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世紀末サバイバルライフ  作者: 九路 満
本州上陸 編
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1.新境地(6)

 怪我を負った運転手の運搬には車が必要だった。その為にサンドには車両を手配してもらう為に単身で基地に戻ってもらった。

 サンドが無勢の運転で迎えに来たのは太陽が傾きかけた頃だった。二人が乗る車両の後ろには三台の別の車両が連なっている。見つからない様に木陰で介抱していた怪我人の運転手を肩に担いぎ、女を引き連れて迎えの車に向かうとサンドと無勢が車から降りて駆け寄ってきた。

「薫ちゃん、大丈夫か?」

「俺はな。この人を早く治療しないとまずい」

 無勢は怪我人を見ると一瞬驚いた様子を見せたが、直ぐに平静を装い後続車両に乗っていた医療スタッフに怪我人を引き渡した。

「ロンゲさん、あの人大丈夫かな?」

 心配そうに怪我人を乗せた車両が、基地に帰るのを見送るサンドのいつもと違う様子を感じ取った無勢が俺に目配せをして来たので、俺は軽く首を一度振った。それを見て無勢が答える。

「……まぁなんだ。人ってのは死ぬ時は死ぬし、死なない時は死なない。そんなものだ。残念ながらそれがその人の寿命ってやつでお前が気にする様な事じゃない」

 流石の無勢も空気を読んでいつもの軽口は控えた。だがそれを聞いてもサンドの曇った表情が晴れることはなく無言のまま残った車の後部座席に座った。

「まだまだ話したいことはあるが、日が暮れる前に帰るぞ。そっちのお嬢ちゃんも後ろに乗ってくれ」

 無勢に促され救出した彼女は、サンドの隣の後部座席に乗り込みドアを閉めた。

「薫ちゃん。話があるから今日は部隊の待機部屋に泊まってくれ」

「わかった」

 それだけ話すと無勢は運転席に乗り込んだ。俺も続いて助手席に乗ると無勢はすぐに車を走らせた。基地に戻る車内ではこれ以上の会話は行われずただ道路を走る車の走行音だけが車内に響いていた。


 基地に着くとサンドを家で下ろして残りの三人で、司令部と無勢の部隊の待機部屋がある建物に向かった。建物に着くと待ち構えていた数人の隊員が車から降りた女の身柄を拘束した。

「何のつもりだ?無勢」

「その説明もあって来てもらったんだ。手荒なことはしないから心配するな」

 無勢が指示を出すと隊員たちは女を連れて建物の奥に姿を消した。無勢はタバコを取り出して火をつけると先に部屋で待つように伝えて来たので俺は指示に従い先に部屋に向かった。

 部屋には変わらず誰の姿もなく閑散としている。俺は無勢のデスクを漁り隠しているウイスキーを取り出し棚から出したグラスになみなみと注いで無勢のデスクの椅子に腰を下ろした。空になった瓶はデスクの元の場所に戻した。窓からは夕陽の眩しいオレンジ色が部屋に入り込んで目を開けていられないだ。ウイスキーを一口、口に含んで香りを楽しみ飲んだが美味いの一言だ。天井を仰いで余韻に浸る。この日本の山と崎は賞賛に値すること間違いないだろう。この酒をこれほどなみなみに注いだ所を無勢に見られた日には一歩間違えれば殺し合いさえ起きかねない。

「お、お前っ。俺のじゃないよな?俺のじゃないだろうな?」

 天井から入り口に視線を移すとわなわなと立ち尽くす無勢の姿があった。そう思った次の瞬間、走って駆け寄ってきた無勢が自分のデスクを漁り取り出したウイスキー瓶を見て絶句した。

「いやーー、今日は自転車で遠出したせいか、やけに酒が美味く感じる。いい運動になったよ、ありがとうな無勢」

「……仕返しにしてもやり過ぎだろ!運良く見つけた一本だぞ?このヤローー」

「悪かった悪かった。次出かけた時に探してきてやるから、そう熱くなるな」

「言ったな?絶対だぞ?もしも見つけられなかったら次は徒歩で出かけさせるからな」

 返しきれていない恩はどおしたと、喉まで出かけたのを恩着せがましいと思い飲み込んだ。それにしても無勢のこの必死さを見ると、こいつのアルコール中毒を疑ってしまう。あまりに必死なその形相に仕方なく、新しいグラスを取り出し俺のグラスから半分注いで無勢に渡すと嬉々として受け取った。

