2.弔い(2)
リビングで一人コーヒーを飲みながら待っていると、ドアの開閉音が聞こえたと思うと、間を置かずにカリモさんがリビングに現れた。
「突然、すいまん。彼女大丈夫ですか?」
急なお願いを嫌な顔一つせずに引き受けてくれたカリモさんに頭を下げると、微笑みながら手を横に振って答えてくれた。
「いいわよそんな事。とりあえず今、泣き疲れてようやく寝たわ。っで、何があったか聞いてもいいの?」
「話せる事なら話したいんですが、まだ俺も事態を把握できていないので……。すいません」
「なら今は聞かないわ。それにしても、なんだか此処もきな臭くなってきたわね」
テーブルの椅子に座ったカリモさんに新しく入れたコーヒーをカップに注いで手渡す。
「ありがと。それで、無勢君との話はどうだった?」
「それも特に進展のある話では無かったですね。……話は変わりますがカリモさんって、以前聞いた車と小型船の免許以外に何か持ってたりしますか?」
「いえ、免許はその二つだけかな。どうして?」
カリモさんの正面に置かれた椅子に座ってコーヒーを一口飲んでから答える。
「カリモさんが言った様にきな臭くなってきた、からですよ。それとあと一つ、これは興味本位なんですが聞いてもいいですか?」
「珍しいわね。答えるかは解らないけど、聞くわよ」
「前から気にはなっていたんですけど、葉山さん。いや、お父さんと違って狩猟免許じゃ無くて、小型船舶免許持ってるのは何か理由でもあるんですか?」
コーヒーを口にしながら上目遣いでこちらの様子を伺うカリモさん。
「薫君って、やっぱり変な所に目をつけるわね。そうね、……強いて言えば反抗心。ってやつかしら」
「反抗心ですか?」
「私も決して父と良好な関係を築けていた訳じゃ無いって事よ」
「もしかして、父が山なら私は海。見たいな事ですか?」
「そっ。子供の反抗期みたいで面白いでしょ」
そう話すカリモさんは穏やかな表情を浮かべている。そこから、現在の二人の関係はそこまで悪い物では無いと感じ取れた。
「どの家庭も何かしら問題はあるものですね」
「そうよ。これから私達、花梨ファミリーにもきっと問題は出てくる筈だから、その時は頼んだわよ薫パパ君」
「勘弁してくださいよカリモさん」
頭を掻きながら言うと嬉しそうにカリモさんは笑った。
日を跨ぎ新しい一日の始まるに、一人リビングで日課の柔軟体操を行っていると、早朝にも関わらず玄関の戸を叩く音が聞こえた。玄関に向かいドアスコープから外を見ようとしたが、真っ暗で外の様子が分からない。だが玄関にドアの隙間から入り込む光が時折揺らいでいた為、何者かがドアの向こう側にいるのは分かった。
その為、ドアの鍵を外して力一杯ドアを開いた。
「痛っ」
玄関の外を窺うと、無勢が顔を手で覆って転げ回っている。俺はドアをゆっくりと閉めて、再度鍵をかけると恐ろしい程にドアのノブが動いた。
「何で閉めてんだ。お前の悪いところはそういったところだそ薫ー」
無勢がドアを開けようと激しげくドアノブを引くので、家全体にその振動が伝わっている。このままではみんなが起きてしまうので俺は仕方なく玄関の鍵を外してドアを開いた。
「無勢。お前は人の家に来る時いつもそんな風に訪ねてるのか?少しは他人様の迷惑を考えろ」
「そんな訳ないだろ。親友の家を訪ねたから、ちょっとばかり茶目っ気を多めに出しただけだ。よかったなユーモア溢れる友人を持って」
無勢は迎え入れられた訳でもないにも関わらず、当たり前の様に玄関に入ると靴を脱いで上がり込んだ。
リビングに入るとキッチンを覗き込み怪訝な表情を浮かべた。
「おいっ。まだコーヒー入れてなかったのかよ。楽しみに来たんだから早く入れてくれよ」
「何で当然のように食卓に座ってるんだよ。その実家に帰ってきたみたいな振る舞いは、控えないといつか刺されるぞ?」
「誰かそんな物騒な事するってんだよ」
「俺に決まってるだろ」
「お前かよ。硬い事言うなって、心の友だろ。コーヒーは濃い目に入れてくれよ昨日の酒が残ってるんだ」
