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世紀末サバイバルライフ  作者: 九路 満
本州上陸 編
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2.弔い(1)

 朝起きると飲み過ぎたせいでやけに頭が痛い。これほど飲んだのはいつ振りだろう。デスクに座ったまま飲み交わした事もあり、無勢は机に突っ伏したまま寝てしまっている。

 無勢の大きなイビキを聞くと一層、頭痛が酷くなる。果たしてこの男は、出先でどうやって寝ているのかと疑問が湧き出る。勝手なイメージではあるが、曲がりなりにも特殊部隊に所属しているのだから隠密行動の一つもあるだろう。

 その時、無勢はどうやって気付かれない様に睡眠を取っているのか、純粋な疑問が生まれたので今度確認しようと心に刻んだ。

「失礼します」

 大きな声を上げて俺の頭痛を悪化させる男が、また一人ドアを通って部屋に現れた。男の歳は俺と近く、この世界になってあまり見ない裾を短く刈り上げて整えられた頭髪がトレードマークの男が直立不動でこちらを伺っている。しかし、この男は入れと言われた訳でもないのによく勝手に室内に入ってきたものだ、その上、お世辞にも入室時に見せた所作は鍛えられたモノには見えなかった。

「そこで寝てる奴に用事ですよね?」

「はい。無勢さんを連れてくる様にと、言いつけられています」

 机の上に置かれていたペン立てから取り出したペンを無勢の頭、目掛けて投げると我ながら驚くほど見事にペンは頭部を直撃した。そして数本投げるとようやく動き出し、追加でもう一本、ペンを当てるとようやく無勢が目を覚ました。

「イテーーよ!普通に起こせ、普通に」

 俺を睨みつける無勢に親指で入り口を指差して来客を知らせた。すると慌てた様子で机の上に並んだ酒瓶を床に落として、立ち上がると服を正して無勢は口を開いた。

「これは、見苦しい所を見せたね。それで何の用かな?」

「はい。先程、昨日拘束した女性の尋問が一通り終わりまして、無勢さんをお連れしろと、上官が申しております」

「了解した。すぐに行くと伝えてくれ」

 ぎこちない敬礼を済ませると男は部屋から出ていった。

「あのぎこちない男は、なんだ?」

「そう言ってやるなよ。まだ隊員として働き始めて半年と経っていないんだ」

「半年って、俺たちと年は同じぐらいだろ?何でまた急に隊員に何かになったんだよ」

「半年ほど前に部隊が諜報活動に出た先で隊員が拾ってきた男なんだが、何でも命を救われて感動したとかで、隊員になりたいと熱心に志願するもんだから、人手不足もあってうちの隊長が許可を出したんだ。まぁ、今はツチノコではなく他の部隊で訓練中だがな」

 変わった男だという以上、取り立てて感想すら沸かなかったのだが、何故か俺は男の事が妙に気になった。

「そうそう、もしかしたら薫ちゃんに手を借りる事態になるかもしれないから、悪いが一緒に話を聞きに来てくれ」

 そう言って無勢が部屋を出たので、俺は後ろを付いて部屋を出た。

 一階に移動すると無勢の足は人通りの少ない廊下の端に向かった。そこには地下に通じる階段があり、階段の前には二人の武装した隊員が守衛で立っていた。

「お疲れ様です、無勢さん。話は聞いていますので、お通りくださ……。そちらの方は?」

「あぁ、俺の部下だから気にするな」

「……そう、ですか。失礼しました。どうぞお進みください」

 すれ違い様に敬礼する二人の眼差しは俺に向き、その眼光は鋭くまるで敵でも見ている様だ。

「いつから部下になったんだ?」

「黙ってろ。あいつらは俺や俺の部隊の仲間と違って融通が効かないんだよ。ここの司令官直属の隊の連中だからな」

「その言い方だと、司令官に問題がある様に聞こえるぞ」

 その問いかけに答えない無勢の対応から、その答えを貰った。地下に降りると廊下で数人の白衣を着た研究員と思しき人とすれ違ったがその誰もが俺たちと目を合わせることさえない。

「ここは何なんだ?」

 俺の問いかけに無勢は声を小さくして答える。

「綺麗な言葉で包み隠して言うなら、有能な奴や無能な奴が必要な事や不必要な事をしてる場所。って所か」

「なるほど。……念の為に今、聞いておくが。ここの基地に問題はない。でいいんだよな」

「……精査中、だ」

 そう言うとちょうど着いたドアの前で立ち止まり、無勢はドアをノックして返事を待たずに中に入った。部屋の中では昨日連れ帰った女が、椅子に座らされており、俯いたまま震えている様に見える。その周りを数人の見るからに偉そうな四、五十代の男性達が取り囲んでいた。