「それで、話ってのは何だ?」

「お前切り替えが早すぎるんだよ。……お前達が助けてくれたあの運転手なんだが、実はここの隊員なんだよ」

「ここってのはお前と同じ部隊ってことか?」

「いや、あいつは違う。前も話したが人手不足でな、他の隊から借りてる助っ人だ」

「そうだったのか。軍服じゃないから気づかなかった。それにこんな言い方はあれだが、単独行動できるレベルには見えなかったがな」

 無勢はデスクの上に腰掛けグラスに入ったウイスキーを口にしてから答えた。

「だろうな。そもそも単独行動なんてさせていなかったからな。あいつ達にも薫ちゃんと似た様な調査の依頼をしていたんだ。少しばかり離れた場所に人の集まった集落のような場所があるらしくてな。そこの調査に派遣していた」

「まさかあの女も隊員だなんて言わないよな?」

「いや、違う。もう一人も。男の隊員だ。二人で調査に行かせたからな。だからこそ何処の馬の骨とも分からない奴に基地の中を歩かせたくなかったんだ」

「訳が分からん事ばかりだな。それで男は助かりそうなのか?」

 無勢は口には出さず軽く首を横に振った。

「そうか。サンドには俺から伝えるよ」

「わかった。しかしまったくもって次から次に、問題ばかりが湧いて出てくるな」

 そう言うと無勢はまだウイスキーが入っているグラスをデスクの上に置き、用事が残っていると言い残して一階の司令部に降りて行った。一人きりになり、深いため息を一つ吐いてインカムのスイッチを入れ、またウイスキーを一口飲んだ。そして一度深く呼吸をしてサンドに呼びかけた。

 〔俺だ。サンド、聞こえるか?〕

 〔ーーーー。聞こえるよおっちゃん〕

 やはりまだ声に元気は無い。

 〔今日俺はこっちに泊まるから、二人にも伝えておいてくれ〕

 〔わかった。…………あの人。どうなったか知ってる?〕

 〔恐らくは助からないそうだ。だがお前が気にする事じゃ無い、指示は俺が出したんだからな〕

 〔でももしもーー〕

 サンドが話している途中で割って入った。

 〔もしもなんて無いんだよ。結果が出た後に選択を後悔なんてするな。それでも気に病むのなら決断を下した俺を非難すればいい〕

 〔そんなつもりじゃ……〕

 〔とにかく今回お前は俺の指示に従ったんだ。何の落ち度もない、それだけはわかっておけ〕

 〔……わかったよ〕

 サンドが力なく答えた。

 〔お前は納得出来ないだろうが、今日はよくやったよ。俺の寝室のクローゼットに青いボストンバックがある。中にいい酒をまとめて入れてるから、好きなのを一本持っていけ。そして今日は飲んでさっさと寝ろ〕

 〔ありがとうおっちゃん〕

 最後に少し力が戻った声を聞けたので少しホッとして通信を終わった。その後、部屋で一人待っていると疲れた様子で無勢が部屋に戻ってくるなりデスクに置いて行った残りのウイスキーを一息で飲み干し近くの椅子に荒々しく座り込む。

「また問題発生か?」

 問いかけに対して無勢はデスクに突っ伏したまま答える。

「いつものことだ。何だかこの世界になってから多くの人が変わってしまった気がするよ。もしかしたら、あの感染症が原因だったりするのかな」

「かもしれない。だが個人的には崩壊したこの世界でこれまで隠したり抑圧されていた本性が滲み出始めただけの様に感じるがな」

「出始めたって事はこれから更に悪化するって言うのか?」

「俺はそう考えているよ」

 無勢はその返答を聞くと立ち上がって他の隊員のデスクを漁りウイスキーボトルを取り出して、元のデスクに戻り自分のグラスに注いでまた一口飲んだ。

「いいのか、それ人のだろ?」

「よくお前がそれを言えるな。いいんだよ。薫ちゃんが飲んだ事にするから」

 そう言って、空いた俺のグラスにもなみなみと注ぎ入れた。

「恨まれたらどうすんだ?」

「薫ちゃんは心霊現象を信じてるのか?そうじゃないなら大丈夫だから安心しろ」

「……亡くなったのか?」

「今、下で女から話を聞いているんだがどうやらもう一人の隊員は既に死んだそうでな。そいつの形見だ」

 色々と聞きたい事はあるが無勢のやるせない顔を見ると、とてもではないが何も聞けなかった。その後は何の会話も交わさずにただ二人でグラスを傾けた。

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