折れてコーヒーの用意を始めると、無勢はテーブルに一枚の地図を広げた。
「それで、あの子の様子はどうだ?」
「とりあえず、カリモさんに任せてるが今は少し落ち着いてる。と思うぞ」
「それならよかった」
無勢は複雑そうに地図に視線を向けたまま言う。出来上がったコーヒーをカップに注いでテーブルに運ぶと、早速無勢はカップを手に取り一口飲んだ。
「美味い、な」
「無勢。分かってるとは思うが、その弱った顔を人に見せるなよ。つけ込まれるぞ」
「わかってる。だが少し、人間ってものに嫌気が差してきたよ」
自分用のカップにコーヒーを注いで一口飲む。いつもより濃く入れたおかげで微かに残っていた眠気も飛んだ。テーブルに座り無勢が広げた地図に目をやると、周囲を山に囲まらた村に印が付けられたものだった。
「それで。今日はどんな厄介事を運んできたんだ?」
「いつも運んでるみたいに言うな。……まぁ、今回はそうだが。あの女に調書をとって分かった事を話す。あの女はどうやら偵察に向かわせていた集落の住人だそうだ」
「なら偵察に向かったはずが、何で女を連れ帰ってるんだ?それに調査には二人で行かせたんだよな、もう一人はどうして死んだんだ?」
無勢はポケットからタバコを取り出しそうになったが、思い出した様にタバコをポケットに戻すとコーヒーをもう一口飲んでから話す。
「そう焦るなよ。まず、何故今回あの女を逃していたかだが、どうも女が暮らしていた集落で反乱が起きたそうだ。そこにタイミングが良いか悪いか調査に向かった二人が出くわして逃げていたあの女を助けたって話だ」
「反乱ってのは穏やかな話じゃないな。それでもう一人の隊員はどうしたんだ」
「どうも女を助ける時に、住人と交戦したそうでな。女と戦闘に不慣れな隊員を逃す為に一人残って足止めをしたそうだ。最後に姿を見た時は何発も身体を撃たれて血を流して這いつくばっていたそうだが、よくよく話を聞いてみるとどうもハッキリとした死亡確認はしていないらしい」
「……行くのか?」
問いかけを聞いて、無勢を手で擦り苦笑いする。
「まっ。十中八九で生きちゃいないだろうが、助けに行かない訳にもいかないだろ。それにもし死んでいたとしても、せめて仲間として丁重に弔ってやりたいんだよ」
「……ついて行ってやるが、これで酒の件は無しだからな」
「薫ちゃんならそう言ってくれると思ってたよ。それで実は近くに車も待たせててな、急で悪いが準備が出来次第出発する」
相変わらず、何事も確信犯的なところは突っ込みたくなるが、今回は非常事態なこともあり敢えてそこには触れなかった。
コーヒーを飲み終えた無勢は地図を片付けると、先に車で待つと言って家を出て行った。俺はカリモさんの部屋に行き留守にする事を伝えて自室に荷物の準備を済ませに行く。部屋にはナナシが寝ておりマルは顔を上げて様子を窺っている。ナナシとマルの頭を撫でると、近頃2人とゆっくり過ごせていないなんて考えが頭を過ぎるが、無勢を待たせている手前素早く荷物をまとめた。そして再度リビングに降りると、サンドがリビングの椅子に座ってこちらを見ていた。
「また基地の外に行くの?」
複雑そうに言うサンドの顔色は、先日に比べれば随分と良くなっていた。
「そうだ。だが、今回お前は連れて行かないからな。みんなを頼むぞ」
「そうだよね。行っても役に立たないもんね」
顔を伏せていじけるサンド。俺は近寄りサンドの頭に一発ゲンコツを入れた。そして痛がりながら顔を上げたサンドの頭を脇に抱える。
「任せたぞ、みんなを」
脇に抱えたサンドは一言、返事を返して大きく頷いた。頭を手荒く撫でて手を離すと、照れくさそうに微笑んでいた。
出発の挨拶を済ませて玄関を開けると、少し離れたところに停められた車の窓から手を振る無勢の姿が目に入りそちらに向かって歩く。まだ日が昇って間もないにも関わらず、晴天の空から降り注ぐ日の光はいやに熱を帯びていた。




