2.弔い(4)
目的地の集落付近に広がる森林に着いたのは昼前の事だった。空は相変わらず晴れ渡っており、森に生える木々はまだ夏を迎えるには早いい季節にも関わらず、その葉を深い緑で染めている。
車をカモフラージュした上で森の中に早々に隠し、装備を整えて三人で森の奥に向かって歩き始めた。先頭を無勢が周囲の警戒をしつつ歩き、次に蓮見が地図を確認しながら歩く。そして最後に俺が後方の警戒をした。そんな隊列で集落を監視できるポイントを探して一時間ほど歩き回りようやく集落を監視できるポイントを見つけた。無勢は手で俺たち二人に合図を送り身を屈ませると、双眼鏡を取り出して集落の様子を伺った。
「どうだ。何かわかったか?」
無勢の側に近寄り声をかけると無勢は小声で返答する。
「今の所分かったのは、あそこにいる連中は恐らく狂ってるってことぐらいたな。……集落の近くの電柱に皮を剥がれた人間が吊るされてる」
「本当かよ。見間違いじゃないだろうな」
「見間違える様な数じゃねぇよ。下手したら十人じゃきかないぞ。それに恐らく、吊るされてるのは大人の男だけじゃなく、……女子供もいそうだ」
無勢は言い終えると双眼鏡から目を離し、下を向いて手で目を押さえた。俺は双眼鏡を半ば奪う様に取って集落を覗いた。奴らが集落として使用しているのは、密集した住宅地ではなく町外れに建つ数軒の建物だった。陽が高いにも関わらず家屋の外には人が行き交う様子はない。恐る恐る双眼鏡の標準を無勢が言う集落周辺に向けると、そこには無勢が言った通りの光景が広がっていた。いや、実際はそれ以上の光景だった。俺はそれを確かめ終わると無勢と同じ様に双眼鏡から目を離してその場に腰を下ろして無勢に尋ねた。
「それで、作戦はどうするんだ」
「さてどうするか。正直女に聞いた情報だと、ここまで狂った事をする奴らが相手だと思ってもいなかったからな。万が一、相手が銃口を向けても突っ込んでくる様な奴らだとしたら殺戮パーティになりかねんし、どうしたもんか」
無勢は考え込みながらタバコを一本咥えた。火を付けないかと様子を見たが、咥えるだけで一向に火は付けない。
「危険を押し付ける様であまり気は進まないが、無勢が一人潜入して俺が後方から遠距離射撃で援護、そして蓮見君は俺の側で周囲の警戒をしつつ集落を監視し、無勢にインカムで伝える。恐らくはこれがベストだろうな」
「だよなー。やっぱりそれだよなー。俺があそこに突っ込むのが一番確実だよなぁ。……仕方ない行くか」
決意した無勢が咥えたタバコを吐き捨て立ち上がると、それまで沈黙を貫いていた蓮見が口を開いた。
「あの。私も無勢さんと一緒に潜入させてくれませんか」
それを聞いた無勢は蓮見を睨みつけた。
「お前が一緒に来て何ができるんだ」
「生存者がいた場合担ぐ事ができます。……それに私も仲間を助けたいんです」
「ハハハッ。確かにその通りだね蓮見君。無勢、確かに彼の言う通りだろ。もしも隊員が生きているとしたら二人で行った方が静かに脱出が出来る。連れて行ったらどうだ?」
無勢は腕組みをしながら目を閉じた。そしてしばらく考え込むと深いため息を吐いた。
「わかった。だが絶対に俺の側を離れるなよ。それと潜入中は何があっても口を開かず、黙って周囲に気を張っていろ。すぐに出発するからさっさと装備の確認と便所を済ませとけ」
蓮見は一瞬嬉しそうに目を輝かせたが、すぐにそれを収めて装備の確認を済ませた。そして言われた通り用を足しに俺たちから見えない場所に移動して行った。
「余計な事言いやがって。あれを見ても生きてると思うのかよ」
蓮見の姿が見えなくなると同時に無勢が言った。無勢の顔に視線を向けると複雑そうな表情を浮かべている。