「やっときたか。遅いぞ無勢」

 一際態度が悪い太った男が、投げ捨てる様に言い放つと無勢は直立不動で敬礼した。

永原(ながはら)司令官、申し訳ありません。仕事が立て込んでいまして」

「言い訳はいらん。ワシの命令が最優先事項だ」

 不遜な態度で無勢を睨む永原は、次に俺に気付いて同じく睨みつけた。

「何だそいつは?」

「はっ。【ツチノコ】に以前所属していました隊員で花梨と言います。この度、たまたま生存していた所を発見しまして仕事を手伝わせています」

「勝手な事を。この基地のトップは私だぞ」

「ですが、我々【ツチノコ】はどの隊の指揮系統にも属しておらず、単独での行動を許されています。そして花梨の事は我が隊の隊長にも、了承して頂いておりますので悪しからず」

 それを聞いた永原は、身体中の血液が顔に集まっているのが分かるほどに顔を赤くした。

「無勢、お前……。隊長が戻ったら俺の所に来る様に伝えておけ」

「はい。しっかりと伝えておきます。それでご用は?」

 更に赤くなった顔の永原はそれ以上口を開かず、代わりにそばにいた別の者が答え始めた。

「とりあえずではあるが、昨日連行した女の尋問は終わりでいい。今後の処遇は当初からお前が言っていた通り、そちらに任せるから後は好きにしろ」

 これまた高圧的な物言いをする男は、女の拘束を解いて立たせると、こちらに向かって女の背中を押した。女の服装は昨日出会った時とは違い、彼らと同じ迷彩服を身につけていた。そして女の顔には暴行を受けた跡が見受けられる。

「おっ……——」

 彼らの方に乗り出す体を無勢に止められたので、顔を見るといつになく真剣な眼で俺を見て小さく首を横に振った。

「いやーー、早くて助かります。ではこの女の身柄はこちらで管理させて頂きます。それでは来て早々ではありますが、仕事が溜まっているのでこれで失礼させて頂きます。司令官殿」

 彼らに向けた無勢の顔はいつもと変わらない朗らかな笑顔だった。逆に彼らは無勢に視線を向ける事が出来ておらず、それを見て俺はこの男の凄さを垣間見た気がした。

 部屋を出て階段に向かう途中で、小柄ながら威圧感がある白衣の中年女性が火の付いていないタバコを咥えながら、俺達の前に立ち塞がると、無勢に向かって小袋を手渡して話し始めた。

「頼まれていたやつ」

「助かります、アリサさん。今度タバコ仕入れたら真っ先に渡しますんで」

「気にしなくていいわよ。それより、この後時間ある?大事な話があるんだけど」

「大丈夫ですよ。後で部屋に顔出します」

 それを聞いたアリサは背中を向けて手を振りながらその場を去った。

「誰なんだ?あの人は」

「まっ、仲間の一人だ。近い内に会わせるからそう焦るな。それより早く行くぞ」

 階段を上がってツチノコ部隊の部屋に戻ると、無勢は先程、アリサに手渡された小袋の中から錠剤を取り出した。水とそれを手に持って放心状態の女の耳元で何かを囁くと女は(せき)を切ったように大粒の涙を流し始めた。そして無勢は女を宥めると錠剤を女に手渡して飲ませた。

 それを確認した無勢は無線を手に持ち誰かと話すと俺の元に近づいて耳元で話し始めた。

「急で悪いんだが、少しの間でいいからあの子を薫ちゃんの家で面倒見てやってくれないか。それと出来れば女性に付いていてもらえるとありがたいんだが」

「……ったく。わかった、わかったよ。カリモさんに頼むから安心しろ。この確信犯が」

「それでこそ、俺の心の友だ。車を下で待たせてあるからそれに乗って帰ってくれ」

「そのいじめっ子精神どうにかしろ。本当はまだまだ言いたいことも……——」

「わかってる、わかってる。明日家に行くからその時に、な」

 それを聞いて俺は全てを一度飲み込んで、無勢と一緒に女を連れて外に出た。そこには既に車が俺たちを待っており、俺と女はその車に乗り無勢に見送られて家へと帰った。

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