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世紀末サバイバルライフ  作者: 九路 満
北の地 編
33/54

5.惜別(5)

 誰が何の目的で俺が暮らす国をこんな風にしたんだ。ただ俺は数少ない仲間と心穏やかな時間を過ごせれば不満なんてなかったのに。気がつけば俺の世界の全ては食事中にひっくり返されて床に広がった残飯みたいになっていた。何が何かわからない、それ以外に言いようがない世界に。

 最初に撃ち抜かれた腕の傷は手拭いを巻いたお陰で血が手に流れるのは防げた。しかし、手拭いの下からは変わらずに血が流れ続けていて巻いた手拭いは真っ赤に染まり元の色をもう思い出せない。移動の為に絶え間なく動いているせいでブーツの中には撃たれた弾痕やナイフの切り傷から身体を伝い流れて溜まった血でズブズブだ。

 俺は一体何をしている。俺は一体何がしたい。俺は一体…………。頭が朦朧としている時に背負ったリュックのポケットに入れたレシーバーが音を拾う。

「おっちゃん、おっちゃん!もう逃げたの?それとも助けが必要?おっちゃん!応答してくれよ!」

 涙声のサンドの声が聞こえる。……泣くな、男だろ。まだまだあいつには男が何たるかを教えてやらないと。射撃以外はクソみたいなサンド、体術なんて見れたもんじゃない。それなのに初めて会った時、何も持たずにナナシの前で身体を張って一歩も逃げなかった。クソみたいに優しい心を持ったあいつが人を。……人を撃たなくて済むように俺が撃ってやらないと。

(かおる)君。花梨 薫(かりん かおる)君。みんな君を待ってるよ。ちゃんと帰ってくるのよ」

 カリモさん、恥ずかしくて隠していた名前をそう高らかに叫ばないで下さいよ。恥ずかしい。あなたは葉山さんの様に強い心を持っている。あなたにならみんなを任せられる。カリモさんの声の後ろにマルの声まで聞こえる。全くもって俺には出来すぎた友だ。いつでも側にいてくれた、先に逝くと怒るだろうな。

「……ォ。…………ン」

 まだ大丈夫なつもりだったが耳が遠くなったか。さっき近くでプロパンガスを爆発させたから鼓膜がやられたのかも知れない。隠れた住宅の玄関で壁に身体を預けながらスキットルを取り出して一口飲んだ。接近戦で刺されて貫通した右頬の傷に嫌に染みる、だが染みるって事は生きているんだ俺は。

「……ジチャン」

 レシーバーのバッテリーが弱まったせいで感度が悪い。いよいよみんなの声を聞くのも最後のようだ。

「……ォジチャン。……てきて」

 レシーバーを取って最期に話をする。

「サンドか?どうした?」

「……チがう。ナ、ナシ」

「ナナシなのか?」

「ナナシだよ。……早くおじちゃん帰ってきて」

 まさかナナシの声を聴けるとは思いもしなかった。

「あぁ、……帰るよ。俺が帰るまで泣かないで待っとくんだぞ」

「わかった。や、やくそくだよ。おじーー」

 バッテリーが切れたみたいだ。約束してしまったからには何としても守らないと。町の中には俺を探し回る奴らで溢れている。いくら隠れてもこのまま町に居ればいつかは見つかってしまう。だからと言って今の身体の傷ではみんなを追うことも現実的ではない。出来る事は限られている。

 結論は葉山さんの家とは反対の山、狩猟をしていた山を目指す。そこであれば狩猟時期に使っていた狩猟小屋があり、物資も運び込んでいる。使う事はないだろうと思いながらも最後の避難先として準備をしておいた自分を褒めよう。

 住宅を出て物陰に隠れる。今の所奴らはいない、少しでも血痕などの痕跡を残さない為に用水路に降りて移動を始めた。用水路に一センチ程度の水嵩で水が残っていて血の跡を消すのにはうってつけだった。頭を低くして身体は壁に沿わせて歩き奴らの足音を注意深く耳で聞いた。足音がすればその都度頭を出して周囲を見回す。そうしながら山を目指した。途中幾つかあるトンネルがあり、その内の一つの長いトンネルで一息ついた。

