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世紀末サバイバルライフ  作者: 九路 満
本州上陸 編
43/54

2.弔い(3)

 決して広くない軍用車の中に響く下手くそな口笛の音色が、執拗に耳を刺激してくる為、窮屈さも相まってイライラが増長されていく。

「どうせうるさいなら、せめてもう少し上手く吹け。むしろよくその腕前のくせに人前で吹こうと思ったな」

 それを聞いた無勢は如何にも納得できないといった様子で、更に力の限り音量を上げて吹き始めた。頭に来て助手席に座る無勢の座席を力の限り蹴飛ばすと前のめりに、倒れそうになったがシートベルトがそれを助けた。

「お前、そのすぐ暴力に頼る悪い癖、早く治せ。それに上手くなきゃ吹くなってのは差別だろうが。口笛ぐらい下手でも気持ちよく吹かせろ」

「その虫の羽音みたいな音色を道中聞かされ続ける方の身にもなれってんだよ。何か言ってやってよ蓮見(はすみ)君」

 運転席でハンドルを両手で握り集中する隊員、蓮見十護(はすみ とうご)に話を振ると困った様に苦笑いを浮かべた。彼とは昨日、ツチノコの隊員室に無勢を呼びに来た際に顔を合わせていた。今回は彼に隊員としての経験を積ませたいとの無勢の要望で、遠征に同行する運びとなった。

「いえ。自分は無勢さんにものを言える立場ではありませんので」

「おいっ、蓮見。それは暗に下手と言ってるのと一緒だろが」

「す、すいません」

 運転する蓮見の背筋が正される。

「そんなに威圧的だと蓮見さんが可哀想だろ。もっと優しく指導しろよ」

「アホか、部隊内で俺ほど優しい奴はいないんだぞ。言ってやれ蓮見」

「えっと……。み、みなさん本当に良い人ばかりですよ」

「そこで言い淀むな」

 無勢のツッコミが蓮見の頭部を直撃したが、蓮見は前方から目を離すことなく運転を続けている。

「もういい。一服するからちょっと車停めろ」

 そう言って口にタバコを咥えた無勢は、見晴らしの良い海岸線を走行していた車を停車させると、ドアから出て近くの防波堤の上に登りタバコに火を付けた。車内では以前背筋を正したままの蓮見がハンドルに手を置いている。

「蓮見君。せっかくだからちょっと外の空気吸おうよ」

「いえ、自分は待機してます」

「体調管理も任務にあたる上では重要だよ。後どれぐらい掛かるか分からないんだから、休める時には休まないとね。心身ともに」

 思うところがあったのだろう、蓮見はエンジンを切るとシートベルトを外して、車外に出た。続いて外に出ると車のそばで真顔で入念に準備体操をする蓮見が居た。

「蓮見君。ちょっとした質問しても良いかな?」

「はい。何でも聞いてください」

 身体を動かしながら答える蓮見。

「別に入隊しなくても基地には迎え入れてくれたのに、何で入隊を志願者したの?」

 蓮見は動きを止めると答えに辛そうに口籠もる。それを見て聞いてしまった事を後悔したが、蓮見は言葉を選びながらゆっくりと話始めた。

「私は、こんな世界になる前は工場で働いていました。ライン作業が主な仕事でして、流れてきた物に手を加えて次の工程に物を流す。そんな当たり障りもない仕事でした。その前は車の中古販売の会社で働いていました。どう思いますか?」

「どう、ですか。いや、色々な仕事を経験されているんだなと」

「そうですよね。確かに色々経験しました、それこそ誰にでもできるような事ばかりを。その時の私はたぶん、ただただ死んでないだけの存在だったと思います。そして気がつけば変わり映えのない自分の人生ってものに嫌気がさしてしまっていました。そんな中であのパンデミックが起きたんです」

「大変でしたね」

「ええ。みんな見る見る死んでしまいました。必死に生きようとはしましたが、何故自分が助かったのか分からないです。でも、その時わかった事もあるんです」

 噛み締める様に言う蓮見。

「何がわかったんですか?」

「変わり映えのしない毎日は、自分が何も変えなかったからだと。まぁ、それに気づいた時には、世界そのものが変わってしまってたんですけどね。でも、だからこそ今の自分を変えたかった。それで志願したんだと思います。すいません、何だかわかりにくいですよね」

