。クソッ」
背後からは多数の襲撃者達が襲いかかっており、無勢の射撃でどうにか食い止めている。そんな時進行方向から群れを逸れた襲撃者が一人こちらに向かって走ってきた。射撃して動きを止める事は容易に出来る状況ではあったが、弾の節約のため近づいてきたところを、足を引っ掛けて転倒させすかさず首をナイフで切り裂いた。地面は勢いよく吹き出した鮮血で瞬く間に赤く染まった。それを確かめて立ちあがろうとすると、驚く事に襲撃者が血を吹き出したまま同じく立ちあがろうとしてきた。
「ウソだろ⁉︎何なんだこいつらは」
思わず心の声が口から出た。立ちあがろうとする襲撃者の両腕と両脚の腱を素早く切り裂くと、力なくその場に倒れ込み地面の上をバタバタとのたうち回っている。そこを構えたハンドガンで頭部に一発銃弾を撃ち込むと、ようやくピクリとも動かなくなった。
「薫ちゃん。そいつらいくら身体に打ち込んでも何故か止まりゃあしない。確実に脳天にダメージを与えろよ」
「先に言いやがれ先に。このままじゃマジで先に弾薬が尽きるぞ。弾を少しでも節約出来るように、建物に一時立て篭もるからしっかりとついて来いよ無勢」
周囲を見渡し少しでも時間稼ぎができる場所を探す。だが周りには木造住宅が多く立て籠ったとしてもいくつもある窓から容易に襲撃者達は侵入する。他に何かないかと探すと理想の立て籠もり場所ではないが、辛うじて少しの時間を稼げる場所を見つけてそちらに移動を開始する。後方の無勢が対処する襲撃者の群れとは別に次々と襲撃者が建物の影から現れ襲いかかってくる。
そいつ達の動きをナイフで止めて、ハンドガンはトドメの一撃にのみ使用して極力弾の消費を抑える。襲撃者達はいくらナイフでその身を刻まれようとも、悲鳴の一つもあげずこちらに攻撃を仕掛けてくる。武器を持つ者はそれを用いて、そうでない者は爪や歯を用いてこちらにダメージを負わそうとする。最初のうちこそ「正気になれ」なんて言葉を投げかけていたが、それが無駄な事だと分かるのにそれほど時間は必要なかった。いくら襲撃者達に話しかけようとも奴らの変色した瞳からは敵意以外の感情が伝わってはこない。
「まだか薫ちゃん。流石の俺も少し疲れてきたぞ」
「分かってる。もうすぐそこだ耐えろ」
後方の様子を伺うと無勢が撃ち殺した襲撃者達が、道端にゴロゴロ転がっていてその仕事具合が伺える。たが無勢が言う通り一向に襲撃者達の数が減っている様子がない。それどころかむしろ数が増えているようにさえ思える。
「そこだ。入るぞ」
「わか——。ってトタン板のガレージじゃねーかよ。そんな場所十分と持たずに破られるぞ」
「この状況で十分も待てばいい方だろうが。それとも他にいい場所があるのか?あるなら早く言え」
「あーー。分かった早く行くぞ」
ガレージ内を確認して無勢が中に入ったのを見計らい、ガレージのシャッターを下ろした。シャッターは外からの襲撃者達の攻撃で激しい音を立てて振動している。だがどうにか奴らの侵入を防いでいる。ポケットからライトを取り出してガレージ内を照らすと、無勢は素早く装備を整えて残弾数の確認を始めた。俺はその間にインカムのスイッチを入れて蓮見に通信を試みた。
『こちらおっさん。こちらおっさん。聞こえるかハスミー』
繰り返して呼びかけるが電波状況が悪いせいか蓮見と連絡が取れない。あまりのツキの悪さに思わずため息が溢れ出す。
「通信の方はダメか?」
残弾数を確認しながら無勢が話しかけてきた。
「ああ、ダメだな。俺一人ならこんなにツイてない事なんて無いんだがな。無勢、お前よっぽど日頃の行いが悪いだろ?」
「いいか?男ってのはツキなんてもんに期待しねーで、自分の力で道を切り拓くもんなんだよ」
「行いが悪いのは否定しないんだな。さてさて、これからどうするか……」
ガレージ内には襲撃者達がシャッターに攻撃を加える音が激しく響き続けていた。




