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世紀末サバイバルライフ  作者: 九路 満
本州上陸 編
38/54

1.新境地(4)

 夕食を終えて余暇時間に町から持参したウイスキーを飲みながら、みんなで他愛の無い話をするのが安らぎに感じられる。一人きりで過ごして孤独を噛み締めたから、気心知れた仲間との憩いの時間だから、その理由は多岐に渡るのだろうが、その理由の先にある答えは、ただこの時間が好きと言う事だろう。リビングの床にはこれまた値が張りそうな肌触りがいい絨毯が敷かれていて皆んなで座っても十分にゆとりがある大きさも伴っている。

 夜が深くなると最初にナナシがそのまま絨毯の上で寝てしまうのがお決まりのパターンになっている。眠ったナナシを抱えてマルを伴い二階の寝室に運び、布団に寝かせるとその隣にマルが横になる。あまりに続けて夜な夜な俺の部屋に忍び込むので寝室は俺と同室だ。

 リビングに戻ると大抵このタイミングでサンドも自室へと戻るのだが、今日も同じくおやすみの挨拶を口にして部屋に戻った。

 二人になったのを見計らい俺は、読書に勤しむカリモさんに以前からの疑問をぶつけることにした。

「ナナシ、発声はできる様になったんですが、どうもカリモさんに会って以降の記憶しか無いそうですね。二人は一体どんな関係なんですか?」

 カリモさんは本に顔を向けたまま横目で俺を見た。

「彼女とは混乱の中で出会ったの。感染が広がったあの時、東京は酷い有様だったわ。私の知人もたくさん感染で亡くなってしまった。日が経つにつれて街のあちこちに火葬待ちの臨時安置所が設けられていたわ……」

 遠い目をして話をするカリモさんに、新たに出したグラスにウイスキーを注いで手渡すと一口飲み、話を再開した。

「その内、治安の悪化が顕著になってガラの悪そうな人達が銀行や貴金属店に強盗に入ったりもしてたわ。でもそれもほんのひとときだったけどね」

「と言うと?」

「ある日突然パッタリと電気が止まって更に混乱が起きたの。そこからは本当に地獄絵図の様だった。食料の奪い合いが始まったの。それまで理性的に行動をしていた人達も含めて誰も彼もが……、善人も悪人も関係なかった。人の良さそうな老人が幼い子供が手にしたお菓子を奪ったり、徒党を組んで食料品店を独占する奴らも居た。私も生きる為に必死に食料を集めている時だったわ、彼女と出会ったのは」

「それじゃあ、ナナシは東京に住んでたんですか?」

 カリモさんは首を横に振った。

「わからないわ。あの頃は東京に限らず、いろんな人達が国中を逃げ惑っていたから。わかるのはたった一人で東京に居たって事だけね。いつもの様に食料を探しに街中を走り回っていたら、たった一人で公園のブランコに乗っているのを見つけたの」

「それじゃあ、その時に保護したんですか?」

「……いいえ。言い訳になるけど、自分の食い扶持さえ満足に確保できていなかったから、とても人にかまって居られなかったの。でもその日の夕方にどうしても気になってもう一度公園に行くと、彼女はまだ一人でブランコに乗っていたわ。声をかけると屈託のない笑顔で私を見るもんだから、とても見捨てられなくなったっけ訳よ」

「そうですか。親子揃ってお人好しですね」

「父と一緒にされると複雑な気持ちになるわね。でも私が彼女について知っている事なんてそれぐらいなのよ」

 カリモさんが空になったグラスを眺めながら話していたのでウイスキーボトルを持って注ぎ足そうしたがもう十分だと断られた。グラスを流しに置いたカリモさんは、少し過去を思い出して疲れたのか暗い表情で自室に戻った。

 嫌な事を思い出させたて申し訳ない気持ちになったが、収穫としてはナナシに関する情報はほとんどない事だけが分かっただけだった。もしも身内がいるのならまだ子供のナナシの為に見つけてやりたい。そう考えながらグラスに残ったウイスキーを飲み干した。


 朝夜が明けてすぐに装備を整えて家の外でサンドを待つ。日帰りの予定なのでナナシには基地の外に向かうことは教えていない。毎度泣きじゃくられての外出になるのは流石に精神的にしんどいからだ。腰回りに荷物が増えたのでそれまでつけていたウエストポーチには暇を出して武器以外の荷物は全て背中のリュックに納めた。