「何でも決めつけて動くのは危険だぞ。あらゆる可能性に備えるのも率いる人間には必要だろ。それとも残酷な現実を見せたくないなんて考えてるのか?もしそうならそれこそ仲間である蓮見君に失礼だ」
「ッチ。わかってる、わかってるよ。……薫ちゃん。俺は大丈夫だから、ちゃんと蓮見の周辺に注意を払ってくれよ」
「あぁ。だから残念ながらお前には注意を払えないから、何とか頑張ってくれ」
「……多少は俺にも気を払えよ」
その言葉につい笑ってしまうと、無勢も同じ様に笑った。そこにちょうどトイレから戻って来た蓮見が現れると、不思議そうに俺たちを見ていたが何もないと伝えた。
「それじゃあ、地獄絵を見に行くか」
無勢はそう言うとライフルを握り物陰に隠れながら集落に向かった。蓮見は先を行く無勢の後ろにピッタリと付き同じ様に動いた。俺は地面に伏せてライフルを構えた。集落までの距離はおおよそ四百メートル、スコープの標準を合わせた限りではまだ集落に動きはない。その為一度スコープから目を離し、すぐ側に置いてある双眼鏡を覗いて二人の様子を確かめた。先頭を行く無勢は以前見た時と変わらず、洗練された滑らかな動きで周囲を警戒しながらも素早く集落へ向かい進んでいる。対照的に後ろを追いかける蓮見は、見るからに不器用な動きで移動していた。だが、不器用ながらしっかりと後方の警戒に注意を払い無勢の素早い移動に付いて行けてるだけ大した物だ。
『こちらロンゲ。集落周辺の状況はどうだ?』
インカムに突然無勢の通信が入った。
『こちらおっさん。相変わらず動きはない。もしかしたら集落から出て行った可能性もあるかもな』
『もしそうなら一度基地に帰還だな。何かあれば報告頼む。オーバー』
『了解。気をつけろよ。アウト』
通信を終わると二人は最初に双眼鏡で見た。皮を剥がされた人が吊るされている電柱に進んでいる。俺は再度ライフルを構えてスコープを覗き込んだ。二人の周辺にはやはり今の所人気はない。無勢は近くの物陰に蓮見を待機させると一人で電柱にぶら下がる死体の確認に行った。離れた場所から見ても生きていないと分かる程、吊るされた人たちの身体は損傷している。無勢は吊るされた一つ確認しては次の場所に移動してまた間近でそれを確認した。普段の言動がアレな分こういった時の無勢が余計に頼もしく見える。そういったところが得をしているとつい考えてしまう。
『こちらおっさん。その中に仲間はいたか?』
『こちらロンゲ。いや、居ないな。吊るされているのは恐らく集落で暮らしていた住人だろう。それから死体の状況から見て殺されてから恐らくそれ程時間も経過していない』
『つまり、犯人は近くにいるって事か』
通信の間も絶えず二人の周辺に注意を払う。
『犯人ね。……死体を見たがどれも拷問された形跡がある。目はくり抜かれているし、爪も剥がされている。中には舌を切られているものまであった。……その中にはまだ幼い子供の死体もあった。こんな仕業、本当に人に出来るのか?』
段々と強い口調に変化して話す無勢。
『少し落ち着け。だが確かに異常過ぎるな。ここは一度引き上げるのも作戦だが、どうする?』
『……お前が言った通り、百に一つでも生きている可能性があるのなら、今助けに行かなかったらそれこそ本当に終わってしまう。悪いが付き合ってくれるか』
『貸しが山の様に出来るな。しっかりと取り立てるからな。オーバー』
『すまん。周囲を頼む。アウト』
通信を終えた無勢は物陰に隠れる蓮見の元に戻った。そして腰を下ろして蓮見のアサルトライフルの弾倉を外して弾が入っているか、服の下にちゃんと防刃チョッキを着ているかなどを無勢が確認した。全ての確認が終わったのか、無勢と蓮見は立ち上がり腰を低くして身を隠しながら集落に向かい移動を開始した。