「いえ。何となくですが、それでもよくわかった気がします」

「それならよかった。あっ、でもこれ無勢さんには言わないでくださいね。きっと笑われちゃうんで」

 蓮見は心内を少し見せると、自然な笑みを浮かべてまた準備体操に戻った。そして蓮見の中での無勢の評価も同時に垣間見た気がした。

「何話してんだよ」

 タバコを吸い終えた無勢が気付けば車のすぐ側まで戻ってきていた。取り乱した蓮見は気が動転してか、無意味な敬礼で無勢を迎え入れると、少し考えた素振りを見せた後、無勢は目を細めて問いかける。

「お前ら、さては俺の事を馬鹿にしてたんだろ」

 この男でなければ、何て勘がいい奴だ。で済んでいるものだが、この男を多少なりとも知っているだけに、身につけたモノに盗聴器の類のものを仕込まれていないか探ってしまう自分がいた。

「世間話だ、世間話。もういいならさっさと出発するぞ」

 納得いかない顔ながら車に乗り込む無勢。全員が車内に乗り込んだ後で、言い難そうに口を開く蓮見。

「すいません。少し、腹の具合が」

「さっさと行け。次に走り出したら目的地まで止まらんからな。ちゃんと全部出してこいよ」

 無勢に足で尻を蹴飛ばされて車内に出ると、腹と尻を押さえながら近くの物陰に蓮見は姿を消した。

「よっ、名悪役。だがそこまでしなくちゃいけないもんなのか?」

 煽る様に言うと無勢は渋い顔をして腕組みをした。

「今、救助に向かってる隊員だが、俺がツチノコに所属した時、最初に付いてくれた指導員なんだ。本当に優秀な人でな、訓練の成績だけで言えば今でも総合的には俺より上だ。だが不思議な事に、実践に出ると訓練で優秀だった奴が、必ずしも生き残る訳じゃないんだよな」

「だろうな。どれだけ訓練を積んでいたしても死ぬ時には死ぬ。それこそ一番重要なのは悲しいかな、運だろ」

「そう、運だ。……だけど訓練によって守られる命があるのも事実だ。もしかしたら、実戦での命のやり取りの八割は運に左右されるのかもしれない。だが残りの二割を訓練によって避けられるなら、それを避けられる様にしてやるのが上の役割だ」

「憎まれ役になってもか?」

「酒場で酒の肴になってるぐらいが丁度いいんだよ。上司なんてのは」

 カバンからスキットルを取り出して、ウイスキーを一口飲み無勢に渡すと、何も言わずに一口呑んでスキットルを返してきた。

「いい酒の肴になったよ」

「いつから俺は薫ちゃんの上司になったんだよ」

 笑いながら話す無勢が急にその笑い声を引っ込めたと思ったら、ようやく物陰から蓮見が姿を見せたと思うと、スッキリした顔をして歩いて車に戻って来た。

 それを見た無勢はドアを開けて大声で叫ぶ。

「おらぁーーっ。トロトロ動いてんじゃねーぞ。ここは基地内みたいに安全が確保されてるわけじゃねーんだ。ちんたら歩いてんじゃねーよ、走れ」

 蓮見は慌てて小走りで車に乗り込むと、追加でいくらか無勢に説教を受けていたが、その内容は俺が聞いてた至極当然のことではあった。しかし仕切りに反省を見せる蓮見にそれ以上の事は言わなかった。説教が終わるとようやく車は目的地に向かって再度出発した。

「無勢、目的の集落には後どれぐらいで着くんだ?」

「昼前には着く予定だ。着いたら即捜索に入るから今のうちに休んでおけよ」

「わかった。そうさせてもらう」

 後部座に積んだカバンを枕に横になると思いの外、寝心地は悪くない。運転する蓮見とそれを監視する無勢の二人に悪いとは思いつつも、到着までの時間を睡眠に充てる為に一人まぶたを閉じた。

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