 玄関が開いたので目を向けると短く整った髪型にしたサンドの姿があった。

「ごめん、待った?」

「いや、そんなに待っちゃいなが。……随分と男前になったな」

 サンドは照れくさそうに髪に手を伸ばして、短くなった髪を撫でた。

「今、カリモさんに切ってもらったんだ」

「そうか、よく似合ってるよ」

 襟足や側面を短く整えて頭頂部を長めに残したその髪型はサンドによく似合っていた。耳を赤くしたサンドは足早に歩き出した、俺を残して。俺はサンドを追いかけて二人で無勢の居る建物へと向かった。


 前に無勢が居た部屋を訪れてドアを開けて室内に入り、部屋を見回すが誰の姿も見えないが何やら大きなイビキの音だけが部屋に響いている。音の発生源を探すと、書類が広がる机に突っ伏して力尽きている無勢の姿がそこにはあった。サンドが優しく肩を揺すって声をかけると大きく身体をビクつかせた勢いで朝から転げ落ちた。

「痛っ。……お前らか、もっと優しく起こしてくれよ」

 変な態勢で寝て身体が痛いのか無勢は立ち上がると念入りに身体を伸ばした。謝ろうとするサンドを静止して俺が代わりに答えた。

「サンドが優しく起こしただろ?気に入らないならこれからは俺が起こしてやろうか?」

「いや、サンドのままで頼む。……サンド、どうしたその頭?俺に憧れて伸ばしてたんじゃないのか?」

「えっ?違うけど。伸ばしてたのは願掛けみたいなもんだよ」

「何だそりゃ」

 頭を抱えて座り込む無勢の肩を優しく叩いた。不機嫌そうに無勢が隣の部屋に移動したと思うとすぐに戻って来て手に持った物を押し付ける様に手渡してきた。

「車両はゲートに用意してる。だからお前らはもう、これ持ってさっさと行け」

「何だよこれは?」

「インカムだよ、インカム。二人分用意してやったから使え。そんでもってさっさと行け」

 押し出されて俺とサンドは部屋を出された。部屋では何やら無勢が独り言でも話しているのか話し声が聞こえたが、俺とサンドは仕方なくその足で入出ゲートに向かった。

 無勢の話ではゲートに車両を用意していると聞いていたが、ゲートが見える場所に来てようやく黒色のSUVがゲート付近に置かれているのが見えた。何故かその隣にはママチャリが二台並んでいる。それを見て俺の脳裏に嫌な予感がよぎった。

「おっちゃん。守衛に話してカギ貰ってくるよ」

 元気よく走って守衛に聞きに行ったサンドだったが、戻ってくる時の足取りは嫌に重そうだった。

「守衛が言うにはどうもあの自転車が用意された車両らしいんだけど……」

 嫌な予感は当たった。それを聞いて今度は俺が話をする為に守衛の元に向かった。迷彩服を着たみるからに屈強な男は肩からライフルを掛けている。

「おいっ、あんた。あの自転車が用意された車両ってのは冗談だよな?」

 守衛は俺が威勢よく言い放ったせいか困惑した表情を浮かべて低姿勢に答えてくれた。

「それが、その。……先程、無勢から無線が入り急遽車が必要になったから、代わりに自転車を渡せと言われまして、私も困惑していたんです」

 いちいち子供の様な拗ね方(すねかた)をして面倒な。だからと言って強引に車を使っても守衛の方達に迷惑がかかりそうで強行も出来ない。そうなれば、いよいよもって自転車で行かざる終えなくなった。帰ったらあいつのウイスキーをくすねてやると心に誓い、諦めて自転車で偵察に向かうことにした。入出管理の記帳に名前を書いて、自転車のカギを受け取りサンドと二人で開けられたゲートから基地の外に漕ぎ出した。

「本当にこのまま自転車で行くの?」

 サンドが不満顔で尋ねてくる。

「仕方ないだろ車が使えないんだから。だが代わりと言ったら何だが、帰ったら今日は良い酒を飲ませてやるから頑張れ」

 それを聞くとサンドは張り切って自転車を漕ぎ俺を追い越した。

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