アフター
厳しい冬がようやく終わった頃、本州北部のとある地域のとある一軒家。朝日が昇ってすぐのリビングでは三人と一匹が食卓を囲んでいた。
「カリモさん、今日の朝食は格別美味しいね」
「そりゃそうでしょ。何せ今日の朝食はナナシが一人で作ってくれたんだから」
照れくさそうに顔を真っ赤にして俯くナナシ。
「そうなのか?すごいなナナシ。特にこのフレンチトーストなんて絶品だ。材料はどうしたんだ?」
「あ、ありがとうサンド。カリモさんにレシピ教えてもらったんだ。材料はロンゲさんが昨日分けてくれたの」
あっという間に食事を終えたサンドは食器を片付けるとライフルを肩にかけて玄関に向かった。
「今日パトロールについて行く日だからもう出るよ」
「了解。無勢さんによろしく伝えて」
「いってらっしゃい」
急いで外に出たサンドの後ろからマルが追いかけてきた。
「お前も行くのか?」
サンドの問いに答えるようにマルは一吠えした。並んだ住宅地から次々と軍服を見に纏った人達が外に出てきてサンドとマル。二人と同じ方角に向かって歩いている。サンドはその人達全員に朝の挨拶をしながら目的場所へ向かう。住宅の周りには高い有刺鉄線が巻かれたフェンスに囲まれており【注意!高圧電流】と書かれた看板が取り付けられている。
走っていたサンドはこのフェンスに囲まれた場所の唯一の出入り口に辿り着いた。そこで装甲車の側で車に腰掛けてタバコを吸う無勢の姿があった。
「おはようございます。ロンゲさん」
「おはようさん。……またそのライフル持ってきたのか。ライフルならもっと良いやつを渡してやっただろ」
苦笑いを浮かべて肩にかけたライフルを握って見つめるサンド。
「こっちの方が今はまだ当たる気がするんですよ。……それと願掛けもしているんで。」
「……まっ。お前が良いなら良いけどな。そろそろ出かけるぞ早く乗れ」
サンドが車に乗ると無勢もまた運転席に乗り込んだ。ゲートに向かうとショットガンを肩にかけた守衛が入出管理の記帳表を取り出して手渡す。無勢がサインをして返すとゲートが開けられた。
ゲートを出ると鬱蒼とした森林の中に在る車道を車が走る。見渡す限り道路以外、なんの人工物も無い自然の中をただ二人が乗った車は進んでいた。補修工事の一切が行われなくなった道路だが、そこを通る車両も著しく減った為それほど劣化は見られない。むしろ人間の活動の大部分が止まったせいでやけに空気が澄んでいる。
「それで。みんなここの生活には慣れたか?」
前を見つめて運転をする無勢が声をかけた。
「ええ、大分慣れました。それもこれも全て無勢さんのおかげです。何から何までお世話になりっぱなしで」
「なぁに。国民を守るのが俺たちの仕事だ。だから気にせずに楽しく過ごしてくれていれば、今の所はそれでいい」
「今の所は。ですか」
「そうだ。今の所は。だ」
車はようやく人工物で溢れる市街地を通りかかった。街の大通りは乗り捨てられた車両で埋め尽くされていて通ることができない。その光景を遠目に見て二人が乗る車は郊外を走っている。
周辺を見渡せる高台に着くと車は止まった。車内に出た二人は双眼鏡で街を見下ろし異変がないか確認している。
「何か見えたか?」
「いえ、報告が上がったのって昨日ですよね?」
「物資調達班の話ではそうらしい。と言っても物音を聞いて追いかけたが見つけられなかったそうだがな」
双眼鏡で見回しているサンドが何かに気づいて身体を前に乗り出して興奮気味に大声を上げた。
「あれ!あそこ、今消防署の前の道で何か動いたよ!」
無勢もそれを聞いて双眼鏡を構えた。
「……あれは。イノシシだな。珍しいな、一年前には動物なんてこの辺りに居なかったって話だぞ。これで新鮮な肉が食えそうだな」
「……そう、ですね」
苦笑いを浮かべたサンドは、それまで覗いていた双眼鏡を力なくおろしていた。今回の目的を終えた二人は車に乗るともと来た道を引き返した。窓を開けてタバコを吸う無勢がポケットから新しいタバコを出してサンドの前に差し出す。
「吸うか?」
「吸いませんよ、身体に悪い。それにそのタバコこの間、僕からくすねたやつじゃないですか」
「人聞き悪いこと言うな!お前が賭けに負けたからだろうが」
タバコをポケットに戻すと加えたタバコを深く吸って荒々しく煙を吐き出した。
帰り道長い直線道路を走っている時、無勢が顰めっ面で空を凝視している。
「……トリ?いや、セスナか!」
無勢はそれだけ言うと車を飛ばして道路沿いの葉が生い茂る木の下に車を止めアサルトライフルを持ち外に出た。
「サンド!お前は車の陰から出るんじゃないぞ」
サンドは車から降りると言われた通り車の陰に身を隠した。そして陰から覗き込んで無勢の視線の先を見つめた。空からは飛行物体がゆっくり旋回しながら降りてきている。無勢は木陰に身を隠してアサルトライフルを構えている。
着陸態勢にに入ったセスナは長い直線道路に舞い降りて二人が身を隠す近くに停まった。無勢は指を口に当ててサンドに合図を送り、一人で銃を構えながら、停まったセスナ機に近づいた。操縦席に近寄り中を確かめた無勢は驚いた表情を浮かべて硬直した。異変に思ったサンドが車の陰から出てライフルを構えながら飛行機に近づくと操縦席のドアが開いた。
「撃つなよ!せっかく助かった命なんだからな」
セスナから現れたおっちゃんこと、花梨薫がサンドに笑って手を振った。
「なんだその顔の傷は?随分と男前が上がったな」
無勢が薫に手を貸して飛行機から降りて来た。
「うるせーー。縫うの大変だったんだからな」
薫が再びサンドに目を向けた。
「ったく。男が泣くなよ」
目を見開き口をポカンと開けたサンドはその場で身動きせずただただ大粒の涙を流し続けた。歩み寄った薫が肩を組んだ。
「……ただいま」
「おっちゃん……。おかえり」
一歩離れた場所で無勢は二人を微笑ましく眺めていた。
「感動的な再会に水を注したくないが、セスナを移動させるには、この車じゃ無理だ。一旦基地に帰って別の車両に乗り換えるから、さっさと乗れ乗れ」
三人が乗った車は道路に戻り基地に向かい走り出した。
北の地編 終わりです。
本州上陸編 投稿予定です。
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