 残りの弾倉は予備が一つ。ナタは血糊で切れ味はほぼ失っているので役割としては棍棒程度になるだろう。カランビットナイフにもベッタリと血液がついていたので用水路の水を使って洗い流した。トンネルの上を通る足跡が聞こえた。奴らも相当広範囲に広がって町の中を探索している、既に随分町外れまで進んでいるのに足音が聞こえるとは。少しでも早く山林に身を隠す為に重い体に鞭を打ち立ちまた進み始めた。

 山林沿いの道路にようやく辿り着いた。しかし山林側には山崩れ防止のコンクリート壁が長く続いていて山林に入れない。仕方なくコンクリート壁がない場所を目指して道沿いを歩いていると背後からエンジン音が聞こえて隠れたが既に発見された後だった。土手に身を隠して様子を伺うがひっきりなしに発砲音が鳴り響く。土手が無ければ蜂の巣にされているところだ。

 打ち返すとすぐにライフルの弾倉は空になり、最後の弾倉に取り替えた。車から降りてきた二人は射撃を続けながら少しずつこちらに、にじり寄り挟み撃ちするように二手に別れた。

 俺はリュックから黒いテープでぐるぐる巻きにした発煙筒を取り出し着火して別れた内の一方に投げた。発煙した黒い物体に驚いたそいつは発煙筒を背に走って逃げようとした。そこを狙って連射した銃弾はそいつを背後から蜂の巣にした。顔を出した所をもう一人に狙われてしまい跳弾した弾が運が良いのか悪いのか右手の小指に当たり指が飛んだ。もう少しずれていれば頭部に直撃していた事を考えると運が良いのかもしれない。

 顔を土手に引っ込めて残りの銃弾を確かめるが遂に空になってしまった。手鏡を取り出して敵の様子を映すが警戒しているようで中々こちらに来ない。肩から銃を下ろす、その他、身につけた装備もリュックも全て下ろして身軽にした。持ち物はナタとナイフのみだ。鏡で様子を見ながら、ライフルの銃口を敵に見えるように土手から覗かせると焦った敵は銃を乱射して弾倉が空になった。その瞬間を待っていた、俺は飛び出したナタを相手に向かって放り投げると慌てて弾倉を取り出していた手に辺り弾倉が地面に落ちた。慌てて拾おうとして屈んだ所を飛びついて地面に転がしナイフで何度も何度も切り刻んだ。力なく事切れた敵から流れ出た血が地面に広がっていく。

 敵の手首には似つかわしくないビーズのアクセサリーが付いて何やらアルファベットの文字が刻まれている、【daddy】と。

 強烈な吐き気に襲われて急いでマスクを外しその場で嘔吐してしまった。胃液の酸っぱい味が口の中に広がり嫌な気分だ。敵の装備を物色しアサルトライフルの弾倉を回収して荷物の置き場所に戻り欠けた指の周りに医薬品箱からガーゼを出して巻いた。そして荷物を持ってまた歩き始めたのだが、足がどうも重い。負傷して血が足りないのか、はたまた嫌なものを観て心に巻きついた重りの重さなのかはわからなかった。


 山林に入り道なき道を歩く事一時間。ようやく狩猟小屋に辿り着いた。まだ太陽は十分な地上を照らしてくれているが流石に満身創痍だ。小屋に入り荷物を下ろして服を全て脱ぎ、医薬品箱を出して出来る範囲で傷口を塞ぐ。そして備蓄しておいた水で身体の血を洗い流した。裸のまま毛布を肩に掛け、スキットルを持って窓際に置かれたじいちゃんお気に入りのロッキングチェアに座り窓の外を眺めた。

 林の先、遠くに何かが動いたので凝視すると、鹿の親子が揃って食事をしている。それをずっと見つめているとこちらに気づいた親鹿が子鹿を連れてその場を離れ姿が見えなくなった。視線を部屋に戻しスキットルのウイスキーを一口飲み揺れた椅子の音に耳を傾ける。手に力が入らずスキットルを落としてしまった。それに疲れが酷くて嫌に眠たくなってきた。瞼が重くて抗うことも抗う気もおきない。あまりに疲れたので少し眠ることにした。

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